140・魔王様、忘れたことを思い出す
「わかった。私も本当に危ない時は正体がどうのこうのと言ってられないだろうけど、出来る限り隠し通すことにするわ」
あまり納得のいかない顔をしているようだけれども、こればっかりはどうしようもない。
こっちだって絶対に明かさないと明言できるほど、楽観視出来るものではないのだ。
「……それだけ聞ければとりあえずは良いでしょう。で、もう一つ、貴女に言いたいことがあったのよぉ」
「言いたいこと?」
どうやらラスキュスは私に忠告する以上になにか伝えたいことがあるようだけど……一体なんだろうか?
私と彼女の接点がさほどない。聖黒族のスライムであることだってつい先程判明したわけだし、さっぱりわからないのだ。
だけど、ラスキュスが先程の真摯な態度や表情とはうって変わってうんざりした顔をしているところを見ると……あまり良いことではなさそうだ。
「ティファリスちゃん、マルドル王のこと覚えてる?」
「マルドル、王……誰それ?」
どうしよう。まるで身に覚えのない。
正直いきなりそんな意味不明な誰ともわからない名前を出されたって困るんだけど……。
とりあえずアシュルとフレイアールの方に仰ぎ見ても、二人共全然わかってないようだ。
「誰なんでしょう……初めて聞く名前です」
(うーん……ぼくも全く聞いたことないよー)
「ラスキュス、ちょっと勘違いしてるんじゃない? 少なくともそのマルドル王って人物には全く心当たりがないわ」
二人共知らない、ということは本当に会った事がないのだろう。
私もかなり記憶力が良いほうだと自負しているつもりだけれど、ここまで記憶にないとなると…それ以外考えられない。
私の方はそう結論づけたんだけど、ラスキュスの方はそうではないようで、深い溜息を吐いてちょっと眉をひそめて…まるで怒っているかのように私の方を見ている。
なんでそんな顔をするのだろうか? というか怒った顔を色っぽいってもう軽く反則だと思うんだけど。
「全然覚えてないようねぇ……。『宴』の時にティファリスちゃんに絡んできた挙げ句、決闘して手酷くやられた魔人族の男よ」
その時に決闘した魔人族の男といえば……ああ、思い出してきた。
だけどあれはそんなマルドルとかいう立派な名前なんかじゃなかったはずだ。
ラスキュスの方がむしろ名前を間違ってるというのに、こちらが悪いような視線を向けるのはやめて欲しい。
だが私は寛大な方だ。ここは彼女の誤ちを優しく指摘してあげるのが優しさというものだろう。
「ラスキュス、そいつはマルドルなんて大層な名前じゃないわ。小物よ。小物王」
「それは貴女達が勝手に名付けたものでしょう……」
呆れたようにこっちをみているようだけど、そうだったっけか?
まあ、あんな小物なんぞ一々記憶に留めておく必要なんてないだろう。どうせもう会うこともないのだろうし。
しかしなんでここでそんな奴の名前が出てくるんだ? 『夜会』の時に散々痛めつけてやったはずだし、あれだけ心に深い傷を与えてやったら少なくとも国から出ることは叶わないはずなんだけど……。
もしかして、お国に帰ったからまた気を大きくしてしまったとかかな?
「あー、そんなのもいましたねー」
(あの時の卑怯な人達だよね。ぼくも思い出したきたよー。でもあんな弱いの覚えてないのも仕方ないよね)
「ねー」
後ろの方ではようやく思い出したと言うかのように二人で楽しそうに言い合ってる。
血の繋がってないとは言え、魔力で繋がってる姉弟だからか、本当に仲が良い。
「で、その小物王がどうかしたの? 懲りずに兵士を準備してるとか?」
「いえ……そのマルデ――小物王の国が私の国のすぐ近くにあるのだけれど……宴が終わって半月――15日ぐらいした時に庇護を求める使者がやってきたのよねぇ」
これは驚いた。
あの小物王の国ってスロウデルの近くにあったのか。私はてっきりセントラルのどこかにある国の一つかと思った。
というか、庇護を求めるってのが若干気になる。
一応小物とは言え、あれは『夜会』に出席できる程の強さを持った覚醒魔王の一人だったはずだ。
そんな男が庇護を求める状況ってのが考えつかない。こいつをどうにか出来るのはそれこそ上位魔王か、他の覚醒魔王達が徒党を組んで押し寄せたときくらいだろう。どう考えても罠の匂いがする。
「それって明らかになにかあるわよね? 正直、あそこに出てくる程の強さを持っていて庇護だなんて……」
「何を言ってるのかしらねぇ……。貴女がその強い魔王をボロ布になるまで苛め抜いたせいで、寝ても覚めてもそのトラウマに囚われて仕事もロクに手がつかず、寝ることも出来ない日々を過ごしてるそうよ。
部屋から出そうとしたら叫び声を上げて『外は怖い……外は怖いいいぃぃぃぃっっ!!』って拒絶反応を起こす程だと聞いてるわ」
一体どうしてくれるんだと私の方を見ているんだけど、そんなもの私が知ったことか。
はっきり言って挑んできた向こうが悪い……というのは簡単だが、流石に国民の方に影響が出るとは思いもしなかった。
命だけは確かに助けたわけだが、それ以上の何かを彼は失ったというわけだ。
「それで近隣の国の下に付こうという結論が上層部の方で出たらしいのよぉ。それで私の国が真っ先に候補が上がったというわけね」
「はぁ……それはまた、難儀なことね」
南西地域からはこの南東地域の奥に干渉する事も中々出来ないし、仮に出来たとしても、わざわざここまでやってくるにはちょっと理由が弱い。
ここはどう見ても他人事に振る舞うのが一番だろう。例え私が小物王のプライドをズタボロにした当事者であっても。
今更言われてもどうすることも出来ないっていうのが本音である。
「随分と他人事のように言ってくれるけど、私のところもそれなりに離れてるし、面倒が見きれないのよねぇ」
「そうは言われても……喧嘩を売ってきたのは向こうだし、私があそこで買わなかったら立つ瀬がなかったでしょうが。
それに私は南西地域の魔王よ。この南東地域の奥の方にまで兵を差し向けるほうが無理ってことでしょう?」
大体そんなことをしたらセツオウカ・スロウデルに対してどれだけ説明して、食料を、人を集めないといけないのかわかったものではない。
挙げ句、どれだけの収入がこちらに入ってくるかすら不明となればわざわざそんな遠い国を治めるためだけに行動を起こすというのも馬鹿らしいというものだ。
それは上位魔王の人たちも十分熟知しているはずだし、だからこそ決闘という形を取ったのだろうに。
ラスキュスも私の言葉には肯定するかのように頷いているところを見ると、一応私の方に理があると思ってくれてはいるようだ。
「それはもちろんそうなんだけど……だからといってあれはやりすぎなんじゃないかしら? どんな魔法を使ったかはわからないけど、宴が終わるまでの間、延々とのたうち回りながら苦しみの声を上げ続けさせるのは、ねぇ……?」
「慰み者にされかけたのだから当然の報いでしょう。むしろたった一日で済んで良かったというものよ」
そう、一日で一生分の苦しみと痛みと恐怖を味わう事が出来たのだ。たった一日で済んだことをむしろ感謝してほしいくらい。
私としてはあれを七日の程度延々と続けてもいいほどだ。
「ティファリスちゃんの言うことももっともだけど、その後始末もきっちりやってこそ大人の女性というものなんじゃないかしら? 中途半端に痛めつけるくらいだったらいっその事始末してあげたほうが国の為になったのかも知れないじゃない」
む、確かに。
私としては下手に野心を抱くことなく、国の外から出ることなく過ごしてやれるほどの手加減をしたつもりだったのだけれど、まさか部屋の外から出ることも出来なくなっているとは思いもしなかった。
要らぬ世話だろうが、風呂やらトイレやらはどうしているのだろうか? その時だけ外に出ているのだろうか?
「お風呂とかどうしてるんでしょうね……」
(きっとお湯で身体を拭いてるだけなんだと思うよ)
「うわー、それが毎日なんて嫌ですね。自分の城の中にいるんだったらせめて一日に一回は入らないと……」
同じ疑問をー…ってなんだか微妙な方向で話し合ってるようだから放っておこう。
私もちょっと混ざりたいような気がするんだけど、それをしたら間違いなくラスキュスに呆れられてしまう。既に遅いのかも知れないけど。
「とにかく、私のところにまで迷惑をかけた責任を取れ、とまでは言わないけども……少しは、ねぇ?」
さっきのあれは何だったのかと言わんばかりのキランと妖しく光る目をこっちに向けるラスキュス。
なんだか激しく嫌な予感がするのだけれど……やはり、少しでも見直した私が馬鹿に思えてきた。
「はぁ……で、何をしてほしいのよ?」
大方彼女の要求は後始末を全部引き受ける代わりに私になにかしてほしいということだろう。
ここで彼女が私の思った通りの人物であるならば、容易く見捨てるようなことはしないだろうけど……後々この件を持ち出されても困るからね。
本当に最低限許容できる範囲内であったらその条件を飲んで気持ちよく小物国を引き受けてくれるのだったらその方が良いだろう。
「ふっ……ふふふっ……物分りがいい子は好きよ? 今日の夜、私の抱きまくらになってくれたらあの国の事は全部引き受けてあげる。どう?」
「だ、抱きまくら……」
それはつまり、一夜を共にしろってことになるじゃないか!
そんなのはとてもじゃないが許容できない。夜だけとはいえ、それじゃあ何をされるかわかったものじゃない!
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は納得できま――」
「まあ落ち着いて」
慌ててアシュルが抗議しようとしたところ、ラスキュスが言葉を遮るように割り込む。
その事に尚更むくれるように頬を膨らませてるけど、ラスキュスは余裕の笑みで私達を眺めている。
「貴女達が何を不安にしてるかわかってるつもりよ。だからそこの二人も一緒のベッドに眠る。抱きまくら以上のことはしないって条件なら、どう?」
「ならいいです」
(母様と同じベッドー、一緒に眠れるー!)
手のひら返し早いな。ここまで見事に返されるとなんにも言うことが出来ない。
フレイアールの方もすっかり乗り気で、ここで泊まって行く気まんまんといったところ。
……はあ、仕方ないな。
こうなったら一晩まくら代わりにされるしかないだろう。それで快く小物国のことを引き受けてくれるならそれでいい。
それに、私はひとりじゃない。いざというときにはアシュルが、フレイアールがきっと守ってくれるだろう。
「本当に、それ以上のことはしないと、誓える?」
「もちろん。上位魔王としてのメンツにかけても、ね」
メンツを掛けてる時点で既に丸つぶれのような気もするんだけど……そこまで言うなら信用するしかないだろう。
こうして私達は予期せぬ形でスロウデルの一晩を過ごすのであった――。
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