24・魔王様、豚さんで遊ぼう! 前
ようやく私達の姿を確認したのか、オーガルと思しきオークとそこにいる二人もこっちを見て驚いたような様子をみせる。
――いや、正確にはあの黒ローブはオウキの姿を確認して焦ったような雰囲気を出していた。
オーガルとその配下っぽいのは私の方を見ていたところから、黒ローブの方はオウキのことを知ってるんだろう。
「貴様……魔王の娘か!」
「今は女王ですわ。はじめまして、と言っておきましょう。
ティファリス・リーティアスよ」
「ふん、このあばずれが……! よくもこんな真似を……!」
「しつけのなってない豚さんに、私自ら礼儀を教えて差し上げようと思いましてね」
「なんだと!! 滅亡寸前の弱小魔王が!」
「あっはは、怖い怖い。
「減らず口を……!」
頭の中沸騰してるんじゃないかな? ってぐらい真っ赤な顔してるけど、こっちは散々煮え湯を飲まされてきたのだ。
少しは意趣返ししてやっても罰は当たらないだろう。
私の国は統治するために必要な人が圧倒的に不足していて、そのせいで一時期まともに部屋から出られなかったときだってあったんだから!
そんな意味もあって、バカにするように肩を抱いて震えるような真似をしてやると、より一層顔を赤くしていって、これはもうお湯が沸かせるんじゃないかなぁとか思ってしまう。
「それより、私はこうして名乗ってあげたんだけど、貴方はなにもないのかしら?
随分失礼な王様ね」
「くっ……オーガルだ! この世で一番強き王の中の王だ!」
「そう、小国に大軍で押し寄せて蹂躙しなきゃ不安でしょうがない、小心者の中で一番の王様ね」
「くふっ……ティファリス女王、煽りすぎでござりますよ」
オウキの微妙に笑いを堪えるような様子が勘に触ったのか、言葉にならない言葉を上げて意味のわからない怒声を上げるという滑稽な様を見せつけてくれてる。
副官っぽいオークは右往左往してる中でも黒ローブは冷静さを失ってないみたいで、こっちの様子をじっくり観察してるようにも見える。
あれはこっちが目を離したら確実に逃げられる……そんな予感がするほどだ。
あっちの愚王の豚さんとは対照的だし、冷静さを失っていないのは評価できることだけど……本当に逃げられるほどの隙を私が与えると思ってるのだろうか? だとしたらあの黒ローブの器もその程度だったということだ。
意識を戦う状態に向けてる私に対し、明らかにオウキよりも格下の者をみすみす見逃すとでも? 冗談じゃない。
アレには国をかき回してくれたことに対する罪を精算させない気が済まない。
「ふん! まあいい、とにかく! 今すぐあの魔法を止めてオレの下に付けば許してやろう! 早くしろ!」
「……は?」
完全に意識外だったオーガルがいつの間にか『メルトスノウ』をやめろとか言ってきたオーガルに対し、つい素の声を上げてしまった。
「卑怯な戦い方はやめろと言ってる! そのように姑息な手を使ってでしか戦えない貴様の賢しさ、その情けない姿見るに耐えんわ! オレが寛大な内に今すぐ魔法を止めろ!」
「…………」
呆れて物が言えない。というかこいつ、精神が汚染されてるんじゃないのか? まずあんなにも多くの軍勢を引き連れてほとんど戦える力を持たない国を蹂躙しようとしてる時点でどっちが卑怯で姑息なんだか。
「はぁ……」
「どうした! もう言わんぞ! 早くせんかぁ!」
さっきまで怒りが頂点に達したかのような形相をしてたはずなのに、今じゃ自分の優位を疑わない姿勢を取って、完全に私を見下してる。恐らく、一対一なら負けるはずがないとでも思ってるんだろう。
「貴方、本当にここは大丈夫なの? 中身入ってないんじゃない?」
「ふん、今の貴様ほどではないわ! まさか勝てるとでも思ってるんじゃないだろうな?」
あまりの物言いに思わず指で頭をトントンさせて正気を疑った私に、相変わらず不遜な態度で人を見下ろしていて、どうあがいても救いようがない。
「ふふ、これはこれは……どこからその意味不明な自信が湧いてくるのかしらね。
一周回って面白いわ。ね、貴方もそう思うでしょう?」
「…こちらに振らないでいただきたい」
黒ローブの方に同意を求めると、口元が微妙に苦々しげに見える。背格好で大体予想はしていたけど、声を聞いて男だということがはっきりした。
いやそれにしても……どうしようか。やっぱり当初の目的通り、オーガルには無様に滑稽に踊ってもらおうか。
私には絶対に敵わないのだということを、骨の髄まで叩き込んでやる。
「どうする! 解くのか? 解かんのかぁ!?」
「もう言わないんじゃなかったのかしらね。
本当にお馬鹿ね」
「なんだとぉ!?」
「とんでもない愚か者だと言ってるのよ。相手の実力もまともに把握できないのなら、大人しくしてなさいな」
「はんっ! それは貴様にそっくり返してやるわぁ! まさかオレより上だと思ってるのか? その貧相な身体で!」
貧相だと……こいつ、今私の胸見て言ったろ。絶対言った。
確かに私の胸は他の女の子……特にアシュルの山から見たら、丘……ぐらいの差はあるだろう。決して平原ではないと断言しないといけない。
私も転生前は豊満な方が好きだったし、やはり見るからに大人の魅力あふれる、セクシーな女性といった感じのが好みだった。
いやもちろん今は違う。私も女の子だし、むしろそういう下品で低俗な侮蔑を男性から受けることは覚悟していた。
が、実際この豚にそれを指摘されると、とても許しがたい屈辱を感じる。
「女の子に対してのその発言、この上ない侮辱と取ったわ。お前には死すらも生ぬるい」
「え、あの、オーガル王は貴女の一部分に向かって言ったのではないようにござりますが……」
「なにか言ったかしら?」
「い、いえ、なんでもござりませぬ……」
オウキの言葉をギロッとにらみつけて黙らせると、私は改めてオーガルを見据え、どう料理したものかと思案する。
「粋がるなよこの小娘がぁぁぁ!」
「その小娘に無様にやられるのがお前の宿命よ。最後の生、心して謳歌しなさい」
「抜かせぇぇぇぇぇぇ!!」
また頭に血を上らせて、今度こそ私に飛びかかるように腰に差していた斧を抜き放ち、そのまま一気に振り抜く。
そして黒ローブの方もなにやら不穏な動きを見せてきた。逃げる準備かオーガルへの支援か……どのみちその魔法は打たせないけどね。
全く、私も甘く見られたものだ。
この程度の動きに対処出来ないと思われてるみたいだけど、まずはその認識から改めてもらおうか。
「『マジックミュート』」
相手の魔力の波動を消し、その力を無くすイメージを強く想像し、それを黒ローブに向けて解き放つ。
まさかオーガルを目の前にして自分に攻撃してくるとは思いもよらなかったというような様子だったが、目に見える攻撃じゃなかったからか不思議そうにしている。
「……『ブースト』! ……なに?」
黒ローブは『マジックミュート』が不発に終わったと錯覚して、意気揚々と魔法を使った瞬間、発動しないことに驚愕の声音が聞こえてくる。
その間に迫ってくるオーガルの一撃を剣で受け止めて、押し返してやる。
「ふっふふ、おバカさんたちね。私のこと甘く見すぎよ。
さあ、おいでなさいな。たっぷり後悔させてあげる」
「生意気なぁぁぁぁ!」
「ちっ……!」
オーガルは咆えながら何度も私に向かってくるけど、その度に軽くあしらわれていてまるで大人が子どもを相手にしてるような感じだ。
実際の構図としては私の方が子どもに見えるだろうから、傍から見たら少女にいいようにされている巨大な豚というシュールな光景だろう。
前回のジークロンド戦とは違い、最初から死なない程度に加減する気しかない。ちょっとやりすぎても後で回復してやればいいんだし、傷つけずに捉える方法などいくらでもある。
それよりもこの馬鹿を痛めつけてやるのが先だ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァ!!」
「威勢だけはいいけど、そんな軽い攻撃で触れられるほど、私の身体は安くないわよ?」
「人をバカにしやがって! オレを甘く見るな!」
「人? お前みたいにただただ闇雲に腕を振るってるだけの猪が人と言えるのかしらね!」
「言わせておけばぁぁ!!」
その巨体から繰り出される上から振り下ろしたかと思えば、今度は左から右に薙ぎ払う。そしてその全てがそよ風であるかのように受け流してやる。
「ちっ……なぜ当たらない……!」
「それはお前の動きが遅いからよ。その程度でよく私に渡り合えると驕り高ぶったものね」
「ぐ……!」
逃げようとした黒ローブは今やじっと私がオーガルをあしらってる様を眺めてる。
最初から戦おうとしなかった選択は正しかったけど、この戦場にやってきたということは正しくなかったな。
待ってろよ。お前もすぐにここに出てきたことを後悔させてやる。
そんなことを考えながら、私はさらに目の前の
「どうしたの? 『知恵のオーガル』が聞いて呆れるわね。
とても知恵者のソレじゃないわ」
「抜かせ! オレはあのお方から力を授かった! オレは! 誰よりも強い!」
「そう、強いのならもっとまともな戦い方をしてみなさい」
若干荒い息を吐きながら私のことをにらむオーガルに、指でクイクイと挑発してやると、なおさらムキになって攻撃してくる。
全く……これのどこが知恵のある者なんだか……。
隙だらけの攻撃、大して代わり映えしない行動、一切魔法を使う気のないからっぽの頭……正直ジークロンドの方がいくらかマシだ。
どれだけぬるい攻撃が続いただろう。息の上がってきたオーガルに対し、黒ローブが苛立った声を投げかけてきた。
「オーガル王! 少しは冷静になってください!」
「はーっ、はーっ……オレは冷静だ! お前もオレをバカにするのか!?」
「そうではありませんよ。貴方は激怒すると周りが見えなくなる。
そのようにただ力を振るってるだけではあの女王には勝てません。
もっと力はきちんと使っていただかないと」
んー、どうやらちょっと煽りすぎて周りが見えなくなるほど怒らせてたみたいだ。
あの方とやらに授かった力をまともに使うことすら出来なくなるなんてね。
頭が足りないやつを馬鹿にするのも考えものだ。
「はーっ、はーーーーー……わかってる。
あまり認めたくないが、これだけいいようにされたら頭も冷える」
少しは落ち着いたのだろうか。息を整えながらなんとか心の余裕を取り戻したオーガルはゆっくりと私の方に向かい合う。
「よくもオレをここまでコケにしてくれたな」
「あら、自分から勝手に踊りだしたんじゃない。対して上手くもなかったけど」
「ふんっ、ほざけ! 今に後悔させてやる!」
さてさて、どう後悔させてくれるのか、ぜひ見せてほしいものだ。
その自信も含めて、まとめて叩き潰してやる。
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