236・魔人、必死の戦い

 いやぁ、自身の攻撃範囲に持っていくのすら命がけになるとは思っても見ませんでしたよ。


 絶えず注ぐ熱線ブレスに魔法。

 私が『アバタール』でなんとか回避する度にヒヤッとしたものです。


「『クイック』!」


 幾度目かの加速を実行して、ようやく辿り着いたのですが、彼は相変わらず空から私の方めがけて遠距離の攻撃で焼き尽くそうとしてきています。

 どうやらライドムと一緒にはいないようですが……そこが逆に怖いようでありがたい……複雑な感情ですね。


 私としては両方の相手なんて出来るわけがありませんのでまだやりやすいのですが、イーシュがライドムの相手を出来るかどうか、と言われれば『否』と答えるしか出来ませんからね。


「『サンダーストーム』!」


 これも本日幾度目かになる雷の魔法を解き放ちながら私は次にどう行動しようかと策を練り続けます。

 恐らく、『ファイアランス』などの単体に向けた攻撃魔法は全く意味がないでしょう。

 一斉射で繰り出すことが出来るのであればまだ可能性は残っているのですが、あいにくとこの場にいる者で彼の相手を出来る者は私一人。


 それすら満足にこなせないというのに。


 レイクラド王は雷の竜巻を掻い潜るように急速にこちらに近寄り、私の懐に飛び込んできました。

 手に持っているのは穂先の部分が螺旋を描くようにぐるぐると回っているような形状をしていて、突撃槍と呼ぶのに相応しい槍。

 鞘に収めた剣は近距離で戦うようでしょうが、そもそも彼とまともに近接戦闘をこなせる相手を私は知りませんけどね。


 その螺旋状の槍を持って突撃してきたレイクラド王を迎え撃つ為、私も細剣である『フェイクトゥルース』を抜き放ちました。


 ……といってもまともにぶつかりあったら間違いなく折れてしまうのでしょうが。


「ははっ、久しいな、マヒュム王よ。我と相対することを誇りに思うが良い」

「それはそれは……随分と誉れ高いものですね」


 降り注ぐように槍を突き出して襲いかかってきたレイクラド王の攻撃を間一髪でかわし、まずは右肩に一撃。

 細剣での刺突はあまり竜人に効果的なダメージを与えることが出来ませんが……それでも問題はありません。


「そのような攻撃でこの我が怯むとでも思うか?」


 小さな傷が出来たものだと獰猛な笑みを浮かべて、一度上空に戻り、旋回して再び私めがけて襲いかかってくるのですが……これがさらに速度を上げて来ているのですから驚きですよ。


 これで私の『クイック』よりも速いのですから、世の中本当に理不尽ですよ……。


「『クイック』!」


 それでも加速しなければあの鋭い一撃を回避することは出来ないでしょう。

 私がもう一度レイクラド王の攻撃にタイミングを合わせようと動きを早めたその瞬間――


「『クイック』」


 レイクラド王も加速の魔法で一気に……!?


「くっ……!」


 多少無様ではあるけど、転がるように避けると、近くにまるで暴風のようなものが通り過ぎて……思わず冷や汗をかいてしまう。

 なんて恐ろしい魔法なのでしょう……とてもではないですが、同じ『クイック』とは……。


 その瞬間――私の方に鋭い痛みが走って……思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。


「ぐっ……くっ……!」


 なんとか痛みを堪えていると目の前にはレイクラド王が槍を大きく振りかぶって――!


「くっ……『ファイアランス』!」

「『アバタール』」


 少々苦しい体勢からでしたが、なんとか『ファイアランス』で迎撃することが出来たのですが……『アバタール』で作った分身を捉えるだけでレイクラド王本人にはかすりもしません。


「やりますね……流石最も長い間上位魔王として君臨する男なだけあります……」

「ふっ、褒め言葉として受け取っておこう。褒美に……苦しまずにその生を終わらせてやろうではないか」


 いつの間にか前に立ち塞がっていたレイクラド王の目には粛々と私に死を与えるべく槍を振りかざしていました。

 まるでその姿は厳かに罪を裁く使者のようで、振り下ろされるその一撃は緩やかに迫っていくように感じてしまい、徐々に近づいてくる槍に私は――。


「ちょっとまっったぁぁぁぁぁ!!」


 ドゴォォォォォン!! という音共に私の世界は急速に速度を取り戻していきました。

 周囲を見ると、そこには背丈に似合わない大きな斧を振り下ろしていたフワロークの姿がありました。


 私の方は息すら止めてしまっていたものですから、思いっきり生を謳歌するように空気を求めてしまいます。


「マヒュム、だ、だいじょうぶ?」

「はぁー……はぁー……え、ええ。ありがとうございます」


 レイクラド王と互いに刃を弾きあって距離を取りながら私に話しかけてくれました。

 間に合った、とすごく嬉しそうに笑う彼女はとてもまぶしくて――いけません。

 今はそんな感情に囚われてる場合じゃないですね。


 二人で向き合い、改めてみるレイクラド王はしっかりとした身体でどっしりと構えている。

 一向に動かない彼は、私たち二人が相手でも余裕をもっているようだ。


「久しぶりだね、レイクラド王。『宴』以来じゃない?」

「そうだな。こんな形で出会うことになるなど思いも……いや、あの日出会ったときには既にこの運命は決まっていたのかも知れぬ」


 あの日……『夜会』の時にこの運命が決まっていたということは……そんなにも前から私たちの国を攻め落とす計画をしていたというわけですか……!


「上位魔王っていうのは互いに牽制するために存在するんじゃないの? 長年務めあげてきたあなただからこそわかるんじゃないの?」

「そうだな。この上位魔王の枠組みというのは元々そのために我が創り上げたものだ。

 だが……それも最早不要。この世界には不必要なものが多すぎるからな」

「これまた随分酷い事を言ってくれるじゃないですか」


 暗に私たちもその一つだと言っているように聞こえるほどの冷たい視線と声。

 冷え切ったそれは、とてもではないですが同じ上位魔王に向けるそれではありません。


「ふざけないでよ。あなたにそんなことを言う権限、あるわけないでしょ!」

「あるさ。我にはな」

「不必要だから殺す……そんなことを認めるわけにはいきません」


 ゆっくりと細剣を構え、戦闘体勢を取ります。

 レイクラド王は――今、ここで倒さなくてはなりません。


「ふん、そろそろくだらんお喋りはここまでにしよう。

 我とて暇ではないのだ……まだまだやることがある」


 緩慢な動作で槍を構え、再び空中に上がる。

 どうやらあの腰に下げた剣は使う気はないようですね。


「フワローク」

「なに?」


 フワロークの方に駆けつけ、耳打ちするように小声で話しかけると、視線をレイクラド王から逸らさずに私の方に答えてくれる。


「ワーラムは一緒ではないのですか?」

「あの子はイーシュと一緒にライドムと交戦してるよ」

「やはり……」


 レイクラド王の契約スライムであるライドムがこの場にいないわけがありませんからね。

 この場にいないということは……私たちの契約スライムと交戦していると考えるのが当然ですからね。


 なんにせよ、ライドムを彼らが惹きつけてくれているということは、ここはどうしても私たちだけでなんとかしなければならないということでしょう。

 向こうの増援が来ないだけでもありがたいと思うしかありませんね。


 私がそれだけの事を考えている間に、レイクラド王は突撃の構えを取り、一度空を雄々しく上昇した後、こちらに向かって一気に下降してきました。


「行きますよ! フワローク!」

「頼んだよ、マヒュム!」


 互いに視線だけをかわし、私は魔法。フワロークは持っている武器をしっかりと構えてレイクラド王を迎え撃つことにしました。

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