227・鬼神と青スライムの強行軍
アシュルとの会話が終わって数日。
俺様はようやく整った軍の再編にうなずき、これで攻め込むことが出来る。
その数日でリーティアスに渡っていたカザキリとオウキも無事帰国したし、これでこの国の守りはオウキに任せられるだろう。
最終的にこちらの戦力がスロウデルに比べて劣っている以上、質で押すしかない。
そうなれば必要なのはカザキリのように強い武士だ。
だからこそ、今回の戦いでは普段ありえない魔王本人と契約スライムの両方を戦場に駆り出し、一気に制圧を図る。
そして……ラスキュスの軍勢を押し返しながらアシュルをあの女王の元に送り届けてやる……それが今オレ様達がすべきことだろう。
なんにせよ、準備は整った。
こっちが動けない間によくも好き勝手やってくれたもんだ。
恐らくセツオウカと友好的だった周辺の国々や、キョウレイ以外の町や村はかなり酷いことになっているだろう。
たっぷりとお返しをしなくてはならない。
俺様の国で何をやっても許されるのはこの世界で唯一人。
俺様以外ありえないのだから。
――
首都を出て最初の戦い――ヤカサカ奪還戦間近の時。
ぼろぼろなヤカサカを見ると、心が痛むものだが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「セツキ王、準備は整いました」
「わかった」
今の鬼たちの気力は十分。
ならば……必要なのはあとひと押し。最後の鼓舞だ。
俺様は今回の進軍の為に集った武士たちの前に悠然とした姿で立つ。
いつもの格好と違い、血よりも赤い鮮やかな色な甲冑に身を包み、上に立つものの様相を呈している……と思う。
大名や武士たちには兜をつけることも勧められたが、ただでさえ動きにくい鎧を身にまとっているんだ。
これ以上ごてごてしたものを身に着けたくない。
戦場では身軽に行くのが一番に決まってるだろうに、妙に格式張ったものを来こまされてるこっちの身にもなってくれってもんだ。
ざわざわとしていた武士たちが俺様を目の前にした途端、一斉に静かになる。
うむ、きちんと訓練されているな。こういう時、騒ぐ馬鹿がいたら真っ先に仕置されるから当然といえば当然だが。
「ようやくこの時を迎えた。
お前たちに今まで苦渋を舐めさせてきたことをまず詫びよう。
パーラスタの『極光の一閃』対策の為とはいえ、ヤカサカではほとんど何も出来ず、住民の避難を優先した結果、武勇も碌に振るえず、逃げるようにキョウレイに向かわざるを得なかった……。
これはひとえに、ヤカサカが撃たれた時、国に俺様がいなかった不徳が招いたものだ」
俺様の言葉を誰もが静かに、真面目な表情で聞き入っている。
中には『そんなことはない』とでも言うかのような顔をしているものもいるが、こればかりは俺様の責任と言ってもしかたがないことだ。
過去のことをどう言っても覆りはしない。それはわかっている。
だからこそ、俺様はこいつらの目の前でけじめを着けなければならない。
そこから始めなければ、俺様はこいつらの上に立つ資格はないだろう。
そして一通りの謝罪を済ませた俺様は、これから先の未来の事を語るために、力強く拳を握る。
「だが、そんな屈辱に塗れた日も終わりだ!
パーラスタは俺様達の同胞とも言えるリーティアスの手に落ちた! 『極光の一閃』に怯える必要は、もはやない!
今や俺様たちを遮るものはない! ヤカサカをこの手に取り戻し、ラスキュスのスライム共に思い知らせるんだ!」
段々と周囲に熱がこもっていき、俺様の戦意が、熱が伝染していく。
「行くぞ! 俺様たちの国に手を出せばどうなるか……。思い知らせてやろうじゃねぇか!」
「「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」」
「全軍……突撃いいいいいいいぃぃぃぃぃっっ!!!!」
熱に浮かされるように武士たちはヤカサカを解放するために突撃していく。
「セツキ様、お見事でござります」
「カザキリか……お前は行かなくていいのかよ?」
珍しくその場にいるカザキリに向かって少し皮肉交じりの笑みを浮かべてやると、軽く首を横に振り、不敵な笑みを俺様に向けてきた。
「ヤカサカにいる程度の者どもなぞ……拙者が居らずとも、十分でござる。
それよりも次――ラスキュス女王率いる軍勢と事を構えるときこそ、拙者の十分でござる」
はっ、つまりその時のお楽しみというわけか。
確かに今ヤカサカに滞在している戦力であれば……多少の被害は出るが、苦戦するようなことはないだろう。
被害を抑えるためにはそれこそ俺様やカザキリが率先して前に出たほうが良いのだろうが……そんな事をしても武士たちは成長しない。
少々酷なこと言うようだが、実戦経験を積まなければ強くはなれない。ここで犠牲が出たとしても、それはこの国の明日の為の礎となる。
……などと言っても、この程度の戦いで死者が出るとは思えんがな。
それからしばらく時間が経過し、ヤカサカ奪還戦は無事にこちら側の圧勝で幕を閉じた。
――
――ラスキュス視点――
「女王様、セツキ王が動き出したそうです」
「そう……思ったより早かったわねぇ……」
恐らくティファリスちゃんの仕業だとは思うけど……もう少し時間がかかると思っていた。
こうなってはセツキ王の侵攻を止めることは出来ないでしょう。
彼は上位魔王の中でもレイクラド王と並び立つほどの実力の持ち主。
いくら彼以上に生きている私だからと言っても、おいそれと戦える相手ではない。
――だけど。
だけど私は必ず成し遂げなければならない。
「スライムたちの避難は?」
「大方完了しました。しかし……よろしかったのですか?
彼女たちがいればもっと楽に事を運べるのでは……」
私に頭を下げながら会話してる狐人――いや、銀狐スライムのルマルの言うとおりだ。
今スロウデルには上位魔王と渡り合えるほどの強力な契約スライムはほとんど残っていない。
強いて言うならこのルマルの他に……数十人程度と言ったところでしょう。
それでもセツキ王を止められるとは到底思わないけど……。
南東地域の制覇には容易く……セツオウカを攻略するには難しい……その程度しか残っていない。
だけど、それでいい。これでいいんだ。
「貴女も、ここに留まらなくていいのよ?
リーティアスに行けば……」
きっと受け入れてくれる――そう言おうとしたのだけれど、彼女は首を振って私の方を見てくれていた。
「ここに残っている者はみな、ラスキュス女王様に救われた身――いえ、本当でしたら避難していった皆も同じ気持ちのはずです。
ですから、せめて……せめて最後まで貴女様の元にいさせてください」
……ああ、私はなんて愚かなんだろう。
私の我儘で巻き込むことになったこの子たちに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
でも、私を慕い、こうして残ることを決意した彼女たちに対し、そう思うことこそ侮辱していることになるでしょう。
「……ありがとう。貴女の――貴女たちの思い、確かに受け止めたわ。
だから……ごめんなさいね。自分勝手な願いに巻き込んでしまって」
「いいんです。貴女様のおかげで、本当に楽しかったですから。
今まで私たちの為に生きてくださった貴女の為に……最後の我儘くらい、付き合わせてください」
その後、ルマルは軍の方に赴き、一通り話し終わった私はたった一人の王座に腰掛け、宙を見上げる。
――ここまで来るのに、本当に長かった。
でももう少し。この戦争が終われば、私の望んだ世界がきっと実現する。
……彼が、それを成し遂げてくれる。
思い出すのはもはや名前も忘れてしまうほど、遠くに置き去りにした愛しい魔王様。
あの日の笑顔に、今まで私は報いることが出来たのでしょうか?
生きていて欲しい――そう願ってくださったあの方の想いの通りに生きてきた私だけど……初めて貴方に逆らいます。
きっと貴方は怒るでしょう。『なんでこんな事をしたんだ』と。
――ふふっ、それも悪くないわねぇ……久しぶりにあの人に出会えたなら……。
最早叶わないであろう空想に浸りながら、私は決断した。
今ある全戦力をもって、セツキ王に戦いを挑むと。
それは諦めでも、意思の放棄でもない。
例え死ぬとわかっていても……最期まで戦い続ける道を選んだということ。
生とは戦いであり、生き抜くということは他者を犠牲にすることだと知っているからこそ。
最後までついてきてくれる選択をしてくれた者の為に、私は戦い続けるでしょう。
自らの終わりを迎える、その雫の一滴まで……自らの望むまま。
全ては……長年抱き続けた夢のために。
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