44・魔王様、狐国での話し合い

「もう行っちゃうの?」


 ビアティグからアロマンズ王への手紙を出したという話の翌日、私はクルルシェンドへ出立することを二人に話していた。

 会うのであれば早いほうがいい。


 それを伝えた瞬間、まるで今生の別れとでも言わんばかりの寂しさ全開の顔で私の方を見つめてくるアストゥ。


「なんて顔してるのよ。また会えなくなるわけじゃないし、また遊びに来るから」

「……本当? 遊びに行ってもいい?」

「本当よ本当。遊びに来たら歓迎してあげるし、いつでも来ていいから」

「! ……うん!」


 今度は嬉しさ全開、といった笑顔で喜ぶアストゥを尻目に、どうもなにか言いたそうな表情をしてるビアティグ。なんだか見てて歯がゆく感じる。


「どうしたの? いつまでもそんな顔して……言いたいことがあるならはっきりしなさい」

「……一つだけ、言うか言うまいか悩んでいる」


 接点の少ない私からしても珍しいと思うビアティグのその様子はいいんだけど……じれったいなぁ。

 一時の間色々悩んでいたみたいだけど、まるで覚悟を決めたかのように口にした。


「ティファリス……伝えたいことがある」

「なによ、急に真面目な顔して。貴方らしくない」

「いや俺だって真面目になるときだってある。そうじゃなくて聞け。

 クルルシェンドには霊獣と呼ばれている魔物がいる。そこらへんの自称上位魔王よりも強い。下手に刺激しないよう気をつけろよ」

「…………」


 驚いた。まさか気をつけろだなんて言葉、出てくるなんて思っても見なかった。

 やはり明日は嵐……いや空から炎が降り注ぐかも知れない。


「言いたいことはわかるけどよ、失礼だと思わないのかよ」

「それほど意外だったのよ。でも、肝に銘じておくわ。せっかく貴方がらしくないことしてくれたんだしね」

「ふんっ」


 そっぽを向いたビアティグは、それ以上何も言うことはなく、私とも視線を合わせることはなかった。

 なんだかんだ言ってこの男も悪いやつじゃないんだよな。


「ティファリスちゃん元気でね。絶対、絶対絶対遊びに行くからね!」

「ええ、でも仕事はちゃんとしてきなさいよ?」

「う、うん……わかってるよ!」


 そこで言い淀まれたら余計に不安になるんだけど……国に迷惑かかるんだから本当に止めて欲しい。

 ここには来てないニンベルのことも少しは考えてあげて欲しいものだ。


「お嬢様、準備が整いました」

「わかったわ」


 鳥車に乗って現れたリカルデに頷いて、二人に別れを言った後、ラントルオに「よろしくね」という感じで軽く頭を撫でて乗り込んだ。


「それじゃ、またねティファリスちゃん」

「ええ」

「じゃあな。せいぜい頑張れ」

「貴方もね」


 短い間だったけど、中々有意義な時間を過ごせたし、概ね良かったと言っておこうか。

 グルムガンドにも行ってみたかったけどそれはまた今度。ビアティグとは縁が出来たんだし、いずれ行くこともあるだろう。


「さて、クルルシェンドの魔王はどんな人物かしらね……協調性のある者だといいのだけれど」


 ぽつりと独り呟きながら、ラントルオが走り続ける景色を眺めていくのだった。






 ――






 ――クルルシェンド・首都アグリサイム――


 ビアティグから少し聞いた程度だったけど、首都アグリサイムは狐人族しかいない街だそうだ。

 他の国――セントラルの魔王達の国なんだけど、それは首都近場の大きな貿易都市で全てシャットアウトしているんだとか。

 首都側に行くためにはこちら側――南西地域の国から行かなければならないらしい。

 それはこのクルルシェンドが南西地域側の国であるという証拠なのだと言ってたかな。


 獣人族とは違う狐人族なんだけど、この種族の最大の特徴は『変化』。

 狐耳と尻尾を残して、完全に魔人族の姿に変わることが出来るそうで、この力のせいで獣人族が化けていると間違えられて迫害を受けたというのがビアティグの話だ。

 獣人族の中に狐耳が生えた者は一切いない。それは狐人族だけの特徴だったのだけど、周りから見たらそんなことはよくわからないし、獣人族と一括りにした方が早いんだろう。


 さて、そんな狐人族の国・クルルシェンドの首都アグリサイムには、フェアシュリーから出国して四日ほどかけて到着した。

 着くことを優先して走ってもらっていたため、ラントルオにはかなり無理をして頑張ってもらったおかげだ。停められる場所に着いたらゆっくり休んでもらおうと思う。

 出来ればなにかご褒美を与えたいんだけど、この子は何が好物なんだろうか? 後でリカルデに聞いてみようか。


「お嬢様、どうされますか? 一直線に城に向かいますか?」

「そうね……ここは私達でも全くわからない国だし、ちょっと見てみたい気もあるけど……余計なことしないほうがいいか。そのまま城に行きましょう」

「かしこまりました」


 なんだか他の地域にはない、黄土のような石の壁と言った方がいいのだろうか。それに柱の部分が木で出来た家みたいだ。

 それに黒い液体が販売されてるように見えるけど、あれはなんだろう? さすが南西地域で一番セントラルに近い国。色々と物珍しいものも多そうだ。

 魔王に会うのも大事だけど、それ以上にこの国を散策してみたい気持ちが強くなってくるのを感じながら、私達は城に一直線に向かうことにした。






 ――






 城まで到着した私達は、門の前で待ち構えていた案内人に言われるままのところに鳥車を停めた。

「お疲れ様」とラントルオの頭をねぎらうように撫でて、城の中に入り玉座の間まで連れて行ってもらう。


「こちらでございます」

「ありがとう」


 私達を案内してくれた狐人族と男に礼を言うと、一度気持ちを引き締めるように深呼吸して扉を叩いた。


「どうぞ。入ってきてください」


 なんだか普通の人の喋り方と違う……今まで感じたことのないなんとも不思議な話し方をする男だということが、この一言でわかった。

 中に入ると、細身で背の高い、筋肉質のビアティグとは正反対な印象を抱かせる細目の青年が玉座の間に座っていた。


「ようこそおいでくださいました。ぼくがこのクルルシェンドを治めてる、アロマンズ申します」

「私はティファリスよ。よろしくね、アロマンズ王」

「いやですわー。王なんてむず痒い。気軽に呼び捨てにしてください」

「そう? なら私にも同じように呼んでちょうだい。お互い、対等と行こうじゃない」

「はい、改めてよろしゅう頼みます。ティファリスはん」


 どうもこの不思議な調子での話し方が異常に胡散臭く感じる。

 なんと言えばいいんだろう。私が会った魔王たちの誰とも違う……違和感を抱かせるタイプだ。


「それで、私がここに来た理由なんだけど」

「ああはい、ビアティグはんからよく聞いておりますよ。なに、ぼくも南西地域全部が協力してこの自体に当たる言うんは正しい行為だと思います。セントラルのことを貴方達に隠してたぼくが言うんもなんですけど、喜んで協力させていただきたい考えます」


 カラカラと笑いながら私にあっさりと協力すると言ったこの男の言葉を、私は素直に飲み込めずにいた。

 だってこのアロマンズという男は――


「ただ、こっちもただ言うんはちょっと筋が通らない思いません? 硬貨の流通大いに結構。ぼくら狐人族の商人が南西全域で商うことが出来るんも悪くない。でもそれだけじゃちょっと割に合いません。ぼくらはセントラルと隣合わせ……いわば最も危険なところに位置する言うても過言ではないと思てます」

「最も危険ねぇ……」

「クルルシェンドは南西地域に行くには必ず通らな行けない国です。必然的にそうなるでしょう」


 アロマンズの言ってることはあまり間違ってない。セントラルと南西地域の境目にこの国がある以上、何かあれば真っ先に被害を受けるのはクルルシェンドだろう。

 そういう面だけで言えば確かに正しいだろう。


「それでは聞きますけど、アロマンズは私に何を求めているのかしら?」

「なに簡単です。これはビアティグはんやアストゥはんには内緒の話なんですが、ティファリスはんは霊獣言うんの聞いたことあります?」

「ある程度だけどビアティグに説明を受けたわ。生半可な魔王では太刀打ちできない魔物だと」

「その通りです。その霊獣は鎮獣の森に住んでるんですけど、最近村や街を襲ってるそうなんです。被害の方もそれはもう酷くてですね」

「…………それを収めろと、そう言うことで間違いない?」

「いいえ? 退治してもらいたいんですよ。元々ぼくたちじゃ扱えない存在でしたし、ほとほと困り果てておりましてね」


 やっぱりか……。

 こんな話を今ここですること自体、要求することが透けて見える。

 どう答えようかと思案している時、いきなりリカルデが口を開いた。


「……差し出がましいことだとは思いますが、質問をしてもよろしいですか?」

「ええよ。なんでも言うてー」

「それでは失礼いたしまして……貴方様は、自国の為に私達の女王様に命を賭けろ…………そうおっしゃるのですか? 生半可な、いいえ、覚醒していない魔王では太刀打ちできないような魔物とぶつけると…そういうことでございましょう?」

「はっは、これはこれは……そう思うてしまうのもしょうがないですな。一つ付け加えますと、なにも無理して戦うことはないんですよ? 霊獣は言葉が話せる程度には知力もあります。暴れなくしてくれれば構いません。ぼくら、霊獣がこの国からおとなしでてってくれればそれでええんです」

「言葉介する魔物とは言いますが、会話が成立するかはまた別でございましょう?」


 質問に対し、軽くため息をつきながらどこかおかしそうなものを見るアロマンズの態度に、リカルデの雰囲気が若干ピリピリしたもののように感じた。

 言われてる私の方はなんとも思ってないんだからそう心を荒立てないで欲しいものだ。どちらかと言うと私を諌めるのがリカルデの仕事なんだから。


「それ言われたらこちらもどうしようもありません。この話はなかったことになりますな。互いに協力が必要言うんでしたらぼくらの言い分も聞いてくれんとおかしいでしょう? なにか間違ってます?」

「ですが――」

「待ちなさいリカルデ。

 ……いいでしょう。その霊獣とやら、出来る限りの対処をしましょう」


 これ以上リカルデになにか言わせてアロマンズの機嫌を損ねる前に、さっさと受けておいた方がいい。

 そう決断した私に、アロマンズは実に愉快そうに笑って、うんうんうなずいてる。


「ええ、実にええ。では成立言うことでよろしいですかな?」

「ええ。霊獣の件、片がついたら率先して私の国を含めた他の国とも協力体制を取っていく……そういう風に捉えて良いってことよね?」

「ええ、ええ。その時はぼくたちも善処させていただきます」

「……リカルデ、行くわよ」

「お嬢様、しかし――」

「私に何度も同じことを言わせる気?」


 これ以上何も言うなとリカルデに視線で伝えると、彼も納得していない、苦い顔をうつむいたまま私に付き従う。

 気持ちは多少わかるけど…この場は落ち着いて、さっさと出ていくほうが先よ。


「それでは頑張ってください。同じ魔王として、期待してお待ちしております」


 アロマンズの楽しげな声音と乗ってきた鳥車だけを残して、私はその城を後にした。

 正直こんなところにはいたくもなかったし、今後のことでリカルデと話すには……あの場所はちょっと不便さを感じるところだったからね。

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