253・魔王様、猫の国へ行く
――ケルトシル・首都フェムシン――
カヅキとの訓練を終えた私は、アシュルと一緒にフェーシャが治めるケルトシルの首都へとやってきていた。
ヒューリ王がこちらに攻めて来る前に一度この国に来てみたいと思っていたのだ。
南西地域では他の国々には全て行ったことがある。
アールガルム・グルムガンド・フェアシュリー・クルルシェンド……と南西地域を構成する各国の中でも、肝心のケルトシルだけが訪れたことがなかった。
だからこそ、今回はフェーシャをこちら側に呼ぶのではなく、こちらから行くことにしたというわけだ。
それと……やはり気分転換の面もある。
確かに今は戦時中に近い状況になっているが、まだはっきりと戦っているわけではない。
ヒューリ王は未だ中央地域から徐々に徐々にこちらに……というより南に向かってきているのだから。
だからこそ、多少余裕がある今の内にこの国に来てみたいと思っていたのだ。
それに、一応私はこの南西地域の代表といってもいい立場にいる。
そんな上の者が、自分の支配する地域の国に一度も訪れていないなんてことはあっていいはずがない。
本当はもっと早く来るべきだったんだろうけど、流石に復興している最中に行く……というような非常識な事は出来なかったし、中々行く機会に恵まれなかったのだ。
そして訪れた首都のフェムシンは全体的に白に近い灰色の建物が多く、もふもふだ。
……いや、自分で何を考えているんだとも思ったけど、そもそも猫人族というのは大きな猫が二足歩行して生活しているようにしか見えない。
もちろん、私の国であるリーティアスにも猫人族はいる……が、ここまでの密度ではない。
元は魔人族とゴブリン族の混合した国だったのだが、今は鬼人族やドワーフ族……果ては竜人族に『
『
だからなのか……同族がリーティアスに反旗を翻さないよう、独自の警戒体勢を強いてくれていたりするから非常に助かる。
上辺だけで賛同した悪魔族は、この警戒に引っかかって、リーティアスの警備隊に突き出される……という寸法だ。
これは『
同じように敵対したエルフ族は……彼らの種族は根っからの傲慢さが染み付いていてとてもじゃないが他の種族と共にいることすらそもそも出来ない者が多い。
こちらも正直エルフ族には散々苦しめられたし、問題を起こすようなのは徹底して取り締まっている。
絶滅はしていないが、国としての体裁を取ることは生半可ではないだろう。恐らく……何百年かかっても出来るか出来ないか……それだけのことを種族ぐるみでやったのだから仕方のないことだとも言えるが。
残ったエルフ族の国はあのパーラスタでの戦いに加担したところは私に。
他の国は問答無用でヒューリ王に侵略されている。
それでもその傲慢さを失わず、他種族を見下す姿勢をもつ彼らは永遠に救われることはないだろう。
……考えがちょっと逸れてしまっていた。
とりあえず私の国には多種多様な種族が住んでいるけど……ケルトシルは猫人族が中心で生活を営んでいる。
そう……二足歩行の猫が、わんさか住んでいるのだ。
一匹いるだけでもふもふしているこの種族の国は、もはやもふもふ大国だと言ってもいいだろう。
「ティファさま、すごく嬉しそうですね」
「そう? ケルトシルに行くのは初めてだから、ちょっとわくわくしてるのかも知れないわね」
「ああ、そういえばティファさまはこの国には来たことありませんでしたっけ。
ティファさまの大好きなクロシュガルも、元々カッフェーがお詫びに……ということで持ってきたものですし、その後はリュリュカに買わせに行かせてましたしね」
アシュルの言う通り、カッフェーが持ってきたクロシュガルが気に入って、よくつまみ食いするリュリュカに買いに行かせることが多くなった。
もちろんその分の手当は弾んだし、ケルトシルに行くための旅費なんかは全てこちらが出していたけどね。
ワイバーン空輸が成立しだしてからは私が購入した分だけ特別に送って貰えるようになっているからそういうこともなくなった。
あの時は本当に思ったもんだ。『良い時代になった』と。
そういうこともあって、この国に来ること自体初めての私は、色々と見るもの感じるものが新しく、柄にもなく興奮していた。
「それじゃフェーシャの城に行きましょうか」
「ティファさま、そんなに気になるんでしたら先に見て回るのも良いんじゃないですか?」
アシュルのその魅力的な提案に私は思わず流されそうになる。
……が、それをぐっと堪えることにした。
今回来訪した目的には英猫族として覚醒し、ただ一人上位魔王を討ち倒した経験のあるフェーシャの力を借りたいと思ってのことだ。
フェーシャは恐らく、次に『夜会』が開催された時に上位魔王の一人になるであろう魔王。
そんな彼だからこそ、ヒューリ王との戦いに関しては攻める側にいてくれた方が何かと都合がいいのだ。
もちろんそれをすると防御面が薄くなるだろう。
中央――セントラルの覚醒魔王たちと互角に戦えるのは同じ覚醒魔王のみ。
そしてその中でも十の頂きに立つと言われているのが上位魔王という存在だ。
こちらはジークロンド・ビアティグ・アストゥ・フォイルと……大半の魔王は覚醒しておらず、ヒューリ王と手を結ぶであろう中央の魔王と戦うことすら難しいのが現状だ。
だけどアストゥは最後の奥の手を持っているし、こちらもいざとなればフレイアールと共に数人を一気に救援へと向かわせることが出来る。
フェーシャが英猫族へと覚醒を遂げた時にスライムと契約したとも聞いているし、こちらのように連合を組んで戦っている魔王がいない以上、薄いと言っても問題がない程度だと思っている。
地形的にクルルシェンドを通らなければ他の国に行くことは出来ないし、逆もまた然り。
空からの攻撃があるならばまた違うけれども、こちらの空にはワイバーンがいる。
空への監視には事欠かないのだ。
だからこそ必要なのは攻め手。
少しでもこの国に侵攻するであろうヒューリ王の軍勢を減らし、削りうる戦力なのだ。
それを求めに来たのに、今ここで自分の意思に負けて街並みを先に見て回るなんて……あってはならないことだ。
「……いいえ、先に行きましょう。国を見て回ることくらい、後でいくらでも出来るしね」
そう、あっては……ならないこと、なのだ。
現在の状況は決して楽観視出来るようなものではない。
確かに余裕はあるし切迫している状況ではないけれども……やるべきことをやらずに遊び呆けるようなことをしてしまえば、私は魔王として――いいや、この地域を統べる者としての姿を失うだろう。
息抜きというものは必要だが、それよりも優先すべきことがある。
「……ティファさまがそれでいいのでしたら構いませんが……」
遠慮がちに引き下がったアシュルの顔を見た私は、自身の欲求に打ち勝ったという達成感を抱きながら、まっすぐフェーシャのいる城の方へと向かう。
これが終わり、もし時間が残っていたのなら、多少はこの首都を見て回ろうと心に誓いながら――。
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