244・妖精の嘆息
ラスキュスとアシュル、フレイアールとレイクラドが激戦を繰り広げている最中――もう一つの宣戦布告を受けたリアニットもまた、ヒューリの軍勢と熾烈な争いを演じていた……。
――リアニット視点――
ふと、思い出すことがある。
醜い思考をその身に宿したエルフ共が、獣人と共に余の孫娘を南西地域に追いやったことを……。
そしてそれを黙ってみていることしか出来なかった自身の歯がゆさを。
だからこそ、今回の戦いを行う前に余はティファリス女王に使いの者を寄越すことにした。
それは決して救援を求めるものではなく――なにがあったとしても、こちら側に来ないこと。
そして……余のひ孫に位置するであろうアストゥを守ることを。
そう、援軍は必要ない。
余とヒューリ王の戦力差は広く……こちらが全ての戦力を合わせて7万とするのであれば、ヒューリ王はおよそ13万はあるだろう。
無論、防御面を考えれば実際に出てくる数はもっと少なく、こちらでも十分に防衛することが出来るだろう。
……そう、普段どおりであるならば、何も問題のないはずなのだったのだ。
中央の上位魔王だと言われているヒューリ王の本当の支配地域は西。
かつて聖黒族が築き上げた国の成れの果てがある場所……竜神にとっても、精霊にとっても忌むべき者たちが繰り広げた醜い争いの夢の跡。
そのような場所、本来であれば誰も好き好んで住むわけもない。
理由を知らぬ国々ですら、所詮荒廃した国があるだけの場所。下手に領土を飛び地するように広げた所でなんのメリットもなく、交流するような国すらないところに足を向けるわけもなかった。
知らず、その地への好奇心は薄れ……やがて人は忘れる。
なまじ余が領土を巡らせ、西地域へ行く者を牽制していたせいか、それはより顕著に現れ……今西地域の存在を知る者はそれこそレイクラド王・ラスキュス女王……そしてそこに根を下ろすヒューリ王とそこに暮らす者たち、後は余ぐらいのものであろう。
なのにあの者は……まるでそれが当たり前かのようにそこに国を造り、支配地域としてしまった。
そして……そのもの好きの魔王は今、余の国を滅ばさんと進軍を進めてきている。
西の広い地域をまるごと使って大きな一つの国とし、どんな国よりも精強に、どんな国よりも大きく膨れ上がり……今まさにこちらに牙を剥こうとしている。
「いや、既に剥いている、か……」
(へーか、だいじょぶ?)
「ああ、大丈夫だ」
余の周囲を心配そうに飛び交うライニーは、変わらぬ可憐さを見せてくれている。
『
――そういえば、娘が余にしきりに話しかけてくれていたときも、ちょうどこのような感じであったか。
振り返れば何もかもが懐かしい。遠い日の残響のようなもの。
思えばあの頃は、まだ幸せというものは、願えば手に入るものだと信じていた気がする。
今改めて考えれば、そのようなことはないとわかるはずなのにな。
何を持って幸せと為すか……それによってあまりにも違うというのに。
(陛下! これ以上戦線が持ち堪えられません!)
余の【回線】に飛び込んできたのは一つの報。
それは現在の最前線を支えている指揮官から飛び込んだものだった。
(わかった。維持できなければすぐさま撤退せよ。
決して無用な犠牲を出さぬよう)
(はっ!)
そのままこちらの【回線】が切れたのを確認すると短く息を吐く。
徐々に押し込まれている。
最近ではこのような戦いが続いている。
常にギリギリまで戦い、押し負ける。
それが幾度となく続き、防衛線は徐々にこちら側の首都へと近づきつつある。
……最初は一進一退の攻防を続けていた。いや、それは今でもであろう。
ただこちらが一つ押し返している間に敵は三つ返している。
最初は二つ……だったろうか。
実に巧妙に戦いを動かしていた。
勝利も敗北も常にギリギリ……それも仕組まれていた、ということだろう。
気づけばこちら側はかなり押されてしまっており、このような有様だ。
唯一の救いは、それでもまだ余裕がある……ということだろう。
まだ大規模な……大掛かりな戦いは始まっていない。
お互いに契約スライムと魔王を出していない。まだ……本当の戦争は始まっていない。
「ライニー、住民たちの避難は?」
(んーとね、もうちょっとじかんかかるよ。
でも、さいごのたたかいにはまにあうかな)
「そうか……引き続き頼むぞ。
軍から離れたいものにも呼びかけ、彼らを中心として避難を行え」
(はーい)
ライニーはそのまま周囲を漂うように飛びながら、余とは別の者に【回線】繋いで、避難に対する指示を行っていた。
……まだ、余にも確証はない。
しかし、今ここで民たちを避難させなければ……間違いなく戦乱の中、犠牲となっていくだろう。
国を守る魔王として、それだけは防がなくてはならない。
問題は受け入れ先ではあるが……レイクラド王が戦いを引き起こした者の一人である以上、中央に留まらせ続けるのは得策ではない。
必然とその移動は南東・南西の二つに別れた南と東の二つの地域。
そして北の地域の三つだろう。
どこに行くにしろたどり着くかもわからない道だが、それでもこの国に留まるよりはましだろう。
そう……死を覚悟するのは、全てを背負うと決めた者……守ると誓った者にこそ果たさなければならない責務なのだ。
しかし……我ながら矛盾しているではないか。
自国だけで問題ないという姿勢を取りながらも、その実は滅びを待つかのようではないかとすら思う。
「いや、余は死なぬさ。必ず生きて……そうだな。
この戦いを終えたら、アストゥに会おう」
ニュイルの孫に……余のひ孫に会えない理由があった。
忌むべき西の地域の事を他の誰でもない、アストゥに知られたくなかったのだ。
あそこには既に風化して使えなくなっているとはいえ、この世界の悪しき歴史が蔓延っている。
そして……この妖精族の国にも。
南西地域でエルフ族の侵入を防ぎ、周囲の気候を保つ……様々な恵みを与えている国樹とて……この国の最も忌むべき象徴でもある。
この『国樹』とは、そもそも悪しき考えを持つものの出入りを禁ずる効果を持つ。
……そう、希少な種族を乱獲し、陵辱の限りを尽くしていたあの時代に、自らの国を……この国だけを守るために使われた超古代の魔道具なのだ。
余の先祖は、国樹を用いて精霊族を手中に収めようとする者たちから身を守ったのだ。
他の……全ての種族を見殺しにすることと引き換えに。
当時のフェリアルンデは農業も盛んに行われていて、それらを他の国で売ることにより金銭を得ていた。
元々フーロエルの蜜さえあれば暮らしていける余たち妖精族にとって、農作物など必要ない……のだが、当時の取引国の中では、フェリアルンデが国交を断ったことによって飢えた者たちもいただろう。
余とて王の端くれ。それがこの国を守る最善であり、例え……例え懇意にしていた聖黒族すら見捨てる結果になろうとも、自国を守ることこそが最上なのだ。
だが……アストゥには――我が娘、その血を引く者たちには、それを知られたくない。
それは親心であり、償いなのかも知れない。
しかし……国樹は確かに今も悪しき感情を持つ者を退けているはずだ。
恐らく、ヒューリ王はそれを突破できる方法を持っているのだろう。
悪しき者が唯一通れる方法――国樹の葉や枝を身に着けていること。
葉っぱ一枚……とかでは不可能ではあるが、十枚程度であれば動きに制限が出るほどで済む。
それを攻めてきた人数分、となると相当入念に準備してきたに違いない。
最初の一つを手に入れるには、それこそ悪意をもたない者を使えばいいのだから……そして加工しておけば壊れない限り問題はない。
唯一の救いがあるとすれば身体から外れた瞬間、国樹の効果で満足に動けなくなるほど身体が鈍ってしまうというところだろう。
それだけの準備をしてきたのだから、わざわざ余の国に宣戦布告をしてきたのであろうが……。
余は、負けるわけには行かない。
例え、それがどんな相手であろうとも……。
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