16・白猫、お嬢様に恐怖する

 ――ケットシー視点 ディトリア・ティファリスの館――


 大変なことになってしまいましたミャ。

 うちの馬鹿……もといフェーシャさまのせいで完全にティファリスの女王さまの機嫌を損ねてしまったミャ。

 以前もジークロンドの王さまとの会見で暴言を吐きまくって激怒した王さまに叩き出されたのは、ケルトシルではみんなが知ってるミャ。

 にゃーもそれをわかってるつもりだったはずなのミャ……。でも気づいたら同じ魔王のティファリスの女王さまにものすごい怒らせてしまったミャ。


 だいたい『メス』だなんて、今どきの普通の猫人族だったら絶対に使わないミャ。にゃーだっておんなじように迫られたら、すぐに引っ掻いて蹴り倒すくらいだミャ。


 おまけに前リーティアスの王さまにも同じこと言ったってバラしちゃって、もうにゃーは頭を上げることが出来なくなったミャ。


「……それはどういう意味かしら?」

「うん? 簡単なはニャしニャ。おまえが魔王になる前もわがはいが手ずから救いの手を差し伸べに来てやったニャ。」


 やばいミャやばいミャ。賢猫けんびょうさまから聞いた話が本当だと、このままフェーシャさまに喋らせるのはまずいミャ。

 でも、にゃーはとてもじゃないけど、横槍を入れる勇気が湧いてこないミャ。だって、さっきまで怖かったメイドさんより、ずっとずっとティファリスの女王さまは怖い……いや、とても恐ろしいミャ。


 しかも確かに怒ってるのはわかってるのに、ティファリスの女王さまはそれを全く表に出さず、余裕そうに微笑んでるだけという姿がにゃーにはなによりも恐ろしいミャ。


「その時もわがはいはおまえを寄越せば助けてやるといったニャ。

 でもあの愚かニャ王はそれを拒否したニャ! その結果わがはいの国の支援もロクに受けられニャいで、無様に死んでいったニャ!」


 ああ、もうイヤミャ……誰かこの空気をなんとかしてほしいミャ。

 馬鹿なうちの王さまはなんも気にしないで言いたい放題で、もうここから生きて帰れる気がしないミャ。


「そのせいでリーティアスも滅亡寸前ニャ! 死んでも国に迷惑かけるニャんて、とんだ恥さらしニャ!

 ま、だからこそわがはいがもう一度ここにきたわけだニャ。だから――」

「もう、黙ってくれるかしら?」


 散々他国を馬鹿にしまわしていたフェーシャさまの言葉を、とうとうティファリスの女王さまは遮ってしまったミャ。

 フェーシャさまはそのことに不機嫌を隠そうともしないで顔に出してるミャ……。


「い、今、ニャんと言ったかニャ?」

「黙りなさいと言ったのよ。お馬鹿猫」

「ニャッ……!」


 その言葉にフェーシャさまは顔から火が出そうなほど怒ってるけど、ティファリスの女王さまから放たれる殺気と魔力は尋常じゃないミャ。

 息も満足にできなくなるほどの濃密な力を向けられて、このまま飲まれて溺れそうになっちゃうほどミャ。


 この方と事を構えるなんて、真性の馬鹿がすることミャ。あれは昨日今日戦い方を知った初心者さんが放つようなものじゃないミャ。

 ジークロンドの王様ですらここまでの圧力はなかったミャ。こんなの、フェーシャさまどころかにゃーたちの国がどれくらい束になっても勝てるわけがないミャ。


「よくも……よくもそこまで前王と私の国をコケにしてくれたわね。

 これほどの頭にくることを言われたのは初めてよ」

「だ、だからニャんだというニャ! 弱小国の底辺魔王が、わがはいに対して頭が高いニャ!」


 喚き散らすフェーシャさまの姿を見て、よくもまあこれだけ格の違う相手にそんなタンカが切れるミャ…と呆れ返ってたけど、単に物事が見えてないだけなのかもしれないミャ。


 というかそんなことはどうでもいいミャ! このままの勢いでフェーシャさまが騒ぎ立てていたら、最悪ケルトシルが滅びる可能性もあるミャ。

 ティファリスの女王さまの力があれば、それも容易いはずですミャ。


 ど、どうしようどうしよう……すんごくまずいですミャ。


 にゃーの思いとはよそにフェーシャさまはどんどん悪口をまくしたてていって、手がつけられなくなっていったミャ……。


 し、仕方ないミャ……こうなれば……。






 ――






 ――ティファリス視点・同場所――


 まったく大したもんだわ。わざわざ他国に乗り込んできてまで侮辱してくるんだもの。

 私の中では、すでに話し合いで切り抜けることではなく、ケルトシルにどう責任を取らせてやろうかという方向に考えが向いていた。


 一時の激情に身を任せて眼の前の馬鹿猫をこの世から消し飛ばすのは簡単だ。

 だけど、それだけじゃ私の気が済まない。自分が命を賭して守ろうとしている国をここまで貶められたのだ。

 相応の礼をしてやらなければならない。


「聞いてるのかニャ!? わがはいにたいしてニャんたる無礼! ニャんたる不敬!」

「不敬で結構。お前のようなもの払う礼など微塵も存在しないわ」


 堪えなければいけないことはわかってるが、この馬鹿にしたような言いように私の怒りがいつ噴火するかわからなくなる。


「こ、この……もう怒ったニャ! 馬鹿ニャメスには厳しい仕置きが必要ニャ!」

「やってみなさいよ。その瞬間、ケルトシルはリーティアスに宣戦布告もなしに戦争ふっかけてきたとみなしてあげるわ」

「はっ! 強がり言うのはやめろニャ! 戦争? こんな村二つに町一つしかニャい小国が、わがはいの国と? どっちが勝つかニャんてわかりきってるニャ!」


 にやにや笑ってるけど、怒ったり笑ったりと感情の起伏が激しい猫だこと。こういう場面では冷静さを失った時点で負けのようなものだ。


「そう、だったら仕置きとやらをしてみなさいな。お前の愚かな行為がどんな事態を招くか、骨の髄まで教え込んであげるわ」


 私とフェーシャがにらみ合う、この一触即発の状況で、ふいに大きな声が響く。


「ま、ままま、待ってくださいミャ!!」


 私が目線だけちらっと声のする方に向けると、ケットシーが頭を地面に擦り付けたまま膝をついて私に訴えかけるように泣き叫んだ。


「にゃ、にゃーとフェーシャさまはどうなっても構いませんミャ。ですがどうか…どうかケルトシルは許してほしいミャ!」

「ケ、ケットシィィィ!! お前はニャにを言ってるんだニャ!」


 怒りの矛先が一気にケットシーに向いたフェーシャは、自分の従者の腹を思いっきり蹴っ飛ばしていた。


「うぅっ……あ、あなたこそなに言ってるのかわかってるんですかミャ!?」


 うめき声を上げて軽く吹っ飛んだケットシーは、それでもフェーシャをにらみつける。


「わかってるニャ! あそこの恥知らずの魔王に誰が格上であるか徹底的に教えこんでからこのリーティアスを滅ぼしてやるニャ!」

「そんなこと、できるわけ無いですミャ! この馬鹿! 大馬鹿!」

「ニャ!? ニャにを!!」

「わからないんですかミャ!? フェーシャさまはあのお方から放たれる強大な魔力に気づいてないんですかミャ!? あなたはそれでも猫人族ですかミャ!」


 まるで子供の口喧嘩のようににゃーにゃーみゃーみゃー喚きながら言い合ってる猫二匹の様子を見てると、すっかり毒気が抜けてしまった。

 さっきはあんなに激怒していたのが馬鹿らしく思えるほどだ。


「ティファさま、大丈夫ですか?」


 そこに心配そうに声を駆けてくるアシュルに、私は深い溜息をついて少しずつ煮えたぎった頭を冷やしていく。


「ええ、なんだか疲れてきたわ。

 とりあえず、この場を収めるほうが先ね」


 とりあえずフェーシャの方を拘束しよう。二匹ともしたほうがいいのかもしれないけど、一応話が出来る相手を残した方がいいだろう。


「『チェーンバインド』」


 イメージするのは相手を身体を縛り、拘束する魔力の鎖。

 私の手から放たれる鎖がフェーシャを縛り上げ、動きを完全に封じた。


「ニャ!? これはニャんニャ!」

「アシュル!」

「はい!」


 いきなり身動きが取れなくなったことに驚きの声を上げたフェーシャの口を、アシュルが適当な布を詰め込んで喋れないようにしてやった。

 これであの馬鹿が変なことを言う心配もない。


 とりあえずやることは終わったし、ソファに腰掛けて用意していた深紅茶で喉を潤す。

 これは最近私が夢中になってる飲み物で、その名の通り透き通った深い紅がきれいで、上品な香りとほのかに感じる苦味が魅力的だ。

 ある程度冷たくすると香りが変化して苦味が甘味に変化するのがまたいい。



「あ、あの、えっと……」


 さっきまで言い合いしてたフェーシャが拘束されて動くことも話すこともできなくなった姿を見て、呆気にとられたのか立ち尽くしたままのケットシーが、ようやく動き出した。


「ああ、悪いわね。あんまりうるさかったから縛り付けてあげたわ」

「あ、はい。それはいいんですけどミャ……」

「いいんだけど?」

「えっと、怒ってないんですかミャ……?」


 あれだけの暴言を吐かれたんだ。怒ってないわけがないだろう。

 ただ今はそんな気がしなくなっただけだ。


「あれだけ子供っぽく喚かれたら、こっちも少しは頭が冷えるわよ」


 あのままいったら私がフェーシャを殺すことも十分あり得たし、そんなことになったらケルトシルとも事を構えることになってしまうところだった。それについては、ちょっとお馬鹿な行為でもあったけどケットシーのおかげとも言える。


「で、ケットシー」

「は、はいですミャ!」

「どうなっても構わないんだっけ?」


 私の言葉にケットシーは一瞬怯えたような顔をしたけど、すぐに覚悟は決まったと言わんばかりにこっちを見据えてきた。


「は、はいですミャ! ですからどうか、どうかケルトシルは……!」

「だったらあなた、私のものになりなさいな」

「ミャ……?」


 私の言葉にアシュルの方も驚いてるようだけど、私は至って真面目だ。

 賢猫けんびょう見習いということはかなり頭も良いだろうし、今のこの国の現状を考えると有能な人材はいくらいても困らない。

 今回フェーシャのやらかした大失態のことを鑑みても、見習い猫一匹でこちらも振り上げかけた腕を降ろすと言っているのだ。跳ね除けるという選択肢はないだろう。


「だめかしら?」

「い、いえ、だめじゃないですミャ! でも、賢猫けんびょうさま方に判断を……」

「だったらフェーシャばかねこはこっちで預かるわ。あなたは一度ケルトシルに帰って賢猫けんびょうさまとやらを連れてきなさい」

「は、はい……わかりましたですミャ」


 アシュルに頼んでぐるぐるに縛り付けてるフェーシャを使ってない部屋の一つに軟禁しておく。

 あれはひとまずメイドの誰かに見張らせておいて、後で魔力を乱す結界を構築して魔法を封じておけばいいだろう。


 これで邪魔が入ることもなくなったし、ケルトシルの本当の要件と賢猫を連れてくるための日程を話し合うとしようか。

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