145・中央とは違うのだよ

 ――ティファリス視点――


 ラスカンデッドは基本的に寒い。が、6の月レキールラ~8の月ペストラの間はその例外で、寒さが和らぐらしく、多少肌寒いのだが、専用の服を用意していなかった私達は助かったとも言える。

 首都クルーデルトにたどり着いた私達は、国の兵士達に歓待を受けつつも、城に連れて行ってもらえることになった。


「すごい歓迎っぷりですねー」

「なはは、いいじゃねぇかこういうの」


 きょろきょろとまるでお上りさんの様相を呈しているのはやはりアシュルだった。

 うん、まるで私達が田舎からやってきたように見えるから、そういう態度はあまり取るものじゃないぞ。


(防具も良いもの使ってるよねー。でも魔力はあんまり高そうに見えないよ?)


 対するフレイアールの方は微妙そうな表情(?)をしている。

 しかしそれもそうだろう。なにせドワーフ族なんだもの。

 ここに来ているのは全員男。つまり、全員私より遥かに身長の高い持ち主で、なんといえばいいのだろうか……筋肉に護送されている気分になってくる。


 それに加えてナロームは愉快愉快と笑っているし、ルチェイルは微妙に軍人気質なせいかひんやりとしていていながら黙って私達についてきている……。


 そんな中でよくもまあ、興味津々でいられるものだ。

 私の方は若干うんざりしてきた。


「で、あとどれくらいかかるの?」

「はっ! もう間もなくですので、今しばらくお待ちくださいませ!」


 躍動する筋肉がビシッと敬礼を取りながら空へと吠えるように説明してくれた。

 なんだか汗が飛び散りそうな雰囲気がして、私は尚更うんざりする。

 ああ、はやくこの時間が終わらないかなぁ……。






 ――






 それからしばらく筋肉の檻に囲まれていた私達は、ようやく彼女の居る城にたどり着くことが出来た。

 しかしこれは……城なのか? まるで鉄の要塞。

 流石鍛冶国家だ。リンデルの時も驚かされたが、ここはそれ以上。


 リンデルのそれが普通の要塞と考えれば、このラスカンデッドは難攻不落と呼ぶに相応しい外装をしている。

 おまけに城全体を強固にする魔法でも掛けられているのだろう。まるで結界の中に閉じ込められているような気分にさせてくれる。


 はっきり言って人が住む場所とはとてもじゃないが思えない。


 城の入り口は橋式になっており、内装の方も物々しい――のだが、どこか完成された作品を並べているような気もした。

 そんな廊下を歩いていた私達はなぜか小さな部屋の扉に案内された。

 とてもじゃないが玉座に続いてる扉には見えない。


「ここは?」

「フワローク様は普段、ここで他の鍛冶工と共に武器や防具を打っております」

「へー、魔王が自ら武器を造ってるんですねぇ」


 どこか感心するかのようにまだ開いていないその扉の様子を伺っているアシュルだったけど、それには私も同意だ。

 魔王というのは基本的に玉座に居座って客人を迎えるものなんだけど、フワロークはどうやら違うようだ。


 最後まで案内してくれた兵士は扉の隣に立ち、それ以上は入らないというような意思表示をしてきた。


「それではお入りを。我らが女王も、貴女様がいらっしゃることを心待ちにしておりましたので」

「ええ、ありがとう」


 この付いてくれた妙に敬語の上手いドワーフ族を尻目に、私は意を決して扉に手をかけ、鍛冶場へと入っていく。


(うわー、肌寒かったのに入ったとたんに暑くなってきたよー)


 開いた途端襲いかかってきた熱が私達を包み込んできた。その上、カンカンと鉄を叩いている音が聞こえてきた。

 その中を進んでいるとドワーフ族達が自身の作品に凄まじい情熱を注ぎ込みながら剣や道具などの様々な物を造っているようだ。


「ティファさま、すごいです。私達が来たのに見向きもせずにカンカンしてますよ!」

「そうね。職人としてひたすら向き合うその姿、とてつもなく勇ましく感じるわね」


 カン、カンと小気味のいい音が辺りに響く中、先に進んでいくと――ようやくフワロークの元にたどり着いた。



 ――のだが。


「こんな感じですか?」

「うんうん、マヒュム、筋がいいよっ」

「いいや、フワロークの教え方が上手いからですよ」


 なぜかフワロークの師事を受けているマヒュムの姿が確認できた。


「なんだか、すごく仲が良さそうですよね」

(いちゃいちゃしてるよー!)


 パタパタと嬉しそうにはしゃいでるフレイアールはともかく、羨ましそうに見るアシュルはこういうのが良いのだろうか?

 私にはちょっと理解できないセンスだ。


「ひゅー、お熱いねぇ」

「ナローム!」


 口笛を吹いて茶化すような笑みを浮かべているナロームと、それを諌めるルチェイルを横目に、二人できゃっきゃっと甘ったるい空間を構築していたが、ようやく私達の方に気づくと慌てた様子で顔を赤くしていた。


「ティ、ティファリス!? いつの間に来てたの!?」

「ちょっと前に、よ。ふふ、随分と見せつけてくれたじゃない。ねぇ?」


 含みのある笑い方をしてやると、余計に顔を赤らめて私の事を睨んできた。


「も、もう! 茶化さないでよ!」

「久しぶりですね。ティファリス女王」


 マヒュムの方はどうやら私が与えた傷が完治したのだろう。

 新しい眼鏡も掛けているみたいだし、最初に出会ったときと同じ、優男に戻っている。


「ええ、久しぶりね。マヒュム。傷はどう?」

「おかげさまで、すっかり良くなりましたよ」


 にこっと笑うその姿は妙に爽やかだ。そんなマヒュムを横目に見るフワロークはぷぅっと頬を膨らませているようだ。


「それにしても、なんで二人がここに? てっきりフワロークだけと思ってたんだけど……」

「ああ、それは私がフワロークにお願いしたんですよ。ティファリス女王が来られる時は私も、と。

 同盟の件もありましたからね」


 マヒュムに言われて私は、そういえば決闘ではそんな約束もしていたかなと思いだした。

 あの時はとにかく上位魔王になろうという考えが先走っていたから、覚えていないというのが本音だ。


「あー、そんなこともあったわねぇ」

「ティファさま、宴から帰った後、話題にすら上げてませんでしたよね」

(完全に忘れてたんだよねー)


 なんとも情けないことだが、こうなっては仕方がない。


「ティファリス女王……」


 悲しげな表情を浮かべているマヒュムだけど、仕方ないじゃないか!

 あの後色々とごたごたしたんだもの!


 ああ、ナロームとルチェイルも微妙に冷めた――というか苦笑気味の表情をこっちに向けているような気がする。


 この流れは不味い。このままでは私が一方的に悪者扱いされかねない。

 しかしその事に気付いてくれたフワロークが仕方ないとでも言うかのような表情で私達の間に割って入った。


「長い話はさておき、同盟を結ぶんだったらこんな所じゃ相応しくないでしょ? ほら、玉座の方に移動しようよ」

「……そうね。ここで国同士の関係を構築するにはちょっと、ね」


 なんとかフワロークの提案に乗ることにして、私達はこの城の中心部に移動することになったのであった――。






 ――






「こちらが資料になります」


 流石この時の為に用意していたのだろう。玉座の間に行ってしばらく。

 その間にマヒュムは資料を取りに行き、私の方に手渡してくれた。


 肝心の内容だが、これは悪くない。

 元上位魔王ということでワイバーンを一体。こちらに融通してくれるとのことだった。

 ただ、それには色々と準備が必要らしく、早くて8の月ペストラになるのだとか。


 フレイアールの方は特に何も感情を表さなかったが、恐らく来るだけならばなんとも思わないのだろう。

 これが私が乗るとなるとまた違うのかもしれない。


 ワイバーンを使うことによる流通を考えているらしく、その事の検討案が盛り込まれているのも良い。


 貴重なワイバーンに敢えて流通の最前線を任せる事により、より効率的な商業の発展に貢献してもらう……というわけらしい。

 これは中々画期的ではあるが、些か難しい。


 だけど検討はすべきだ。なにしろ私のいる南西地域と北地域では距離がありすぎて、ラントルオで商業を行うのは無理がありすぎる。

 セントラルでいくつもの国を横断しながらなんてことは非現実的すぎるのだ。

 ラントルオで行き来出来るのは南東……セントラルでも比較的こちら側寄りの地域が限度だろう。


 だからこそ、このマヒュムの提案は非常に魅力的だ。

 二人の魔王から聞いた話なのだが、この国――北地域では9の月以降は厳しい寒さが訪れるそうで、子どもでもかなり強い酒を飲むことで身体を温めていたり、辛味関連の調味料が豊富にあるそうだ。

 料理による寒さ対策も非常に豊富で、採れる鉱石はフワロークのラスカンデッドには些か劣るものの、こちら側の方を比べると質がいいと言える。


 マヒュムの所から仕入れた鉱石をリンデルのドワーフ族たちに加工させれば、こちらの方も戦力が充実するというものだろう。


 そういう魅力を考えれば、ワイバーンを使うという選択肢は悪くない。

 しかし、今は後回しにせざるを得ない。ワイバーンを借りているのが現状なのだから。


「ええ、いくつか検討しなければならない部分はあるのだけれど、概ねこの通りで問題ないでしょう。今はひとまず不可侵の項目だけ結ぶこととしましょう」

「わかりました。お互いのためにも、今はその方が良いでしょう」


 向こうも全てが上手くいくとは思ってなかったようで、マヒュムの方も納得してくれているようだった。

 フワロークの方も、私とマヒュムが結ぼうとしている商業系の条約について盗み見ていたようで、興味があるような素振りを見せていた。

 もしワイバーンによる流通が開始されることとなれば、北地域は更に発展するだろうし、それも当然か。


 今までとは違うルートの開拓。流通の拡大。ワイバーンがいればそれが出来るのだ。

 そう考えたら未来が膨らむような気がしてくる。


 これから先、北地域以外とも交流が盛んになるだろうし、今まで以上にワイバーンが鍵になってくるだろう。

 ……これは一度レイクラド王に――クレドラルに行く必要があるだろう。


 あそこは今、というよりもずっと前からワイバーンを数多く所有していると聞くからだ。

 繁殖に対する何らかの術があるのであれば、その方法を教えてもらえれば、と思うのであった。

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