203・青スライム、辟易する

 ――アシュル視点――


『姉上様、そろそろパーラスタ付近に着くぞ』

「う、うん……」


 ま、不味いです……なんだかガチガチに緊張してきました。

 ティファさまに命ぜられてフレイアールに乗って一緒にパーラスタに行くことになったんですけど、初めて一人(正確には二人)で使者として別の国に赴く事になってしまったので、本当に緊張しっぱなしなのです。


 今までは絶対ティファさまが傍にいてくださいました。

 大丈夫だと笑顔を返してくれて、いつも私を励ましてくれていた存在……。


 そのティファさまを欠いた、初めての他国がパーラスタで、これから私は怖い目、危ない目に遭うかも知れない。

 そう考えるとどうしても……。


『姉上様、緊張しているのか?

 ……無理からぬ話か。我が母が言うには、そのまま戦いになるということも十分有り得るからな』

「怖いこと言わないでくださいよ……。

 私だって緊張してるんですから」


 これから行く先はティファさまの事を散々妨害してきた悪魔族を束ねていたイルデル王の上にいる……いわば首魁のような存在。

 それをティファさまから離れて、私とフレイアールの二人で行くことになったんですから。

 緊張の一つや二つ、むしろさせてくださいよ。


 私はフレイアールの上でそんな風にちょっとふてくされ気味に頬を膨らませていると、どこか愉快げにフレイアールは私を励ましてくれた。


『姉上様、ご安心召され。

 いざとなれば我がこの身を賭してでもお守りいたします』

「……それ、ティファさまの前で絶対言っては駄目ですよ?

 私も貴方も、あの優しい御方にお仕えする身なのですから」

『はっはっはっ、これはもっとも。

 姉上様はある意味我以上に親密にお仕えしなければならない身。

 しかし、だからこそ、我は自身の身をもって姉上様をお守りするのですよ。

 我が母と姉上様の御子、我も見届けたいのです』


 ……なんでこの竜は私とティファさまの仲を……っていうか今信じられないこと口にしませんでしたか?

 なんでフレイアールが私とティファさまが子どもを作れることを知っているんですか!


 顔を赤くしながらわたわたフレイアールの上で挙動不審になっていると、一層笑いを深めてフレイアールは私にその答えを教えてくれた。


『我は卵の中で悠久の時を学ぶ飛竜の出。

 そしてこの身は我が母の力を得て、さらなる知識の深淵に触れし者。

 歴史上、そういった者も何人もいたからな』


 そんな知識まで仕入れないでくださいよ。

 なんだか私、すごく恥ずかしくなってきたじゃないですか。

 だけどそれ以上に呆れてるような……少し冷静さを取り戻すことが出来ました。


「はぁ……わかりました。

 それじゃあ貴方の為にも、私、頑張りますから。

 ちゃんとついてきてくださいね?」

『無論である』

「それはそうと……なんで敬語とそうでないのが混ざってるんですか?

 なんだか話し方、変ですよ?」

『う、うむ……我も努力はしているのだが、済まぬな』


 そんな風に謝られると、なんだか面白くて、フレイアールのおかげですっかり落ち着くことが出来ました。

 そうして、私達はパーラスタよりも少し遠くの森にその身を落ち着け、成竜から小竜に。

 私とティファさまが知っている可愛らしい姿に戻りました。


(それじゃあ、早く行こう!)

「……本当に面白い子ですね。フレイアールは」

(むー、僕も好きでこんな風にコロコロ変わってるわけじゃないのにー)


 ばたばたと空中をもがくように抗議するフレイアールをつんつんしながら、私達は悪辣卑劣なフェリベル王の住まう国――パーラスタへと向かいました。






 ――






 ――パーラスタ・首都エルパラス――


 初めて見たエルフ族の国の首都は想像以上に歪で……醜悪なものに見えました。

 色んな種族がいて、皆楽しそうに笑い合っているようですけど、それのどれもが不自然で、吐き気がするほど気持ち悪い不気味さを感じます。


 魔人族の子どもはエルフ族の子どもに殴られても笑顔のまま。

 路地の奥では獣人族の男性がエルフ族の青年に足蹴にされるのを、泣きながら感謝している獣人族の女の子。

 まるで生きた像がここにあると言うかのように、一歩も動かず静止しているリザードマン族。


(ね、姉様……ここ、気持ち悪いよ……)

「そうですね。これがエルフ族の本性というわけですか……」


 そんな風に私とフレイアールがこの国の信じられない様をまじまじと見ていると、何かを嗅ぎつけたエルフ族の青年が一人、私の元に歩み寄ってきました。


「これはこれは……見たところ魔人族の女のようだけど、なんで腕輪をしていない?」

「私は今ここに着いたばかりです。そんなものしてるわけないじゃないですか」


 そっぽを向いた私に、下卑た笑みを浮かべるこの愚か者が何を考えているのかよくわかります。

 所有者がいないなら、『隷属の腕輪』を着けてやろうという魂胆なのでしょう。

 しかもフレイアールの方もちらちらと気にかけているようだけど、フレイアールは普段しないほどゾッとした冷たい瞳で俗物を見下みおろし――いや、あれは見下みくだしているようです。


 だけど、多分私も同じような目をしているんだと思います。


「そうか……なら」


 一人、二人とぞろぞろと出てきて五人の馬鹿エルフ族が一斉に私を囲んでくる姿に本当にため息が出てしまいます。


「はぁ……女の子によってたかって、恥知らずだと思わないんですか?」

「はっ、これは調教しがいがあるな」

「だろ? 生意気そうな顔してる」

「これから劣等種にここでの生き方を教えてやろうっていうんだ。

 のこのこここにやってきた恥知らずの劣等種にな!」


 にやにやといやらしい顔をこっちに向けて、この人達の頭の中はどうなってるんでしょうかね?

 ティファさまの爪の垢を毎日飲ませてあげたいくらいですよ。


(姉様ー、こいつら、どうするの?)

「……いいですか? 私はリーティアスからやってきた使者なんですよ?

 貴方がたが優良種だと豪語するのであれば、あまりエルフ族の品位を貶める真似は止めたほうが良いと思いますがね」

「はんっ、劣等種が驕るなよ? そんな嘘が通るわけないだろうが!」


 フレイアールには落ち着くように視線だけで指示しておいて、私は自分が他国からの使者であることを告げたのですが……やっぱり何の意味もなかったですね。

 とりあえず、私に手を上げた証拠が欲しいので、私に『隷属の腕輪』を着けようとする馬鹿げた行為を黙って見過ごすことにしました。


「ああだこうだと言ってる割には素直じゃないか。

 本当はこうしてほしかったんじゃないのか?」

「これだけの人数に囲まれて怖かったんじゃないのか?

 これからはもっと怖い目に遭うのになぁ」


 何を好き放題言っているのやら……。

 私の右腕に『隷属の腕輪』を着けた事で得意げになっているところ悪いですが、そろそろ終わりにしましょうか。


「『アクアブラキウム』」


 私の作り出す大きな水の腕が地面から現れて、ひとまずエルフ族の不届き者を二人、ぶっ飛ばしてあげました。


「な、なんで……!」

「決まってるじゃないですか。貴方達のように『隷属の腕輪』程度で操られるような様ではないということですよ」


 ひとまず全員ぶっ飛ばしてさっさと歩きだしました。

 一応、この『隷属の腕輪』はこの国にされたことに対する仕打ちとして着けておきましょう。

 どうせこんなものに何の価値もないのですから。


「フレイアール、行きますよ。

 この程度の雑魚に付き合ってる場合ではありません」

(はーい)


 全く、この国のエルフ族は本当に野蛮ですね。

 私に命令できるのはティファさまだけ。

 こんな腕に身につけられる程度の小賢しい道具で、何もかも縛れると思ったら大きな間違いです。

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