55・全ての生命を白に塗り潰す、光の魔剣

 私の発言に納得できないとばかりに抗議した金狐やフォイルを一蹴し、下手をすれば足手まといになりかねないとニ~三度力強く説得することになってしまった。

 いつ襲ってくるかわからない以上、時間を掛けた問答は無駄だと二人共納得してくれた。リカルデとフラフは初めから私のことを信頼してくれていて、今は全員鎮獣の森の中を逃げている状態だ。


 さて、これで準備は整った。

『ヴァイシュニル』のもう一つの力と、『人造装具』の武器を取り出す舞台が完成したというわけだ。

 進軍を開始したクルルシェンド・グロアス王国の連合軍に対し真正面から見据え、ゆっくり深呼吸する。


 ……これから私は『白覇びゃくはの勇者』と呼ばれていた頃のように戦場を蹂躙する。

 死にたくないものは、出来れば武器を捨てて欲しいのだけど……それが出来ないのであれば、もはや死ぬしか無いだろう。

 二万を越えるという軍勢を前にしても、まだそれだけのことを考えることが出来るほど、私と彼らの実力は違いすぎている。


 ――それを今、思い知らせてやろう。立ち塞がる者には絶望を抱く間もないほどの安らぎを。

 せめて、彼らが死すらも理解できず眠れるように。


「現われろ。『人造命剣「フィリンベーニス」』」


 魔導を唱えたと同時に、私の左胸――心臓の辺りから剣の柄が出現し、それを思い切り引き抜くと、片刃が白、片刃が黒の派手ではないが主張しすぎないツバがまたきれいだ。

 サイズも男の時に使ってたものとは違って、私の体躯に合わせた片手剣となっている。刃が長剣と細剣の中間あたりの幅しかないけど……そこら辺は問題ないだろう。


「久しぶりね。『フィリンベーニス』……存分に暴れましょうか」


 この姿になって初めて呼び出す私の剣は、転生前の時となんら変わりなく私の手に馴染む。

 まるでずっと隣を歩いてきた伴侶のように。


「『ヴァイシュニル』、『フィリンベーニス』。黒は全てを飲み込み、光は全てを塗り潰す……!」


 私の言葉に鎧と剣が呼応する。鎧の中央にある黒水晶が鼓動したかと思うと、周囲からゆっくりと白い光の粒が舞い散り、黒水晶の中に吸収される。

 この白い光は全て魔力だ。生きとし生けるものの魔力を僅かではあるけど徐々に吸い取り、私の生命力と魔力を補充する。それがこの『ヴァイシュニル』のもう一つの力。これは敵味方関係なく作用するから一人の時じゃないと使えないのが難点だけど、敵しかいない今はまさにうってつけの状況だ。


 そして剣の方は黒刃の方が消え、剣身の全てが白く染まる。

 そのことを確認した私は、連合軍に向かって一気に加速をかけ、先制攻撃を仕掛けることにした。

 剣と鎧の両方を解放した影響か、私の身体能力も急激に上がった――というか転生前の私に若干近くなってきてる気がする。


 どうやら私の身体は自然とリミッターを掛けてるみたいで、今回の剣と鎧の召喚でそれが少し外れたようだ。驚くほど身体が軽い。

 なにか向こうの兵士たちが驚いてるようだけど、全ての動きが遅い。なんのためらいもなくその無防備な首をはね飛ばす。その瞬間傷口が血の赤ではなく白く染まり、魔力の粒が漏洩する。

 これが『人造命剣「フィリンベーニス」』の力の一つ。生物の傷口から血を肉を魔力に変換し、その存在を徐々に白へと塗り潰す、侵蝕の刃。『フィリンベーニス』が出現している限り、治癒系の光魔導ですらこの刃の煌めきには無意味。


 これはもはや呪い以上のなにかのように感じるほどだ。そしてこの状態で命を奪った場合、最終的には全身が魔力に分解され、その光の粒は『ヴァイシュニル』の黒水晶に吸収されて何も残らない。

 そう、真に何も残らない。まるで最初から存在しなかったかのように。


「な、なんだこれ」

「き、斬られたやつらが……少しずつ消えて……」


 戦々恐々とした様子が、この光景を見た兵士たち伝わっていく。恐怖という名の白が、彼らの思考を塗り潰していく。

 ここで私は更に追撃に出る。決して敵わないのだという確固たる事実を焼き付けるために。


 ――イメージするのは白の赤。あらゆる炎を上回る熱さをもって、我が眼前の一切を焼き尽くす一撃。閃光はそこにある全ての存在を溶かし混ぜる始原の業火。


「『フラムブランシュ』!」


 私が突き出した手のひらから、極太の熱線が解き放たれた。辺り一面を白く染め上げ、いかなる存在を許さない白炎が連合軍に襲いかかる。

 それはまさに、世界を白に塗り潰す一撃と言っても過言ではないだろう。魔力に還元されることすら許さない白の暴力が蹂躙の限りを尽くす。世界に色が戻ってきた時、連合軍はその数を大幅に減らしていた。少なくとも私の目の前にいた兵士たちは誰一人として生きていないだろう。


 私自身もそれなりに魔力を消費したけど、辺りに漂う魔力の粒が消耗した力を癒やしてくれる。

 生命の暖かな息吹を感じながら連合軍を見てみると、先程はどこか余裕があったかのように油断しきっていた彼らだったけど、今やもはや恐怖一色に染まりきっていた。


 無事だった左右の軍勢は今度は別の意味で私に攻撃することを躊躇ためらっている。

 それもそうだ。これほどの圧倒的な差を見せつけられて、それでも未だ戦いを挑むほどの気骨を普通の兵士に求めるのはそれこそ酷というもの。


 理解の及ばない速度で周囲の者の首が斬られ、気づけば展開していた軍の中央は草の根一つ残っていない。こんなのはもはや戦いなんて生ぬるいものではない。


 恐怖によって身体が石のように動かなくなった兵士たちを尻目にアロマンズとディアレイのいる本陣の方へゆっくりと歩いていく。

 もはや戦う気のない者に剣を向ける理由はない。そう思っていた時、突如前方から大きな声が轟く。


「お前らぁ! なにビビってやがんだ!」


 現れたのは軍勢の後ろでふんぞり返っていたであろうディアレイだった。

 大声で怒鳴り散らしているようだけど、そんなことで完全に硬直した者が動き出すことはそうそうない。


「わかってんのか!? ここで敗北したら結局同じだろうが! リーティアスなんぞというセントラルの連中が眼中にしていない国に破れたと他の国に知られてみろ! グロアス王国やクルルシェンドはあっという間に侵略されちまうぞ! 後で死ぬか、ここで死ぬか選べやぁ!」


 ディアレイが思いっきりした一喝に静まっていた大多数がいきなりビクついたかと思うと、グロアス王国側の兵士たちは静かに動き出してきた。

 恐怖の中にも宿る戦意か……どうせ死ぬのであればいつ死んでも構わないという自暴自棄の決意かは知らないけど、あの光景を見てもまだ向かってくるのであれば仕方ない。何度でも思い知らせてやるだけだ。


「そうだ! 戦え! あれだけの魔法を使った後だ。そんなに何度も使えるわけがねぇ! こうなったら殺しても構わねぇ! 進め進めぇ!」


 その言葉に押されたかのようにグロアス王国の兵士たちは再び突撃を初めた。一方のクルルシェンド側の兵士達は未だに強い恐怖の支配下に晒されているためか、動く気配はない。むしろそっちの方が懸命だと言えるだろう。


「多少だけど、都合がいい展開になってきた」


 喝を入れるためにのこのこと出てきたんだろうけど、こちらからしてみればわざわざ殺されにやってきたようなものだ。

 ここで必ずディアレイを仕留めようと一気にやつのところに躍り出ると、それに気づいたあの男も大剣を抜いて応戦してくる。


「連携しろ! どれだけこの女が強かろうとも必ず死角は出来る! 他のやつが隙をつくために切り拓け! 魔法士は一斉に詠唱しろ!」


 指示を出しながら私と剣と剣を合わせて睨み合うディアレイの動きには感心せざるを得ない。

 少なくともセントラルの魔王が別格であるというのは納得できるほどの動きを見せてくれている。

 しかしついてくるので精一杯といった感じだろう。少しずつ傷が増えていき、そこから白い魔力の粒が発生する。


 その間にも襲いかかってくる兵士たちを斬り捨て、更にうち放たれる魔法を打ち払う。


「はっははは……恐ろしいな。俺を相手にしながらそこまでのことをするかよ。たかだか僻地の魔王風情が……!」

「その僻地の魔王にお前は敗れるのよ。もう少し戦う相手を考えられれば生きてられたのにね」

「はっ、よく吠えるな! その顔、ぐちゃぐちゃに歪めてやるよ!」


 振りかぶって大きな一撃を入れようとするディアレイの動きに不穏なものを感じ、一度距離を離すことにする。


「『ソニックブラスト』!」


 風の力を纏った大剣が振り下ろされ、周囲に風が炸裂する。地面を抉るように周囲に風の刃が展開される。

 鎧があったとしても、ディアレイの付近にいたら恐らく手痛い事になっていたかもしれない。


「ちっ、カンのいいヤツめ。その大層な鎧だよりに突撃してくればいいものを」

「それで終わり? なら……そろそろ逝け!」


 風の刃が止んだ瞬間を狙って、腰を落として一気に加速する。間合いを詰めてからの、余計な動作をしない最速の突きを繰り出す。


「ふざ……けるなぁ……!」


 なにか魔法を唱えた瞬間、今までとは比べ物にならないほどの速さで私の一撃を受け止め、大きく後退しながらも体勢を崩すこともなく立ち塞がったままでいるディアレイがいた。


「なっ……」


 大体実力は見切っていたと思っていたからこそ生まれた油断。驚愕している隙を突かれた形で今度は逆に詰め寄られてしまった。


「くっ……」

「うらぁっ!」


 さすがにここまで距離が詰まってしまっては避けられないと踏ん張りを入れて一撃を受け止める形で防ぐのだけれども……これも先程とは違う相当重い一撃。

 とてもじゃないがこのままではいられない。圧倒されてしまい、かなり後退することを余儀なくされた。


 手が少し痺れる感覚を感じながら、急に強くなったディアレイに疑問が浮かぶ。

 明らかに私と近しい能力まで底上げされている。少なくとも力は上をいくだろう。さっきの魔法のせいか?


「はっ……どうした? いきなり俺の動きが良くなってビビったか?」

「…………まさか。少しはやるじゃない」


 思わずにやっと顔が歪んでしまう。

 なにをしたのかは知らないけど、この私がジークロンドの時と同じてつを踏んでしまうとは……そんな事を思いながら、私は自然と浮かぶ笑みをなんとか抑えながら剣を持つ手に力を込めるのだった。

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