47・魔王様、貿易都市をにたどり着く
――クルルシェンド・貿易都市トーレス――
その日の夜中、フォイルとフラフに裏切られた私は、そのまま永遠の眠りについた……とかそんなことも特になく、普通に朝を迎えた。昨日の夜食べた腹を満たすためだけの食事を摂り、再び目的地に向かってあるき出す。
……後々思ったことなんだけど、フーロエルの蜜を使えば黒パンも少しは食べやすくなってたかも知れない。
それに気づいたのが都市に着いた辺りで、もう少し早く気づいていれば、と軽く後悔した。
さて……そんなことはともかく、肝心の貿易都市トーレスは首都であるアグリサイムとは違って私達の国と同じ建築様式を取ってるようだ。だけども私達の街よりもずっと人の行き来が激しく、さすがセントラル側の商人たちも訪れる都市なだけあると言える。
魔人族、狐人族の交流が盛んなようだけど……なぜかアグリサイムにいた獣人族はこちらでは全くと言っていいほど見かけない。
「ねぇ二人共。なんでここには獣人族はいないのかしら? アグリサイムでは結構見たはずだけど」
「あ、はい。ここはセントラルの商人も来ます。魔人族の中には獣人族に良い感情を持ってない人も多い言います」
「だから、南西地域にいる獣人族が入れるの、首都のアグリサイムだけ。他はまず、入れない」
「へー……」
確かにお互いのことを考えれば余計な揉め事を避けるための処置と言えるだろう。
まあ明らかに建前上では…ってことだろうけど。
まだ私はこの国に来たばかりだし、そういう面は知りたいとも思わない。
例えセントラルが獣人族を排斥する動きがあるっていう事知っていても、この国が歪んでることに対してとやかく言う権利は私にはないってことだ。
そんなこと考えるよりも、今はもっと有意義なことを考えたほうが良い。それは――
「さっさと宿をとるわよ。二人共、どこかいい場所知ってる?」
まずは快適な眠りを約束してくれる宿のこと以外他ならない。
出来れば風呂もほしいけど、そんなところは大体バカみたいに高いからあんまり手が出せない。
だから料理が美味しかったらどこでも良い。お湯ぐらいはお金さえ払えば大体どこでも出してくれるしね。
「自分、ここあんま来たことないんですよね。というかアグリサイムから出たことないですし」
「あたしに、任せて。ティファリスさまは、どんな宿、泊まりたい?」
今の私と同じで、何もかも新しく見えるフォイルとは違って、フラフは何度か来たことがあるみたいだ。
任せてくれと言わんばかりにあまりない胸を張ってる。いやそれでも私よりはあるんだけどさ。
……そういう事考えたら、自分がちょっと情けなくなってきた。
「美味しい食事がある場所だったらどこでもいいわよ」
「ティファリス女王、それ結構難易度高いん思うんですけど」
「そう? 別に豪華な食事をしたいって言ってるわけじゃないんだけど……」
「一国の王の言う美味しいとことか、言われても困るでしょ」
「おいしいとこ……おいしいとこ……」
無理を言ってるわけじゃないんだけど、フォイルは私が普段どんな食事をしてると思ってるんだろうか?
「それじゃ、『フォクトウの宿』に行こう。あそこ、美味しい」
「案内してくれる?」
「任せて」
グッと親指を立てて指示を出してくれるフラフに大人しく従って、早速その宿に向かうことにした。
これで食事と寝床を手に入れることが出来るし、久しぶりの地面での野宿は堪えた。やっぱりちょっと硬くてもいいから屋根があって眠れるところがある方がいい。
大通りを歩いて、いくつか角を曲がると、そこに現れたのは赤い屋根の小奇麗な宿屋だった。
「ここが『フォクトウの宿』? えらい細い道が多いな」
「変なやつ来ても、すぐに撒ける。大通り近いから、交通の不便、少ない」
三つぐらい小道が別れていて、一方は大通りに続いてる。地形を把握しててもしてなくても比較的に行動しやすい場所ってことか。
いざ中に入ってみると、恰幅の良い狐人族の女性が私達を歓迎してくれた。
「はいいらっしゃい! 三人かい?」
「ええ。部屋は……二つでいいわ」
「自分とフラフ、それとティファリスじょ……さんで二つやね」
さすがにここで女王とか呼んでたら小突いてたんだけど、ギリギリ言い直したおかげで女性も変に疑った目を向けてくることはなかった。
全く、もうちょっと気をつけて欲しい。
お忍びってわけじゃないけど、変に萎縮されるのも嫌だし、おかしな子だと思われかねない。
「えー……フォイルと?」
「え、なんでそんな嫌そうなん? ティファリス…さんと一緒とか認められんし、しょうがないでしょ」
「フォイル、野宿がいいって」
「なんでそうなるん!?」
「はいはい、馬鹿やってないで。あんまり騒ぐなら二人共実費で泊まってもらうわよ?」
呆れるようなやり取りをしていた二人を諌めて改めて女性の方に向かい合うと、少しの間きょとんとした後、大声を上げて笑いだした。
「あーっはっはっは! あんたら変なやつらだねぇ。しかもよく見たらそこの女の子、フラフじゃないか。しばらく見なかったけど元気そうでなによりだよ」
「どうも。また、しばらく、よろしく」
「はいはい、それじゃ二部屋で大銅貨24枚でいいよ。近場に公衆浴場はあるけど、お湯でいいならサービスするよ。
それと、今日はもう終わったから夜しか出してやれないけど、食事は朝と夜の二回付き。昼は欲しいなら言ってくれれば出すよ。その時はお金いただくけどね」
朝と夜の二食にお湯付きで大銅貨24枚か……首都よりも人が多く、活気あふれてる場所だけに物価も高いのかとか、そんなこと考えてけど……よくよく思い返せば私のとこにはだいぶ違うし、いまいちよくわからない。
「おばちゃん、安くしてくれて、ありがとう」
「はっは、馴染みが久しぶりに来たんだ。ちょっとくらい安くしてやるよ!」
にかっと笑う女性はどことなく格好いい。
フラフは知り合いだろうけど、私達の分まで値引いてくれるなんてこと、普通だったら中々出来ないでしょうね。
こういう人の良い部分に触れる事ができると、こっちもいい気分になる。
「なら、これで四日分お願いね」
「ん、確かにいただくよ。はいお釣り」
銀貨2枚を渡し、大銅貨28枚が返ってきたのを確認して、部屋の位置を教えてもらって向かうことにした。
部屋に向かう時ふと正規の価格が気になり、フラフに聞いてみる。
「そういえばこの宿って、本来はいくらなの?」
「この都市、店をやって暮らしていくには大銀貨2枚くらいいる。人は多いけど、物価はそれなりに高いから。
だから本当は大銅貨12枚くらい」
「……それ大丈夫なの? 大銅貨4枚ってだいぶ値引きしてくれてるじゃない」
「大丈夫。食堂としても営業してるし、宿も食堂も人気だから」
ふふん、と自慢してくるのはいいけど別にフラフが関わってるわけじゃないだろうに。
そういえば私達が運用してる硬貨の仕組みで考えたら、値引きされてる大銅貨8枚っていうのは大体……金貨2枚くらいかな。そう考えたら相当高く感じる。
私達の国がどれだけこのセントラル式の仕組みに対応するのが大変なことか…改めて実感した。
本当なら『おキツネ様の宿』で泊まった時に気づいても良かったはずなんだけど、あの時はリカルデにどう言うか、アロマンズのこと、霊獣のことで頭がいっぱいだったからそんな余裕なかったか。
一つ大きなことが出来事がおこると、あとから次々と問題ごとが起こるのはどうにかしてほしい。
「無事宿も確保出来ましたし、次はどうします? 情報集めします?」
「ご飯! 絶対ご飯! 昨日の夜も、朝も不味い、保存食だった」
「そうね。せっかくだからなにか美味しい物食べたいわね」
「ティファリス女王もですか……」
部屋へたどり着いた私達は今後の予定を話し合うことにしたんだけど、私とフラフが食事をしたいと言い張っているとフォイルが微妙そうな顔をしてる。
きっとフォイルの中では私はさっさと霊獣や鎮獣の森の情報を集めて、戦う支度を整えると考えていたのだろう。
冗談じゃない。せっかく保存食で我慢してやってきた新しい都市、新しい食べ物……少なくとも私の中では後回しにされていいものじゃないか。
「フォイル。美味しいものを食べて、ゆっくり英気を養って備えることも大事よ?」
「ティファリスさまの、言う通り。急いでも、いいことない」
「はぁ……そう言われるならそれでいいんですけど……」
納得はしてないけど、仕方ないといった様子のフォイルは置いておいて、私とフラフは早速どこに食べに行くか話し合うことにした。
「ティファリスさま、何食べたい?」
「そうね。せっかくだからクルルシェンドでしか食べられないものがいいかな。基本的になんでも食べられるから問題ないわよ」
「え、別にここで良いんじゃないですか?」
フォイル……この男は何もわかっていない。
アグリサイムを出たことがなく、宿に泊まったこともないというのだから、これを機に見て回ろうって気はないのかね。
「な、なんでティファリス女王もフラフもそんな顔してるんですか……」
「フォイルが、ありえないこと、言うから」
「ただ食事をするだけなら宿のものだけでも事足りるって考えも間違ってない。
でも食事ってのは楽しんでするものよ。せっかく新しい場所に来たんですもの。色んなものを味わって楽しみたいじゃない」
「ティファリス女王、自分のやるべきこととか立場とか、わかってます? 面倒事巻き込まれたらどうするんですか」
「自分の力くらいはわかってるつもりよ。それに、揉め事に巻き込まれたって問題ないって」
「……考え直す気、ないんですか?」
私とフラフの外食をどうしても停めたいフォイルはやたらと食い下がる。
彼の心配事もわかるんだけど……それでも私は引く気はない。
「大丈夫よ。私のことはそんなに心配しなくていいから」
「……わかりました。何言っても引くつもりはないんでしょう」
「さすがフォイル。話がわかる」
私が引き下がらないことがわかると、しょうがないと言わんばかりにため息をついてフォイルは納得してくれた。
その様子を見て、フラフは嬉しそうにどこに行こうか悩み始める。
「だけど、自分は知りませんよ? 忠告はしましたからね」
「わかってるわよ」
「わかりました。これ以上何も言いません。ただ……苦いのとか酸っぱいのとかは苦手ですから、それ以外でお願いします」
「うん、わかった。私に任せなさい」
ちゃっかり自分の要望を言ったフォイルに対し、胸を叩いて自慢そうに応じるフラフ。
……なんだか一日一緒に過ごしたせいかこの二人が気安いせいか、リカルデやアシュルと違った接しやすさを感じている自分がいるのに気づいたのだった。
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