243・竜神の懺悔 後編
「我はその時、聖黒族に親友がいた。彼とは共に泣き、笑ってきたはずだった。
今でも思い出す。彼には妹が居てな……当時の我はその妹に惚れていた。一目惚れではあったが、彼女も我に……ごほん、いや、この話はよそう」
レイクラド王は一つ咳払いをして、誤魔化すように一度話を切って、流れを戻そうとしてた。
……多分、自分で言ってて恥ずかしくなってきたんだろうね。
ある意味、進んで別の傷を抉ろうとしているようなものだし、ね。
「彼に……彼女に対し、子供の時の我は何一つ出来ず……いや、それどころか、彼を殺す手伝いを知らず知らずのうちにしてしまっていた。
……気付いたときには聖黒の国は滅び、跡形もなくなっていたな。
悔やんだ。どうして、もっと早く気付いてやれなかったのか。
全てが終わったときには……親友も初恋の女も、失っていた。」
一人ただ、自分の後悔を喋り続けるレイクラド王。
わかって欲しいわけじゃない。理解が欲しいわけじゃない。
ただ……知ってもらいたい。自分の感情を、動かすものを。
「我は憎むことしか出来なかった。
途方も無い怒りが憎しみが、限りない後悔と怨嗟が……我を限界よりもはるか高みに己を昇華させ、竜神になり、父を討った我は八つ当たりをするように周囲の大中小の国々を見境なく壊滅させ……気づけば他の地域にまで影響を及ぼすようになった。その時に最も栄えていた九人の国の魔王を束ね、上位魔王という新たな地位を確立させた。
……それでも、我にはあの時の熱が残ったまま。そして、今回の戦いで再燃させてしまった……というわけだ」
一息ついたレイクラド王は窓の外を眺めるように視線を動かしてた。
僕も釣られて見てみると、いつの間にか外では白いものが降ってきていて、それがすごく綺麗な様子だった。
幾つものふわふわとした白いのは静かに大地に降り積もっていって、そこは一面、白に染まっていく。
「キュルルウウ……(白くて綺麗……)」
「あれは雪、だな。寒い気候特有の、白い玉のようにしか見えないものが舞い散るさまはなんとも言えん」
「キャウ……(雪……)」
南西地域は常に気候は一定で、程よく暖かく程よく気持ちいい。
雨も風も誰かを害するようなものもなく、一年中恵みのように与えてくれて……それもこれも全部国樹ってやつのおかげなんだって。
だからこういう寒い地域にはあまり来たこと無いし、雪や、こんな一面が白に染まる光景なんて初めて見た。
まるで罪を許すかのような白銀の世界。
……いや、多分違うんだ。罪は許されることはない。僕たちは何かを殺し、何かを喰らい、そして生きている。
だから、罪は隠されるものなんだ。この白を取り払えば見えるのは緑の大地なんかじゃなくて、黒く染まったものなんだ。
「キャウ、キュウウルルルウウ……キャウキャウウ(レイクラド王、貴方は誰かに許されたいんじゃないんだね……誰かに裁いてほしいんだね)」
「……」
許されたいのだったら、もっと簡単に……それこそ今回の戦いのきっかけと、ヒューリ王の素性だけをはっきりさせて於けばそれで良かったんだと思う。
せめてもの贖罪とするのだったら、ヒューリ王の情報だけ渡してくれればよかったんだ。
それを聖黒族が滅ぶ原因から、今日に至るまでの歴史を語って……そこから今の戦争までの事を話すってことは、ただ単純に許されたいから、なんてことはない。
今までやってきたこと、それら全部を裁かれて……死んでいきたいんだ。
「キャウ、キュルキュウウウウ。キャウキャウ(だけどね、それは逃げでしかないんだよ。今を生きる僕たちを理由に目を背けたいだけなんだよ)」
僕は少し語気を強めて彼のことを非難した。
だって、それは逃げることなんだもの。
これだけの戦争を……聖黒族が表からいなくなってすぐ、そして今と、合わせて二度も引き起こして……最後には無責任に戦いを拡大させて……そんなことを許されるわけがない。それが疲れた老人の言葉だったとしても、僕は絶対に認めない。
「キャウ、キャウキャウ。キュルキュル(貴方は、苦しまないといけない。ずっとずっと)」
「我は……」
「キャウキャウ、キャウウウウ!(それは自分が救われたいから、僕たちに全部引き受けてくれって言ってるようなものなんだよ!)」
レイクラド王は過去の親友を救えず、その妹を助けられなかった自分をずっと引きずって……それを今の聖黒族に、その血の連なりを持つ始竜の僕に非難して、裁いて欲しい……そういう狙いが透けて見えたから、僕は余計に腹が立つんだ。
なんだかんだ長いことを言ったって結局は生きているのに疲れたから死にたいだけなんでしょ?
だったら首でもなんでも適当に切って、さっさと死んでしまえばいい。
裁かれたい、許されたい、そんなことで色んな人を巻き込んで……大勢殺して、せめて、聖黒族がまともに暮らしていける世界を作る為に、なんて自分勝手も甚だしい。
僕たちは……母様は貴方の手なんて借りなくても一人でやってみせる。
例え世界の全てが敵に回ったとしても、僕が、姉様が、最後まで寄り添ってみせる。
自分のエゴで、勝手な理由や理屈で決めつけないで欲しい。
だから、僕はレイクラド王が間違ってるって叫べる。
声を大にして、貴方は愚か者だ、大馬鹿者だって言える。
「キャウ、キャウウウウウウ? キャウウキャウ(要は、自分が赦されたいだけなんでしょ? 過去に見殺しにした大切な人たちに)」
「そ、それは……」
彼はきっと誰からも許されない。
だって、レイクラド王が本当に許されたい相手は、もう死んでるんだもの。
名も知らない聖黒族……レイクラド王はずっと彼らに許しを願い続けている。
仲が良かったはずの、自分たちと常に共にあった彼らに。
「キャルウ、キュルルルル。キュルルルア(貴方は、僕たちに咎めてほしいんじゃない。過去に許してほしいんだ)。
キャルルルル、キュルル……(それを僕たちに背負わせるのは、それこそ許されないことだよ)」
「違う、我は……」
「キュルルルア。キャルル。キャキャルウウウ(母様の国にそんなのは必要ないよ。過去の妄執なんてね。一度来てみたらそれがわかるよ)」
過去のことがどうとか、僕にはどうでもいい。
それらを含めて前に進むのが僕らの役目で……レイクラド王のようにその場で留まっているのが間違ってるんだから……。
……なんだか、眠くなってきちゃった。
本当はもうちょっと色々お説教でもしてやりたいんだけど、なんだかもういいや。
レイクラド王はこれ以上なにかすることもないだろうし……今はすごく眠い。
要領を得ない長ったらしい話を聞いてはみたんだけど……まあいいや。
レイクラド王の悩みなんて小さいことで、それを少しでも晴らす事が出来たんだったら……それで。
――
僕はレイクラド王と話をした後の数日、じっくりと身体を休めて――というかひたすら食っちゃ寝してた。
お腹が減ったら起きて食べて、また寝る……それでようやく回復したときには、ワイバーンでアシュル姉様がラスキュス女王を討ち取ったという報告を受け取った。
レイクラド王はそれを聞いてどこか優しい顔になっていた。
「ラスキュス……お前は過去の後悔から解放されたのだな……。
我のように怒りを向けることも、憎しみを向けることもせず、ただただ向ける先のない矛を永遠にさまよわせ続け……最期に死を願った旧き同胞よ。
願わくば、お主があの日の安らぎの中で、永久の眠りにつかんことを……」
これで二国の上位魔王は鎮圧することが出来た。
後は……最後の魔王……ヒューリ王を残すだけだ。
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