195・魔王様、お祭りを再び

 ――8の月ペストラ・14日――


 私は出来る限り執務を敷き詰め、予定より大幅にこなしていくことに成功した。

 ベリルちゃんの方は私と遊べないことに不満げに頬を膨らませている時もあったけど、今はアシュルを大切にしてあげたいのだと伝えると……不思議と理解を示してくれたのだ。


 いや、かなり不平不満は言われた。

 実際、相当怒りを含んだ視線を向けられたし、私もこれは駄目かな……って思ってしまったくらい。

 だけど結局ベリルちゃんが折れてくれて――契約スライムであるアシュルだけなら、と受け入れてくれた。

 その代わり他の男性女性に気を向けるなと相当念押しされてしまったのだけれど。


「だけど、その契約したスライムの子とわたしが一番! 絶対! 絶対に二人で一番だからね!?」


 と微妙に血走った目で念押しされてしまい、その気迫に負けた私はうんうん頷いてしまった。

 あそこで頷かなかったら、なにか不味いことが起こりそうな……そんな予感がしたのだ。


 しかし、彼女がギリギリ分別を付けてくれる女の子で本当に助かった。

 アシュルと祭りに行こうと思ったときから、ベリルちゃんをどうしようか随分と悩んだものだ。

 結局素直に打ち明ける以外思いつかなかったのだから情けないのだけど、それでも彼女が認めてくれて本当に助かった。


 そうして私はしがらみもなくなったお陰で仕事に打ち込み、今、私とアシュルはフレイアールの背に乗って、二日前にセツオウカ着くことが出来た。

 更に前回セツキに見繕ってもらった浴衣に袖を通し、お祭りに行く万全の体勢を取って、今日を迎えることが出来たのだった。






 ――






 送魂祭は夜で、今は昼。少し時間を持て余していた私は、アシュルを連れてセツキに会いに来ていた。

 セツキは相変わらずセツオウカ特有の王座に腰掛け、不敵な笑みで私の方を見つめ――いや、私の姿を見た瞬間、若干呆れたような目を向けてきていた。


「なに? なにか不満でもあるの?」


 思わずムッとして語気を強めて言う私に対し、セツキは『わかってないな』と深いため息を一つついていた。

 なんだか、最近ため息つかれてばかりなんだけど、本当に何なんだろうか?


「あのよ、なんで前の祭りの時と同じの着てるんだよ。せっかくだからもっと色々試せばいいじゃないか」


 セツキが言いたかったのは、私が前にセツキが取り寄せて、そのままくれた浴衣をそのまま着て来ていたのだ。

 ちなみにアシュルの方は上が夜のように深い青で、下に向かうにつれて徐々に空のような青色に変わっていってる浴衣を身に着けている。

 深い青のところ――胸元辺りに大きな三日月が描かれていて、星が散りばめられているのだ。決して装飾過多というわけではなく、あくまで少しばかり散らされている程度。

 帯の方は水色と白で雲を見立てるかのような演出がされていて、非常に綺麗に仕上がっているのだ。


「だって、私はこういう時以外袖を通すことないもの」

「……それじゃあなんでアシュルの方は新しいの着てきてるんだよ」

「彼女には私がプレゼントしたのを着てもらいたかったんだもの」


 そう、アシュルの浴衣はこの時の為に私が見繕っていたものだったのだ。

 ……それにかまけて自分の分を用意するのをすっかり忘れてしまっていたのだが、そこまで素直に行ってしまうわけにはいかない。


 自国内であるのならばともかく、外側にまで素直でい続けて恥を晒すのはまた違う。

 セツキに笑われてしまっては、リーティアスの恥と言ってもいいだろう。


「良いではありませぬか。それだけティファリス女王がその浴衣を気に入ったということでござるよ」


 そういう風に言ってくれているカザキリは本当に出来たスライムだとつくづく思う。


「馬鹿だな。惚れた女の新しい一面ぐらい見たいもんだろうが」


 呆れるようにカザキリの言葉を否定したセツキに、『な、なるほど』と衝撃を受けるカザキリ。

 というかさらっと惚れた女とか言わないでくれないかなぁ……?

 そんな言われ慣れてないこと言われると、やっぱり少しは顔が赤くなってしまう。


「ティファさまは何を着ても可愛らしいから良いんです!」


 グッと拳を握りしめて力強く宣言するアシュルは、私が照れているのが気に入らなかったのか、少々強く声を張り上げていた。


 彼女もだいぶ私に染まってきたのか、一応上位魔王であるセツキに対しても遠慮がなくなってきているような気がする。

 今は別に仕事をしているわけじゃないし、プライベートな時間なのだからいいのだけれど。


 一応公共の場では弁えているから、そこはナロームとは違うところだろう。


「ま、当事者がそう言うのであればいいけどよ」


 頭を掻きながら仕方ないなと言った様子のセツキはやれやれというように立ち上がって来た。


「まだ祭りまではしばらく時間があるだろう?

 せっかくだし、一杯付き合えよ。良い酒が手に入ったんだぜ」


 にやりと笑う彼もかなり自由な性格しているとつくづく思った。

 一応魔王で、執務中の面会のようなものだったはずだ。

 それなのに真っ昼間から『一杯付き合え』とはどこの飲んだくれなんだろう。


 ……どうせ面と向かっていったところで聞く気はないのだろうから別に構わないのだけれど。


「別に構わないけど……桜酒?」

「いいや、ラスガンデッドの相当強い酒だぜ。

 お前のワイバーン空輸のおかげで色んな国の酒がここにいながら味わえるようになったからな。

 本当に、ティファリスさまさまだな!」


 わっはっはと高笑いしているのはいいけど、随分と調子の良いことを言ってくれたものだ。

 しかし、私のところが始めたワイバーンによる貿易がこんなところにまで影響を与えているというのは嬉しいもんだ。


 ここでこっそりカザキリが私の方に寄ってきて、そっと耳打ちしてくれた。


「最近、本当に色んな酒に手を出すようになったのでござる。

 拙者も時折付き合っているでござるが、匂いも味もほとんどしない強い酒を飲んでいた時は流石に首をかしげていたでござるが……心底楽しんでおられるようで拙者たちも嬉しいのでござる」


 聞けば聞くほど色んなお酒に手を出しているようだ。

 そして、美味しいお酒は周囲に振る舞いたくなるのがセツキという鬼の性分である以上、一杯では済みそうにないだろうな。


「ティファさま……」


 不安そうに私の顔を覗き見ているアシュル。

 大方、セツキに乗せられすぎて祭りの時間になっても抜け出せないんじゃないかと心配しているんだろう。

 それか……私の酔ったところを見たこと無いからか、酔いつぶれるのではとも思ってるのかも知れない。


「大丈夫よ。ちゃんと夜には終わらせるから」

「ほ、本当ですか……?」

「当たり前じゃない。何のためにここまで着たのと思ってるのよ」


 ニッと『当然でしょう?』と言うように笑顔を浮かべた私に安心したのか、アシュルの方もにこやかな笑顔を私に向けてくれていた。

 それから私はセツキに誘われるまま様々なお酒の味見やらなんやらをしながら、夜の送魂祭までの時間を過ごすのであった。

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