間話・猫人はスライムと出会う
――フェーシャ視点――
ティファリス様のところで行われていた会議も無事に終了し、ケルトシルに帰ってから数日。
ぼくは執務に明け暮れていたんだにゃ。
「フェーシャさま、準備はよろしいですかんにゃ?」
「問題ないにゃ」
レディクアがぼくの部屋に様子を伺いに来てくれたけど、ぼくの方は問題なしなのにゃ。
ファガト、ネアと他の国の間者や悪魔族が上手く入り込んでいた、ということもあって、選ぶのに物凄く慎重になってるからかもしれないにゃ。
だけどそれもしょうがないにゃ。ぼくもこれ以上ケルトシルを荒らされたくないからにゃ。
だからこそ、今必要になるのは誰よりも信頼出来る存在。
カッフェーの後釜がしっかり務められる存在なのにゃ。
最初はレディクアにそれを打診したんだけれど、ぼくの国にガッファ王が攻め込んできた時も、ファガト達に捕らえられて動けなかったことから、そんな資格はないってはっきり断ってきたのにゃ。
だからこそなおさら頭を抱える事態になってるのにゃ……。
他の国で言う大臣なんかよりもずっと魔王に近い地位にあると言っても過言じゃないのにゃ。
そんな地位に就かせる猫人族を選ぶのなんて、慎重になるのに決まってるのにゃ。
だけどいつまで経っても決まらないのじゃいずれ政務に支障をきたす、ということで、スライムと契約して、その子を
そして今日がその日。
ケルトシルにあるスライムの村スラビレッジにぼくは向かう予定だったから、レディクアもわざわざここに来たのだろうにゃー。
それにしても、レディクアもいつもどおりに戻ってくれてよかったにゃ。
彼女はぼく以上にカッフェーを失ったことに傷ついていたにゃ。
……それも仕方ないことだろうにゃ。
彼女はカッフェーの事を心の底から愛していたし、カッフェーも彼女の事を大切にしていたのにゃ。
それで傷つかないはずがないのにゃ。最初は上手く現実が受け止められなかったのか気丈に振る舞っていたんだけれど、じわじわと事実を受け止めていたレディクアは次第に元気がなくなっていったのにゃ。
正直、子どもがいなかったら立ち直れないんじゃないかと思うほど見ていて辛かったのを、今でも覚えているのにゃ。
カッフェーが残した大切な証。それを守るために、レディクアも今では前よりしっかりとしているようだったのにゃ。
だったら、ぼくの方も見習わないといけないにゃ。
妻であるレディクアが必死に立ち直ったのに、親友に等しいと思っているぼくが立ち直れないんじゃ、カッフェーにも笑われてしまうにゃ。
「待たせたにゃ」
「それじゃあ、行きますんにゃ」
部屋から出たぼくを入り口で待っていたレディクアに声をかけて、ぼくはケルトシルが所有しているスライムが暮らしている村――スラビレッジへと、足を運んだのにゃ。
――
――ケルトシル・スラビレッジ――
到着したそこは、猫人族とスライムが一緒に住む村。
スライムは契約しなければ基本的に戦力として数えることが出来ない以上、誰かを防衛に当てる必要があるからにゃ。
他国からの来訪者や移民が少しずつこっちにも流れてきてるとは言え、ここは昔からケルトシルにある場所にゃ。
それに……そもそも他の国の種族はあまりスライムのいる場所に来ることはないにゃ。
基本的に田舎、と言えばいいのかにゃ……あまりごった返しているような場所は好まず、自然と一緒に暮らすことを好んでいるせいか、都会に憧れるということないからにゃ。
「相変わらずここはいいところにゃ。自然の匂いがするにゃ」
前にここに来た時も思ったけど、畑に木々があって草花が多いこの村は本当に首都とは違って自然の匂いがして、ぼくは好きなのにゃ。
思わず目を閉じて深呼吸しながら村の空気を味わっていると、レディクアの呆れた声が聞こえてきたのにゃ。
「フェーシャさま、ほら早く行くのかんにゃ」
「レディクアはせっかちだにゃ。すぐ行くのにゃ」
急かされたぼくは目的の場所――契約の館とぼくらが呼んでいる場所に向かうと、そこには一匹のスライムがいたにゃ。
スラビレッジの長であるラスラが悠々と深紅茶を飲んで楽しいティータイムの真っ最中をしているみたいだったにゃ。
手足もないスライムのくせに、触手でティーカップの持ち手部分を掴んで器用に飲んでいるその姿はどこか優雅さを感じるほどだったにゃ。
「ラスラ」
「ん……これはこれは、お久しぶり。フェーシャ様」
ゆっくりとこっちの方を向いたラスラはようやく来たかと言わんばかりのため息混じりに僕の名前を呼んできたにゃ。
それにしても本当に久しぶりだにゃ。父様に連れられて以来だったはずだにゃ。
「ここに来た用件はわかるにゃ?」
「もちろん。もう来ないかと思ってたけど、ようやく来たんだね。
君の契約予定のスライムも、ここで随分待ちくたびれていたよ」
「それは申し訳ないことをしたにゃ」
本当なら何年も前に結ぶはずだった契約なんだから待たせてしまった感は拭えないにゃ。
しかもあれからついつい後々に回してしまったこともあって、余計に謝るしか術がなかったにゃ。
「まあいいよ。君が来てくれただけであの子も嬉しいはずさ。
もう契約の間にいるだろうから、一緒に行こうか」
ぽよん、と音がして椅子の上から飛び降りると、そのまま地下の方に案内してくれるラスラに黙ってついていったにゃ。
初めて入る契約の間は床に魔法陣が描かれてあって、その中には普通のスライムより一回りくらい小さい子がぷるぷると震えながら何かをじーっと待っているようだった。
「スラシュ。やっぱりここにいたんだね」
「あ、ラスラさま……」
スラシュと呼ばれた少女のような声を上げたスライムは、ぼくの姿を認めるとまるで凍りついたかのように動きを止めてしまったのにゃ。
しばらくの間硬直していたんだけど、意識を取り戻したのか、ぽよんぽよんとぼくの方に跳ねてきて、嬉しそうな雰囲気が伝わってきたにゃ。
「フェーシャさまですよね! お待ちしてました!」
「……ぼくの事、わかるのかにゃ?」
「だって、今まで見た猫人族の方の中でも、強力な存在感を放っておりますから!」
こうやって喜びを前進で現してくれていると逆に今まで来なかったことに申し訳ないという気持ちが強くなってくるというか……そこまで思ってくれて嬉しいというか……複雑な気持ちになったにゃ。
「それじゃ早速契約に移るよ。
スラシュも早いほうがいいだろ?」
「は、はい!」
ぷるぷると震えやる気に満ちたスラシュは魔法陣の中央にぴょんと飛び乗って、期待するかのようにぼくの方を見てきたにゃ。
「フェーシャ様、契約の仕方はわかる?」
「一応復習してきたにゃ」
「それじゃお願いね」
ラスラが魔法陣の外でぼくたちを見守るように眺めているのを横目に、スラシュのところまでまっすぐ歩いていって、そのままぼくは自分の爪で手の甲を引っ掻いたにゃ。
その傷からにじみ出た血を何度かスラシュに垂らして、そのままスラシュの体に触れて魔力を流し込むようなイメージをしたにゃ。
後は名前だにゃ。
ぼくは前々から決めていた名前を……スラシュに与えることにしたにゃ。
「君の名前はノワル。昔の言葉で黒を表現した言葉だにゃ」
白い昼から夜の黒が交わるぼくの後ろを歩いて欲しい――そういう意味で名付けたそれは、眩い光を放って……やがて光が収束した頃には一匹の猫人族が……いや、ぼくの契約スライムなんだから英猫族だろうにゃ。
艷やかな真っ黒な毛並みはとても美しく、瞳は夜の闇のように深く黒い青。
多分猫人族じゃないとわからないけど、この子は雌――つまり女の子だにゃ。
「あ、あの、よろしくおねがいします……ニャ」
ぺこりと頭を下げたノワルのその姿はすごく愛らしく見えて……思わず可愛いとぼくは思ってしまったのにゃ。
完璧な英猫族の姿。
今まで契約を見てきたラスラですらこんなのは初めてだと言ってたにゃ。
これがぼくとノワルの最初の出会い。そして――外見や仕草があんまり好みすぎて、ぼくが恋に落ちた瞬間だったにゃ。
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