54・魔王様、合戦前の会合をする
『……どうした?』
私の待ったの発言を訝しむようにこちらに視線を向けてくる。
「どうせ殺られる前に殺れみたいに思ってるんでしょう? 悪いけど、それは私の役目よ」
ここまでコケにされて怒りを覚えていないわけがない。
アロマンズは最初からグロアス王国と共謀して私を陥れようと画策し、そのためにわざわざ霊獣との盟約を破り、ついでに命令を聞きにくい霊獣の抹殺を頼んできた。
グルムガンドとの関係を悪化させたくない私は必然的に聞き入れるしかないし、罠と知ってても乗らざるを得ない。
ここで私が引けばこれから先、リーティアスは所詮僻地の国。使い潰してやればいいという考えを見せてくる国が確実に増える。セントラルはただでさえそういう考えが当たり前になってるし、今同盟を結びつつあるグルムガンドは元々魔人族と
そうなれば他の国との連携も取りづらくなるし、下手をしたら今私が築き上げつつある関係も全部無くなってしまうのだ。
「私は国としてのメンツをかけて今この場にいる。アロマンズは霊獣を倒すか話し合いができればそれで解決してくれと頼んできたし、私はそれを達成した。でもね、この霊獣退治自体が罠だったとしたら、アロマンズは最初から約束を守るつもりがないということになる。国を代表に対してそんな無礼なやり方されたら、こっちも黙ってられないってこと」
『しかしそれでは我の気が済まん』
「だからわざわざ貴方と戦ったんじゃない。貴方がどう思ってるかもわかってる。でもここは堪えて欲しい」
しばらく私と金狐が互いに見つめ合っていたけど、やがて根負けしたかのようにため息をついてそっぽを向いてしまった。
『……はぁ、ヌシの好きにしたらいい。ヌシが引かぬ以上、我がここで何を言ってもどうしようもないからな』
「ありがとう」
ちょうど食事の準備が終わったようで、リカルデの料理に舌鼓を打ちつつ、明日のことを考える。
アロマンズがどんな策略を巡らせてもその全部をねじ伏せてやる……そう思っている。問題はもう一つのグロアス王国に君臨するディアレイか。
初めて見る魔人族の王……一体どんな人物なのか気にはなる。あんなバカな兵士がいる時点でお察しな感じだけど、少なくとも相対したことがない。力量がわからない以上、下手に油断するわけにも行かないだろう。
明日は今以上に戦いの渦に入ることになりそうだ。
――
次の日。野営の片付けを終え、鎮獣の森を出た私達を待ち受けていたのはクルルシェンド……というよりグロアス王国の軍と合わせた連合軍だった。
わざわざ私が森に入ってからずっと待機してたんだろう。それなりの規模の国とまともに戦えるほどの規模で軍を展開していた。
「これはこれは……圧巻ね」
「いやなにそんな悠長なこと言うてますん? いくら魔王とはいえ、人一人倒すためにこんな数の兵士を動員するとか……アロマンズの阿呆はなに考えてるんや……」
エルガルムのときよりも多いだろう兵士たちの数によく集めたと感心してる私に対し、フォイルは相当動揺しているのがわかる。
「フォイル、落ち着きが、足りない」
「いやなんでフラフも落ち着いてるん!? あんな数いたらぼくら、数秒でひき肉になるやろ!?」
『そう思ってるのはヌシだけだぞ。フォイル』
「私はお嬢様を信頼しているだけです」
フォイル以外は冷静なだけに、まるで彼だけがおかしいみたいな雰囲気だけど、むしろフォイルの方が正常なんだろう。
たった一人の動揺を差し置いて悠々とこちらに歩いてくる集団がいる。あれは……
「これはこれはアロマンズ王。お久しぶりでございます」
「ああ、ティファリスはん、挨拶固いんちゃいます? もっと気楽になさってください」
護衛を数名。いつでも盾に出来るようにしてアロマンズ王は初めて会ったときと同じようなセリフを吐きながらこちらに微笑みかけてくる。
その顔を今すぐ叩き壊してやりたいが、今はまだその時じゃない。
隣に目を見やると、こっちをにやにやといやらしい目で見ているやたらと身体が筋肉質そうな男がいた。
がっちりとした白っぽい……多分ミスリルの鎧に身を包んでるからか、やたらと威圧的な姿を見せている。
「おーおー、南西地域の魔王がどんな女かと思ったらすげぇ上玉じゃねぇか。まだちょっと俺好みの身体には遠いが、将来こいつは化けるぜ」
「ディアレイ王、わかっとる思いますがくれぐれも――」
「わかってるわかってる。何度も言わせるな」
いきなり随分な物の言い方だ。あれは一国の王の器じゃない。というか民を統べる者じゃなく、自分の欲望に忠実に従ってるタイプにしか見えない。
あれは力だけで人を従わせ、力で屈服させてるタイプの王……最低の暴君だな。
「いきなり人のことを上玉だなんだと……恥というものを知らないのかしら? とても一国の魔王が放つ言葉とは思えないわね」
「はっはっは! 辺境の地で細々と生活してた魔王の言うことじゃあねぇなぁ! 大方今の生活に嫌気がさして身体売りに来たんじゃねぇのか? 俺ならいつでも買うぜぇ? なんだったらお前の全部をもらってやるよ!」
こいつと話すのは相当イライラする。人のことを金のない田舎の小娘程度にでも思ってるんだろうか?
『ヴァイシュニル』で変化した短いスカートの辺りを……ていうか太ももの方を見られるとすんごい不快感を感じる。
挑発するにしても品性というのがあまりにも欠けている。
仕方ないから改めてアロマンズの方に向き合うことにしよう。こっちはこっちでにやにやと楽しげに眺めているけど、少なくともあの男の欲望を具現化したようなやつと会話するよりはずっとマシだろう。
「アロマンズ王、約束通り霊獣は大人しくさせたわ」
「ほう……。それで?」
「わざわざ言わせる気? 貴方も約束を守って欲しい。そう言ってるのよ」
「はぁー、そうなんですか。で、いつそんな約束したのか……よう覚えてませんなぁ」
やっぱりそういう態度を取るか。あの場にいたのは私とアロマンズとリカルデのみ。
ここでこれ以上この事に触れたとしても無意味だろう。そう思ってない者が約一名いるようだけど。
「一魔王が他国の魔王との約束事を反故にされると……アロマンズ王はそう仰られるのですか?」
「だから、ぼくが言った証拠が欲しいねん。決闘を行ったでもない、正式な書文があるわけでもない。そんなあったかなかったかわからない口約束なんぞ、あって無いようなものですわ」
「……貴方はそれでも魔王のつもりですか!」
「決まってるやん。ぼくはクルルシェンドの魔王アロマンズや。ティファリスはん、部下のしつけがなってないんちゃう? いきなり怒鳴ってくるなんてぼく怖いわー」
頭に血を上らせつつあるリカルデを挑発するかのようにおどけてくる。
これもこれで押し問答になりそうね。のらりくらりとこちらを挑発する態度にリカルデの雰囲気が段々怒りに染まってきた。
「リカルデ!」
「……はっ」
「申し訳ないわね。なにせ辺境で暮らしてたから、こういったことには慣れてなくてね。次に公式の場でお会いすることがあるのでしたら、それ相応の態度で接するよう言い聞かせておくわ。『会えれば』の話だけれども」
皮肉には皮肉で返してやると、途端に呆れるような、可哀想なものを見るような顔をしてるアロマンズと尚更笑みを深めていくディアレイ。
どうやら私の言葉が通じる程度の頭はあるみたいだ。
「随分威勢のいいこと言いますなぁ。あんさん、今のこの状況わかってます? そっちはたった四人と一匹。こっちはクルルシェンドとグロアス王国のほぼ全軍を動員してるんやで? 少なくとも二万は優に越すこの大軍相手にちょっと戦局が見えてなさすぎるんちゃう?」
「愚かね。あそこにいる程度の連中だったら十万だろうと二十万だろうと好きに連れてくればいい。貴方にはどうせそれくらいしか出来ないんでしょうからね。数を頼りにすることしか出来ない可哀想な魔王。それに付き合わなければならない彼らも哀れで仕方ないわ」
「……なんやと。ぼくに従う兵士達が哀れやと、そう言ったんか?」
「ええ、貴方のせいでもはや彼らの大半は明日の陽を見ることすら敵わないのだもの。なんの意味も見いだせない死ほど哀れなものはない」
「……えらい物言いやないか」
私の言葉が嘘偽りなく、本心からの言葉だと感じたアロマンズの方は次第にその表情を怒りの色に染めていく。
もっと煽っても良かったんだけど、アロマンズの様子を見たディアレイがここぞとばかりに口を出してきた。
「おい、挑発に乗るのはいいけどよ。お前が我を忘れたら世話ねぇだろうが」
「やけどな……!」
「冷静になれ。魔王のてめぇがその調子だったら士気に影響するだろうがバカが」
「くっ……」
アロマンズを諌めるような姿を見て、私はディアレイの評価をちょっと変える。一応そういうことを考える頭があるみたいだ程度にね。
「なあティファリスよ。お前が簡単にこっちの軍門に降るやわな女じゃねぇことは理解できた。なら、もう戦うしかねぇよな? 覚悟は良いか?」
「あいにく心の準備をする程度のこととも感じてないものでね。これぐらいの戦いに一々覚悟決めてたらきりがないわ」
「はっはっは! 言うなぁ。いいぜ、お前みたいな女に会ったのは初めてだ! 精々その気概を貫いてくれよ? 行くぞアロマンズ!」
「……はんっ、強がり言いよってからに。その可愛らしい顔、恥辱の色で染めたるわ! 泣いても喚いても許さへんからな!」
これ以上言うことはない。ディアレイもそう感じてたみたいだし、来るときと同様さっさと自軍の方に戻っていった。
私達はなにもせずに見送ることにした。今背後から奇襲するのは私の矜持に反することだからね。
向こうもそういうことわかっているからか、最初にこちらに来たときと同じように堂々と自軍の方に帰っていった。
「こ、この状況でようあれだけの
「なにが?」
「なにがって……作戦があるからあそこまで言ったんでしょ?」
「別に。正面から叩きのめすだけだけど?」
それまで本気でなにか策があると考えていたらしいフォイルの顔が、今度は絶望の色で染まっている。
相変わらず忙しいな。
「フォイル、慌てすぎ」
「そ、そんな事言うてもなぁ……あの大軍みたやろ? 勝てるわけないやん!」
『確かにあれほどの軍勢、我も逃げに徹するのであればなんとかといったところであろう。本当に大丈夫なのか?』
平然としてるように見えて内心は結構不安なんだろう。どこか伺うように見上げてくる金狐に対し、なんの迷いもなく言い放ってやる。
「なんの問題もないわ。ただ、そっちまで気がまわらないだろうからそっちはそっちで連携して身を守って欲しいんだけど……構わない?」
あまりにも堂々としている私に、リカルデ以外のみんなが言葉を失ったかのように立ち尽くしている。いつ襲ってくるかわからないっていうのに随分と悠長なものだ。
『まあよかろう。そこまで自信があるのであれば、やってみるといい』
「うん。こうなったら、ティファリスさまに、おまかせ」
諦めというよりも私を信じることにした二人にフォイルも渋々といった感じで了承していた。
「あ、だけど一つだけ言わせて」
「この期に及んで無理やったら逃げてとかじゃないですよね?」
「違うわよ。私が戦う時は危ないから出来るだけ遠くに離れて欲しいってこと」
今からの戦い、エルガルムの時のように適当に済ませるわけにはいかなくなった。
向こうも本気で私を殺しに来るんだったら、私もそれ相応の戦い方をしてやろうと決めたのだから。
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