106・青スライム、銀狐を見つけ出す 前
――アシュル視点――
「ティファさま!」
「アシュル、早く行きなさい!」
襲いかかってくる獣人族の兵士をなぎ倒しながら私が外に行くための道を切り開いてくれているティファさまの願いに応えるべく、私はこの城の地下の牢獄に向かいました。
この城に来てすぐ、私はちょっとした魔導を使ったのです。
ティファさまが言っていた魔導とはイメージによって作り上げ、言葉にして解き放つものだということを考えて、私なりに創り出した魔導。
それがこの探索系の魔導『アクアディヴィジョン』です。
私の昔の姿――丸くてぽよぽよしたスライムだった私の分身を創り出し、行動させることが出来る魔導です。
私の思う通りに動かすことが出来て、意思も共有できる。
ただ、戦闘力がほとんどない上、魔力を消費し続けないとこの魔導は持続不可能という欠点があります。
ですが、いざとなったら私が使おうと思った魔導を
耐久力はそれなり。姿形を多少変えることが出来て、動きもそれなりに早い。戦おうと思ったら戦えるもう一人の私――それがこの『アクアディヴィジョン』です。
もっとも、まだイメージが甘いせいか、まだ魔力の消費が大きかったり動きにズレや違和感を感じたりするんですけどね。
今回は探索用にできる限り目立たないように小さく、透明度を上げた仕様にしていますので、それなりに自由に動けました。
……ただ単に呼び出すよりも色々手を加えて呼び出していますので、その分魔力も消費が大きくて……全体の四分の一くらいは使ったんじゃないかと思います。
それでもフラフさんとウルフェンさんと――狐人族の男の人が囚えられているのを見つけることに成功しました。
すぐに助けられるように近くに『アクアディヴィジョン』を配置して監視していますので、いざとなったら魔導を飛ばして敵を排除することも可能です。
「……待っていてくださいね」
私はフラフさん達の為……それよりなにより、ティファさまの為を思って、まっすぐ地下の牢獄に向かいました。
リカルデさんの言われていた、ある出来事を思い出しながら――
――
これは私達がちょうどセツオウカ帰ってきた時のこと……。
まだ10の月パトオラの時のことでした。
私はリカルデさんに相談するために、彼の部屋に訪れたのです。
「リカルデさん、リカルデさん。いますか?」
「ええ、少し待ってください」
ノックの音と呼びかけに反応してくれました。ちょっとばたばたしてるようでしたが、それが収まるとガチャリと扉が開いて、私を招いてくれました。
「お待たせしました。多少部屋が散らかっておりますが、気にしないでください」
そう言って私を招き入れたリカルデさんですが、これのどこが散らかってるのでしょうか?
机には確かに本が積み上げられていて、紙がまるで落としてしまったのを拾ってそのままにしたかのような状態でしたが、それ以外はむしろ私の部屋より綺麗なんじゃないだろうかと思う程です。負けたような気がしてそこはかとなく悔しいです。
「は、はい……」
「今お茶を持ってきますので、そこに座って少々待ってください」
「あ、お気遣いなく……って行ってしまいました」
部屋に入って来客用の椅子に座ってリカルデさんの部屋を見回すと、機能的といえばいいのでしょうか。
実用的な執務室にベッドを取り付けたかのような……そんな感じの部屋です。
違いと言えば、本棚が少し小さく、多分リカルデさんの私物なのでしょう。歴史から地理……はては魔法関連の書物と色々なものが入っていました。
ベッドの方には魔法で明かりが灯るランプを上に乗っけている小さな引き出しがついた机。ちょっと中に何が入ってるのか興味がありましたが、開けてみようかどうしようかと考えていた時に、お茶を淹れてくれたリカルデさんが戻ってきました。
「お待たせしました。深紅茶になりますが良かったですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
私の目の間に出された深紅茶は、相変わらずいい香りがして、心が落ち着きます。
やっぱり良い茶葉を使ったらそれだけ深紅茶も香り立つんでしょうね。
別の場所で飲んだ安物とは違ういい匂いです。
私がそれを楽しんでる間に、向かい合うように座ったリカルデさんは深紅茶を一口すすって、私が今日来た理由について聞いてきました。
「それで……どうしたのですか? なにやら思いつめたような表情をされておりましたが……」
やっぱりリカルデさんには隠し事は出来ませんね。元々表情を隠すのが苦手な質なんですけど。
それでも私は言おうかどうしようか悩んでました。でも、そんなに頭の良いわけではないですし……私程度の頭で色々考えてもどうせ答えが出ないと考えてリカルデさんに直接話しを聞くことにしたはず。
そう思った私は、息を整えてその話を切り出しました。
「実は……セツオウカでのことです」
私はティファさまがセツオウカでやったこと……決闘の話をできる限り伝えました。
セツキ王が勝利したら結婚。負けたら同盟を結ぶという条件で戦いを挑んだこと。私がティファさまの為に戦って負けたこと。ティファさまがセツキ王と戦って引き分けになったこと……全部です。
もちろんお祭りのことは伏せましたが。
あれは私とティファさまの秘密なのです。
「そうでしたか……そんなことが……」
詳しい話は聞かず、決闘で同盟を結んだということだけ伝えられていたようで、私の言葉にどこかショックを受けているような感じでした。
それはそうです。リカルデさんは先々代の魔王様の頃からこの城に居たという話でしたし、ティファさまとも……正直私よりもずっと長い間一緒だったはずです。
そんなティファさまがセツキ王のお妃様になられる可能性があったんだと考えたら……私だったら気を失ってますよ。
なんとか阻止できたから良かったんですけど……。
「リカルデさん、どうしてティファさまは簡単に結婚を条件にして決闘なんて出来るのでしょうか?
私は……心配で……」
聞きたかったのはこれです。
私から見てもティファさまは御自分を大切にされてなさすぎると言いますか……まるで一人で全部背負っていこうとしているように私には見えました。
リカルデさんは話そうかどうしようかと悩んでいる様子でしたが、軽く頷いて結論を出したようです。
ゆっくりとですが話しかけてくれました。
「アシュル、お嬢様のご両親についてはどれだけ知っていますか?」
「え、えっと……ごめんなさい。亡くなったこと以外全然知らないです」
ティファさまはご両親については全く教えてくれませんでした。
覚醒の影響のせいか、母は幼い時に……父は戦争で亡くしたと語っておられただけでした。
「そうですか……では、まずはそこから。
お嬢様のお父上……先代の魔王様は不正を嫌う方でした。
戦時中での出来事でしたので魔王として国を支えられた期間は短かったですが、率先して戦場に出られ、味方を鼓舞されておりましたね。
もっとも、その頃戦っていたエルガルム側の魔王が必ず戦場に出てきていたせいもありますが」
私がリカルデさんの言葉を一言一句漏らさないように聞き入っていると、引き続き……今度はお母様の話をしてくれました。
「王妃様はとても優しく、綺麗なお方でしたね。その頃のお嬢様は王妃様にとても懐いておられておりましたね。常に王妃様の隣にいるくらいだったんですよ?」
「はー……ティファさまにもそんな時期があったんですね」
ちっとも知らなかったです。幼い頃のティファさまも気になりますが、誰かにべったりしているティファさまなんて、想像も付きません。
リカルデさんはそれを嬉しそうに語ってくれて……本当に先代魔王様がたが好きなんだろうって想いが伝わってきました。
「そうです。あの時はとても暖かい時間が確かにありました。ですが……」
一息ついていよいよ本題……リカルデさんの表情が段々と暗くなっていきます。
「実はお嬢様は王妃様の死を……魔王様の凄惨な死体をその目で見られているのですよ」
「え……」
「王妃様は昔王都であったフィシュロンドの城に住まわれていた時です。
エルガルム軍の襲撃を受けたのですよ。その頃ちょうど魔王様が戦いに出撃されていた時でしたので防備が薄く……城も一気に攻め落とされてしまったのです。
お嬢様は王妃様の力によって辛うじて逃げ出すことが出来たのですが……王妃様はその時、お嬢様をかばわれて……」
「そんな……」
初めて知りました。ティファさまのお母様がそんな死に方をされていただなんて……。
「魔王様がなんとか駆けつけた時にはオークに連れ去られそうになったお嬢様と……王妃様の血が辺りに散乱していた現場だったそうです。お嬢様は王妃様がなぶられていくさまをまざまざと見せつけられていたご様子で……ショックのあまりディトリアに逃げ延びた時から部屋から一歩も出られなかった有様でした」
「…………」
「王妃様の事を探すことが……救うことすら出来なかった。その事実が魔王様に与えたダメージも相当深刻でした。もはや完全に戦意も失せ、魔王様は最後の手段に出られたのです」
「最後の……手段?」
「それは誓約……上位魔王の元で二人の魔王が互いに条件をだして結ぶ約束事のことですよ。それで魔王様は三年の停戦を条件に自身の命と軍の大半……契約スライムの全てを差し出したのです」
私はそれを聞いて絶句してしまいました。
それだけの条件をつけても三年の停戦しか出来なかったというのもそうなんですが……それは多分、ティファさまの為だったんじゃないかと思ったからです。
「そして誓約成立後……魔王様は……魔王様は無残な遺体となってディトリアに戻ってこられました。それはとても言葉にすることすらためらわれるほどのお姿で……お嬢様は魔王様が帰ってこられたと勘違いされて部屋から出てこられたのです。それが王妃様を失って以来出てこられなかったお嬢様の……久しぶりのお姿でした」
当時のことを思い出している様子のリカルデさんに私は、掛ける言葉もなく、ただただそこで彼を見つめているばかり。
そんなことでティファさまがご両親を失ってるなんて……思いもしなかったです。
まさか、お二人とも共に酷い……悲し過ぎる死に方をされていたなんて。
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