174・魔王様、覚醒めの刻

 ――ティファリス視点――


「ん……ふぁ、ああああ、ああぁぁぁーー……」


 あー……なんだかすごくよく寝てた気がする。

 朝日が窓から差し込んできて……ここが現実の世界なんだと改めて理解した。


「んー……頭がすっきりした」


 ぐーっと体を伸ばして一呼吸。

 きちんと目覚めた私がまずしたことは……自分がどこまで覚えているかだった。

 ローランとして生きた記憶。ティファリスとして幼少期を過ごした記憶。

 そして……今私が生きている全て。


 うん、大丈夫。全部覚えている。

 後は……そうだな、今この国に居る敵軍を殲滅するほうが先か。


「アシュル! アシュルー……!」


 おかしい。いつもならすぐさま飛んでくるはずなのに、全く反応がない。

 ……仕方ないな。自分でしよう。

 なんてことを考えていたら、ばたばたと何かが駆け寄ってくる音が聞こえてくる。

 また随分と慌ただしいことだ。


「ティファさま! お目覚めになられたんですね!」

「アシュルうるさい」


 バーン! と思いっきり扉が開かれる音がして、水に近い青を称えたメイド服の少女が突撃してきた。


「ごめんなさいティファさま! でも……もう三日も目を覚まされなくて……」

「え、あ、そうなの?」


 あんまりの勢いで私の手を握りしめてくるものだから、思わずたじたじとしてしまった。

 というか三日? 私はそんなに眠っていたってこと?


「そうですよ! 急に眩い光に包まれたかと思ったら体がものすごく熱くなってしまいますし……ティファさまは目を覚ましてくれませんし! 心配したんですよー……」

「わかったから、そんなに泣きそうな顔でこっちを見ないでちょうだい」


 この世の終わりを見てきたかのような涙目で私を見てくるアシュルの背中をよしよしと撫でてなだめてやる。

 というかそうしないとこの子は本当に泣きそうな気がしたからね。


「ティファさまー……」

「はいはい。で、今敵軍はどうなってるの? まだ動いてない?」


 私がそれを聞いた瞬間……気まずそうな、申し訳無さそうな顔をして顔を伏せてしまった。

 一体何があったんだろう?


「あの、ティファさま、えっとですね。出来れば、怒らないであげてくださいね?」

「怒らないでって……本当になにがあったのよ」


 一体どうしたのだろう? 全く要点を得ないことを言っていたアシュルだったけど、一度ため息を付いたかと思うと……説明を始めた。


「実は……相手方の軍はフレイアールが全滅させてしまいました。

 その……リーティアスの平原の一部が結晶化してしまって……」

「え……?」


 今、なんていった?

 平原が……結晶化?


 私が眠っている間に予想以上の速さで事態が進んでいるようで、思わず呆けたような顔をしてしまうのであった――。






 ――






 その後、私はアシュルから詳しい話を聞いて……いつもの仕事部屋にフレイアールを通すことにした。


(母様……)


 しばらくして現れたフレイアールは……特に変化がないが、なにか抑圧してるようにも見える。

 とてもじゃないけど、何万もの軍勢を相手に出来るほどの姿には見えない……のだけれど、なにかを隠しているように感じる。


 そう言えばアシュルの方も強くなっているような気がする。こう、一気に戦闘力が跳ね上がったような感じ。

 以前には見られなかったものだけれど……一体この子達になにがあったんだろう?


「ええと、フレイアール……よね?

 見た目は変わらないようだけれど……」

(母様が『覚醒』の光に包まれた時、ぼくたちも随分魔力を注ぎ込まれたからねー。

 姉様もだけど、ぼくもすっごく強くなってるんだよー)


 それがすごく嬉しそうにパタパタと私の周囲を回るフレイアール。

 なんとまあ楽しそうにしているのだろうか。さっきの申し訳無さそうなのが嘘のようだ。


「そう……で、結晶化した大地はどうなってるのかしら?」

「はい……少なくともあそこでなにかをする、というのはできそうにないですねぇ……」


 アシュルにちらっと目を向けると、なんとも言えない気まずい顔で言ってくれた。

 軍勢を殲滅したのはいい。だけれど、その戦いの経過がちょっと……ねぇ。

 どこまで結晶化しているかが問題だけれど……まあ恐らく魔導でなんとかなる範囲だろう。

 問題はそれが出来るのは……私、になるのだろう。


「全く……まあいいわ。しばらくは観光名所にでもしておくしかないでしょうけどね」

(母様ぁ……)


 過ぎたことは仕方ない。

 怒りたい気持ちも確かにあるが、それ以上にフレイアールは私の為にやってくれたのだ。

 その気持ちだけは汲んであげたい。


 とは言ってもやりすぎな面もあるから、これからは気をつけさせたほうがいいだろう。


 結晶化した大地はしばらくそのままにしておいて……今しなければいけないことは悪魔族の上位魔王……イルデルにどう落とし前をつけさせてやるかだ。

 フレイアールが消し飛ばした軍の中に、彼の姿は確認できなかったそうだ。


 とすると、これだけではまず終わらない。まだなにかあるのは間違いないだろう。


「アシュル。軍の状況はどうなってる?」

「はい。フレイアールが敵軍を殲滅したのはティファさまのご命令ということになっております。

 国を守る魔王が我らを守護する竜を使わせてくれた……そういう噂が出回っており、士気の方は決して低くありません。

 ですがその一方で裏切り者がいる可能性があるというのが……」


 軍をまともに機能させるには、まずはそこからなんとかするしかないだろう。

 悪魔族の『偽物変化フェイクチェンジ』。これのおかげで彼らは対象にした記憶と姿を得ることが出来る。

 ……その能力は確かに厄介だ。正直ぱっと見ただけでは見分けつかないし、本人としての記憶がある上、その人の口調・動き・癖も全く同じ。

 その実体は本物の皮を被ったとても精巧な偽物というわけだ。ならば……。


「仕方ないわね。今じゃなくてもいいから、後で国民には……健康診断という名目で魔法医に見てもらいましょう」

「魔法医に……ですか?」

「そう。私の『スキャニング』で悪魔族を燻り出す」


 今の私であればより深いイメージで魔導を扱う事ができるだろう。

『スキャニング』は異常があるかないか確認する魔導だ。

 だけど……種族の特定くらいは出来る。そうであればあくまで本人になりきってるだけの悪魔族。

 見つけ出すのは容易いだろう。


 問題は……時間がかかるということだ。

 一人一人見てたららちがあかない。かと言って国民全員を見たところで、確保する前に逃げられる可能性がる。

 ならば、国が主体となって魔法医への診察を受けさせ、悪魔族を判断する。


「そんなこと……出来るんですか?」

「時間はかかるけどね。でもそれはおいおいしていけばいいわ。

 一番すべきことは……」

「……すべきことは?」

「イルデル王を倒すことね」


 そう、今すぐすべきことは軍の機能を回復させることじゃない。

 さっさとイルデル王との戦いを終わらせることだ。


「で、でもそれには軍が……」

「軍は全て防衛に当て、編成は同種族での対応。

 魔法医の診断が終わるまでは決して他種族で組ませない。

 揉め事を起こしたものは全員牢屋にぶち込んでいいわ」


 彼らはここにいる以上、うかつなことは出来ないだろう。

 リーティアスの兵士、国民が暴れたところですぐさま取り押さえられるのがオチだ。

 どうせ悪魔族としての力を十全に発揮できないのであれば、彼らは妨害工作以外の戦い方は出来ない。

 表立った攻撃が出来ないのであれば、カヅキとアシュルがいればなんとでも出来るだろう。


「恐らく敵の攻勢はこれからでしょう。

 なら今『偽物変化フェイクチェンジ』で姿を隠している悪魔族をあぶり出す時間はないと言ってもいいわ」

「それは……そうですけど」


 アシュルは納得がいかないのだろう。

 ここまでやってくれた悪魔族が、未だにこの国にいることに。


「アシュル。今は戦いの時よ。『偽物変化フェイクチェンジ』で隠れてる悪魔族は必ず見つけ出す。

 だから……国を守ることを優先してちょうだい」

「わかりました。他ならぬ……リカルデさんを失ったティファさまが一番辛いはずですからね」


 ようやく納得してくれたアシュルは、お茶を入れに一度部屋から出ていってしまった。

 私は一息ついて、ゆっくりと椅子に体を預ける。

 ……ここに来ていた軍勢は先遣隊のようなものだと考えたほうがいいだろう。

 ――なら、これから来るであろう大軍。なんとしてもここに来る前に排除しかない。


 私の国は……私が守ってみせる。

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