181・大切だからこそのさようなら
「ああ、ティファリス。本当に……大きくなったわね」
私の大切なお母様。オーク共に殺されたお母様。
殺されたと思っていた人。恐らく……いいえ、多分間違いなく、気絶した後、お母様は生きていた。
そして……今私が対峙しているイルデル――悪魔族のところに連れて行かれたのだろう。
ということは……この男は私が覚醒する前――お父様が生きていた頃から南西地域にちょっかいを掛けてきていたということだ。
つまり、あの戦争の裏で暗躍していたのは、イルデルだったということになる。
「ティファリス、怖い顔になってるわ。いけませんよ、貴女にはそんな顔、似合わないわ」
「イルデル……貴方、何をしたの?」
「何を……ですカ?」
「お母様に何をしたんだって聞いてるんだ!」
私は……完全に一線を越えてしまっていた。その音がはっきりと聞こえた気がしたのだ。
お母様から視線を外し、私はイルデルを睨む。それでも決してお母様への警戒を怠らない。あの人は中身は本物なのかどうかわからないんだ。
いいや、本物じゃない。思い出の中のあの人は、もっとあったかかった。
そして……私やリカルデがリーティアスにいることがわかっている以上、メイセル・リーティアスを使わないという手はない。
つまり……リカルデの死に、この人は関わっているということだ。そうでなければおかしい。
思えばリカルデを殺した人物の情報は一切教えてくれなかった。まるで誰しもが口にしたくない、そう思っているのでは? と感じるほどだった。
――確かに。
お母様が原因だとすれば、口が裂けても私には言えないだろう。
リカルデの件で参っていたということもあり、余計に伏せられてしまっただろうけどね。
「これはこれは異な事ヲ。私はただ、貴女とメイセル様を引き合わ――」
ふざけたことを言おうとしたイルデルを黙らせるように足元に刃を出現させる。
彼も下手な事を言わないほうがいいと判断したのか、そのまま黙ってしまう。
「私が言ったことが聞こえなかったのか? 何をした、と聞いているのよ……!」
「ク、クフフ、私が何をしたカ? そんなことを聞く必要があるのですカ?
メイセル様は貴女の目の前にいる……それが全てではありませんカ」
こいつは本当にそう思っているのだろう。だからこそ、なおさら怒りが降り積もる。
「ティファリス、落ち着いて。私は何もされないから」
「お母様は……貴女は黙っていなさい! 『スキャニング』!」
私はイメージしながら魔導を発動する。
それは悪魔族である場合、紫色の魔力がほんのりと現れるように強くイメージした魔導。
いくら『
だからこそ魔法ペンと魔筆跡ルーペを使うような事態を極端に嫌う。ならば、それと似たようなことが出来ればいいのだ。
それが出来るのは私の使う魔導の中で『スキャニング』が一番最適だったというわけだ。
そして――私の考え出した悪魔族を見破る魔導はお母様の姿を捉え……それがメイセル・リーティアスの皮を被っただけの悪魔族だとはっきりと教えてくれた。
「? どうしたの? ティファリ――」
「私は、お母様の事が一番愛していたわ。寝癖を直してもらった時、お母様の料理を食べたいと駄々をこねた時、いつも笑ってくださっていた」
私の言葉により一層笑みを深めるお母様の偽物は……とても醜悪に見えた。
彼らは一体どのようなことをしてその姿と記憶を掠め取ったのだろうか。
考えただけでも反吐が出る。
「クフフ、ならば存分に甘えればいいじゃないですカ。彼女こそ――」
「なら、今ここで魔法ペンの筆跡を調べてもいいのよね?」
「!?」
私のその一言に明らかに動揺した彼女の仕草、それで更に確信を得た。
イルデルもそれに気付いたようで、取り繕うように言葉を紡いできた。
「クフ、クフフ、戦場でまた随分と悠長な……」
「そう? あ――いいえ、お前の実力は既に見切った。
ペンとルーペでそこの偽物が本当のお母様か見抜く程度のこと、何の支障もないわ」
「それはまた……随分と甘く見られたものですネ」
「ティファリス、私を信用してないの……?」
つーっと涙を流すその様は、見るからにあからさまだ。
いや……私がわかっているからだろう。見れば見るほどメイセルお母様にそっくりだ。
それだけに……余計に心を揺すぶられる。それと同時に怒りも。
だからこそ――。
「黙りなさい」
「え? ティ、ティファリ――」
「黙れ」
これ以上交わす言葉はない。しかし、例え偽物であっても、お母様の姿をして悲しみを湛えているその様子は、心苦しくある。
だけど……この人はお母様ではない。それが全てだ。
「イルデル、貴方もわかっているはずよ。私が本当か嘘かわからなくて今の話をしているわけじゃないことに」
「……そのようですネ。本当に見抜いていル。
一体どんな手を使っているのかはわかりませんガ。
しかし……」
イルデルはまるでその感情にゆっくり浸るかのようににやにやと笑みを深めていく。
「しかしそれがわかっていたところで手にかける事が出来ますカ?
クフフフ……出来ないでしょう? それが親であれば、余計ニ……」
ほくそ笑みながら私を見下ろしているイルデル。出来るわけがない。確かにそうだろう。
普通なら――
「――え?」
その信じられないというかのように呟いた一言。それでお母様の偽物は崩れ落ちてしまった。
深々と頭・左胸・首に刃を突き立てられて。
先程まで笑っていたイルデルは驚きの表情を浮かべ、私のことを見ていた。
それもそうだろう。
私は一瞥もせず、しっかりとイルデルを見据えながら三度剣を振るい、お母様の偽物に攻撃したのだから。
「ク……クフ、クフフ、クフヒヒヒヒヒィィッヒヒヒ!!
素晴らしイ! まさか本当にやってしまうとハ!! クヒヒィィ……わかってるのですカ?
貴女は、実の親に似た者を手にかけたのですヨ!?」
「ええ、知ってるわ。でもね、あくまで偽物。殺すことに何のためらいもない」
心は苦しい。だけど、それ以上に……これ以上お母様のその姿を見ることが辛かったからだ。
刃に体を預け、そのまま動かなくなったお母様の偽物を見る。
言い知れない悲しみが、同しようもない怒りが胸にこみ上げてくる……私が殺した。偽物であっても、お母様を。
「素晴らしイ! もはや貴女は人のそれを超越していル! クフフ!
まさかここまでの強さを持つとは、今の貴女は一層輝いて見えますヨ!」
その様子を見ていたイルデルはことさらおかしいもの見るかのように声を上げていて、思いっきり睨みつけるように私は彼と視線を合わせる。
私がお母様の偽物をためらいなく串刺しにしたことで、頭が狂ったかのように笑うイルデル。
それはもう、本当に頭がおかしくなったんじゃないか? と思うほどにだ。
「イルデル……」
「クフフ。ティファリス女王、知ってますカ? 悪魔族の『
クフ、クフフ、私にはわかりませんが、その時、まるで頭の中身を吸い取られていくような感覚を覚えるそうですヨ? 自己が消えていくなんて……いやはや怖いですネ」
「……」
「クフフ、今でも思い出しますよ。メイセルと……クレリスの呆けた表情を。
彼らには特に……特に丁寧に記憶を奪って上げましたからね。クフフ、さぞかし喪失感を覚えて逝った事でしょウ!」
謳うかのように声を高らかにするイルデルのその姿は舞台上にでもいるかのようだった。
それは私を煽る為、ではなく、なにか策があるようにも見えない。満を持してとでも言ってるかのようだ。
「……それで? 私をこれ以上怒らせてどうしようというのかしら?」
「クッフフ、私は貴女に殺されるでしょウ。ならば、最期くらい貴女の知りたがっていた情報を教えて差し上げようと思うましてネ」
彼のその顔はなにか悟ったような清々しい顔をしていた。
とてもではないが、今まで散々悪逆非道を重ねあげてきた男がする顔ではなかった。
怪訝そうにイルデルを睨む私に、彼は悠然とした表情で私を見る。
「クッフフフ……私は貴女が絶望する姿が何よりも好きでしたヨ。ですが、私が絶望させた貴女は途方もない強さを持って蘇ってきましタ。
素晴らしイ! 貴女の在り方は実に素晴らしイ! 今まさに貴女は私を完全に超えタ!
事ここに及べば私も自身の死を悟るというもノ。そして……貴女に殺されるのであれば、私も悪い気はしませン」
この男は……いや、もはや何も言うことはない。
彼はやはり狂っている。死の直前。それもあれほどの事をしでかして尚、そんな顔をすることが出来るのだから。
だから私は……彼に剣を振るい、今度こそ完全に息の根を止めてやる。
「がふっ……ク、フフ……さようなら、ですネ。
ああ、死、とは……こんなにも甘美で……」
そのまま、左胸を貫かれた彼は崩れ落ち、倒れ伏してしまった。
――こうして、私の戦いは終わった。望んだ結果ではあったけど……私の心は決して、晴れなかった。
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