70・魔王様、告白される

「オウキ、案内役って彼なんじゃないの?」

「む? お、おお! まさしくあやつでござります!」


 私のところに勢いよくやってきたその男はいきなり跪いて下から見上げるようにこちらを見てきた。

 私とはまた違った黒く短い髪に頭に生えるは短い二本角。しかしその目は真っ赤に燃え上がるかのようだ。


「麗しいお嬢さん、ぜひ貴方様のお名前を教えて欲しいでござる」

「え? ティ、ティファリス……だけど」

「おお! ティファリス様……拙者、カザキリと申します。以後お見知りおきを」

「は、はあ」

「むうううぅぅぅぅ……」


 カザキリと名乗ったその男は私に相当熱っぽい視線を向けてきていて、アシュルが同じくらい頬を膨らませているのがわかる。


「カザキリ、いい加減にせんとティファリス女王が困っておろう」

「オ、オウキ! お主、この麗しき御方と知り合いでござるか!?」

「いや、知り合いというよりもこのリーティアスの女王様と言っていたはずだが」


 二人でござるござる言いながら話さすのは止めて欲しい。

 というかオウキの「ござります」っていうのは一応相手を敬ってる時に出る言葉だったんだろう。

 カザキリ相手にはなぜか一切その怪しい口調が出なくなっていた。


「はっ、そうでござった……ティファリスとはリーティアスの魔王の名前……! まさかこのような見目麗しい御方だったとは思いもよらなかったでござる」

「は、はあ」


 なんというか、ものすごい詰め寄り方で私の方は若干気圧され気味になってしまう。

 今までここまで押しの強い人物に会ったことがなかったからか、尚更圧倒――ああ、いや、ロマンがいたか。彼とはまた違っているようだけれども。


「なめらかで艷やかなその長くも黒きお御髪、白くも美しき瞳の色! どこか芯のあるまっすぐな眼差しにほんのりと漂う甘い香り……素晴らしいの一言でござる!」

「胸と背格好を除けば確かに完璧であろうな」


 オウキのやつめ、随分失礼なことを言ってくれる。

 しかし何故だろうかそこまで熱意のある告白を受けては悪い気もしない。

 なんだかんだで褒められて嬉しい時は、些細なことは気にならないというものだ。


「というか、私、甘い香りがするの?」

「はい! ティファさまはそれはもう甘くていい匂いがします!」


 アシュルまでそう断言するのか……私本人は全くわからないんだけど。

 臭いよりはずっとマシだと思っておこう。

 そんなことを考えていると、もう暴走と言ってもいいのではないか? という様子のカザキリは更に詰め寄ってきた。


「ティファリス様……是非とも拙者と婚姻を前提にお付き合いを……いえ! もう婚姻の儀を執り行いましょう!」

「え、なんでそうなるの」

「ちょっと待ってください!」


 私の手を取ってそっとそのままくちづけしようとしたところをアシュルに阻止されてしまう。

 逆に思いっきり抱き寄せる形でカザキリから引き離そうと躍起になっているみたいだ。


「なんですか貴方は! 失礼にも程がありますよ!」

「……ほう、お主は?」

「私はアシュル、ティファさまの契約スライムです!」

「契約スライムか……なるほど。つまり拙者の最大の好敵手、ということでござるな」


 なんでそうなるのかさっぱりわからない。

 ばちばちと火花を散らしてる二人のことはとりあえず置いておこう。

 これ以上深入りすると火傷しかねない……そんな気がしたからだ。


「オウキ、カザキリははいつもあんな感じなの?」

「いいえ、あの者があれだけ個人に熱中するのは見たことはないござりませぬな」


 珍しい物を見るような目で、オウキはカザキリとアシュルのやり取りに微妙に情けない顔をしている。

 ということは私にだけこんな風に接してるっていうことか……。

 なんでそうも好意を抱いてくれるのか知らないけど、このままではラチがあかない。


「……二人共! いい加減にしなさい!」

「「…………!!」」

「続きはいつでも出来るでしょう? 今はセツキ王のところに早く連れて行ってちょうだい」

「はっ、ははっ! 申し訳ないでござる。拙者としたことが、つい……それではこちらでござる」


 我に返ったカザキリは、アシュルに軽く視線を送ったかと思うと、私達をセツキ王のところに案内してくれた。

 それに対してアシュルの方も更に敵対心を燃え上がらせてしまってるみたいで……もう放っておいたほうが良いか。


「……負けませんよ。ティファさまは私のものなんですから!」

「アシュルー、置いていくわよー」

「あ! ティファさま、待ってください!」


 何かしらの決意の秘めた目でぐっとカザキリの後ろ姿を睨んでいたアシュルのことをよそに、私はさっさと城の中に入ることにした。

 これ以上は付き合ってられない。






 ――






 案内された城の中もまた随分変わっていた。

 扉の方も他国とは違う仕様になってるし、土足で歩いていい場所と歩いてはいけない場所にわけられていて、土足厳禁の所は草の床みたいなものが敷き詰められてる。


 踏み心地がまた違い、普通の床とは違って若干温かみを感じる……ような気がする。

 そのまま案内されるがまま進んでいくと、やがてひとつの大きな部屋みたいな場所にたどり着いた。


「お待たせしましたでござる。ここが我らが主のおわす間でござる」

「……で、入り方は?」


 ここの在り方は特殊過ぎてどうもよくわからない。

 扉一つでさえ他の国とは構造が全く違っていて、どうやって開けるのかわからない始末だ。

 普段慣れているであろうカザキリ達はうっかりしていた、という表情をしている。


「ああ、申し訳ないでござる。こちらこう、引き戸になっているでござる」


 すぐに我に返ったカザキリがスーッと引いて扉を開けてくれた。奥にいる男性の姿が一瞬見えたのだけど、なぜかそのまま押して元に戻してしまう。

 ……今なんで戻したのだろうか?


 カザキリの方を見ると、開けてくださいと言わんばかりに手のひらを上に向け、差し出すような形で私の行動を促してきた。


「ささっ、それではどうぞ」

「……」


 どうやら実践してもらいたいようだ。そこまでやったんだったらもう最後まで開けて欲しかった。

 思わずオウキの方にちらっと視線を向けると、やれやれと言わんばかりに両手を軽く上げて首を左右に振った。

 ……仕方がない。これ以上付き合ってても埒があかないし、奥にいる男性をこれ以上待たせてはいけない。さっさと開けた方が良いだろう。

 と、引き戸に手をかけた時にふと気づいてしまった。


「これ、開ける時なにか作法はあるの?」

「本当はあるのでござりますが……先程カザキリが開けてしまったので、普通に開けても構わないかと」

「そう、それじゃ……」


 そのまま改めて扉を開くと、今度は呆れたような男が床に……いや、なにかクッションみたいなものを敷いて座っている。

 明るく鮮やかな赤い髪に、同じくらいの赤い目。更に立派な二本角の鬼だ。


「お前ら……何してんだ?」

「……それはそこにいるカザキリに言って欲しいでござります」


 同じくらいうんざりした顔のオウキがため息をつきながらカザキリの方を見ていたけど、肝心の彼は知らんぷりだ。熱烈な歓迎といい今といい、自由なやつだな。


「はぁ……まあいい。とりあえずはじめましてと言っておこうか。俺様はセツキ。このセツオウカを支配する魔王だ」

「はじめましてセツキ王。私はティファリス、リーティアスの魔王よ」

「ああ、噂は聞いてるぜ。相当派手にやってるじゃねぇか。ま、立ち話もなんだ。座ってくれ」

「それでは……」


 明らかにこの国の雰囲気と違う、私達の知る椅子が目の前に用意されてる現実に目を背けていたんだけど、どうやら座るしかないようだ。

 なんというか、いつも見かけるような椅子がこの国だとまるで晒されてるように見える。


「どうした? 座らないのか?」


 不思議そうにこっちを見てるセツキ王を見てると、これでは話が進まなくなるので仕方なくその異彩を放っていた椅子に座ると、ご満悦そうに笑顔を浮かべた。


「それじゃ、早速今回の用件について済ませようじゃねぇか」

「オーガルをそちらに引き渡すこと、よね?」

「こちら側の都合もあって遅くなってしまったが、当初の目的としてはそれだな」


 最初……まだエルガルムという国があった頃は結構急がされてた気がしたんだけど、実際終わってみると随分時間が掛かったものだ。


「あの豚はオウキに引き渡してあるから、後は煮るやり焼くなり好きにしてちょうだい」

「ふぅん、オーガルがどうなるか気にならないのか?」

「別に気にならないわ。万が一生きていたなら次は私が始末をつけるだけよ」

「はっ、そこまで言い切るか。安心しろ、あの豚は俺様が立ち会った誓約に傷をつけやがったからな」


 どういたぶってやろうか……というような真っ黒い笑みを浮かべてるけど……そう言うならもっと早い段階で引き渡しを要求すればよかったのに。

 そちらの事情もあるんだろうし、何も言わないけど。


「それで、もう一つ。なんでもシュウラの回収に成功したのもティファリス女王のおかげらしいな」


 話題が切り替わると同時にセツキ王の表情も再び真面目な……というより鋭い眼差しに戻る。

 完全に先程の、オーガルのことを話していた時の軽い感とは一変してしまっている。


「ああ、あの鬼族の元魔王ね」

「シュウラの遺体は俺様達が総出を上げて探していたものの一つだ。それを傷なくこちらに引き渡してくれたそうだからな。正直感謝の念に絶えん。この通り、礼を言おう」

「かたじけない」

「かたじけのうござりまする」

「……ちょ、ちょっと三人共、そんなにかしこまらないで」


 頭を下げるセツキにカザキリとオウキも同じように私に礼を述べるその様子に、思わず困惑した声を上げてしまった。

 いきなり三人同時に頭を下げてくるもんだから、そりゃあ戸惑いもする。

 頭を下げたままセツキ王は自身の思いを口にしてきた。


「いや、俺様の先代……この国を護り続けていた偉大なる先達の遺体がこうして戻ってきた。しかも五体欠けること無く、だ。全ての鬼の代表として深く礼をしたい」


 態度自体はどことなく偉そうな雰囲気も漂ってきていたけど、この男は尊敬すべきものにはそれなりの態度を取るってわけか。

 それこそ自分より下であろう……死体を元の場所に帰しただけの私に頭を下げるほどには。


「っていう感じで礼だけはきちっとしておかないとな」

「はい?」


 さっきまで漂っていた雰囲気が再び霧散したかのように軽快に笑う鬼の姿がそこにはあった。

 いきなりの手のひら返しに私の方が思わずあぜんとしてしまった。

 ついオウキとカザキリを交互に見るけど、彼らは相変わらず頭を下げたままで表情がわからない。


「いやなに、俺様はこういう辛気臭いのは好かん。

 だからこれで終いというわけだ」


 はっはっはと笑うセツキ王の姿は呆れるほどあっさりしていた。


「……随分と切り替えが早いわね」

「それが俺様の取り柄さ。それにシュウラが戻ってきたのは祝うことであれ、悼むもんじゃねぇからな」


 ニヤッと笑うのはいいんだけど、さっきの私の気持ちを返して欲しい。

 食えない男というか、切り替えの早い男というか……。


「それで、シュウラがどういう経緯でティファリス女王の手に渡ったか詳しい説明してもらえるか?」

「部下の方から聞いてるんじゃないの?」

「直接やりあった本人しかわからんところことかあるだろ。お前さんの口から直接聞きたい。それとも、なにか都合悪いことでもあるのか?」

「……いいわ、そういうことなら説明しましょう。その代わり、こっちの質問にも答えてもらうわよ?」

「いいだろう。俺様が答えられる範囲内だったら答えてやるよ」


 セツキ王の方も納得したようだし、それじゃあのときのことを思い出しながら話してみようか。

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