25・魔王様、豚さんで遊ぼう! 後
オーガルはさっきのように適当に武器を振り回してくる様子を見せることなく、かといって私の隙を伺ってるわけでもない。ムカつくほど余裕の表情で佇んでいる。
「どうしたの? 私を後悔させてくれるんじゃなかったのかしら?」
「…くっくっく、みていろ。これがオレがあの方に与えられた力だ!」
オーガルは身体中に魔力を漲らせ、一気に存在感を増していく。
「もうなにをしても遅いぞ……! 今すぐお前をぶっ飛ばして、そのキレイな顔ボコボコにして、ぶっ壊れるぐらい弄んでやる!!」
「やれるものならやってみなさいな。お前程度の慰み者になる私じゃないから」
「はっ……はっはっはー! いくぞぉ!」
斧を思いっきり振りかぶり、一気にこちらに向かって突進してくる。
さっきとは比べ物にならないほどの速度で私の方に迫ってきた。まさに雲泥の差と言った方がいいだろう。
振り下ろされた斧の一撃一撃に、更に重みが加わったかのように見える。当たらないから意味はないんだけど。
「はあぁぁぁぁぁっっ! 『土斧激震』んんんんんっ!!」
なぎ払い、右からの斬り上げ、斬り払った後の怒声を上げるように放たれた一撃には、今までと違うものを感じ、紙一重でかわすことよりその場を一度離れるように回避する。
すると斧が地面に突き刺さった瞬間、激しく大地を揺らしながらヒビを入れ、土塊が私に向かって襲いかかってくるの確認して、それを斬り捨ててやる。
魔力だけを使う魔法などとは違い、剣技とかの気と魔力を複合させて使う武技は阻害出来ない。両方を混ぜ合わせたそれは、純粋な魔力とは全く違う異質なものだからだ。
オーガルにしてはいい選択だけど、こいつの頭の中身を考えたらたまたまなんじゃないかと思う。
「ふうん、さっきとは違う……随分とまともな攻撃になったじゃない」
「はっはっは! どうだ!」
結局当たらなかったのになんでそうも強気なんだろう? こいつの頭の中、本気で脂ぐらいしか入ってないのか……?
「まだまだいくぞぉぉぉ! 『アースバインド』ォォォ!」
オーガルの咆哮とともに地面から無数の土の鎖が私に向かって絡みついてくる。
中々よく出来た魔法だ。先程の怒り狂った様子からこんな魔法が出てくるなんて想像も出来なかったからちょっと意外だけど、やっぱりさっきの攻撃はまぐれか。
「拘束系の魔法というのはいいけど、当たらなきゃ意味ないわよ?」
右に左にとステップを踏みながら向かってくる土の鎖を適当にあしらってやりながら、少しずつ後ろに下がっていく私に、オーガルは地団駄を踏みながら据わった目でこちらを見ている。
「ちっ……ちょこまか動きやがって」
「お前の実力はこんなものなのかしら?」
「ふん! その生意気な口、塞いでやるよ! 『アースランス』! 『アースバインド』!」
今度は地面から私に向かって土槍と土鎖の両方が発動者の正面から私に向かって襲いかかってくる。
上手いようにも見えるけど、どちらもただまっすぐ飛ばしているだけで、他に動きのないつまらない攻撃だ。
「更に喰らえい! 『アースニードル』!」
また同じようなところから土の針が無数に飛んでくる。……というかお前は正面からなにかを飛ばすこと以外なにも出来ないのかな?
このオーガルが土系の魔法を扱うことは理解した。ある程度の威力があることも認めよう。でも、ただそれだけだ。
力を授かったと豪語していた割にこの程度の実力では、お粗末にも程があるだろう。
確かにジークロンドと戦わせれば勝ってるといってもいいだろうけど、私と比べるにはこいつでは実力不足だと言わざるを得ない。
「哀れね」
「なに?」
「己を器を知らないということは、哀れだと言ったのよ。
その程度の魔法が通じるわけないでしょう」
「なんだと!?」
これ以上こいつに付き合っても仕方ない。さっさと制裁して、オウキにでも引き渡してやろう。
――イメージするのは無数に武器を模した土。敵を襲う武器の嵐。
「『ソイルウェポンズ』!」
斧・槍・剣・杖など様々な形状の武器が次々と地面から飛び突き出すように生えながらオーガルに迫っていく。
その武器達の行軍でオーガルの魔法は全て阻まれ、何一つ届くことなく無残に消えていった。
「これが私とお前の差よ」
「な、なにぃ……!」
「さ、そろそろお遊びは……終わりにするわ!」
次に私がイメージするのは敵を精神を切り裂く剣。
身体に傷を与えず、心を殺す闇の刃。
「『ガイストート』!」
私の魔導により剣に『ガイストート』の効果を宿らせ、一気にオーガルに詰め寄り、その剣を思いっきり振り下ろす。
今まで私が攻勢に出なかった上、オーガルが見えているであろう速度で動いていたからか、この私の動きに全く対処できず無防備に切り裂かれていく。
「ぐっ……ぎゃ……があああああああああああ!」
オーガルは痛みに悶絶しているようだが、その身体に一切の外傷はない。いや、転げ回ってるから擦り傷くらいは付いてるかもな。
これが『ガイストート』という魔導が持つ特徴の一つ。相手の精神のみを攻撃することができる魔導で、剣に纏わせること以外にも、闇の刃のイメージから自分の影から斬撃を飛ばすことも可能になってる。
今回はなるべく相手を傷つけないように立ち回る時は、こうやって武器に纏わせておくのが一番いい。身体が致命傷を負って死ぬ…ということもないし、生け捕りにするということから考えれば相当有用な魔導だ。
「お、おのれぇぇぇぇ! このオレになにをしたぁぁぁぁ!」
「わからない? だからお前はバカなのよ!」
またさっきの怒り狂った時と同じように襲いかかってくるだけの動きをしてきたオーガルに対し、軽くかわして一度、二度、三度と斬り返し、そのまま連撃を浴びせていく。
「が、があああああああ……!! オレが! このオレがぁぁぁぁぁぁ!!」
「バカね。動きが単調だって言ったでしょう?」
『ガイストート』の影響で精神だけを斬りつける刃と化した私の剣で斬りつけられ、耐えきれずに悲鳴をあげる無様な豚を、いつの間にか私はどこか冷めた目で見ていた。
この魔導を剣に纏わせている場合、精神だけを攻撃できるというメリット以外にも、物質には干渉できないというデメリットが存在する。
魔力を用いた攻撃には対処できるけど、オーガルのようになんの魔力も気力も込めていないただの斬撃には対応出来ないというわけだ。
実力が私と拮抗していればこの特性はかなり致命的だ。切り結ぼうとしても相手の刃は私の剣をすり抜けてしまって防ぐことが出来ないのだから。一瞬の攻防であれば解除することも間に合わない場合だってある。
「ま、この程度の相手には一切関係ないか」
「ぐ、おおおおおおおおお! 『衝斧撃破』ぁぁ!」
少し距離を置こうと離れた私に対し、精神の痛みを振り切るかのように斧から放たれる大きく荒々しい衝撃波が襲いかかってくる。
ジークロンド王から見れば威力と範囲もそれなりにありそうな攻撃を多少大回りに回避して、再びオーガルに迫る。
「が、あ、その動きは……読めてんだよぉぉぉぉぉぉ!」
「………本当に、バカね」
オーガルが攻撃の姿勢に入った瞬間にその腹をなぎ払うように斬り抜け、そのまま反転して斬り上げ、斬り下ろし、数々の斬撃。
「あああああああああああああああ!!」
とうとう頭を抑えうずくまるように地面に倒れたオーガルは、耐性がない者にしてはよく保ったほうだろう。
精神を直接斬られるというのは、普通に肉体を傷つけられるのよりも何十倍の痛みが押し寄せてくると言われている。
弱い精神の持ち主であれば、1~2回ほどでトラウマになるほどの痛みだとか。
それを何度も受けてるオーガルは、想像も絶する激痛の渦に支配されていることだろう。
「が、あ……オレは……オレは強い…………強いん……だ…!」
「いいえ、お前は弱い。魔法も、近接戦闘も、動きもなにもかもが私についてこれていない。
はっきり言ってあげましょうか。お前が勝てる可能性なんてね、一切ない。それだけ圧倒的に実力が違うのよ」
「嘘……をつくなぁ!」
苦し紛れに斧を振るってくるけど、ただ痛みから逃れたいだけだろう。
現に狙いを定めてるわけでも、私が見えてるわけでもない。その斧撃はただただ空を斬るばかりだ。
「まあ、嘘かどうか、無様に転がってるお前の姿がその力の差を表す証拠よ。だから………もう大人しくしなさい。『チェーンバインド』」
フェーシャを拘束したのと同じ魔力の鎖がオーガルにまとわりつき、やつの動きを制限する。
これでやつの捕獲は完了だ。この『チェーンバインド』は私の意思でしか解けないし、これは相手の魔力を吸い取って持続する。
フェーシャのときはそこのところしっかりイメージできてなかったから改めて拘束し直したんだけど、今回はその点もばっちりよ。
「ぐ……この……オ、オレはぁぁ……!」
「オウキ! ちょっときなさい!」
「…! はっ…ここに」
「そこの豚、うるさいから口でも縛っといて」
「かしこまりましたでござります」
「ち……くしょう……」
さ、豚がまだうめき声を上げてるみたいだけど、もう無視しましょう。
私に対する侮辱と、前魔王であった父の仇、それと今まで苦しめられた国民たちの分はこれぐらいでいいだろう。
あんまりしすぎるとセツキ王に渡す時には息してなさそうだからね。
「さて、残ったのは貴方だけだけど……覚悟は良い?」
私はもう一つ、今回の戦乱の原因を作ったであろう黒ローブの方を見て静かに笑う。
「はぁ……正直ここまでの者が現れるなんて予想もしていませんでしたよ。
あの方から得た力に溺れてる節もありましたしたが……いやはや、それでも驚きましたよ」
黒ローブはオーガルを侮蔑するような視線を投げかけながらため息を漏らしていた。
「まあ、あの魔王はもう用済みです。
最後に貴女というイレギュラーにも出会えたことですしね。ここは退くとしましょう」
「……それが出来ると思っているのかしら?」
「ふふっ、コレなら多少時間を稼いでくれるでしょう」
黒ローブが指を鳴らすとそこには見たことのある狼が地面を揺らしながらそこに降り立ってきた。
「……そう、コレがお前の切り札ね」
「おや、驚かれてないみたいですね」
「戦場で出会うことくらい想定していたもの。それがどんな形であれ、出会ったなら戦う……それだけよ」
フェーシャが操られているのを見たときからこの可能性は考えていたけど……出来ればこんな風に再会はしたくなかった。
そう、その姿はまさしく、アールガルムの魔王・ジークロンドその人だった。
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