第2章・妖精と獣の国、渦巻く欲望

33・魔王様、活性化する街を見る

 ――5の月・メイルラの17の日。


 三国会議から一年の歳月が過ぎ、リーティアスは順調に復興を進めていった。

 オーク族と魔人族の溝は埋まらず、問題がちらほらと起こってるけど……そこらへんは許容範囲内だ。

 ケルトシル・アールガルムの支援のおかげで野宿を強いられていた者もいなくなったし、スラファムの他にも農村が出来たり、エルガルムの領地だった場所にも(こちら側に比較的近い位置ではあるが)少しずつ村が再興し始めた。


 これも全部二国のおかげだと言える。なんせ予想していたよりも随分手厚い援助をしてくれたからね。

 余程こちらに期待してるのか知らないけど、かなり助かってる。

 一時期はよほど食い詰めないといけないかも……って思ってただけにね。


 それにカッフェーの言う通りケットシーを政務を手伝ってもらってからは、私の仕事も随分と楽になってきた。

 ティータイムの時間が取れるようになったほどだ。これについてはすごく嬉しい。


 それにしてもこの一年で国の情勢も随分と変わっていった。

 ケルトシルの方から入ってきた砂糖と、アールガルムから入ってくるレッカーカウのおかげで色々と料理の幅が広がっていて、店の方も続々と作られていって……一部の通りが『食の宮通り』とか呼ばれてるようになっていた。

 これを私が知ったのはもうしばらく後のことなんだけど。

 この一年復興に十分に力を入れたという実感も有るし、そろそろ国外の方も力を入れる時が来たのかも知れない。







 ――







「国が落ち着きはじめたわけだし、フェアシュリーの女王に会いに行こうと思うのよ」

「……また随分と急でございますね」


 執務室での仕事が一区切りついた私は前々から考えていたフェアシュリーへ行くことをリカルデに話していた。

 本当はセツオウカの王であるセツキにあの豚オーガルを引き渡さなければならないんだけど、事後処理に時間がかかることを説明しに国に戻ったオウキはあれから音沙汰なしだ。

 おかげであの豚オーガルは私の国で飼育し続けなければならない。いくら育てても意味のないものを抱えるこの苦痛……。早く引き取ってもらいたい。しかし――


「オウキが戻ってこない以上、私が勝手にオーガルを引き渡しに行くのはまずいでしょう」

「そうですね。使者のオウキさんが戻ってくるまでセツオウカについては先送りにしたほうがいいですね」

「だからこそフェアシュリーなのよ。この大陸にどれだけの国がひしめいているかわからないけど、少しでも味方として考えられる国を作って損はないと思うの。地盤を固めておきたいわけよ」

「……そうですね。この南西地域で主要な国はフェアシュリーとグルムガンド……それとクルルシェンドだけですからね。セツオウカから使者が来るのもいつになるかわかりませんし、よろしいのではないでしょうか」


 獣人の国・グルムガンド。具体的にどんな場所かは知らないけど、人種獣人族の王ビアティグが治めている国ということぐらいか。

 エルガルムとは敵対的で、フェアシュリー以外とはあまり付き合いがないのだとか。

 逆にクルルシェンドはよくわからない。わかってるのは狐人族の国ってことだけくらいかな。フェアシュリー・グルムガンドを通らないとたどり着けないため、使者が送りにくいのが放置してる現状かな。


「一応グルムガンド・フェアシュリー両国に使者を送ってあるんだけど、良い返事をくれたのはフェアシュリーだけなのよね」

「いつの間にそのようなことを……」


 リカルデの驚いたような感心したような表情が見れただけでも頑張った甲斐があるというもんだ。

 届けたのは私じゃないけど。


「グルムガンドはフェアシュリーと同席でなら応じるとか返事が来たけど、随分と仲が良いのね」

「獣種の血と人種の血が混じった獣人族……この地域ではそうはありませんが、別の場所では疎まれていたそうです。それが妖精族が初めての理解者になって以降、地位向上に尽力したと聞いております。その事もあってか、獣人族にとって妖精族とは、共に生きる友のような存在になったと言われておりますね」

「友っていうか、恋人なんじゃないの?」


 ため息をついてグルムガンドの手紙の内容を改めて確認する。


『この度の会談、フェアシュリーと共にであるのならばお受けする所存です。一切の例外はなく、グルムガンドはそれ以外の条件で会談をお受けするつもりはございません』


 お前らどんだけフェアシュリーに固執してるんだよ。

 ……こちらの話を聞いてくれるのであれば、別に誰がどう同席してもいいんだけど。


「それだけ仲が良く、深い関係であると言えますね。グルムガンドが常にフェアシュリーを守護しているので、暴虐を働いていたエルガルムも手が出せなかったのでしょう」


 あの頭悪そうな豚でも避けるほどの力を持った二国、かぁ……。


「どういう魔王がいるのかしら?」

「……おや、ご存知ありませんでしたかな?」

「国を治めてる種族と特徴、あとは魔王の名前くらいしか教えてくれなかったじゃない」


 ほとんど最低限の知識と敵国だったエルガルム・アールガルムの情報ぐらいしか教えてもらってない。

 後は全部マナーと言葉遣いに全部振り当てられてた。


「そうでございますな……フェアシュリーの魔王はアストゥ女王は自由奔放な方だとされておりますね。風属性の魔法が得意なのだとか。グルムガンドはビアティグと呼ばれ、猫人族のような耳と尻尾を生やした、屈強な王だと言われております」

「屈強、ねぇ……」


 まあ、多分虎の耳と尻尾の獣人なんだろう。あえて猫獣人のようなって言う必要もないだろう。

 でも猫人族のような耳と尻尾とか言ってる時点で私にはカッフェーやフェーシャみたいなのがはちきれんばかりの筋肉を宿したような光景しか思い浮かばない。


「お嬢様、お嬢様が想像しておられるのとはさすがに違いますよ」

「……よくわかるわね」

「お嬢様は感情表現豊かでございますから。渋いような気持ち悪いものを見ているような表情をされておりました」


 そんな顔してたのか……いやまあそんな顔にもなるかな。そんな化け物を想像してしまったわけだし。

 それにしても感情表現豊か、か……昔はそんな事言われたことなかった気がする。


 どっちかと言うと真逆のことを言われてた気がする。



 ――人間の感情を持たない化け物め!



「お嬢様」

「え?」

「思いつめられた顔をされておりましたが……どうされましたか?」


 不意に思い出した誰かが恐れ叫ぶ姿が思い出したんだけど……あれは誰だったんだろうか。

 どうも転生前の記憶でもおぼろげなところがあって悪い。別に思い出す必要もないから構わないのだけど、なんだか微妙に落ち着かないこの気分はなんなんだろう。


「気にしないでちょうだい」

「……かしこまりました」


 考えても仕方のないような得体の知れない不快感は今は捨て置こう。

 そんなことよりもこれからのことを考えないとな。


「話を元に戻すけど、会談は6の月・レキールラの20の日に予定してるんだけど……どうかしら?」

「そうでございますな。足を使えば問題ございません」

「足……馬のことかしら?」

「馬? ああ、これも説明しておりませんでしたな」


 あれ、なんでそんな微妙そうな顔してるのだろうか? まるで初めて聞くかのような変な顔をしている。

 馬じゃないのだったら何が出てくるのかさっぱりわからない……。

 もしかして、竜とか?


「……ふむ。それではお楽しみということにしておいたほうがよろしいかも知れませんな」

「お楽しみって……」

「私がお教えすることよりも、実際体験して多くをお嬢様には学んで欲しいのです。自ら見て聞いて、心に刻んで欲しいのです」


 今さり気なくだからわざと勉強の工程を省いた、とも聞こえた気がした。……いや、リカルデは私に対してたまに優しい目をしてくれていた。そんな人がわざととか利用しようなどと考えてるはずがない。

 私がちょっと勘ぐり深いだけなのかもね。


「まあいいわ。楽しみに待っててあげる」

「はい。お楽しみくださいませ」


 にっこりと笑ったリカルデの姿はあまり見たことがなくてすごく印象的だった。







 ――







 それからフェアシュリーとの会談までの間、私は緊急性の高いものや重要度の高い案件を優先的に回してもらうことにした。少しでも国を離れたときにかかる負担は最小限にしておいた方がいいという判断だ。


 フェンルウやケットシーでは処理できないものだってあるし、私も外交以外にも国の発展に携わっていきたい気持ちがあるからね。

 ……そのおかげでしばらくは休み無しで働くことになったけど、最初から諦めてたからまだいいか。


「お嬢様、準備はよろしいですか?」


 今回の同行者であるリカルデが私の部屋にいつものようにノックして入ってきた。

 北上する関係上、寒さの対策が必要なのかとも考えたけどそれは不要なのだとか。

 というわけで今日の私は白い服に動きやすい膝くらいより少し上くらいのスカートを履いた姿になっている。というか乗るんだったらズボンとかのほうが絶対いいと思うんだけど、なぜか許してもらえなかった。


「ええ、問題ないわ」

「それではフェアシュリーに向かいましょう」


 リカルデの方も旅に出るようしっかりと準備を整えているようで、私用と思しきコートも手に持っていた。


「ティ、ティファさま! いってらっしゃいませ!」

「ええ。おみやげ、期待してね」

「は、はい! ありがとうございます!」


 部屋から出た時、ちょっとしょんぼりしてるアシュルがどこか寂しそうにしてたから頭をなでてあげると元気が出てきたようで、ちょっと照れくさそうに笑っていた。


 公務に携わってる二人は私の分の仕事の処理に忙しいのだろう。食事の時も庭を見ても全く姿が見えなかった。

 あの子達にもお土産の一つくらい買っておいたほうが良いだろう。

 臣下を労うのも王の仕事というわけだ。


 館を出ると、門の方ではクリフが相変わらずの表情で佇んでいた……っていうかその前にいる生き物はなんなんだろう?


 なんというかふわふわした青くてまんまるな生き物が綺麗な馬車に繋がれてるように見える。くちばしが付いてるところから鳥なのかも知れない。ふわふわした毛から見える足がどっしりとしていて見かけに似合わない気がする。

 ヨダレ垂らしながらこっくりこっくりと船を漕いでる姿がどことなく可愛い。


「あれ、なに?」

「ラントルオですね。毛のせいで丸く見える生き物でして、速さもさることながら力も強い鳥型の魔物ですね」


 うずうずしてる私に「しょうがないですね」と言った雰囲気をまとったリカルデが解説してくれた。

 本来のラントルオはその大きな体を隠すように畳んでいるその羽根を広げて、魔力を利用しながら空高く優雅に飛ぶ種族なのらしいけど、馬車を引くために調教を受けてるのだとか。

 幼体の頃は人が両手で持ってやっとのサイズらしく、このどこかの森の主っぽい姿は成鳥らしい。


 優雅にとはいうけど、こののんびりしてそうな顔はどう見てもそう見えない。

 リカルデ曰く誰かが世話をしたラントルオはこうなることが多く、本当はもっと細くスマートな姿をしていて、気品あふれる姿なんだそうな。


「フェアシュリーに行くまでの間、よろしくね」

「クルルル……」


 頭をなでてあげると、甘えるように私に体を擦り寄せてくるところがもうすごく可愛くて癒やされる。


「お嬢様、可愛がられるのはよろしいですが、そろそろ出発しませんと……」

「あ、ええ。わかってるわ」


 いつまでそうしてたか……どこか優しい雰囲気を含んだ口調のリカルデに、私は我に返って馬車の扉を開けて乗り込んだ。


「それじゃクリフ。私が留守の間、よろしく頼むわね」

「ハイ。ジョオウモオキヲツケテ」


 リカルデの方も御者席に乗り込んで手綱を操るとラントルオが大きく翼を広げ、ゆっくりと歩き始めて徐々に速度を上げていく。


 最初の旅とは歩きだったけど、次の旅はもうちょっと面白くなりそうだな。

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