34・魔王様、丸鳥と国樹について知る
ラントルオを使った馬車の乗り心地はそれなりにいい。かなりの速度で移動してるのにも関わらず、この揺れの少なさは馬車の造りと魔法によるものだとか。
最初ラントルオを馬車――こっちの世界では鳥車と呼ばれてるそうだけど、それが初めて運用された時はそりゃあ乗り心地が最悪だったのだそうだ。
あっちこっちガタガタ揺れるけどラントルオはそんなことお構いなしに好きなように走っていくから、目的地にたどり着いた時は半日動けなくなるなんてザラだったんだとか。
それでもアイテム袋を使えない商人からしてみたら有用な手段の一つだったらしく、頑丈な鳥車を造り、ラントルオにも教え込むことによってようやく今の形まで持ってこれたらしい。
リカルデが言うには一番酷い時期は鉄の鳥車を引かせてみたり、複数で運用してみたりと試行錯誤していた時だったとか。
前者は多少扱いがぞんざいでも問題ない商品の運搬には良かったんだけど、ラントルオが疲れやすかったらしい。それに加えて通常の鳥車よりも重い上に荷物まで載せているのだから、思うように速度が出なかったという微妙な感じに。
それでも成果はかなりあったそうで、一応今でも運用してるところもあるらしい。
問題は後者の複数で運用することだったそうだ。
相性の問題が非常に多く、お互いが競って飛び出したらそれはもう酷かったと言われている。
通常の鳥車はバラバラになるし、鉄製のはラントルオが限界超えても走るせいで結局半壊しかける。おまけにラントルオの体が大きいせいで通常の鳥車のサイズを二倍にしてやっとだったため、行けるところが限られているという欠陥があったらしく、ボツになったんだとか。
リカルデが色々教えてくれておかげで、今のこの乗り心地があるのが先人たちの知恵の賜物なのはしっかり伝わってきた。少なくとも私がその時代に転生していたらラントルオに乗ることはなかっただろうなぁ。
背景がビュンビュン過ぎていくのを見たら余計にね。
館からディトリアを出るまでは転生前の馬車に乗るような感覚を思い出してたんだけど、そこからどんどん加速していって今のような速度で進んでいってる。
リカルデに教えてくれたことを思い出したり、色んなことを考えながら鳥車の中でどれだけ過ごしてただろうか、何度か休みをいれつつもだけれど順調に進んでいった。
「お嬢様、そろそろ一休みいたしましょう」
そろそろ休憩に入る時間かなとぼんやり考えていたら、案の定景色が徐々に緩やかになって鳥車も止まり、扉が開いてリカルデが声をかけてきてくれた。
「ええ、ありがとう」
「今はちょうどフィシュロンドを過ぎた辺りですが、乗り心地はいかがでしたか?」
「思ったより悪くなかったわ。だけどもうそんな所まで来たのね」
前にここまで来るのに国境平原ではあるけど、七日程時間がかかったはずだ。
あの時は軍として危険が少ないように警戒して移動していたし、最初の一日は英気を養っていた。軍を率いて緩やかに進んでいく、という事がなかったら……平原からなら多分五日くらいで到着したんじゃないかと思う。
結構走り続けていたとはいえ、それをおよそ三日くらいで走破してしまったんだから驚きだ。ラントルオがあのときの戦場にいればどんなに楽だっただろう。
「少々ラントルオには頑張ってもらいましたので。これからは半日ほどゆっくりと休んでから進んでいこうと思います」
「わかったわ。それにしても本当に早いのねこの子。数が増えれば戦いに使うのも有りなのかもね」
「いえ、それは少々難しいと思います。ラントルオの速さを上手く扱えるものとなると……よほどの騎乗の達人でなければ難しいでしょう。確かに続けていさえすれば、いずれは慣れるかも知れません。ですがそこまでの労力に見合うものではないでしょう」
「……あー、そうね。よくよく考えたら、あの速度じゃすぐに振り落とされそうだものね。それに衝突したら酷いことになりそうだし」
これが自分だけだったら小回りが効くんだけど、何かに乗ってるとなるとそうはいかない。
下手に組み込んでも自滅が見えてるだろうし、やはりやめておいたほうが無難か。
「大国の方ではそういう部隊が採用されている可能性もあるかも知れませんが、私達の国にとっては早計であると言わざるを得ないですね」
「そうね。鍛えようにも他に優先したいことが多いし、今は実るかわからない訓練をすべきではないわね」
私達の国としては兵力増強と国の発展が最優先だ。
食費がかかり、成果が上がるかどうか不明な部分に予算を割けるような余裕はない。
「あ、それならラントルオを増やせば流通も増えるんじゃないのかしら?」
「私達の国では現状不可能に近いでしょう。ラントルオは少なくとも成人した魔人族の三倍は食料を消費します。これを捻出するのは些か厳しいかと思います」
「うわぁ……そんなに食べるの……」
「かといってラントルオは移動するのにとても優秀ですからね。やはり一匹だけでも確保しておいたほうがいいでしょう」
これだけ差があるならねぇ……。外交に行くにしても日数調整が楽だし早く済む。その分他のことに気を回したり親交を深めたりと出来ることが色々あるだろう。
「ま、今はこの子だけの方がいいでしょうね。それでこれからの日程はどうなるのかしら?」
「はい。これからは少々速度を落とす代わりに長時間走ってもらうことになりますね。お嬢様も少しは景色を楽しんでいただけるかと思います」
「だといいけど」
あ、一応退屈してたことわかってたのか。だってこの鳥車、乗ってるだけですることがなにもないからなぁ……。
仕方ないから乗ってる間は眠って、夜は御者をしてくれてるリカルデに寝てもらってる。昼も夜もリカルデの世話になるわけにもいかないからね。
せっかくだったらなにか暇を潰せるものを持ってきたほうが良かったかも知れない。
館には未だ読んでない歴史書や他の本もあったし、次からはなにか持ってこようか。
「フェアシュリーまでの道……少々侮っていたわね」
「その国で思い出した事があるのですが、フェアシュリーには国樹と呼ばれる大きな樹は壮大で美しいと言われております。お嬢様はなぜこの地域が暖かく過ごしやすいかご存知ですか?」
「そこらへん知らないわね。最初は不自然なくらい過ごしやすいこの環境に疑問を持ってたけど、しばらくしたら全然気にならなくなったしね」
「あれは国樹のおかげです。国樹は深く大地に根を下ろし、養分と多少の魔力を吸収し、陽の光を浴びてそれ以上に魔力を生成します。そしてその魔力を使って気候を穏やかに、自らが過ごしやすい環境に構築しているのです。また、妖精族も国樹の世話をしておりますので持ちつ持たれつの関係を維持していますね。国樹も妖精族を守るように環境を整えており、その余波がこの地域全体に及んでいるおかげもあってか、非常に住みやすい環境を維持しているのですよ」
「へー、だからどんな服着ても過ごしやすいように出来てるのね」
ということはこの過ごしやすさは妖精族のおかげでもあるわけか。そういえば前にフェアシュリーは一年中花が咲き誇る国だと聞いたことがある。それも国樹に魔力を注いでるから…なんだろうけど。
「国樹がない時のこの地域はどんな気候だったの?」
「ふむ……かなり古い文献になりますが、非常に暑い時期や寒い時期もあったと言われています。季節と呼ばれるものですね。ここ以外では月によってこの季節が移ろいますので、この地域を訪れたものが最初に驚くのがこの過ごしやすさであると言われております」
一応他の場所はまともな季節があるみたいだけど、それだけにその国樹というものの特異な存在感が伝わってくる。
「国樹を狙って侵攻してくる国なんかはあったの?」
「中にはそういう国もいるそうですが……季節によって得られる食物や需要・供給の関係から、下手なことはしないほうがいいという意見の国が多いと聞いております。あくまで表向きは、ですが」
それもそうか。冬には冬の、夏には夏の商売の仕方がある。ここのように年中春のような過ごしやすいところでは売れるものも売れないだろう。それで利益を上げている人たちや、季節のもたらす恵みを資源としている国からしてみれば戦争を起こす程有益なものには見えないのだろう。
もちろんそれだけで説明しきれない部分の方が多いだろうけど、ひとまずはそれで皆が納得してる……そういうわけだろう。
「それにクルルシェンド、グルムガンドと外からは二国を相手にしてようやくフェアシュリーに望むことが出来ると言う土地の関係上、大国の魔王はそれなりに損益を計算にいれなければならないそうで、本腰をいれることはないそうですね」
「下手したら三国同時に相手することになるだろうし、いくらそれなりに力を持つ魔王でも相手取るのは難しいのでしょうね」
三国の魔王がどれだけの実力をもっているかは知らないけどね。
グルムガンドが他国を嫌う割には南西地域で一番中央の地域に近い国という立ち位置のせいで、そこらへんの他国の情報が乏しい。
リカルデはなにか知っていそうだけれど教えてくれなさそうなのよね。セツオウカのこともそういう国があるということだけは説明してくれたけど、具体的にどういう場所かとかの説明はしてくれてないし。そこのところは自分で知るようにってところか。
「それだけの関係性を持つ二国と国樹そびえるフェアシュリーで会うっていうのも妙な感覚ね」
「上手く交渉事がまとまれば良いのですが……」
リカルデは少々不安そうな声音をしているけど、なんの心配もいらないと思う。
私が結ぶのはあくまで侵略せず、友好関係を築いていければ良いという程度だし、最悪私のすることにあれやこれやと文句を言ってこなければそれでいい。
まあ、全く出回ってないフーロエルの蜜を広めることを要求するぐらいは考えてるけど。
逆になにかしてくるのであれば、それを打ち砕くだけだ。
「なにも心配することはないわ。なにかあったら私がリカルデを守ってあげる」
「はは、それでは立場が逆でございますよ。それに私もお嬢様にただ守られるほどやわではありません。自分の身は自分で守れます」
「わかってるけど、もしもの時よ」
フェアシュリーは会談での返答文でこちらに友好的なのはわかってる。だけどグルムガンドはあんなものを送り返してきたわけだし、なにを考えてるのかわからない。
いや、あんなこと書いてこちらに送ってくる時点で何も考えてない馬鹿なのかも知れないな。
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