254・英猫の涙色恋愛模様
「ティファリス様、はじめましてなんにゃ。私はレディクアっていいますんにゃ」
城に到着すると、独特な喋り方をする茶色の毛並みに猫人族が丁寧にお辞儀をして話しかけてきてくれた。
黒い点や線の模様が複雑に入っていて妙に可愛い女の子の猫人族だ。
「レディクアね。はじめまして。中々来れる機会がなくてごめんなさいね」
「いえいえ、本当はもっときちんとしたおもてなしがしたかったんですけどんにゃ。
私一人だけで申し訳ございませんにゃ」
頭を下げるレディクアはものすごく礼儀正しい。
きちんと両手を揃えてるところとか尚更そう感じる。
「いいえ、それよりも……フェーシャのところに案内してくれる?」
一応約束していたはずなのだが、レディクアは私の言葉に落ち込む――いや、これは情けない……とでも思ってるような顔で額に手を当てて俯いている。
どうやらタイミングが悪かったようだけど、一体何があったんだろうか?
ここに来る前に確かに空いてる日程を聞いたはずなんだけれど……。
「なんと言えばいいのかんにゃ……出来ればあまり触れ回らないでほしいんにゃ」
「え、ええ……それは構わないけど」
アシュルの方にも目配せをして、口外しないようにうなずき合う。
それを見たレディクアは更に一層顔に影を落として、真剣な顔をしている。
その様子に思わず私たちもごくり……と喉を鳴らして、一体どんな悪い出来事が起きたのか、と内心戦々恐々していると――。
「実は……フェーシャ王は失恋して床に
「は、はぁ……?」
あまりの突拍子もなく、それに加えてなんとも言えない理由だったのに、思わず呆けた声しか出せずに佇む私が……そこにはいた。
――
それから客室に案内され、お茶を出してもらった私は、レディクアから詳しい話を聞くことになった。
なんでも契約スライムのノワルに告白して失恋してしまったんだとか。
おまけにあまりの衝撃に自室のベッドで一晩中泣いていたそうだ。
更にネアと呼ばれる猫人族がフェーシャを起こしに来た時、涙に濡れまくったシーツを見て『フェーシャ様、おもらししたのかみゃ?』とトドメを差してしまったようで、若干引きこもりになってしまった……らしい。
今までの業務は最低限レディクアが見ていたらしいけど、どうしてもフェーシャがチェックを入れなければならない書類が少しずつ増えていっているのだとか。
「なんというか……呆れるしかないわね」
思わず漏れたのはそんな感想だった。
ヒューリ王との戦争するかしないかの瀬戸際にいるというのに、失恋した挙げ句引きこもってしまうなんて……。
いや、恋愛が悪い、というわけではない。
私だってアシュルとその……パーラスタとの戦争前にそういう中になったし? 別に悪いなんて言ってない。
「全くです。もうちょっと時期を見て……と言えばいいのでしょうか……」
アシュルの妙に歯切れの悪い言動は、間違いなくセツオウカの夏祭りの夜を思い出していたのだろう。
時期を見なかったのは私たちも同じなのだから、他人の事は言えないだろう。
「本当に、何も言えませんにゃ……」
「でも契約スライムに告白したんでしょう? 断られるにしても、そんなシーツが涙で濡れる程のショックを受けることもないでしょうに……」
元々契約スライムというのは魔王の血と魔力によって形を得ている。
心と心で深く結ばれる為、絆以上の信頼を契約スライムは向けてくれる。
それはどの魔王でも同じ。一番奥深くを触れているからこそ、誰よりも理解してくれる存在になりうるのだ。当然、忠誠心は厚く、裏切ることはない。
中にはアシュルのように契約した魔王に恋慕の情を抱くスライムもいるし、スライム自身は……えっと、その……雌雄同体で魔王が男でも女でも子作り……することが出来るのだ。
初めて知った時……というよりも今もだけど、あんまり言葉には出来ない。
私自身、前世――ローエンの記憶とティファリスの記憶を両方を持っているんだけど、誰かと恋仲まで発展したのはアシュルが初めてなのだ。
色々と気恥ずかしくて、そういう事を考えるのも顔が赤くなりそうな程だ。
とにかく、それくらい慕ってくれる契約スライムからどうやってそんな手酷く振られたのか気になったのだ。
「はぁ……それは……」
深いため息をついてその原因を口にしようか非常に悩んでいるようだったが、彼女自身私に相談したい……という気持ちが強かったのだろう。
一度軽く頷いた後、ゆっくりとそれを語ってくれた。
「実は……ノワル――フェーシャ様の契約スライムのことですんにゃ。
彼女自身もフェーシャ様の事を非常に好いておりますんにゃ」
「え? でしたらなんで失恋することになったんですか?」
私と同じ疑問を抱いたアシュルが小首をかしげながらレディクアの話に耳を傾けている。
「……フェーシャ様がノワルを遊びに連れて行って、このフェムシンの街全体が見渡せる高台に夜景を見に行って……そこまでは良かったですにゃ。
ですが、フェーシャ様がここ一番って時にした告白が、『ぼくの子供を産んでくれにゃ!』と……」
「あー……それは……」
アシュルが自室に引きこもっているであろうフェーシャに対して、幻滅した表情を浮かべていた。
それはそうだろう。
好きな人と一緒に色んな所を見てまわって、夜の街が見渡せる高台に連れ立って……恐らく見下ろしたら明かりの灯ったフェムシンの綺麗な夜景がその目に映っただろう。
盛り上がってきた雰囲気の中、『ぼくの子供を産んでくれ』だなんて言われたら一気に冷めてしまうんにゃ……おっといけない。移ってしまった。
「辛うじてフェーシャ様から聞いたノワルの返事は『いきにゃりそんにゃ事言われても……あの、困りますニャ!』だったそうですんにゃ。顔を真っ赤にして逃げ帰ってしまったんにゃ」
その返事は……多分まだ脈があるだろう。
これがあまり好きじゃない相手だったら間違いなくその場でフェーシャの恋は終了してしまっただろうけど、その様子だといきなり予想もしないことを言われて咄嗟に返したとか……おおよそそんなところだろう。
「で、肝心のそのノワルは今どうしてるの?」
「落ち込んでますんにゃ。もう少し言いようがあったんじゃないかって考え込んでいて……彼女の方も仕事になりませんにゃ」
「別に落ち込む必要ありませんよ! それはフェーシャ王が絶対に悪いです!」
今度は女の敵を見るかのような目つきでアシュルは熱弁している。
が、これには私も同感だ。告白もそうだが、ものには言いようってのがある。
だけど今のままの状況が続けばケルトシルの今後に悪い影響が……いや、下手をすればヒューリ王との戦いにも影響が出てきそうだ。
「こうなったら仕方ありません。ティファさまにも迷惑を掛けかねませんし……このアシュルが一肌脱ぎます!」
私が真剣な表情で今の状況を分析していたことに気付いたアシュルは両手の拳をぐっと握りしめて気合を入れていた。
「ほ、本当ですんにゃ!?」
「……仕方ないわね。フェーシャが立ち直ってくれなきゃこっちも困るし、私も出来る限りのことはするわ」
「あ、ありがとうございますんにゃ!」
レディクアは立ち上がって丁寧に頭を下げてくれたが、そんな事は気にしなくてもいい。
私たちも自分の都合でフェーシャの恋の手助けをすると決めただけだしね。
さて――アシュルの方はノワルの様子を見に行くらしいし、私はフェーシャの方をなんとかして部屋から引っ張り出してやるとしようか。
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