170・例えそれが害あるものだとしても

 それからどれだけ剣を交えたのかはわからないが、私はなんとか無事でいた。

 ただ防ぐだけでは勝つことが出来ない。真に勝利を掴むためには、なかば身を削るかのような斬撃に繰り出すしかない。


 私はほとんど防御をかなぐり捨てるかのように攻勢を仕掛ける。彼の斬撃と拳を織り交ぜた攻撃に骨が折れ、身を砕き、腕や足が使い物にならなくても『リ・バース』で出来うる限り元通りにする。頭がおかしくなりそうな程の痛みを体中に刻み込まれても、ただ前へ。


 歯を食いしばり、必死に、ひたすら彼の斬撃に合わせてこちらも刃を合わせる。

 防ぐことは一切考えない。私はあえて彼の刃にその身を晒し、代償として彼にも私の刃を受けてもらう。

 恐らく今は体中先の見えない穴だらけだろう。『ヴァイシュニル』をまるで紙を貫く刃物のようにすり抜けてくる刃のせいで私の肌はズタボロだ。


 ……ふっ、そんな事を考えられる程度には、まだ私にも余裕があるということか。


「随分嬉しそうだな」

「そうかしら? 余裕があると言ってほしいわね」


 実際はかなり苦しい。いくら私が回復出来るとはいえ、徐々に回復出来る箇所を少なくされてしまえば、いずれ満足に体は動かなくなる。

 それに彼の『ヴァニタス』で致命傷を受ければ、それこそ私は二度と立ち上がれなくなるだろう。

 それだけは避けなくてはならない。他はいくらでも甘んじて受けよう。


 ……私もボロボロだが、彼の方も大概ひどい有様だ。

 体中のあちこちからまるで命の煌きを撒き散らしているかのように光の粒が舞い散り、それが私のヴァイシュニルに吸収されていく。

 その様子であってしても、彼は私のように『リ・バース』を行使することはしない。


 ……というよりも彼は『ヴァニタス』を召喚してから魔導を全く使っていない。

 使わないのか使えないのか知らないが、私にとってはそれだけでチャンスだというものだ。


「『フレスシューティ』!」


 空中に出現した複数の炎の球体は、彼を焼き尽くすべく邁進する。

 そしてこの私も。己の体が傷つくことすら厭わずに。


「驚いたな。なぜそこまでする?」

「私には守りたいものが有る。国を、民を、人を!

 私の愛する全てを!」

「はっ、そんなもの、幻想にしか過ぎない」


『フレスシューティ』によって出現した炎の球体を避け、斬り裂き、防がれる。

 チリチリと肌の表面を焦がすような熱さを互いに感じながら、私達はさらなる刃の交わし合いを行う。

 斬撃の応酬。私が一撃加える間に彼は二撃三撃と立て続けに攻撃を与えてくる。


「くっ、ぐぅ……!」

「人は裏切る。いくら心を尽くしても、いくらその身を砕いても……いくら彼らに期待しても奴らはやがて裏切る。

 それでも尚、お前はそんなくだらない幻想に縋るのか?」


 斬撃が、その蹴りが、私の体を蝕むように痛みを与えてくる。

 彼の言葉には重みがあった。歴史があった。

 ……それだけのことを言い切れる程、深い感情がその目には宿っていた。

 複雑な、様々な思い。彼はその目で人生の全てを語っているような気がした。

 刃を合わせ、ギリギリと鳴り響くようなつばぜり合いを彼と演じる私は、強気に言い放ってやる。


「縋る? ……違うわ。人は確かに裏切る。他者を妬み、蔑み、その身を食い合う。

 でもね、愛を教えてくれるのもまた人よ。敬い、慈しみ、互いを許し合う……それが出来るから人って言うのよ!」


 そうだ。人っていうのは決して一極の存在じゃない。

 そりゃあ損得でしか動かない、自分の利益のためには他者を欺くものもいるだろう。

 でも私は信じてる。それでも人は人の為に動ける者だと。そういう人たちがいるからこそ、私は戦う。


「わかっているのか? そう言い切るお前が誰よりも、他者を喰らう力を手にしようとしているのだということを……!」

「当たり前よ。私だって人の全てが善意で出来ているわけじゃないことを知っている。父も母も、他人の悪意によってその命を奪われた。

 だからこそ……悪意からも身を守れない人に代わって私が力を手に入れる! 例えそれが……誰かを不幸にするかもしれない力なのだとしても!」


 徐々に……徐々にだけれど形勢がこちらに移っていく。

 それが私の気合によるものか、意思によるものかはわからないけど……今のこの攻勢、逃す手はない!


「『フラムブランシュ』!」


 可能な限り魔力を込めた魔導は、私の全てを注ぎ込むように解き放たれる。

 それは眩い光の熱線。全てを覆い尽くす程の圧倒的な熱量。それを剣戟の合間、彼との至近距離で発動する。


「くっ……」


 彼の声をかき消す程の轟音と共に私の魔力は流れる水のように削れていく。

 その分、『ヴァイシュニル』が周囲から魔力を吸い上げてるからこそ、ここまで思い切ったことが出来た。

 更に私は追撃をかけるべく『フラムブランシュ』と同時に新しい魔導を使う。


 ――イメージするのはセツオウカの桜の花びら。舞い散る刃がその身を刻み、赤く染め咲く血桜の華!


「『斬桜血華ざんおうけっか』!」


 セツオウカの――この世界の知識を元にイメージした新しい魔導。『フラムブランシュ』から『斬桜血華』へと切り替える。

 その瞬間、『フラムブランシュ』は割れるように消え、私達の世界は桜吹雪に包まれる。

 一つ一つが鋭利なその刃は、私に触れても素通りするけど……彼の方はそうもいかない。

 無数の花吹雪。いくら彼が私よりも強く、能力の高くても、『ヴァニタス』が魔力を阻害しようとも……縦横無尽に舞い散る花びらの一つ一つを消すことは出来ない。


 歪な月が辺りを照らし、その中を煌めく桜刃おうじん吹雪。彼は少しずつ傷つきながら、静かに佇んでいた。

 ……いや、私は必死すぎて今まで気付いてなかった。彼の息がとうに上がっていたことに。

 それでも表情一つ変えず、彼はゆっくりと私の方に歩み寄ってくる。不動の力を誇示するように、私をしっかりと睨みつけてくる。


「なんで……」

「……行くぞ」


 今のままじゃ防ぎきれないことがわかりきっているはずなのに、彼は『ヴァニタス』を構えたまま、重い荷物を背負っているかのような速度で私の方に走り寄ってきたかと思うと……その速度が少しずつ上っていって、最初の頃戦っていたときと同じ、私の身体能力の遥か先を行く速度へ。


 私は体中に力を漲らせ、最後の応戦へと向かう。

 持てる力の全てを振り絞り、体勢を低くして彼の元へと突撃した。


「はああああああああああ!!」

「うおおおおおおおおおお!!」


 彼の上から振り下ろされた一撃は、私をすり抜け地面をえぐり、周囲にヒビを入れる。その光景を見ながら私は逆に切っ先で地面を削りながらの振り上げ。

 それを彼は上体だけ反らして回避する。

 互いに視線が交差し、『斬桜血華』により、彼の頬に傷が走った。


 彼は剣を握る右手を離し、そのまま握りこぶしを作って振りかぶって……殴りかかってくる。

 私はそれを一回転するかのように回りながら後方へ避け、そのままもう一度同じように振り上げる。

 今度はこちらも片腕で剣を握り、出来うる限り腕を伸ばして距離を縮める……んだけど、彼は地面を抉った剣をそのまま手首を回して上方にあげて、私の斬撃を防いでくる。


 息があがってるはずなのに、よくもこうまで動いてくれる……!


 このまま引き下がれない。防がれたのがわかった瞬間、私は刃を傾けて滑らせるように刃合わせの状態から抜け出し、そのまま剣を弾き飛ばしてやろうと剣腹に回し蹴りを浴びせかけてやったのだけれど……私の体重が軽いからか彼の力が強いからか……そうも上手くはいかず、鈍い音を響かせたばかりだった。


「これで……終わりだぁぁぁぁ!!」


 蹴りから体勢を戻している間に彼は剣を自らの懐に隠すように引き、突きの構えを取ってきた。

 この直線……間に合うか!?


「まだ、まだぁぁぁぁぁ!」


 彼の剣がまっすぐ私の急所に向かって、解き放たれ、私は――





 ――私は右胸を貫かれ、口から血を吐き出してしまう。


「ぐっ、ごほっ……」

「……お前の戦い、しかと見せてもらった」

「あ、まいわね……私は、ま、まだ、終わって……な、い……!」


 最後の攻撃……私は敢えて彼の剣を更に自分の体に食い込ませ、剣のつばの部分まで到達する。

 更に血が吹き出し、あまりの痛み、異物感に私は幾度となく血を吐きそうになったけど……それをこらえ、彼の剣を右手で抑えながら……残った左手の方にある剣を強く握りしめ、そのまま吸い込まれるように彼の左胸にそれを突き刺した。


「なっ……」


 私のした事を信じられないような顔で見つめる彼の姿がやけに印象的だったけど……それでも、勝負は決着した。

 こちらも無事とは言い難い、相打ちのような状況だったけど、彼の方は完全に急所を貫いた。例え『リ・バース』を使えたとしても即死に近い状況ではなんの意味をなさない。この戦い――私の勝ちだ。

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