196・伝えられる秘めた想い、青の告白

 夜になり、送魂祭の時間になった事もあって、セツキとの酒盛りも切り上げることになった。

 結局一杯どころかかなりの量の酒を飲むことになってしまい、つくづく私は自分の体質というか、『ヴァイシュニル』の効果で酔わない自分に感謝するのであった。


 酒の強さぐらいははっきり伝わってくるからなおさらそれがわかる。

 私が普通に酔うのであれば、今頃ぐでんぐでんに酔い潰れていてもおかしくはなかったからだ。

 量自体はそうでもなかったのだが、いかんせん強い酒ばかり勧めてくるのだから参ったもんだ。


「ティファさま、大丈夫ですか?」


 酒盛りを切り上げて祭りに向かっている道中、心配そうに私の顔を覗き見るアシュルに対し、にっこりと笑いかけてあげた。


「大丈夫よ。量は飲んでないからご飯も口に入るし、全然酔ってないから」

「そう、ですか?」

「心配症ねぇ……ほら、別にふらふらしてないでしょう?」


 タン、タン、と器用に下駄でステップを踏むようにアシュルの前に躍り出て、アシュルの前で腰を屈めて下から上に覗き込むような上目遣いをすると、どこか頬を赤らめて、ぶんぶん首を縦に振っている。


「は、はい! 良かったです」

「それじゃほら、手を繋いで行きましょう?

 下手したら迷子になりかねないからね」


 私がすっと、手を差し出したら間髪入れずに両手でしっかりと包み込むように握りしめ、さっきよりも顔を赤くしているようだった。


「はい! はぐれないよう、しっかりと掴まっていきますね!」

「……それは良いのだけれど、そんな風に掴まれちゃ、歩きにくいでしょう?

 普通でいいの、普通で」


 苦笑しながら両手で私の片手をしっかりと握りしめたアシュルに苦笑しながらそっと彼女の左手の甲を優しくさすると、更に顔の朱を深めて、改めて握り直してくる。


 今度はちゃんと片手になっていて、嬉しそうに私の隣を歩いている。

 城から見下ろした町は夜の暗闇に包まれながらも明かりに照らされ、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。

 月が照らす祭りの町を、私達は魔王や契約スライムというお互いを立場を決定づけている関係を忘れ、ただの少女のように町の中に繰り出すのであった。






 ――






 久しぶりに訪れた送魂祭は相変わらずの賑やかさで、ワイバーン空輸によりいつも以上に盛んに貿易を行われるようになったおかげか、前はなかった屋台がちらほらと見受けられ、私の好奇心をくすぐってくれる。


「ティファさま、来たばかりなのにすごく楽しそうですね」

「ふふっ、当たり前じゃない。活気づいた町を見るのは気分の良いものよ。

 それも私が貢献しているとなるとなおさら、ね」


 この活気に私が多少なりとも携わってるって思うと、私がやったことが活きているんだと実感出来て嬉しいのだ。

 こんなことに嬉しがってるような魔王なんて私ぐらいしかいないだろうと思ってもどうしても、ね。


「ティファさま……。

 あ、ほら、あちらに新しい食べ物がありますよ!」


 私の発言に思うところがあったのか、妙に感動しているような様子のアシュルだったけど、珍しい物を見つけたとすぐに大騒ぎして私にアピールしてくれる。

 ふとそちらの方を見てみると、なんだか不思議な丸い物が売られているのが見えた。


「一緒に行きましょう」

「はい!」


 私の手を取って走って行く様なんかはすごく可愛らしい。

 そんなアシュルを後ろから追いかけながら走っていくと、そこにあったのは『大福丸』と看板に書かれている屋台だった。

 それなりに売れているようだけど、並ぶほどではない。そんな感じの繁盛具合だ。


「らっしゃい」

「あの、この大福ってなんですか?」


 アシュルが小首をかしげて大福丸の看板を指で差すと、よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりに胸を張って意気揚々と説明しだした。


「甘い物食べてると幸せな気分になってくるだろう? 幸せってのはセツオウカでは『福』とも書く。

 で、大きく丸いもち皮にあんこを包んでるから大きな福を包んでるってことで『大福』って名付けたんだ」

「へー」


 どうやら名付け親だったらしく、かなり上体を反らして『いい名前だろ?』とアピールしているようだった。

 確かに、それはおめでたい食べ物のように見えるが……あんこともち皮ってのはどんなものなんだろう?

 まあいい。食べてみればはっきりとわかることだ。

 少なくとも甘い物であることは間違いないのだから、味の予想は出来る。


「それじゃ、私とこの子に一つずつちょうだい」

「あいよ! まいどあり!」


 お金を払って手渡されたのは、大きな白くて柔らかい物を肌触りの良い紙で包んで手渡してくれた。

 受け取った大福は紙越しでも弾力が伝わってきて、いい感触だ。

 口に含んでみると、もちというだけあって柔らかく、舌触りのいい食感が伝わってくる。

 噛みちぎろうとしても中々千切れない感触が心地よく、中のあんこは上品な甘さと、独特な歯ざわりが実に心地よく素晴らしい。


「うわー……新体験ですよー……」


 アシュルの方も初めて食べる大福に思わず笑みがこぼれているようで、なるほど、確かにこれは大福と言っても言いすぎじゃないだろう。

 こんなに大きな福えがおが溢れてきているのだから。






 ――






 しばらく屋台を楽しんだ私達がたどり着いたのはちょうどあの時の長椅子。

 たまご焼きとか色々なものを買ってそこで花火を見て――アシュルの仕草にドキッとした場所だった。

 アシュルの方もその事を覚えてくれていたのか、昔を思い出すような微妙に遠い目をしていて、その横顔がすごく印象的だった。

 だからだろう、私はあの時の続きを聞くために言葉を紡いだ。


「ね、アシュル。覚えてる? ここの思い出」

「もちろんですよ。私が詰め寄って……あぅ、実際言葉にすると恥ずかしいですね」


 はにかむように笑うアシュルは未だ月明かりのみの空を見上げて何か思はせているように感じる。

 ――祭りの喧騒が遠くなっていくような気がして、私も思わず空を見上げた。


 ささやかに、でも一斉に自己主張する星々。

 まるで自分が一番なんだと言わんばかりの煌きに、一層強調される月。

 どこか遠くの世界に来たような……不思議な感覚と共に、私は、アシュルと共に隔離されていくような感覚を覚えた。


 それはあくまで私が感じただけのもので、実際はただ長椅子に座ってるだけなんだろうけど……きっと。

 きっとアシュルも私と同じように感じていてくれているような――そんな気がした。


「私、あの時ティファさまがたまご焼きを手で潰してちょっとホッとしたんです。

 まだ早いって思ってましたから……」

「早い……?」


 ふと見た彼女は空を見上げたままで……。

 アシュルの何か決意したような顔は、私を惹き寄せてくれている。


「私、ずっと怖かったです。

 ティファさまが受け入れてくれるかどうか。否定されるんじゃないか。

 貴女はすごく強くて優しくて……いつも誰かの事を考えていて……。

 私以外の皆が貴女の事がとても……とても大好きで。

 そんな中私が貴女と共にいられるかどうか心配でした」


 空を見上げたままのアシュルは、どんな気持ちで今の感情を吐露しているのだろう?

 不安。憧れ。色んな感情を秘めているであろうその瞳はただただ星たちに訴えかけるように。


「ティファさまがベリルさんを連れて帰った時、私、すごく焦ったんですよ?

 だって、ティファさま、それからずっとベリルさんにかまけていて……私の事を全然見てくれてなかったんですもの」

「……ごめんなさい」

「謝らなくていいんです。昔のお友達だったんですし、ベリルさんは本当にティファさまの事が大好きなように見えました。

 私の方がもっと積極的になるべきだったんです」


 それからゆっくりと私の方を向くアシュル。

 その目は決意の色がにじみ出ていて、物凄く緊張しているようだった。


「あ、あの、ティファさま。

 私……貴女のこと、本当に好きです。

 いや、好きなんて言葉じゃ言い表せないほど……ずっと一緒にいたいほど、愛してます」


 初めて聞いたアシュルの本当。

 そこにいたのはいつもの契約スライムじゃなく――愛の告白した、一人の女の子の姿だった。

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