218・エルフたちの戦

 わたしの鉈での一閃を、まるで読んでましたと言わんばかりの馬鹿にした表情で受け止められてしまう。


「はっ、もう少しまともな攻撃をしたらどうだい?

 お前の兄として恥ずかしいよ」

「うる……っさい!」


 鼻で笑われたわたしは、余計に頭に血を昇らせてしまって、ついつい単調な斬りつけをしてしまって……また煽られて悪循環。


「ははっ、いやいや、流石閉じ込められただけはあるよ。

 いくら速くてもね、そんな大雑把な攻撃がぁ……この僕に通じるわけないだろう!」


 攻撃に転じてきたお兄様に警戒を強めたんだけど、一瞬フェイントするように殺気と『マナブレイド』を少しだけ動かしたそれにまんまとつられてしまい、来るはずのない場所を防御してしまう。


 それを見て狩りでもするかのように目を細めて全く別の場所……わたしの右肩を狙って突きを放ってきた。


「『スパイラル・フラム』」


 お兄様がその魔法を唱えた直後、『マナブレイド』は炎を螺旋を描くように纏って、なんとか避けた私の右肩を焼いてしまう。


「あ、つっ……!」

「やれやれ、僕が単調に剣を突き出すだけなワケがないだろう」


 油断したわたしの肌を、お兄様はいとも容易く焼いてくれる。

 全く腹が立つことだけれど、どうにも魔王との戦いになると、駄目だ。


 どうにもわたしの未熟な武器さばきでは、お兄様の一歩も二歩も劣ってしまう。

 認めなくちゃいけない。わたしはこの人よりも弱い。


 閉じ込められていたこともあってか、魔法はそれなりでも剣の腕は圧倒的にわたしが不利。

 戦闘経験だってそう。フェリベルの表側の魔王だったお兄様の方がずっと上。


 あくまで裏側の魔王だったわたしじゃ色々と不足していることを刃を交える毎に痛感させられてしまう。


 ああ、でも……。

 それでも……。


 そんな差を超えるからこそ。

 そんな不利を覆すからこそ、ティファちゃんへの愛を確かめる事が出来るんじゃないだろうか?


「ふ、ふふふ……」


 知らず知らず笑いがこみ上げてくる。

 この人を殺せば、ティファちゃんはきっと喜んでくれる。

 わたしの事を他の人よりもずっと、ずーっと信頼してくれるし、抱きしめてくれる。


 そんな未来が見えるから、尚更気合が入る。


「不気味な笑いを浮かべるな。

 気でも狂ったかい?」

「狂った? 違う。

 


 そうだ。わたしは狂ってる。

 ここまで誰かを妄信的に愛してるこのわたしの気が触れていなければ、きっと世界中の人はまともで、平和な日々を歩んできていることだろう。


「おや、自分で認めるんだな。

 随分と殊勝じゃないか」

「ふ、ふふふ、だってわたし、ずっと独りぼっちだったんだもの。

 ティファちゃん以外密に話してくれた人も、隣にいてくれたこともない。

 とてもじゃないけど、常人の精神じゃいられないに決まってるじゃない!」


 自分の感情だってロクにわからない。

 ギリギリと『マナブレイド』と鉈が鈍い音を立てながら刃を合わせているけど、全然だめ。


 右斜めから早めに斬り下ろすと、『マナブレイド』の刃で軌道を反らして、そのまま踊るように一回転したかと思うと、今度は左斜めから斬撃が襲ってきて……わたしがそれを受け止めたかと思うと、再び魔法が発動される。


「『スパイラル・ヴァン』」


 今度は螺旋を描くように風が渦巻いて、わたし持っている鉈にその螺旋の風がガリガリと音を立てて削っていく。


「く……うぅ……」

「ほら、いつまで持つかな……!」


『マナブレイド』――お兄様の持つ剣が一度一気に押し込まれたかと思うと、そのまま今度は突きを繰り出してきて……再びわたしの右肩が風で刻まれるように斬られる。


 この剣に魔法を宿す技……この魔法のせいでどうにも攻めあぐねている。

 だけど今までの攻防のおかげか、昇っていた血が少しずつ自分の体の中にじんわり広がって、冷静さを取り戻すことが出来た。


 そうだ。何も相手の土俵に合わせる必要なんて微塵もない。

 ついついムキになって鉈での攻撃に集中していたけど、わたしの本来の戦い方はそうじゃない。

 戦闘技術で劣っているなら……それ以上に秀でた部分で補うしかない!


「『風のオブリガード』!」


 わたしの全身を風が包み込んで、体中に魔力が満ちる。

 向こうが魔法で来るなら……こっちも魔法で行くしかない。

 問題はわたしがお兄様のように武器に魔法を纏わせることが出来ないってこと。


 魔法を使うなら強化か普通に攻撃か……魔法の取捨選択が重要になってくる。


 わたしが今までとは違う戦法を取ってきたのを見たからか、さっきまでのどこか馬鹿にしたような笑みを消して、まっすぐこちらの動きを警戒してくれているようだ。


「なるほどなるほど。剣では僕には勝てない。

 だから魔法で対抗しながら……ってことかな?

 お前の方が確かに魔力位は強いからね」

「……そういうこと! 『風水雷のアンサンブル』!」


 三つの力がそれぞれ複雑な軌道を描いていく。

 水は刃のように鋭い波状に広がり、その上を風が踊るように進む。

 雷はジグザグとあちこちに線を描きながらお兄様に向かっていく。


 それぞれが違う動きを取りながらも、目指す場所へと向かう。


「……ちっ、『ファイアランス』!」


 エルフの魔王の力で発現した『ファイアランス』は、20本ぐらいの炎の槍を生み出して、わたしの放った『風水雷のアンサンブル』に襲いかからせる。


 さすがお兄様……あれだけの『ファイアランス』を一度に呼べるのは片手で数えるのが早い程度になるだろう。

 だけど……それだけじゃわたしの魔法は止まらない。


 バシュ、バシュバシュバシュと蒸発するような音が聞こえてくる。

 それでもわたしの魔法は衰える事を知らず、まっすぐお兄様の方へ。


「『スパイラル・フラム』!」



 剣に纏わせた炎の螺旋を使って、『風水雷のアンサンブル』を防ぎにかかる。

 でも、それなら今のお兄様は完全に隙だらけのはずだ。

『風のオブリガード』で身体能力を強化している今のわたしなら――。


「ちっ……ベリルは……」

「ここだよ!」


 お兄様の背後を完全に突いた状態で、二本の鉈を全く同時に思いっきり振り下ろす。

 慌てて飛び退ったのはいいけど、そのまま斬り裂くことには成功した。


「があっ……!」

「こ……んのおおおおお!!」

「これ以上、やらせると思うか! 『エアブラスト』!」


 更に詰め寄ってきたわたしを近寄らせまいと放たれた魔法は、わたしの腹部に思いっきり当って、後ろの方にいくらか下がってしまう。

 本当はここで追撃をかけたかったんだけど……どうにもうまくいかない。


「はぁ……はぁ……ま、まだまだ……!」


 若干息が上がりかけているわたしの事を憎々しげに見ながら、傷を抑えている。


「よ、よくもこの僕に……」

「ふっ……ふふっ、さっきまでの余裕はどうしたのかな?

 いくらお兄様が強くても……わたし、絶対負けない……!」


 同じくらい感情を込めた目で睨みつけたわたしは、ゆっくりと前に進む。

 まだ、まだわたしは戦える……!


「……驚いたよ。

 たかだか愛されたいだなんてどうしようもない理由でここまで戦えるなんてね。

 だけど、いいよ。お前がそこまで戦えるなら、僕もそろそろ本気を出そうか」


 改めて構えたお兄様は、自分から攻撃に転じてきました。


「『クイック』!」


 瞬間的に加速したお兄様の動きをなんとか捉えたわたしは、動きを合わせたんだけど……。


「『フォルス』!」


 それを見た瞬間、刃を合わせる前に筋力強化の魔法をかけてわたしの鉈を弾く。

 びりびりと衝撃が伝わる中、『風のオブリガード』のおかげでなんとか武器を手放さずに済んだけど……強化魔法を使ってなかったら間違いなく間に合わなかった。


「お前がさっき使ったのは持続強化の魔法だろう。

 確かにそれは強力だが、瞬時に爆発的な能力を発揮させることが出来る『クイック』と『フォルス』を駆使すれば、対応出来るというわけだ」

「随分な講釈を垂れること……」


 だけどお兄様の言うことも事実だ。

 わたしの『風のオブリガード』は暫くの間効果が持続する魔法で、その分今のお兄様のように瞬間的に能力を上昇させる魔法とは違って長く効果が弱い。


 わたしはお兄様の前ではこの魔法を使ったことなかったはずなのに……。

 少し冷や汗を流しながら、徐々に激化する刃の応戦に突入する。


 お兄様の言う『フォルス』と『クイック』を活用する戦い方は確かに『風のオブリガード』を上回るには有効的だけど、切れてすぐに絶えずかけていくなんて現実的じゃない。


 それを出来るお兄様の強さを……わたしは垣間見た気がした。

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