154・猫王覚醒

 ――フェーシャ視点――


 まるで朝の心地よい日差しに包まれたような暖かさを感じる覚醒めざめにぼくはいたにゃ。


「にゃは」


 はっきりと覚醒した自分の意識が、今までの自分とは違う次元に立っているのだと改めて感じさせてくれたにゃ。

 今までのぼくがまるで全身に重りをつけて海を渡ろうとしているかのようだったとすると、今のぼくはその枷から解き放たれ、空高く飛ぶことが出来た鳥のような違いを感じるほどにゃ。


「な、な、なにかしにゃ、それは――」


 ふと声のする方に顔を向けると、そこには驚いた表情でぼくを見つめているエシカとファガトの二人がいたにゃ。

 微妙に呆けたようなその顔は、ぼくが今までと全然違う存在なのかと思わせるほど……それほど信じられないと言った様子で二人はぼくの方を見ていたにゃ。


「……本当にフェーシャ、なのかにゃあ?」

「? 当たり前だにゃ。ぼくはぼくだにゃ」


 何を当たり前なことを……と思うけど、逆にそれほど彼らから見ても、今のぼくが違うってことだろうにゃ。

 感じるにゃ。ぼくの中から溢れ出しそうなほど渦巻いている魔力の波が。

 嵐のように荒れ狂っているはずなのに、ぼくが収まれと願えばすぐさま穏やかな波に変わる――そう例えられそうなほど、今まで以上に魔力はぼくの自由自在になっていたにゃ。

 手足なんてものよりもずっと近くに。長年連れ添ってきた片割れのようにも感じるにゃ。


 ぼくが一歩踏み出そうとした瞬間、我に返ったファガトが再びレディクアの首にナイフを突きつけてきたにゃ


「……なにがどう変わったかは知らないけど、こうしてしまえば動けないにゃあ」

「それはどうかにゃ? 『アースバインド』【アイスミスト】」


 ぼくが魔法を唱えた瞬間、彼ら二人は地面から伸びてきた鎖で拘束され、その全身を冷たい霧状のもので包みこまれてしまったにゃ。

 これには思わずぼくもびっくりしたにゃ。『アースバインド』を使って動きを封じるついでになにか動きを阻害できる魔法を……とか思ってたら、まさかそのままするっと『アイスミスト』も唱えることが出来るなんて思っても見なかったにゃ。


 二つの魔法が全く同時に唱えられたから、実際はなにを言ってるのかよくわかんないようにしか聞こえなかったろうにゃ。

 ぼくもそうだったしにゃ。


「な、なにかしにゃ!?」

「……くっ、こ、の」


 ぼくが手を出してくるとは思わなかったのか、全く対応出来ずにいる二人を尻目に、レディクアとネアのところに歩いていったにゃ。

 レディクアの方は首筋に刃物が当てられてたから、もしかしたら傷が出来てたかも? とちょっとヒヤヒヤしたけど、特に外傷はなくてぼくはほっと胸を撫で下ろしたにゃ。

 ……というか、ぼくが光属性の魔法で癒やしてあげればよかったのにゃ。


「二人共、覚悟はいいかにゃ?」


 ぼくは恐らく今まで見せたことのない冷めた目で二人を見ていたと思うにゃ。

 この二人のせいで死んだ者。悲しみ、苦しんだ者。数知れないだろうにゃ。

 そんな人達をこれからも増やしていくであろう彼らをこのまま生かしておくわけにはいかないにゃ。


「はっ、覚悟? 貴方にわたし達が殺れるのかしにゃ?」

「……お優しい魔王様にそこまで出来るのかにゃあ?」

「『フラムランチェ』【アースランス】」


 炎と土の二色の槍が二人の体を一斉に貫いたにゃ。

 死ぬ直前に有り得ないというような驚きの表情を見せたけど、今まで仕えてくれた礼……せめてもの情けにゃ。

 苦しまずに死ねるなら、彼らも本望だろうにゃ。


「馬鹿な二人だにゃ。ここまでされて生かしたままにするなんてこと、出来るわけないにゃ。ぼくにだって我慢の限界というものがあるにゃ」


 吐き捨てるように呟いて、そのまま彼らを見ることはしなかったにゃ。

 レディクアとネアには悪いけど、ちょっとの間このままでいてもらうしかないにゃ。

 ぼくの方にお客さんが来ているみたいだからにゃ。


「フェーシャ……お前だったのかにゃ」


 ゆっくりと、歓喜に満ち溢れた表情でぼくの方に歩み寄ってくるガッファ王はその目に闘志を宿していたにゃ。

 さっきの余裕や油断はほとんど見受けられないにゃ。そこには同じ高みに上り詰めた者に対する警戒の色が強く見られたにゃ。


 ……なるほどにゃ。ぼくはこの男と本気で戦う権利を得たというわけかにゃ。


「お前が……シャフェーの一族だったのかにゃ!」

「そんなことはどうでもいいにゃ……。よくもカッフェーにあんなことをしたにゃ。

 ぼくもいい加減頭にきてるにゃ」


 ぼくの言葉をガッファ王は鼻で笑って、杖の先端をぼくに向けて突き立てたにゃ。


「それならオレも同じにゃ。……いいや、オレはお前ら一族を狂いそうなほど待っていたにゃ。

 もう狂いすぎて……いっそ恋しくなってくるほどにゃ」


 ガッファ王は喜々として――いや、その様子はもう、狂喜に満ちたその表情は、とても言葉にし難い有様だったにゃ。


「にゃっはっはっは! お前を殺し、そこで暴れまわってる兵士共を一掃し、国を破壊し尽くしてやるにゃあ! 一族だけじゃないにゃ。このオレを謀った罪で徹底的にぶち殺がしてやるにゃあ!!」

「そうはさせないにゃ……!」


 戦況は相変わらずぼくらに不利。現在兵数を鑑みればガッファ軍がおよそ3000未満。ぼくらフェーシャ軍は半数が撤退して6000。兵の練度からしてみると相手側の方が有利なのは仕方ないけど……それでもまだ可能性はあるにゃ。


 本当はぼくとガッファ王との戦いに決着がつけば、それで戦争行為も終わってしまうはずにゃ。

 だけど……事ここまできたら、ぐうの音も出ない程完勝してやるにゃあ!!


 ――イメージするのは我が同胞へ与える祝福。英雄たちを鼓舞し、精神・心身ともに強固な守りを。我が祈りと共に、来たれにゃ!

【――イメージするのは再生する魂。全てを癒す優しき光よ、我が元に集い、我が同胞はらからを癒すにゃ!】


「『オールブレッシング』【リジェネサイクル】!」


 どうやら魔導も普通に唱えることが出来るようで、ぼくの魔導が発動した瞬間、今まで後退しかけていた兵士たちも含めて淡い光に包まれていったにゃ。


「な、なんにゃこれ?」

「あったかいのにゃー……」

「力が溢れてくるのにゃん!」


 周囲から聞こえてくるのは元気にわいわいにゃいにゃい騒いでいるぼくの軍の兵士達。

 身体強化と治癒の魔導を掛けたつもりだったんだけど……どうやら『オールブレッシング』が『リジェネサイクル』の威力を強化しているようだったにゃ。


「みんな! もうひと踏ん張りにゃ! カッフェーの死を無駄にしちゃいけないにゃ!! ぼくも戦うから、みんなも最後まで戦ってくれにゃ!!」

「「「にゃああああ!!」」」


 ぼくの鼓舞が聞いたようで、カッフェーが指示を飛ばしていたときよりも激しい雄叫びを聞いたにゃ。

 ……それだけで地面が揺れるほどの衝撃が周囲に走ったような気がしたけど、ちょっとやりすぎたかもしれないにゃ。

 これで……ぼくの軍はまだ戦うことが出来るのにゃ。


「う、嘘にゃ……」

「?」


 ぼくの魔導を見たガッファ王は信じられないものを見るような目でぼくの方を見ているにゃ。

 一歩、二歩とよろめくように後退りして、その驚愕に満ちた表情が絶えないにゃ。


「あ、有り得ないにゃ……。それは、その詠唱は……確かに『二重魔法デュアルマジック』だにゃ……」


 ぶつぶつとぼくに聞こえるように喋っているガッファ王は徐々に怒りにその顔を染めていくにゃ。

 少し前まで狂喜に満ちていたそれは今は狂怒と言ってもおかしくないものになっていったにゃ。


「認めないにゃ! お前が……お前が栄えある『英猫族』に覚醒するなんて……あっていいはずがないにゃ!!」

「……」


 どうやらガッファ王はぼくについて色々と知っているようだったけど、今はそんなことどうでもいいにゃ。

 猫人だろうが英猫だろうが、ぼくとガッファ王の間にあるものはたった一つにゃ。


「来るがいいにゃ、ガッファ王。ぼくとお前の……正々堂々の、命がけの戦いにゃ!」

「オレは認めないにゃああああああ!!!!」


 叫びながら杖を構えて駆け出してきたガッファ王をしっかりと見据えて……迎撃に移っていったのにゃ。

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