65・魔王様、一騎打ち?

 ――激しい剣戟が聞こえる。幾重にも折り重なる刃の音、無数に乱れ舞う魔導の応酬。乱れ狂うような力のせめぎあい……。


 圧倒的な超越者同士が繰り広げる戦いは壮絶を極め、辺りに絶望的なまでの破壊の力を振りまいていく。

 その中央、今まさにその激闘を繰り広げているのはたった二人。

 俺と――魔王の二人だけ。


「なぜ……なぜそうまで――して――どもの為に戦う! お前も――――きただろうが!」

「…………」

「いい――に――されて―――だとお前だってわかっ―――んだろう!? びゃく……いや、――!」

「……それでも俺は、―の為に――。俺を―――――てくれている―――――」


 俺の剣と魔王の剣、互いに交差し、斬り結ぶ。有効打をロクに与えられないまま、延々と続く打ち合い。

 やがて飽きたというかのように同時に距離を取り、そのまま魔導の応酬に。


 ――イメージする。

 大地を震わす闇の一雫。万物を飲み込む黒の世界。広がる闇の、慈悲なき破滅。


「『エンヴェル・スタルニス』」


 その瞬間空は黒く歪み、まるで涙を流すように一滴の雫が地面に吸い込まれていくように落ちてゆく。

 雫が大地に振れた瞬間、水に広がる波紋のように波打つという、通常ではありえない現象とともに黒く深い闇色の球体がだんだん大きくなっていく。


「この魔導は……ならば『エアルヴェ・シュネイス』!」


 発動した魔導により世界は……空はひび割れ、白い光が全てを射殺そうと降り注ぎ、闇の球体を掻き消そうかと言わんばかりに辺りを白く染め上げる。

 俺は迫りくる殺意の光を剣で弾き返しながら一直線に魔王の元に駆け寄る。


「ちっ……――――と呼ばれるだけある。勇ま―――誰にも負けないという―――!」


 俺の『エンヴェル・スタルニス』を打ち消したと同時に魔王の方も迎え撃つように剣を構え、再び刃を交える。

 時には斬り裂き、魔導を打ち合う。壊し、潰し、癒し……そうして俺は――






 ――






 最悪の目覚め。そう呼ぶのに相応しい寝起きだった。

 体中汗に濡れ、気分も悪い。頭もどうにも上手く働かない。


 悪いのか悪くないのか……よくわからない夢を見ていた気がする。


「あれは……昔の……」


 そう、夢に見ていたのは確かに昔、戦っていたときの記憶だ。私が今まで思い出せなかったものの一つ。

『人造命具』を開放してから……ということは少なくともこの夢を見る条件がソレだったってことだろう。それでも結構ボヤけてしか思い出せないんだけど。

 ギリギリ鮮明に思い出せるのはあの魔導。世界の理を歪める程の力を秘めたあの力……恐らく、思い出した今の私なら使うことが出来るだろう。


 だけど、アレだけの強い魔導、使うことがあるのだろうか……。


「……考えても仕方ない、か」


 どうせ使う時が来たのであれば、私は迷わず使うだろう。だから、そんなことを考えるのは意味のないことだ。

 そんなことよりも今日のこと。今日はドワーフ族の魔王ガンフェットとの決闘の日だ。

 まずはこのベタついた身体を一度きれいにしておかないと、おちおち満足行動することも出来ない。

 朝から嫌な気分になったが……ベッドから起きた私は、とりあえず桶を用意してもらうことにした。






 ――





 朝の身支度を整えて、再び訪れた玉座の間。

 相変わらずどこか偉そうな……いや魔王なんだから当たり前なんだけど。そんな感じの態度のガンフェットがそこにいた。


「随分と楽しんでおったそうだな。少々噂になっていたぞ。黒い髪の少女がどこぞの傭兵共を相手に大立ち回りをしたとかな」

「迷惑行為してた奴らにちょっとお仕置きしてただけよ」

「ふふ、すまんな。どうにも気性の荒い奴らが集まりやすくて」

「気にしてないわ。黙らせればいいだけだし」

「はっはっは、そう言い切ってくれると嬉しい」


 さて、と一区切りつけるかのように咳払いをしたガンフェットはドワーフの部下を一人呼び出す。


「これが決闘に関する書類だ。一度ティファリス嬢も目を通してくれ」


 受け取った書類を見てみると、そこにはすごく簡潔に決闘内容と勝敗条件、勝利した場合と敗北した場合のことについて書かれていただけだった。

 前にジークロンドと決闘した時に読んだ文書はもうちょっと長々と書かれていたような気がする。


 決闘内容は一騎打ち。勝利条件は相手が戦闘不能になった場合と、相手が降伏した場合の二つ。

 勝利した国は敗北した国に対し、非常に有利な条件で同盟を組む。ということだった。


 こちらとしてはなんの問題もない。わかりやすいし、特に何か工作された形跡もない。私としてはこれでいい。


「こちらとしてはこの内容でならば不服はないわ」

「それならばサインが完了次第、訓練場に案内しよう。せっかくだ、他の兵士たちにも見てもらってもいいか?」

「問題ないわ。こちらもリカルデやフラフを同行させる気だしね」


 ガンフェットが満足そうな様子で頷く。互いに自分の持っている書類にサインし、そのまま書類を交換。内容が同一のものであることを確認する。

 こういうところはジークロンドとの時と違うようだ。


「よし、ならば早速行こうではないか。戦場ではないにしても、久方ぶりの戦い……腕がなる」


 期待に胸を膨らませているといった様子のガンフェットの案内により、私とリカルデ、フラフは訓練場に案内してもらうことになった。






 ――






 案内された訓練場は前にジークロンドと戦ったところの倍くらい広い。その分戦力が充実してるのか一箇所に集中させているのか……。

 ちなみに私たちを案内した後、ガンフェットは準備があるということで装備を取りに戻ったみたいだ。


「これは圧巻ですね」


 兵士たちが訓練してる様子を見て、思わず声に出たのだろう。リカルデがそういう風な言葉を口にしたのは珍しい。


「ティファリスさま、勝ってね」

「任せておきなさい」


 フラフの言葉に私が胸を張って答えていると、ドワーフの兵士達からどよめきの声が聞こえてきた。

 なにがあったんだろうかとそちらの方に目を向けてみたら――


「あれはガンフェット様が本気で戦われるときの……」

「南西の、格下の魔王相手にも全力で挑まれるということか……」


 ガンフェットの体格よりも二回りほど大きいフルプレートアーマーを身にまとい、巨大な斧を手に持った魔王が立っていた。


「はっはっは! 見よ、これが我らがドワーフ族の技術の集大成、『ガングリッド』だ!」

「『ガングリッド』ねぇ……」

「土属性の魔石を使い、重力魔法を付与し、軽量化に成功! このような厚い大型の鎧もこの通りだ!

 そしてこの斧にも同じ技術を採用している。更に風属性の魔石の使用により、切れ味も格段に増した優れもの! まさに次世代の武器の在り方だ!」

「こ、これは素晴らしい……」


 熱心に力説しているガンフェットとそれを同じくらいの情熱で聞いているリカルデ。

 私としては正直「だから?」と言いたくなるような会話なんだけど。確かにその製法はすごいと思う。

 魔剣などの魔具よりも低コストで済んでるらしいところとか、これなら普通の魔王でも扱うことが出来るだろう。


「ふっふっふ、この武具のすばらしさが分かるか」

「ええ、ええ。軽量化に成功したということはその大きな斧も隙を減らしつつ振るうことが可能でしょう。通常の大剣などよりずっと取り回しやすいでしょう」

「そうだろうそうだろう」

「更に鎧が軽くなったということは、いずれはより強度の高い鉱石による防具開発への未来も感じます」

「そうだろうそうだろう」


 リカルデが褒め称えてる間にガンフェットがより気を良くする……一種のエンドレスリピートみたいな感じになってる。

 お前ら……決闘はどうするんだ。と言いたくなるほどずっと喋ってる。


「……それで、いつ始めるのかしらね」

「ん? ああ、済まなかったな。それで、そっちの準備は?」


 私が武装してないのを見て疑問そうな顔をしているけど、それもそうか。ガンフェットは私のことを知らないしね。


「一応、整っているわ」

「……正気か? それとも、ワシ程度の相手、丸腰でも十分だとでも?」


 侮蔑していうのかと目を剥いているガンフェットに兵士達の雰囲気も怒りに満ちているのを感じる。

 少し不安そうにしているフラフと、絶対の信頼を寄せてくれているリカルデの方をちらっと見てから、改めて怒りに目を真っ赤にしているガンフェットを見据える。

 相手は上位魔王に近いというディアレイに宣戦布告をしたドワーフ族の魔王。向こうにどれだけの実力が備わっているかがわからない以上、なにか隠し玉があると考えたほうがいい。

 ここはある程度全力で行くべきだろう。


「そういうわけではないわ。私も貴方ほどの魔王相手に素手で挑もうなんとこと、しないわ」

「では、どういうことだ? ことと次第によっては――」

「そちらの武器を使用させてもらえる? 最初は武器屋で買おうと思ったんだけど、貴方の知っての通り絡まれたりして結局買えなかったからね」


 買おうと思っただなんて普通に嘘だけど、チンピラみたいなのに絡まれたのは本当だ。

 それだけにガンフェットは途端に考え込むように顎に手を当てる。


「ふんむ……確かにティファリス嬢がこちらに来た時も何も持っておらんかったな。それに不逞の輩に絡まれたのもまた事実だと聞いておる……」


 どうしたものかとしばらくの間思考の渦にとらわれていたようだが、やがて結論が出たようで「おお」という言葉とともに手をポンと叩いた。


「お前ら! ティファリス嬢にアレ、用意しろ! これの前に作ったやつだ!」

「は、はい!」


 そういうやり取りをして兵士の一人が慌てて持ってきたのは鈍色の無骨な大剣だった。

 かなり幅の大きい剣で、私の倍くらいはあると思う。


「ワシの『ガングリッド』に敵うと言ったらその剣ぐらいだろう。『ガングルウ』と命名されておる。これでどうだ? こいつも『ガングリッド』と同じ魔石が使用されておるから、条件としては同じと言えるだろう」


 悪くない。結構大きいからちょっと扱いづらい感はあるけど、ガンフェットの言う通りそこまで重くないのもいい。

 これくらいの軽さであれば、すばやく振り回すことが出来るだろう。遠慮なく借りるとしようか。

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