256・青スライム、黒スライムの悩みを聞く

 ――アシュル視点――


 ティファさまがフェーシャ王のところに行ってる間に、私は契約スライムのノワルさんの元を訪れました。


「わざわざ案内ありがとうございます」

「お礼はいいみゃ。こっちもフェーシャ様とノワルが使い物にならなくて困ってたところみゃ」


 私を案内してくれたのは茶色毛並みにえっと、虎の獣人にいそうな模様をしているネアと呼ばれる猫人族の女性でした。

 ……外見じゃわかりませんから声で判断してますけど。


 レディクアさんがティファさまを案内する代わりにネアさんを紹介してくれたのです。

 で、そのネアさんにノワルさんの部屋まで連れて行って貰ったというわけです。


「鍵は開いてるから普通に入っていいみゃ」

「は、はい、ありがとうございます」

「別にいいみゃ。ノワルのことよろしく頼むみゃ」


 みゃーみゃー鳴いてる姿が可愛い彼女はそのまま他の仕事に向かっていきました。

 残されたのは私一人。少し緊張してきましたが、ゆっくりと深呼吸をして落ち着くことにしました。


「……よし、ノワルさん、いますか?」


 私は扉をノックしたのですが、返事がありません。

 どうしようかと悩んでいましたが……とりあえず入らないと始まりません。


「……仕方ありません。入りますよ」


 勝手に入るのは流石にまずいかな、とは思ったのですが、それでもここにいるだけでは何も始まりません。

 扉を開けて部屋に入ると……部屋は窓が締め切られていて暗くて……一見誰もいないように見えました。


「……誰ですかニャ?」


 ただ、唯一見える青い二つの光がこの暗い部屋の中を照らしているように見えます。


「ええと……私はティファさま――ティファリスさまの契約スライムのアシュルです。

 貴女はフェーシャ王の契約スライムのノワルさん……ですよね?」

「はいですニャ。えっと、そのアシュルさんがわたしにどういったご用事ですかニャ?」


 この部屋に入った時、落ち込んでるのかと思ったのですが……見た感じ普通の状態と言いますか……至って平静です。

 むしろリラックスしているようにも見えます。


「ああ、ごめんなさいニャ。わたし、暗いところにいるとすごく落ち着くんですニャ」


 ノワルさんはそのまま窓のところに行ったようで、開け放たれた窓から光が差し込んできて……ようやく部屋に明かりが入ってきました。

 そこには艷やかで美しい黒い毛並みをした猫人族の子がいました。


「それで、どんなご用事ですかニャ?」

「あ、ええと……フェーシャ王が落ち込んで部屋から出てこなくなりましたので、その原因を教えてもらったんです。

 それでノワルさんの話を聞いて……」

「あ、ああ……そうですかニャ」


 さっきまでの平静な態度とは打って変わって、どこか申し訳無さそうな表情をしているようです。


「……ノワルさん?」

「あ、あの! フェーシャ様はそんなに落ち込んでるのですかニャ?」

「私はそういう風に聞いています。仕事も手につかない状態なのだとか……」

「あ、あわわ……わたしのせいです。ど、どうしましょう……」


 途端におろおろと落ち着かない様子になってしまって……なんだか態度がころころと変わる子だなぁ……という印象を抱かせます。

 しばらくあわあわとしていましたが……やがて私の方を向いてなにか言いたそうにしていました。


「? どうしましたか?」

「あ、あの……窓、締めてもいいですかニャ……?」

「は、はぁ……構いませんが……」


 彼女がなんとか切り出した言葉がそれだったため、私は少し唖然としてしまいましたが、なんとか頷きながら答えました。

 私の返事に嬉しそうにしているノワルさんは、さっさと窓の方に駆け出していって、室内はまた暗い闇の中に包まれてしまいました。


「はぁぁぁぁぁ……お、落ち着きますニャぁぁぁぁぁ……」


 うっとりと、恍惚の表情をしていそうな声が出ていて……ちょっといやらしい感じがするほどです。

 ごろごろと喉を鳴らして目を細めてて、本当に心地よさそうで……どう反応しようかと困ってしまいました。


「あ、ごめんなさいニャ。わたし、どうも精神が不安定になると落ち着かなくなってしまって……自分でもどうしようもないほどすごく不安になってしまいますのニャ。

 普段は平気なんですけどニャ……」


 ああ、だから暗がりの中では平静の態度を取ってたのに、明るいところに出るとあんなふうになっていたんですね。

 随分と難儀な性格してますね……。


「フェーシャ様にはちょっと……言い切れないことをしてしまいましたのニャ……」

「ノワルさんが気にするようなことはないんじゃないですか? 話を聞いた限りですと、どう考えてもフェーシャ王の方が悪いと思うんですけど……」

「そんなことないですニャ! その、言い方はちょっとあんまりだニャ……ってわたしも思ったんですけど、それでも一生懸命さが伝わってきましたニャ」


 落ち着きを取り戻したノワルさんは私がフェーシャ王に対して文句を言いそうになったら、すぐさま反論してきました。

 それだけで彼女が契約しているフェーシャ王に好意を抱いているのがわかりました。


「……わたし、あんな風に言われたのに戸惑ってしまって……つい、やってしまいましたのニャ」

「でも、その時は確か夜、だったんですよね? だったらもう少し落ち着いて対処出来たんじゃないんですか?」

「あの時はちょうど明るいところで言われたのですニャ。

 それで、暗いところを帰ってる途中で段々と落ち着いてきて……」

「で、結局何も言えずにそのまま帰ってしまった、と」

「はいですニャ」


 言われてようやく全部理解できたような気がします。

 というかそれもそうですよね。いくら夜って言っても、告白するならどこか明かりのある所でしますよね……。


 それで恥ずかしくなって逃げ出したは良いけど、冷静になって考えたら、これからどうしたらいいかわからなくなったということでしょう。


 ここからは今の状況を考えた推測ですが、ノワルさんとフェーシャ王は多分両思いのはずです。

 だから、彼女はここまで悩んでるんじゃないでしょうか? じゃなかったら暗がり以外で不安に押しつぶされそうになるなんて状態には陥らないと思うんです。


 魔王と契約スライムは血と魔力のおかげで心――魂で繋がっています。

 それが私たちと魔王様方を深い信頼の形で結びつけて、それに全力で応えようと思えてくるんです。


 特に私やノワルさんのように恋心を抱いているなら尚更。

 心の深くから信頼している魔王様に……誰よりも好きな魔王様に拒絶の言葉を口にしてしまった……。

 それが彼女の精神を不安定にしている最大の原因というわけでしょう。


 でも……ノワルさんもわかっているはずです。

 不安で潰されそうになるから暗い部屋の中にいる……そのままじゃ何も解決することがないと。


「それで、ノワルさんはどうしたいんですか? このままフェーシャ王がいつかやってくると思って待つつもりなんですか?」

「わたしは……」

「私もティファさまを心より愛してます。貴女がフェーシャ王に抱いてる感情よりずっと深いつもりです。

 でも、想ってるだけじゃ……慕ってるだけじゃ駄目なんです。

 私たちはそれを伝える言葉を、声をもっています。本当に想ってるならただ一度だけでもいいんです。

 はっきり言葉にして……貴女の愛を伝えないと」

「わたしの……愛……」


 言葉にしないと伝わらないものがある。

 私たちは自分たちの言語を持っていて、それで愛を語る事が出来る生き物なんですから。


 ゆっくりと、力強く私はノワルさんに言い聞かせました。


「フェーシャ王は今でも待っていると思いますよ? 拒絶されても、貴女が認めてくれる……その返事を」

「フェーシャ様……」


 暗い部屋の中でも彼女が俯いて色々考えてるのがわかります。

 随分と時間を使ったかのように思えましたが、ようやくノワルさんは結論を出したのか、軽く頷いて私の方をまっすぐ見据えていました。


「あの、アシュルさん……フェーシャ様は、本当に待っていますかニャ?」

「当然ですよ。少なくとも私の敬愛する魔王様は待ってくれます」


 だから私は安心して言えるんです。『愛してます』って。

 ティファさまはずっと寄り添ってくれて、待ってくれてますから。


「……わかりましたニャ。わたしも……頑張ってみますニャ」


 どうにかやる気を取り戻したノワルさんを見て、私は自分の頬が自然と緩んでいくのがはっきりとわかりました。

 ティファさま……こっちはもう大丈夫そうです。


 貴女のところに、今から戻ります。

 もう一人の、淡い心を宿した黒猫さんを連れて――。

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