153・檻の猫は、自由を渇望する
――ガッファ視点――
ケルトシルの魔王からちょっかいを受けたけど、やっともう一度この男の目の前に立つことが出来たにゃ。
憎い……憎い男の姿。最期の末路がより一層オレに憎しみを募らせるにゃ。
――もう、オレは解放されることはないのかにゃ。
そんな
カッフェーにオレが手ずからトドメを刺すこと。それがオレが自由になれるたった一つの方法だったはずなのにゃ。
――
まだオレが物心がついた頃。父上と母上に初めて教えてもらった感情は【憎しみ】だったにゃ。
遥か遠い昔の――クーデアルデの歴代魔王の座。これは本来オレの先祖が継ぐ予定じゃなかったそうにゃ。
本当であるならば、もう一つの片割れ――より優れた能力を持っていた兄の方がクーデアルデの上位魔王として収まっていたはずだったのだそうにゃ。
だけど、それはオレ達の家系――つまり同じように覚醒を遂げた弟の方に魔王の座を譲り、自身はどこかに行ってしまったそうにゃ。
当時から優劣を比べられていた弟にとって、兄から魔王の座を奪うのがなによりも生きる目的。目標だったそうにゃ。
だから、誰にも言わずに居なくなった兄を誰よりも憎んだにゃ。彼に同調してついていった者たちにも。
どんな手を尽くしても見つからず、憎しみは親から子へ。子から孫へ……そして父上から、このオレに受け継がれていったにゃ。
……本当にいい迷惑にゃ。なんでこのオレが見も知らぬ魔王の感情に付き合わなきゃならないのにゃ?
オレは……オレはその遠い先祖の憎しみを遂げる為の道具じゃないにゃ。父上と母上のおもちゃじゃないにゃ……!!
そんなオレの気持ちを知らない父上たちはしきりに言うにゃ。
「かの魔王の復讐を果たすのにゃ……」
「国を捨て民を捨て、期待を裏切ったあの血筋を決して許してはいけませんにゃ」
「憐れむように渡されたこの魔王の座を、本当の意味で掴みとるのにゃ」
「どこかでせせら笑ってる彼らを必ず見つけ出しなさいにゃ」
「そして、彼らの悪しき血筋を絶やすのにゃ。潰して殺して砕いて滅ぼして……根絶やしにするのにゃ! それが我らの悲願! ご先祖さまが私達に託してくれた願いなのにゃ!」
「彼ら――シャフェーの一族を必ずこの世から消し去るのにゃ」
――ああ、うるさい! うるさいうるさいうるさいにゃ!
オレは貴方達のなんなのにゃ!? オレは……貴方達の恨みをぶつける為の道具じゃないにゃ……。
だけど、そんなのは知ったことではないと言うかのように押し付けてくる思想・理想。
先祖からの呪いを受け継いで、徐々に腐られていった結果がこれにゃ。
誰もオレを見てくれないにゃ。愛してくれないにゃ! 父上も母上も……復讐、復讐、復讐復讐復讐復讐!! それだけにゃ!
生まれたときから今日まで! オレは、一体何のために生まれてきたのにゃ?
復讐するため? 恨みを晴らすため? 誰の? 先祖の?
ふざけるにゃ! オレはオレにゃ! ご先祖の亡霊じゃないにゃ!
誰か……誰でもいいにゃ。オレを……オレをオレとして見てくれにゃ……。
オレは――ここにいるにゃ!
――
それからずっとオレはシャフェーの一族を見つけることだけに終始したにゃ。
こいつらさえいなければ……こいつらさえいなくなれば、きっと誰もがオレをオレとして見てくれるにゃ。
情けをかけられたクーデアルデの弟筋の末裔じゃない。ご先祖の復讐の道具じゃない……本当のオレ、ガッファとしてみんなが見てくれるはずなのにゃ!
だからこそ足取りを追って他の猫人族から探し出して……やっとケルトシルにいることを突き止めたにゃ。
宝物庫の目録から、グリジャスの杖とマギナスナイフが持ち出されている形跡と、歴代魔王たちが手を伸ばしていなかったのが南西地域だけだったにゃ。
あそこは覚醒魔王がいない地域だったから自然とそこだけ残ったようだったけど、逆にそのおかげでシャフェーの一族がどこにいるかわかったし、ここまで追い詰めることが出来たのにゃ。
あと一歩。もう少しでオレはこの忌まわしい呪いから解放され、オレ自身を取り戻すことが出来たはずなのにゃ。
それなのに……それなのに!!
ようやく見つけたと思ったシャフェーの末裔はオレとの戦いを放っておいて自分から生命を断ったにゃ!
これじゃだめなのにゃ……こいつらを殺すのは、オレじゃなきゃだめなのにゃ。
オレ手ずからこいつらの一族を根絶やしにしてこそ、初めてこの呪われた宿命から解放され、オレはオレを取り戻すはずだったにゃ!
それなのに……これじゃあ何の意味もないにゃ!
オレが殺さなければ、オレが決着をつけなければなかったのに! 自滅なんてしやがって……ふざけるにゃ!!
……それでもオレはまだやらなければならないにゃ。このカッフェーと名乗った猫人族の血を引く者を全て排除しなければならないにゃ。
そしてフェーシャと名乗ったあの弱っちい未覚醒の魔王にしてはまあまあ頑張ってる魔王とその血筋を根絶やしにするべきなのにゃ。
それで……それで多少は気が紛れるというにゃ。フェーシャとカッフェー……どちらが本当のシャフェーの一族かはわからない――いや、半ば奴らも認めていたにゃ。
カッフェーがこちらの血に連なる猫人族の家系だと言っていたはずにゃ。
だったらオレは――もう永久にこの楔から抜け出すことは出来ないのかにゃ。
シャフェーの血族からも、オレの家系からも……永遠に……!
そんな事を思っていた時にゃ。
なにか後ろの方で強い魔力を感じ、振り向いてみると……真っ白な光が辺りを覆い尽くしていたにゃ。
純粋な光。強力な意思を内包しているように見える光だにゃ。
……そう、あれは『覚醒』の光にゃ。覚醒魔王には生まれたときから覚醒した状態の者と、後から覚醒した者の二種類がいるにゃ。
先天・後天的なものによる優劣はないらしく、純粋に
だけど、今この場で覚醒出来るほどの血と力を持ったものが……?
そこまで考えた時、ある一つの結論がオレの頭の中によぎったにゃ。
つまり、シャフェーの血族はカッフェーではなく、フェーシャの方だったんじゃないかとにゃ。
――いや、むしろそうじゃなければおかしいにゃ。
たかだか南西地域でずっとくすぶってた雑魚が覚醒まで到達するなんてことがそう何度も起こるわけがないのにゃ。
なら……オレにはまだチャンスが残ってるのにゃ。
今この場でフェーシャを亡き者にすれば……シャフェーの呪いから解き放たれるにゃ……!
ついてるにゃ……! これはもう天命だにゃ!
オレ自ら終わらせろ、と。シャフェーの血族を滅ぼし、先祖の亡霊を打ち払い、自らの生を取り戻せと……そう言ってるのにゃ……!
もうこんな馬鹿な死に方をした男のことなんてどうでもいいにゃ。
兵士なんて鍛えてやれば精鋭になることができるにゃ。
たかだか2000や3000、失ったところで痛くもなんともないにゃ。
このオレを謀ったのはあまり気に食わないところだけど、シャフェーの血族でない以上、この男の生死なんて心底どうでもいいにゃ。
むしろまだオレの標的が生き残ってくれていたことに思わず強く拳を握りしめて、震える腕を抑えようとしたにゃ。
ついさっきまで味わっていた喪失感もなにもかも一気に消え失せ、ギラギラとした闘志が蘇ってくるのがはっきりと知覚出来るにゃ。
まだ戦える。まだ決着がついてない。そう思っただけで感謝と憎悪の入り混じった感情に支配され、変えようのない幸福感が胸中に湧き上がってきたにゃ。
まだ……まだもう少し待つにゃ。せっかく覚醒しだしたのにゃ。
それが終わってから、奴と再び決着をつけてやるにゃ。
なあに、覚醒したての魔王なんてこのオレの敵ではないにゃ。
それにまだ本当の実力の半分も引き出していないにゃ。あんな児戯ではなんの盛り上がりも高まりもないにゃ。
……だから待ってるにゃ。シャフェーの血族のフェーシャ。お前が覚醒したらすぐにでもこのオレが決着をつけてやるにゃ。
そして、オレは本当の自由を取り戻すのにゃ。
復讐の道具でもおもちゃでもない。本当のオレ自身を。
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