164・一騎当千の桜スライム
――カヅキ視点――
「カヅキ様、指示が出てきたス!」
「うむ、我らの役目はわかるな」
「はい、左右よりも若干遅めに進む軍に対し、ぼくたちは先行して敵と戦うんですよね」
「おいらたち三人とカヅキ様一人なんて……ちょっと不安ですねー」
ラントルオに直接乗っているそれがしの後ろで不安だなんだと言いながら目に闘志を宿している彼らはゴブリン族のゴストルン、ゴウェイン、ゴルドンの三人。
リーティアス軍の中で一番成長の目があり、それがしの指導の中でもさらに過激なものに泣き言の一つも言わずについてきた三人です。
いや、本当は四人なのですが、最後の一人であるフラフには強力な指揮官のいない右の陣で戦ってもらうことにしました。
恐らく彼らゴブリンの方はこのリーティアス軍の中でも確実にセントラルの兵士を数人相手にしても問題ない程の強さ。
未覚醒魔王一歩手前の強さと言ったところでしょう。
フラフの方は……今までどんな戦い方をしていたのかわかりませんが、少なくとも他の兵士たちと一緒に戦えば大丈夫でしょう。彼女には引き際というものをきっちり教えたつもりですから。
……しかしあの三人は本当に惜しい。彼らがゴブリンではなく、鬼族であるならば……恐らく相当の戦力になったでしょう。
いえ、それは自分の種族を賛美し過ぎなのかも知れません。彼らは現に、普通のゴブリンでは到底持ちえない強さをもっているのですから。
それがし達の役目は左右と前線が器形に展開し、相手を受け止める体勢を採っている間に先陣を切り、少しでも敵を倒すこと。それに尽きます。
ならばこその少数精鋭。
本当であるならば上位魔王の契約スライムであったそれがし一人で十分なんですが……彼らがどうしてもと言ってきたのでこのような形になったというわけです。
「貴方達は必ず三人一組で戦うこと。いいですね?」
「わかりましたス」
「もちろんですよー」
「行きましょう」
「それでは……突撃です!」
ゴストルンたちは普通に。ちょっと贅沢な使い方ではありますが、それがしはラントルオを使って敵軍に突撃していくのでした。
――
敵軍の構成は悪魔族以外を主体とした様々な種族の混成軍。彼らは全員、悪魔族の上位魔王イルデルの配下の者なのでしょう。
敵陣の先端まで一気に駆け寄ってきてすぐ、それがしはラントルオを急停止させ、その場で降りて自慢の刀を抜き放つ。
ラントルオの方は後から来たゴストルンたちが最悪三人でもここから脱出出来るように移動手段として遺しておく。
「さあ、行きましょう。『
久しぶりの大きな戦。血なまぐさいことであろうがなんであろうが喧嘩ならば心が高まる鬼の宿命と言えるのでしょうか。
自身の感情が高揚しているのをはっきり感じてきました。
「まずは……小手調べといきましょう」
一斉にそれがしに向けて攻撃を仕掛ける仕草が見えましたが、それでは遅いのですよ。
それがしと戦うのに、貴方がたでは役不足。腕を振り上げた瞬間、彼らは何も言わぬ骸と化してしまいました。
「くっ……相手はたった一人だ! 怯むな!」
向こうの小隊長でしょうか? 声を張り上げているのはいいですが、たった一人と侮るのは結構。
それがしもその方が自身の仕事をしやすいですからね。
「全く、名乗りすら上げさせぬ程のせっかちだとは……まあいいでしょう。
我こそはリーティアスの一番刀――彼の国の剣たる桜、カヅキ……いざ推して参る!」
駆け出し一閃。たったそれだけで数人の生命が消え、『
まだ能力を解放していないこの一振りでこれです。まるで紙でも斬るかのようになんの手応えもない。
「……ふっ! 『火土・地走』!」
近くの敵をなぎ払い、魔法によって複数の地を走る火が敵を焼き払う。
それでもそれがしは留まることを知らず、更に攻勢に移りました。
「『闇火・黒焔』!」
黒い炎の球を出現させ、次々と敵に投げつけ、周囲の殲滅に尽力しますが……流石の人数。それがし自身が広範囲に使える火力の高い魔法をあまり習得していないせいか、どうしても殲滅力に欠けてしまいますね。
恐らくセツキ王やティファリス様であればもっとスムーズに事に当たれるのでしょうが……しかし、それがしにはこうやって少しずつ排除していくしか出来ません。
ならばより鋭く、より早く……風のように伝わる光のように駆けていかなければ。
それがしの鬼気迫る活躍に徐々に圧され始めたような兵士たちは、徐々にそれがしを避けるように軍としてディトリアに向かうようになりました。
周囲の敵兵は変わらずそれがしに向かってきているのですが、ある程度離れた位置にいる兵士たちはまるで我関せずと言わんばかりの振る舞いをしていました。
恐らく、それがしとまともに事を構えるよりもさっさとリーティアスの中央を抑えてしまおうという魂胆なのでしょう。
相手が何万もの戦力を注ぎ込んでいる以上、それがし一人に全体の流れが止められるわけもないのでしょう。
しかし、こちらの目的は出来るだけ相手を引きつけること……ならば……。
「『闇闇・闇影ノ舞』」
それがしの影が魔法によって切り取られるかのように離れ、黒く塗りつぶされたようなそれがしとして実体化しました。
もうひとりの影のそれがしを作り出す魔法『闇闇・闇影ノ舞』。
欠点といえば魔力の消費が激しいのと、戦闘関連以外では、「戻れ」以外の命令を一切聞かず、戦い続けるだけの正しく『影人形』。
「行けっ!」
それがしの合図と共に影で作られた人形はゆっくりと頷き、その手に持つ二本の刀を用いて敵対者に攻撃し始めました。
それがしの動きを覚えているかのように戦い始めましたが、やはり精彩に欠ける動きといいますか……それがしとしては納得出来ない動きです。
……まあいいでしょう。今はそんな事を気にしてる場合ではないのですから。
しかし妙ですね。それがしを避けるのもわかるのですが、明らかにそれ以上の思惑で動いてるように見えます。
……なんだか嫌な予感がします。ここまでまっすぐ本隊の方に向かうなんてこと絶対にないはずです。
作戦もなにもあったものではない。ただ単に襲撃してバカ正直に突撃するだけなんて、上位魔王でも力自慢の鬼ですらやらない戦い方です。
それがしが来たのであれば、同じくらい強い者をぶつけてくることや、妨害を中心とした行動を取ってきたりするはず。
それが一切ないということは、それがしの行動で受ける損害が些細なことのように……
「カ、カヅキ様!」
そこでどうやらそれがしに追いついてきたゴストルンが息を切らせながら、追いすがるかのようにこちらに手を伸ばしていました。
「どうしました? 今は敵陣真っ只中ですよ」
「そ、それどこれじゃないス! 味方の軍の中に裏切り者がいるとかいないとかで大混乱ス!」
「カヅキ様がラントルオで駆け出してすぐ、追いかけようとしたんですけど、それを引き止められるかのように報告が来たんですよ」
「急に味方が攻撃してきて……今は大混乱中なんだよねー」
最後のゴルドンは全く大変そうに見えない喋り方をしてきましたが、それはかなり一大事じゃないですか!
なるほど、彼らは最初からそれを知っていたからただまっすぐ進んでいたわけですか。
それがしが何をしようと軍自体が敗走してしまえば意味がない。戦術的に勝利したとしても戦略的に敗北したら、それは負けなのです。
向こうもそれを知ってるのでしょう。だから……この陣の兵士は最初から捨て駒。先陣を惹き付ける陽動というわけですか。
ゴストルンがそれがしに自軍の混乱を報告したその時、その陣の兵士たちが一斉にそれがしの方に殺意を向けてきたのがその証拠でしょう。
今まではそれがしの周囲の敵兵だけがこちらに向かってきたのに対し、今では相当量の敵意がこちらに向いています。
つまり……今度はそれがしの足止めに終始することを目的にした、ということですね。
「カヅキ様……」
「安心しなさい。貴方達は自分の身を守るように」
改めてしっかりと刀を握りしめ、一刻も早くこの場を切り抜け戻らねばと思うそれがしでした――。
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