204・青スライム、エルフ王と対峙する

 最初からひどい目に遭いましたが、それでもめげずに前に進むことしばらく――。

 私は心身共に疲労しましたが、ようやく城門まで辿り着くことが出来ました。


 深い――本当に深いため息をゆっくりとすると、少し生き返ってくるように感じます。

 恐らく、フレイアールも同じ気持ちなのでしょう。

 その小竜の目には明らかに疲労の色が宿っていたのですから。


「……城に着くまで、こんなに大変な思いをするとは思ってもみませんでした」

(姉様ー、ぼくもう疲れたよー)

「私もですよ。ですが、もう少し辛抱してください。

 どうせこの国で心休まる時間なんてありはしないのですから……」

(むー、帰ったら絶対母様に頭なでなでしてもらわないと)


 ああ、それはいい考えです。

 それなら私もぜひ参加しなければ。

 そうでなくては今回のこの使者の件……あまりにも酷いとしか言いようがありません。


 何をどう勘違いしているのかは知りませんが、出会うはしからエルフ族に呼び止められて、飼い主はどこだの生意気だの奴隷にしてやるだの……そんなのばっかりが続いて……。

 もう数えるのも面倒くさくなったほどぶちのめしてあげました。


 こっちがいくらリーティアスの使者だって言っても全然聞いて――いや、聞いてくれる人はそもそも私に話しかけようともしませんでしたね。

 大半がおつむの緩い……どこにでも出現しそうな『馬鹿』を更に特化させたような連中ばかりが話しかけてきましたし。


 それから門の守りをしている兵士達が不審なものを見るような目でこちら側を見てきましたので――


「リーティアスからまいりました。

 フェリベル王へと謁見をお願いします」


 と言いながら殺気立った視線で彼らを射抜くと、怖気づいたかのように一歩二歩下がりながら待っているように言ってくれました。


 これには私も一安心。

 本当に良かった。これ以上なにかあったらもう我慢できそうにありません。


 ただでさえ『アクアブラキウム』でぶん投げるだけで余計にイライラし始めてきましたし、ここで押し問答にならずに済んで良かったです。


 それなりに時間がかかりましたが、兵士のエルフが戻ってきたかと思うと、そのまま私をフェリベル王のいる謁見の間まで案内してくれました。


 ……随分と時間はかかりましたが、ようやくお目見えです。

 今後彼らの対応次第で私達もとるべき行動が変わってくきます。


 それをしっかりと頭の中でもう一度思い返し、私とフレイアールは兵士の方に案内されるまま、謁見の間へと足を踏み入れました。






 ――






 どこか緑や柔らかい黄色を主体とした広々とした部屋。

 わたしから見て正面の、部屋のその奥に、このパーラスタを仕切るエルフ族の上位魔王――フェリベル王が玉座の背もたれにその身を預け、足を組んでこっちを見ていました。


 これまた、随分と余裕のある表情だ。

 私の方も思わず体にぐっと力を入れ、フレイアールと一緒に前へと進んでいく。


 あの時……『夜会』で見た時のフェリベル王は実はベリルさんで、今目の前で薄く笑っている彼が本物の――というより、普段表舞台に立っている方のフェリベル王。


 こうして見ると、本当に双子のようにそっくりです。

 ただ、纏っている雰囲気がかなり違うようには思えます。


 ベリルさんはティファさまにべったりしているときは本当に幸せそうに頬を緩めていて、私や他の人と話をする時なんかは賢そうな――と言っては失礼でしょうが、知性を宿している目をしていました。

 それでも話せば可愛らしい子なので、最近では打ち解けてきたのではないかと思っています。


 対するこのフェリベル王……フェイル王ですかね。

 この方とはとてもではないですが、話が合いそうにありません。

 その目に宿っているのは知性と狂気。

 私やフレイアールには興味があるようですが、その前……フェリベル王がこちらに気づいて目を合わせた一瞬。

 彼はそこいらの小石でも見ているかのような冷めた目をしていました。


 どちらかと言うと、悪い意味であまり近寄りがたい雰囲気。

 無表情じゃなく、ほんの少し口の端をあげて緩やかな笑みを作っている上にその視線。

 どちらかと言うと獲物を目の前にした肉食の魔物を見ているような、そんな気持ちになってしまいました。


「『夜会』の時以来だね。ティファリス女王の契約スライム」

「……アシュルと申します」

「ああ、済まないね。どうにも……エルフ族以外の者の名前は覚えにくくて」


 ククッ、と笑うフェリベル王に思わず嫌悪感をあらわにしそうになりましたが、そこはグッと堪えて、心を落ち着かせて部屋の中央まで静かに歩いていきました。

 すると、ようやく私の腕についているものを見つけたのか、興味深そうにそこを注視し、愉快そうにそれを指摘してきました。


「これはこれは、まさか『隷属の腕輪』を着けているとは思いませんでしたよ。

 それは、何かの余興ですかな?」


 わざとらしい言葉遣いで私を煽っているのでしょうが、ここで怒ってしまってはティファさまの品位を下げるというもの。

 使者としてきた以上、直接何かをされているわけでもないですし、相手の粗相は極力笑顔で流してあげないといけないでしょう。


「ええ、随分と楽しい余興を城下でさせていただきました。

 エルフ族の方々は随分と遊びがお好きなようですね」

(ね、姉様……それはすごい皮肉ってるんじゃ……)


 フレイアールは黙ってください。と視線を送ると、気圧されたように少し後ろに下がってしまいました。

 対するフェリベル王は目をすっと細めて、敵でも見るかのような視線を送ってきます。

 いやまあ、私と貴方は最初から疑うことのない敵同士なんですけどね。


 このままでは皮肉の応酬になることは事実。

 私はこれ以上必要もないであろう『隷属の腕輪』を適当に外して、持ってきたアイテム袋の中に放り込んでしまいました。

 いつまでも着けていたいものではありませんし、文句を言いたいがために着けていただけですからね。


「話はひとまずこのくらいにしておいて……こちら、ティファリス女王様がしたためた文書になります」

「うん、拝見しよう」


 確か……『夜会』でフェリベル王のフリをしていたベリルさんの近くにいたエルフ族の男の方です。

 あそこにはスライム以外連れて行っちゃいけないことになっていましたし、それを考えたら彼はスライムということになりますね。


 しばらく目を通していた後、ゆっくりとその文書を折りたたみ、懐にしまって私の方を見てきました。


「これはつまり、要求が多すぎるように思えるね」

「多すぎる、ですか」

「だってそうだろう? エルフに彼女のところの住民が誘拐された。

 少なからず僕の支配下にある国のどこかがやっているのは間違いない。

 犯人の特定、そして速やかに誘拐された者達の行方を捜索し、こちらに戻すように……」


 一つ一つ確かめるように言った後、最後に鼻で笑ったというおまけ付き。

 ちょっとカチンときてムッとしましたが、今は口を出すべきではないと黙ったまま、彼の言葉を聞くことにします。


「わかるよ。

 上位魔王である彼女の国に手を出せるのは、僕の庇護下に入っている国の者たちくらいだからね。

 それを考えたらティファリス女王の考えはあながち間違ってはいないだろう」


 だけどね、と一言区切ってから、更に不満げな表情を浮かべる。


「いくら僕でも支配下の国の全てをコントロールしているわけじゃないんだ。

 僕だって上位魔王であるティファリス女王に喧嘩を売るような真似、なるべくならしたくはない。

 もちろん、犯人を捕らえるのには善処しよう。誘拐された種族も発見次第保護し、返還しよう。

 しかしこちらも急な話であり、迅速に行動するには時間が足りない……わかるね?」

「……は、はい。それはもちろんです」


 正直、彼の言葉は心底以外でした。

 シラを切る。逆に挑発してくる。

 そんな風に考えていたのに、実際は謙虚なまでに正直に答えてくれました。

 ……先程までの態度が嘘のようにしおらしい態度で。


 結局、終始そんな対応をされた私は、今フラフがここにいるという確たる証拠もなかったので、引き下がらなくてはならない羽目に。

 その後はエルフ族の暴挙も謝罪してもらい、私に危害を加えた者達は捕らえ、厳罰を化すことを約束してもらいました。


 内心、どこか腑に落ちませんでしたが、これ以上の問答は無意味。

 せめて一日は泊まるようにと言われ、私とフレイアールはここで一泊。

 こっそり極力透明化させた『アクアディヴィジョン』を仕掛けて、次の日にはパーラスタから引き下がることになってしまいました。

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