45・魔王様、執事の不満を聞く

 ――クルルシェンド・首都アグリサイム『おキツネ様の宿』――


 城から離れた位置にあるそれなりに大きな宿――『おキツネ様の宿』と呼ばれる場所で部屋を抑えた私は、一息つくためにリカルデにお茶を要求することにした。


「リカルデ、深紅茶が飲みたいのだけど」

「は、い……すぐにご用意いたします」

「お願いね」


 どこか歯切れの悪い返事をするリカルデが準備の為にキッチンを借りてお茶の準備をしている間に、私は目を閉じて強くイメージする。


 ――それは自らが認めた者以外の一切を遮断する結界。資格なき者には見ることも聞くことも叶わない不可視の壁。


「『ルミュフユール』」


 私の唱えた魔導は部屋を白い線で囲い、それが下から上に昇っていくのが見える。それを最後まで見届け、きちんと魔導が発動したのを確認する。


「よし、これで問題ないわね」


 これでこの部屋は私が認めた人物……ここではリカルデのみがこの部屋に入ることができ、周囲で私達の話を盗み聞きしようとした不届き者が現れてもこの結界がそれを阻んでくれる。

 いつもなら簡易的に雑なイメージで侵入者を探知する結界を張るんだけど、今回はちょっと他の者には聞かせられない話をしなければいけないだろうからね。


「お待たせいたしました。お嬢様」


 先程よりはだいぶマシになったけども、眉とか目とか……顔の微妙な表情の違いで未だ不機嫌であることが把握できた。

 それでも執事としての仕事を優先して、私がいつもアイテム袋に入れて持ち歩いてるお気に入りのティーカップに熱々の深紅茶を淹れてくれている。


「ありがとう」


 いつものようにゆっくりとティーカップを傾け、喉を潤しながら少し感じる苦味を堪能する。

 やはり深紅茶はいい。この味が頭の中をすっきりさせてくれる。

 落ち着いて話をするにはもってこいだ。


「……」

「ふー……リカルデ、なにか言いたそうなことがあるじゃない?

 ここは私が張った結界の中。しっかりと作ってあるから私と貴方以外誰も入ってこれないし、ここで話したことはわからないから、思うままに言って欲しい」


 さっきからずっと不満そうな顔をしてるリカルデは深くため息をついている。

 一々珍しい態度を取るリカルデにどこか新鮮味を感じるな……今はそういう事感じてる場合じゃないんだけど。


「では遠慮なく言わせていただきます。なぜあの時私の言葉を遮ったのですか?」

「それは簡単よ。これ以上あそこにいたくなかった。どうせ何を言っても霊獣退治に帰結するならさっさと話を進めたほうが良いと思ったのよ」

「しかし、あの条件ではあんまりでございます! いくらお嬢様が上位魔王に並ぶであろう力を持っているとしても、未覚醒の魔王すら手玉に取ることが出来る霊獣。そのようなもの、わざわざ相手取る必要ございません!」

「落ち着きなさいリカルデ。私もそう思ってる。これは国と国とで結んだ契約……明らかに私達のほうのメリットが少ない」


 確かにセントラルから攻められるっていうんだったら最も危険なのかも知れない。でもそれと同時に最も利を得やすい位置にだっている。

 セントラルの珍しい食べ物・商品・武器防具。その全てをクルルシェンドを通して南西地域に入ってくるわけだ。そしてセントラルで販売されてた値段も私達は知る由もない。

 グルムガンド辺りで活動している商人に「南西地域の無知な三国にふっかければいい」と言った感じで高値で売り払ってしまえばいい。

 更に、だ。恐らくクルルシェンド全域では既にセントラル式のルールが適用されている。この『おキツネ様のお宿』が大銅貨3枚を請求してきたしね。


 危険と利益のバランスが釣り合って……いやそれ以上に儲かってるだろうし、私に持ちかける交渉事としては薄い。


 それにしても、リカルデがこんなに強く私に進言してくるなんて初めてなんじゃないだろうか。

 よほど私のことが心配なのか……なんだかすごく嬉しく感じる。


「それでしたらなぜ! なぜ引き受けたのですか!?」

「簡単よ。あいつの全てが軽いからよ」


 アロマンズと話して私が感じた違和感は――言葉の軽さ・薄さだ。

 国のことを全く考えていなさそうなほど……吹けば飛ぶ程度の軽薄さで話し合いなんて、出来るはずがない。


「全てが……軽い…ですか?」

「ええ、なにもかも薄い男。言葉の重みも、思いも何も感じない。あれは間違いなく我欲だけで動いている人種ね」

「それがわかっているのでしたらどうして……!」

「あの時駄々をこねて断ったら、グルムガンドに何言われるかわかったもんじゃないわ。あの手の男は利のあるところに飛びつくタイプよ。クルルシェンド側から私のあることないこと吹き込まれれば、グルムガンドと結びつつある協力体制なんてあっという間に白紙に戻るでしょうね。元々、あそこはクルルシェンド寄りの国なんだから」


 ビアティグのあり方がグルムガンドの国そのものなんだろう。魔人族やエルフ族は疑い、憎しみ……弱い立場だと思えば見下す。

 そしてリーティアスは魔人族の国。クルルシェンドとこちらの言い分、どちらを信じるかなんて火を見るより明らかだ。


「……それは」

「獣人族にとって、狐人族は同じ迫害を受けた同士みたいなものだし、一種の連帯感すら芽生えてるんじゃないかしら? こんなことになるならもう少し考えてから来ればよかったかも知れないわね。

 全く……何が善処させていただきます、よ。そんな言葉になんの価値もないじゃない」


 と言ってもビアティグが使者を送った時点で、行かなかったら今以上にこじれること間違いないだろうし……むしろこっちの方が私的には都合の良い展開だ。


「……決して短絡的な考えで決めたわけではないと、そう仰られるのですね?」

「当たり前じゃない。ちゃんと国の損益も考えてよ。ただ……」


 なにもかも軽い男。あるのはただ自分の欲だけ。

 信用も信頼も必要と思わず、欲しいのは地位と金と名誉と建前だけ。

 まるで……まるで転生前のが嫌いだった奴らにそっくりで、その無様な有様には吐き気すらする。とても相容れないだろう。


「お嬢様?」

「……リカルデ、いくつか聞いていい?」

「は、はい」


 今回の件、間違いなく霊獣退治だけで終わるわけがない。

 何が起こるかわからないけど、少なくとも最悪の事態は考えていたほうがいいだろう。


 例えば――クルルシェンドとの全面戦争とか、ね。

 だからこそ今からする質問はそれに向けて最も重要なことだ。


 私が聖黒族であり、闇属性だけでなく光属性も使えるというのを隠しているということ。


 このことについての回答が……私の今後を決めるかも知れない。


「属性剣っていうか……魔法が使える魔剣っていうのはあるのかしら?」

「はい。氷剣『氷結の一撃ショック・フリーズ』などがそれに該当しますね。魔力を込めれば水属性の氷系魔法を使うことが出来ます」

「それは例えば、火属性に適正があるものでも使える?」

「はい、使用可能ですね。剣に魔力を通して発現するのと、自ら魔力を使うのとでは勝手が違いますからね」

「そう……なら例えばだけど、私が光属性の魔剣を持っていてもおかしくはない……そういうことで大丈夫?」

「はい、その考え方で問題ないと思います」


 そうか、ならなんの問題もない。

 正直な話、私の望んだ答えをこんなに簡単に得られるなんて思ってもみなかったけど……これで私も万全の状態で戦える。


「ふふふ……あはは、なら大丈夫ね。良かった」

「お嬢様……?」


 私の嬉しそうな声に、その理由がわからないリカルデには不思議でしょうがないだろう。

 だけどしょうがないだろう? あのアロマンズという狐人族の男は私のことを軽く見すぎている。

 大方利用できるだけ利用して、擦り切れるまで使い潰す気でいるんだろう。


 ならばそれでいいさ。そっちがその気なら、こっちにもそれ相応の報いを与える力がある。

 正体を表した瞬間、その醜い顔を一層醜く歪めさせてやる。

 魔王としての器の小ささを晒した痴れ者には、徹底的に味あわせてやらなければならない。


 ――自分が一体誰に手を出したのかということを。


「リカルデ、貴方がなにを不安に思っているのかも少しは分かっているつもりよ。だけど、そんなものは一切必要ない」


 私が死ぬかも知れないということ、私にもしものことがあったらと……リカルデは何よりも誰よりもこのティファリス・リーティアスの身を案じてくれている。


「何も疑うことはないわ。私のことをまっすぐ見てなさい。

 何も迷う必要もないわ。ただ私の後ろをついてきなさい。

 貴方の信じる私は、こんなところで終わる程度の器ではないのだからしっかり……その目に焼き付けておいて。私の姿をね」

「…………はい」


 しっかりとリカルデの目を見据えて私の本気の気持ちを伝える。これから先、また同じことがあっても困るし、もっと私のことを信頼してもらいたい。

 私は、リーティアスを背負う魔王は、この程度の問題なんて歯牙にもかけてはいないってね。


「それじゃ、今後の方針を伝えるわ。

 まず霊獣の情報を集めましょう。アロマンズも言ってたでしょう? 話し合いでも構わないって」

「それはつまり、状況によっては退治しないと……?」

「ええ。むしろそれ次第で霊獣の味方をすることだって十分に有り得るわ」


 一瞬リカルデが目を見張ったかのように見えたけど、すぐにいつもの表情に戻っている。

 私の答えに自分ありに納得してくれたのだろう。そうでなければ彼ではない。


「しかしそれで大丈夫なのですか? 利用しようというのでしたら、アロマンズ王は必ず監視の者をつけているのでは?」

「そうでしょうね。でもアロマンズは具体的な方法を言ってこなかったでしょう? 退治して欲しいといった割には、話し合いで解決してもいいとか言ってる訳だしね」


 こんな矛盾した言葉を口にすること自体、特に何も考えてなかった証拠だろう。

 もうちょっと頭の回るタイプだったらこういう見え見えの嘘なんてつかない。こんなものにかかるのはビアティグ程度のお馬鹿さんだけだろう。


 あの子は獣人族そのまま。狐人族のアロマンズのことなんて疑いもしなかっただろうし、こっそり利をかすめ取られてても全然気づきもしなかったんじゃないだろうか。


 ……色々それてしまったけど、まあ要は全然考慮に入れる必要はない。アロマンズに催促されたとしてもまっすぐ向かえなんて言われてないで押し通せばいいしね。


「わかりました。それでは近隣の街や村に立ち寄って情報を収集いたしましょう」

「よろしい。なら明日からは……互いに別々の行動を取ってより多くの情報を集めましょう」


 それからリカルデに別行動の必要性を説くのにまたしばらく時間がかかったのは、言うまでもないだろう。

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