48・魔王様、台無しにされる
フラフが散々悩んで案内しくれた場所は、大通りに面した一つの酒場だった。
結構大きい造りで、外から見ても賑わいが伝わってきそうだ。
「ここ、美味しい。情報も、聞こうと思えば聞ける」
「ああ、一石二鳥狙ったわけ。それでいかにも絡まれそうな場所に来たと」
「フォイル、文句言わないって、言った」
「文句じゃなくて嫌味なんでいいんです」
「へりくつ」
相変わらず仲の良い二人のことはもう置いておいて、早速入ってみるとしようか。
あのままいつまで経ってもやってそうな気がするしね。
「あ、ティファリスさま、待って」
「ちょ、ティファリス女王! 待ってください!」
「二人共、早く来なさい」
中は人で溢れかえっていて、この都市の中でもかなり人気の酒場であることが感じられる。
自分の持ってる酒の入ったタル型のコップを、互いに合わせるようにして乾杯してる様子とか、狐人族の子が薄い赤色の焼き色のついた肉にかぶりついてたりして……すごく美味しそうだ。
魔人族の男性が一生懸命注文を聞いてて、すごく忙しいそうで活気が溢れてる。
「へー、すごい賑わいね。ここまでのは初めてみたかも」
「ここ、多い、安い、美味いで有名」
なんでか多いのが正義みたいな店にばっかり行ってるような気がする。
しかしアールガルム、フェアシュリーの二国で犯した過ち……さすがに三度も同じことをする訳にはいかない。
でもリーティアスにないものもいっぱいあるし、ちょっと悩んできたな。
「ティファリスさま、こっち」
フラフの方は店の奥のテーブルにいつの間にか座っていて私の方に手招きしてくれている。
さり気なく隣の席をポンポン叩いてて、熱い視線をこっちに向けていた。
「ちょ、フラフ! お前なんてことを……」
「いいわよ。さ、行きましょう」
慌てて諌めようとするフォイルに対し、「まあまあ」となだめ、フラフの座ってるところに向かう。
本当にフォイルは真面目だね。アロマンズと似たような話し方するくせに微妙にあってないというか……なんとなく違和感を感じてしまう。
そんなことを思いつつも早速メニュー表を確認してみると、やっぱり見たことのない料理があって心躍る。
「このよく見かける『ソウユ』って何?」
「黒色の液体。しょっぱい」
「狐人族の好きな調味料です。『ソウユの実』から絞り出したもので、独特の匂いと風味が特徴やけど、他種族は嫌う人も多いそうですよ」
「へー、狐人族が好きな……ってことはクルルシェンドで栽培されてるやつってことね」
「セントラルにあるフォンタムいう国も同じもの作ってます。あそこも自分らと同じ狐人族ですから」
なるほど。ならそれなりに出回ってるってことか。面白そうだし、時間があったらいくつか持って帰っておこう。
「『クラウバードのソウユグリル』がおすすめ」
「……そのクラウバードってのはどういうのなの?」
「アースバードと同じ、鳥の魔物。肉質が違う」
鳥の魔物ってのはおおよそ検討がつくけど、聞いたことのない魔物ばかりだな。
っていうか真っ先に肉質とかいう答えが出てくるところから、フラフの性格がわかる……。
「フラフ、多分ティファリス……さんが聞いてるんはそれと違う思う。ティファリスさんはハンターって聞いたことない?」
「ハンターねぇ……南西地域の国を回ったりはしたけど、そんなものは聞いたこともないわね。察するに狩人ってとこかしら?」
「そのとおり。ハンターは普段人里に寄り付かない野生の魔物を狩る人たちです。他にも前時代の遺物を発掘するトレジャーハンターとかもおるんですけど、基本的には魔物を狩って生計を立ててる人たちのこと指します」
ああ、だから私達の国ではほとんど見かけない武器防具屋がちらほらとあるわけか。
魔物というのはシードーラのように狩りやすいものから、下手したら命を落とす事になりかねないほどの強い魔物もいる。しっかり装備を整えることも大切ってわけだ。
その分装備の質も良くなるし、国にとっても歓迎できることだろうね。
「でも相当命がけの仕事になるんじゃないの?」
「そらそうですけど、その分珍しい魔物の肉や素材なんかは高値で買い取ってくれますし、上手く仕事をこなせば普通に生活するより裕福な暮らしが出来るようなります」
「それに、南西地域以外は、肉食の魔物、人里に来ることがある」
なるほどね、南西地域はフェアシュリーの国樹が結界を張ってるし、常に暖かな気候が維持されている。
多分それの影響を少なからず受けているのだろう。というかそれ以外に魔物が村とかに寄りつかない理由が思いつかない。
「なるほどね、国が違えば文化も違うってわけか。面白いわね」
「その分粗暴な連中も多い聞きます。『ハンターズゲゼル』とか言う組織が全てのハンターを管理してるいうことやけど、どこまで機能してるかわからないですね……」
つまりあまり関わり合いになるべきではないということね。
というか鳥の魔物の話からかなり脱線してるように思えるんだけど……。
ここはさっさと話を戻すとしよう。ハンターとか言うのにも興味はあるけど、このままだと際限がなさそうに見える。
「ハンターの事はある程度わかったわ。それでクラウバードってどんな魔物なの?」
「おいしい、魔物」
「クラウバードは頭に王冠みたいな飾りのついた青い鳥で、風属性の魔法を多用する聞きます。クラウバードの羽はとてもきれいで、アクセサリーとしても評価高いとか」
「……アグリサイムから出ない割に、よく知ってるわね」
「狐人族の中にもハンターしてる人は多いんで。酒の肴がてらに話を聞くことがあります」
こんな真面目そうなフォイルでもそんな話をしながら酒を飲むのか。ちょっと意外な一面を感じる。
「早く、ご飯」
「……そうね。それじゃあ、今日はフラフの勧めてくれたものをいただこうかな。ソウユっていうのも気になるしね」
「それだったら、あたし『グレアウイングのソテー』頼むから、はんぶんこ、しよ?」
「……ええ、いいわよ」
「だったら自分は『グラウボアのミートパイ』とサラダでも頼みます。肉ばっかりじゃ偏りがありますからね」
他にもフラフが数種類の酒を飲み比べたいと勝手に頼んでいたところを、フォイルが呆れたような顔で見ていた。
グレアウイングとかグラウボアとかすごく気になるんだけど、長くなりそうな気がするし……またの機会でいいか。しばらくここにいるわけだからね。
それから料理が来るまでの一時の間、どんな物が来るのかと心待ちにしていると、やってきたのは期待以上のものだった。
まずクラウバードのソウユグリルっていうのは網目模様に焼き色がついていて、薄く赤い色合いが――
「あら? ソウユって黒いんじゃないの?」
「火を通したら色が変わるんですよ。味は変わらないから問題ないですよ」
「ルオンといいソウユといい、色の変わる食べ物が多いのね」
「ルオンって?」
私の呟きに反応したフラフに炒めたら色の変わる黒い食べ物があることを説明すると、興味津々に聞いていた。
なんだかフラフって私に似てるところあるんだよねぇ。食べ物への考え方とか。
「……話はそこらへんにして食べましょう? 冷めたら美味しくなくなりますよ」
「それはいけない」
あ、危ない危ない。フォイルの忠告がなかったら本当に冷めるところだった……。
せっかく熱々で出てきた料理に失礼だからね。
「それではいただきましょうか」
改めて料理に向かい合う。
ナイフで小さく切って食べてみると、なんて言えば良いのか……想像していたより柔らかく、肉汁とソウユの風味がすごく合ってる。匂いもあまり気にならないし、クセも少ない……これはアースバードよりも食べやすいのかも知れない。
ただ肉自体の味が淡白だから、ソウユの味がちょっと強く感じる。この肉は調味料の味がより鮮明に出るような食材で、その点を含めてもこのクラウバードはよく下ごしらえがされていて、いい味出してる。
「はぁ……これ、美味しい」
「「…………」」
「……固まってるみたいだけど、食べないの?」
なぜか私が食べてる様子を凝視している二人。あんまりにもじーっと見つめてくれているからちょっと恥ずかしいんだけど。
慌てて料理に手を付け始めた二人を見て食事を再開しようとしたんだけど――
「今日はここにするか! おら、邪魔だからどけよ!」
「痛い目に遭いたくなかったら大人しく引っ込んどくんだな」
やたらと声の大きい魔人族の男どもが集団で入ってきて、途端に周囲の空気が微妙に変化する。
大体ガタイがよく、ふてぶてしそうというか頭悪そうな顔してるのがまたなんとも……。
「あれ、なに?」
「……わからない。でも、ちょっと危険かも」
男たちは中央の大きなテーブルについている集団に近づいて、にやにやとイヤラシイ笑みを浮かべている。
「おいどけよ。ここは俺達が使ってやるからよ!」
「ちょ、ちょっとまってください! ここは僕たちが――」
「うるせぇ! そんなこと聞いてねぇんだよ!」
「や、やめ……」
そこからは酷い有様だった。
テーブルに乗っていた食事はぐちゃぐちゃ。客の方もぼこぼこに殴られて……あれは恐らく骨の何本かは折れてるだろう。
「ティ、ティファリスさま、抑えて」
「……抑えてるわよ? 私は」
追い出された人たちは酒場の入口の方でうずくまって、さっきまでの活気が嘘のように静まり返ってる。
みんなが一様に怯え、さっきまでの楽しげな雰囲気が一気に霧散してしまった。
そんなことを微塵も気にしてない様子でバカみたいにわいわい騒いで、場の空気をことごとく荒らしてくれてるその様子に、私の心がささくれ立つのを感じる。
「酒もってこい! メシも早くしろ!」
「女ならこっちにくりゃ良い思いさせてやるぜぇ?」
「おいそこの女どももこっちこい!」
私達に目をつけたバカの一人がクイッと首を動かして催促してきた。
周囲の馬鹿どもはどこかイヤな笑みを浮かべて私達を舐め回すように見てきて、相当気持ち悪い。
「ティファリス女王、行っちゃダメですよ!」
「そうはいかないでしょう。行かなかったらまた面倒そうよ?」
小声で私を諌めるフォイルに向かってなんとか笑顔で対処したんだけど、私の怒りがはっきり伝わってるんだろう。青ざめた顔が今から何が起こるんだと不安そうにしているのがわかる。
大体六人くらいか……私が出した怒りの感情に全く気づいてないところを見ると、別に大した事はないだろう。
ひとまず奴らの言う通り中央のテーブルに行くと、他のテーブルからも集められた女性がいて、みんな一様に不安そうだったりどこか諦めていたりとしている。
全く、何様のつもりかは知らないが……魔王の食事を邪魔した罪、みんなの楽しい時間をぶち壊した罪は必ず償わせてやる。
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