115・魔王様、堪能する

 ドラフィシル漁を終え、無事に食材を手に入れたしばらくした後――。

 私は『ミトリ亭』を訪れ、ミットラにドラフィシルを手渡す事ができたし、例の金色混じりのドラフィシルを手に入れたことを報告した。


 その時の彼の顔と言ったら今思い出しただけでも少しおかしい顔をしていたな。

「え?」みたいな全く想定していなかったと言わんばかりの惚けた顔をしていたんだから。


 実物を見せたら大層喜んでいたし、こっちも頑張った甲斐があるというものだ。

 まずは普通のドラフィシルで料理を研究し、その後くだんのドラフィシルを調理するとのことだった。

 とりあえず今月来るであろうセツキのために料理を一品用意してもらうだけで、残りは全部自由にしていいということにしておいた。


 そうして今、私はセツキと再び対面することになるのだった。






 ――






「一月ぶりだな!」

「いえ、一月すら経ってないわ」


 先月の……11の月ズーラから半月すら経っていないだろう。

 ワイバーンを使ってるからか、頻繁にここに遊びに来るのはいいんだけれど……仕事は大丈夫なのか?


「はっはっは! そうだったか? まあいい。ティファリス、お前に食わせたいものがある。こっちがドラフィシルをもらうだけじゃ悪いからな。俺様が今回出す食材の一つを持ってきてやったぞ」


 そう言ってセツキが自前のアイテム袋から取り出したのはやけにみずみずしい気がする肉が出てきた。

 とてもいい香りがして猛烈に食欲を誘われる。レッカーカウとかのような肉とは違う……一体どんな肉なんだろうか?


「それなら今から食事会にしましょうか」

「そりゃあいい。酒も一緒に頼むぞ?」

「わかってるわよ」


 本当に酒が好きな男だ。基本的に飲めれば何でもいいそうだし、エルラーガでも出しておけばいいだろう。

 桜酒も貰ったし、こっちの国の酒も味わってもらおうじゃないか。


「お、そうだ。ナイフとフォークは金属製のやつを使うなよ」

「えぇ?」


 金属製のやつを使うなって……一体どういうことなんだろうか?

 石だってそういう成分を含んでるし、金属製じゃないのなんて……それこそペーパーナイフ程度にしか役に立たない木のナイフぐらいだろう。

 そんなもの、持ってるはずがない。


 そんな事を考えていると、安心しろと言うかのように良い顔で私の方を見てきた。


「安心しろ。今回は俺様が用意してきているからな。次の宴の時はちゃんと自前のものを用意したほうが良いぞ? なにせ……」


 ふっふっふ、と意味ありげな笑みを浮かべるセツキだけど……一体なんだというのだろうか?

 まあいい。実際食べてみればわかることだし、セツキが私に何か良からぬことを考えているって言うこともないだろう。


 あの不思議な肉は一体どんな味がするんだろうか? そういう期待感が胸の中に膨らんでいく。


 というわけで、早速食堂に向かうと、そこで珍しくリカルデと鉢合わせることになった。


「お嬢様。それと……お久しぶりでございます。セツキ王」

「おお、久しぶりだな。相変わらず忙しそうにしているようだが、偶には俺様の所に顔を見せに来い」

「はは、申し訳ございません」


 何やら親しい雰囲気だけどこの二人なにか接点が――ってそうだ。

 リカルデがセツキ王と知り合いだったから、アールガルムが誓約違反をした時にオーガルをとっ捕まえて差し出すことを条件に違反をなかったことにしてもらうことに出来たのだ。


 互いにしばらくの間和やかに話していたけど、リカルデが用事を思い出したようで、そのまま別れることになってしまう。


「それじゃあな。また酒でも酌み交わそうぜ」

「そんな畏れ多い……ですが、セツキ様が望むのでしたら喜んでお受けいたしますよ」


 そのまま頭を下げ、自らの仕事に戻っていったリカルデを見ながら、私は二人のあまりの親しげな雰囲気に口を出すことすら出来なかった。

 セツキの方も旧友に会ったと昔を思い出すかのような笑みを浮かべていたけど、私が口を出さずにじっと見ているのに気づいてか、不思議そうな顔で首を傾げていた。


「どうした? そんなに熱い視線を向けてきやがって」

「……そんなわけないでしょうが。ただ、本当にリカルデと親しそうに話してるなと思ってね」

「ああ。あいつとはちょうどこのディトリアで知り合ったんだが……色々と案内してもらう内に親しくなってな。一度セツオウカから持ってきた俺の武器達を見せたら気に入ってだなぁ……文化を勉強するとか言ってた割には武器のことばっかり調べてたな」


 はっはっは! と笑いながら話してるけど、リカルデにもそんな風な時代があったとは……。

 何事も仕事優先にしがちになってる今の彼からしたらちょっと想像もできない。


 武器が好きっていうのはここの武器庫の一件でわかってたことだけど。


「それより早く行こうぜ。アイテム袋に入れてるからって言っても、待ち遠しいのは事実だろ?」

「……え、ええ。そうね」


 危ない危ない。リカルデの過去が気になってきたから聞こうか聞くまいか迷ってしまっていた。

 そんなのは彼が話したい時に話すのがいいだろう。ましてや私とリカルデの仲だ。他人にそれを聞くのは筋じゃないだろう。


 そう結論づけた私は再度セツキと共に食堂に向かうことにしたのだった。






 ――






 それからは特に誰にも――というより、ちょうど食事をしていたアシュルに出会ったくらい。

 メイド服のままここで食べてるその光景は微妙に奇妙な光景に移る。


「あ、ティファさま……とセツキ様じゃないですか。お二人ともここでお食事ですか?」

「ああ……というか今俺様をおまけみたいな扱いをしなかったか?」

「い、いやですね。そんな事するわけないじゃないですか」


 どこかあらぬ方向を見ているアシュルだけど、そんな乾いた笑みを浮かべながらじゃ説得力皆無だ。

 しばらくじろっとセツキが睨んでいたけど、「まあいいか」とため息混じりに一言呟いてそれ以上の追及を止めてくれた。


「さて、それじゃあ早速用意しましょうか。お互いすでに調理してる品を持ってきてるわけだし、そのまま並べるだけでいいわよね?」

「ああ、酒さえ忘れなければ構わない」


 あくまで酒を所望する気か……。

 何を出そうかと悩んだが、結局最初の結論どおりエルラーガを出すことにした。

 適当に選んだのだけれど、セツキならどんな酒でも美味しく飲んでくれるだろう。


 で、肝心のドラフィシルだけど……これもセツキには好評だったから私もアイテム袋から二人前取り出し、アシュルと一緒に食べることにした。

 実際食べてみると、しっとりとしているかと思ったら身が引き締まっていて噛みごたえがある。

 魚なんだけど、肉のようなしっかりとした味わいで、歯で押しつぶしたらぎゅっと濃厚なスープが肉の中から飛び出してくる。


 複雑な味わいが口の中を支配して、そこに油が加わってより美味しく仕上がっていた。


 正直、これ以上なにをどうすれば良いのかよくわからないほど美味しいんだけど、ミットラはこれを更に昇華させようというのだから恐れ入る。


「これなら『夜会』でも通用すると思うぞ。うん、美味い!」

「そう? なら良かったわ」


 一通り堪能したと言った表情を浮かべていた。

 さてお次はいよいよセツキが持ってきた肉の番だろう。


「よし、それなら次は俺だな。しっかり味わえよ?」


 私とアシュルのもとに置かれたのは食欲をそそる匂いを放つ肉に、木製のナイフとフォークだ。

 アシュルも不思議そうに並んだ木製の食器たちを見比べている。

 それもそうだ。こんなもので肉が切れるわけがない。


「これ、本当に大丈夫なの?」

「この俺様を信じろ。お前のドラフィシルも相当美味かったけどな、これはそれ以上だぜ?」


 豪語するセツキだけど、どうやらよほど自信があるようだ。

 良いだろう。それなら試してやろうじゃないか。

 それだけ言っておいて少しでも美味しくなかったらしこたま文句をいってやる!


 そう心に刻んでナイフをゆっくり肉に差し込んで見るんだけど……驚くことに切れるのだ。


「う…わぁぁぁ……なんですかこれ。軽く当てて引いただけなのに、切れてしまいました!」


 思わず溜めて感嘆するほどの驚き。それほどまでに容易く肉がナイフを受け入れたのだ。

 これが木じゃなくてちゃんとしたナイフだったらそうも思わなかったかも知れない。


「驚くのはそれだけじゃないぜ? ほら、食べてみろよ」


 食べることを催促するセツキ。その姿はいたずらに早く引っかからないかなとわくわくしてる子どもの姿そのものだ。

 全くそう急かすなってば、と思いながらも木のフォークで肉をゆっくり運んで噛み切る。


 その瞬間――それは爆発した。


「――――――ッ!」


 すごい、の一言に尽きる。

 歯で触れた瞬間、肉汁が迸るように溢れて口中を駆け巡る。そのくせ口に入ってない方の肉はほとんど汁がたれていない。

 まるでスープの玉をそのまま口に含んだような感じ……汁自体の量はドラフィシルの時とは比じゃないほどだ。


 肉は舌で押しつぶせるほど柔らかい。もう肉の概念が覆るほどの柔らかさだ。

 そのくせしっかりと肉の味が舌中を踊ってる。


「…………はあぁぁぁ、こ、これすごいです」


 ふとアシュルの方を見るとあまりのことに恍惚としたため息を漏らしていた。

 たしかにその気持ち、すごくよくわかる。


 それほど……異常なほど美味いのだ。

 どんな味付けをしたのかは知らないが、肉の重厚な味わいをより際立たせている。

 しかも強い味わいだからといって後味は全然クドくない。なんとも言えない旨さを私の口中にもたらしてくるのだ。


 単純じゃない。色々な味が複雑に折り重なってまさに絶妙の一言がぴったりだろうな。

 肉汁の海をなんとか飲み込んで、深い一息をつく。


「……どうだ?」

「――驚いたわ。こんな肉があったなんてね」

「はっはっは、だろう?」


 思わずよくもこんなものを隠していたなと睨むが、何故かセツキのやつは微妙に顔を赤くしていた。

 一体何を照れているんだこの男は。


「……で、これは何の肉なのよ?」

「アクアウォルフの肉だ。セツオウカでもかなり希少な肉でな、これがもう相当美味いんだわ。

 ちなみにそれ、そのまま焼いただけなんだぜ?」


 なんだと……これがただ焼いただけ? 恐ろしい……。

 これほどの食べ物があるんだな。世の中、本当に奥が深い。


「ありがとう。おかげで世界の広さを感じたわ」

「ですね……あまりにも美味しくて驚いてしまいました」

「だろう? でもよ、ドラフィシルってのもかなり美味かった。あれはほとんど肉汁のスープみたいなアクアウォルフと違ってはっきりとした噛みごたえがあったし、別物の旨さだった」


 セツキにそう言ってもらえるなら、こっちも自信を持って『夜会』に持っていくことができそうだ。

 それから互いの料理を食べあった私達は、しばらくの間この一時をゆっくりと満喫してから別れることになった。

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