15・お嬢様、猫と出会う

 ――???視点 リーティアス~アールガルム国境


「ニャー、今はどこら辺だニャ?」

「もうすぐリーティアスの領土に入りますミャ」

「ニャー……ニャンでわがはいがこんニャことせんとニャらんニャ……」


 それはにゃーが言いたいですミャ……。

 新しく就任されたというティファリスの女王さまが住むというディトリアは、おさかなさんがとっても美味しいところで、特産物のシードーラさんのお肉はすんごいジューシーと聞くミャ。


 そんな美味しいものがいっぱいあるところだというのに……いうのに……。

 なんでフェーシャさまと一緒に行かなきゃいけないのかミャ。


「はあ……憂鬱だミャ……」


 にゃーの後ろを歩くフェーシャさまには聞こえないように小さくため息が出たミャ。

 ついでに自慢の白い毛並みもちょっと荒れてきたような気がするミャ。


「ニャンでわがはいがこんニャど田舎いニャかの辺境まで来ニャきゃいけニャいニャ」

「そう言わないでくださいミャ。ここまで来たらあと少しですミャ。

 それにフェーシャさまが嫌いな人狼もいないですし、安全ですミャ」

「ふん、あの野蛮ニャ犬っころと顔つき合わせニャくて済むのは、たしかにせいせいするニャ」


 それでフェーシャさまの機嫌が直ったのはいいけど、その言葉を人狼族の前で絶対にしないでほしいミャ。

 ただでさえ余計なことばっか言って他の国とあんま仲が良くないのに、これ以上険悪にされたらたまらんミャ。


 大体なんでとか言ってるけど、元々賢猫けんびょうさまたちが行くはずだったのをフェーシャさまが駄々こねたから行くことになったというのに……本当にわがままだミャ。

 もういやミャ。ニャーニャーうっさいこの方から早く解放されたいミャ。



 はぁーーーー……先が思いやられるミャ…。






 ――







 ――ティファリス視点 ディトリア・ティファリスの館――




 アールガルムから帰ってきてから結構時間が経った気がする。

 アシュルも自分の身体がようやくしっくりきていたようで、最近は私が魔導を少しずつ教えている。


 意外にのみこみがよく、私のつたない教えでもきちんとモノにしてくれている。この調子ならエルガルムとの戦いには大いに戦力になってくれそうだ。

 彼女のその容姿からゆえなのか、水属性に強い適正があるけど、炎属性は扱うのに苦戦しているみたいだ。


 アシュルがしっかり戦力として数えることができればこれほど心強いことはない。今の私達の陣営は私・リカルデ・アシュルの他には、ゴブリンと魔人族の兵士が少ししかいないという欠点があるからだ。


 スライムも確かにいるけど、契約してないスライムは農作業などは出来ても戦闘関連にはまるで役に立たない。スラファムには戦闘できるゴブリンが何人か在中しているらしく、彼らが村の護衛を務めているらしい。


 そういう理由からスライムたちはまったく当てに出来ない。現状戦力に出来るゴブリン達の戦闘訓練は現在リカルデがやってくれていて、今も頑張ってる。

 なら、街の施政などは出来るだけ私がしなくてはならない……というわけで朝からこうして慣れない書類チェックをしたりサインしたりしてるわけだ。


「ティファさまー、お仕事は順調ですかー?」


 コンコン、とノックをして入ってきたアシュルは、私の方を見てパアアっと笑顔になる。


「おはよう、アシュル。

 今ちょうど一息つこうと思ったところよ」

「おはようございますティファさま!

 それでしたらお食事の準備が出来ておりますよ!」

「わかったわ。すぐに行くから用意して待っていてくれないかしら?」

「はい! わかりました!」


 全く……朝から元気のいい子だ。

 あの姿を見れば、こんな書類で疲れてるのが馬鹿みたいに感じる。


「あんまり待たせちゃ悪いし、さっさと行きましょうかね」


 チェックの終わった書類を分けてから食堂の方に向かうと、アシュルが二人分の食事を用意して待っていてくれた。

 初めてアシュルと会ったときからずっと同じ食卓を囲っていたこともあってか、私と一緒に食べるのが当たり前になっていて、私もそれを楽しく感じてる。


 リカルデはあまりいい顔をしてくれなかったけど、これも契約スライムとの仲を深め、円滑に物事を進めるためと自分に言い聞かせるように納得してくれていた。

 ……その私のわがままが、今の負担を背負わせてる気がしないでもないが。


「ティファさま、大丈夫ですか?

 ぼんやりして、あまり食が進んでいませんが……」

「……ああ、ごめんなさい。

 やっぱり慣れないことはするもんじゃないわね」


 アシュルが心配そうに対面から覗き込んできてる。

 やっぱり連日書類整理してたから、精神的に疲れているのかもしれないな。

 こんな調子じゃ逆に仕事が捗らないかもしれない……よしっ。


「アシュル、今日予定ある?」

「ええと、いつもどおりティファさまのお世話以外なにも入っていません!」


 むん、と力強くアピールしてるけど、それって『入ってない』んじゃなくて『入れてない』の間違いなんじゃないかな。

 …まあいいや、一応聞いてみただけだしね。


「朝の分が片付いたら、残りは明日にしようと思ってね。せっかくだからディトリアを見て回りましょう」

「私は嬉しいですけど……大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。たまにはゆっくりしないと気が滅入っちゃうから」


 私の言葉に先程よりも更に輝けと言わんばかりの笑みを浮かべて、嬉しそうにはしゃいでいた。

 アシュルの笑顔を見ながら今日は久しぶりに心を休めることができそうだと思っていると、扉の音が聞こえてきた。


「ああ、ティファリス様。お探ししておりました」


 私とアシュルが話しながら食事をしているところに割って入った形のリカルデが、なんだか「見つけてしまった…」とでも言うような、どこか悩んでるみたいな表情で食堂に入ってきた。

 なんだかリカルデにしては珍しい。最近はゴブリン達との訓練に忙しかった事を考えても、いつもなら私の前であれば絶対にそんな顔しないのに。


「どうしたの? 私になにか用?」

「はい。実は……」


 いまだに何かためらっているようだった。しばらくはうつむきがちに視線を下げていたけど、やがて私の顔をまっすぐ見据えて、覚悟を決めたかのように報告してきた。


「ティファリス様にお会いしたいと申されているお方がおりまして……今日の午後、お時間をよろしいでしょうか?」

「ええ、構わないけど…珍しいわね。私に、というより今のこの国にわざわざお客様なんて。それでどういう方なの?」


 リカルデの言葉に明らかにしょんぼりしてるアシュルをなだめながら、私は驚きをそのまま口にしてしまった。

 こんな周りが敵国だらけで誓約によって辛うじて滅ぼされてないだけの状態の国に、一体誰がなんのようなのだろうか。


「…………」

「リカルデ?」

「……ケルトシルの使者でございます」


 ケルトシル、ケルトシル……どこの国だっけか。

 私が中々思い出せずにうんうん悩んでいると、アシュルがあっと声をあげる。


「ティファさま、ケルトシルといえば猫人族の魔王がいる国ですよ!」

「猫人族ねぇ……」


 ああ、思い出した。確かアールガルム・エルガルムが侵攻してきてからは付き合いがなくなってしまったけど、それまではリーティアスの隣国として友好的に付き合っていた国だったっけか。

 だけどアールガルムが間に入ってからは一切交流がなかったはずなのに、なんで今さら来る気になったのやら。


「なにしに来たのかしれないけど、どんな使者が来てるのかしら?」

「はい、現魔王のフェーシャと賢猫見習いのケットシーがいらっしゃるとか」


 んー、どうもいまいち歯切れが悪いな。

 リカルデがこういう風な態度を取らせるほどの相手……なんだか激しく嫌な予感がしてきた。









 一抹の不安を感じつつも、私は応接室に件の使者を座って待っていた。

 どうもリカルデの言い方が気にかかったから、ひとまずアシュルにも背後の方に待機してもらってる。

 あれから不機嫌そうに口を尖らせていたけど、明日改めてディトリアに遊びに行く約束をして、なんとかいつもどおりのアシュルに戻った。


「ケルトシルの使者……どんな方が来るか楽しみですね」

「そうね。ただ、リカルデの態度がちょっと気になるけど」


 どんな人物が来るのかと話しているとノックの音が聞こえ、館のメイドの「失礼します」の声とともに扉が開く。

 案内人のメイドの後ろには普通の猫よりは大きいけど、魔人族の半分もないって感じの二足歩行の猫が二匹ほどちょこちょことついてきていた。


 片方は灰色の体に白が混じったような毛並みの猫。もう一匹は真っ白の毛並みがキレイで、目が吸い込まれるような深い青色なのが特徴的だ。

 灰黒の猫が頭に冠とファーのついたマントを羽織ってるところから、どう見ても王様って感じ丸出しなところから、この子が魔王なのは確かだろう。


 魔法が得意な種族らしいからか、武器らしきものは白猫がベルトに下げてる短剣一つといったところだ。

 身軽な方が戦いやすいそうだし、重い武具はむしろ邪魔ってことだろうね。


「はじめまして猫人族の魔王さま。私が――」

「ふん、知ってるニャ。リーティアスの魔王のティファリスだニャ。

 わがはいがケルトシルで最も偉大な魔王フェーシャさまだニャ。

 で、こっちは従者のケットシーニャ」

「あ、えと…よ、よろしくお願いしますミャ……」


 私は立ち上がって最低限の礼を尽くしておこうと思ったんだけど……それを小馬鹿にしたように鼻をならして遮り、不遜な態度を取り出した。

 一瞬でこの猫がダメなタイプの魔王で、今からフェーシャが話すことが私にとって有意義にならないことがはっきりとわかった。


「……」

「どうしたニャ? わざわざわがはいがこんニャところまでやってきたんだニャ。

 もうちょっと歓迎の仕方、というのがあるんじゃないかニャ?」


 出鼻をくじかれた私に、フェーシャは畳み掛けるように「これだから最底辺の魔王は……」とやれやれとため息混じりに左右に首を振りながら文句を言いだす。

 その瞬間怒りを抑え込んだような殺気が私の背後で噴出した。


 感情むき出しってわけじゃないのがアシュルが少しは成長した証拠だろうか。

 フェーシャの方は涼しげな顔で……っていうより全然気づいてないんだろうな。後ろに控えてるケットシーは相当怯えていて、アシュルの殺気に気圧されてる。


「聞いてるのかニャ?」

「ええ、聞いてますよ。なにせ私は最近魔王になった若輩者ですから……偉大な貴方からすれば至らない部分もあるでしょう。

 私も今回の会談で勉強させていただきますので、無作法はお許しいただけませんか?」


 この猫の言うことにいちいち口出してたら話が全然進まないし、一応怒りに触れないように扱ってやらないといけないというのがまた面倒くさい。

 私の言葉にふふん、とちょっとご満悦そうな顔でこっちをいやらしい目でみている…ような気がするのがかなりいやだったけど。


「仕方ないニャ。こんニャ田舎いニャかの落ちこぼれ魔王でも、導いてやるのがわがはいの使命とも言えるニャ。今から目上の者に対する――」

「フェ、フェーシャさまフェーシャさま。ちょっとお話しが過ぎると思いますミャ。まずは国の要件を先に話したほうが、気兼ねなく話せると思いますミャ」

「……ふん、お前の言うことも一理あるニャ」


 ケットシーがわたわたしながらなんとか目的を果たそうと、フェーシャの機嫌を損ねないように必死になってる。

 それはいいけど、こっちとしてはあまりの物言いにげんなりし始めている。


「わがはいの教えは今後じっくり教えてやるすればいいかニャ。

 それじゃ早速、わがはいの国の決定事項を伝えてやるニャ。魔王ニャりたてのティファリスは、心して聞くようにするニャ」


 言い方が本当にいちいちカンに触るから、さっさと済ませてくれないかな。

 というかもう少し周りを見てくれれば、今私達がどんな顔して話を聞いてるかとかわかると思うんだけど…。


「わがはいの国、ケルトシルはリーティアスと救いの手を差し伸べてやることにしたニャ。

 どうニャ? お前たちにとっては、素晴らしいはニャしではニャいかニャ?」

「えっとですミャ。賢猫けんびょうの方たちはリーティアスに同盟の申し出をしたいと……そのように言っておられますミャ」


 フェーシャの話をケットシーが翻訳するかのように会話をしていくけど、あの馬鹿猫のせいでいまいち信用できない。

 とりあえずケットシーの方に話を合わせておこうか。


「まさか無償で、というわけないでしょうし、条件があるんでしょう?」

「は、はいミャ。それは」

「ケットシー、お前がはニャしをするニャ! 引っ込んでるニャ!」


 フェーシャは自身を遮るような発言が勘に触ったのか、ケットシーの頭を叩いて黙らせる。

 むしろお前が引っ込んでろという私の切実な願いを断ち切って、フェーシャは一つ咳払いをすると自分の話を続けだした。


「ごほん、さすが魔王にニャったメスだけあるニャ。条件っていうのはすんごく簡単ニャ。それはおまえがわがはいのメスにニャるのニャ!」

「私が、貴方の……?」


 それは悪い冗談だろうか。いや…あのいやらしい目、本気なんだろうな。

 こいつはなに考えてこんなこと言ってるんだろうか。私にはまるで理解できない。


「この国でわがはいのケルトシルに差し出せるものニャんて、見目麗しいおまえぐらいしかいニャいニャ。

 まだちょっとおさニャい姿をしてるけど、今頃からわがはい好みに作り上げるのも悪くニャいニャ!」


 ちらっとケットシーに抗議の目線を送ると、私の方に向いて床に額を擦り付けて頭を下げていた。

 少なくともこれがケルトシルの総意じゃないことは確かだろうけど、それならここにあの馬鹿を連れてくるなと怒鳴ってやりたい。

 私だからこそ感情を抑えてるようなものだが、ジークロンド辺りだったらそれこそ叩き出されてただろうな。


 今のこの空気を全く感じてないのか、相変わらず妄想だだもれのニヤついた表情のフェーシャは止まらない。


「前のリーティアスの王も本当に馬鹿ニャ男だったニャ。最初からおまえをわがはいに渡してれば、この国もこんニャにボロボロにニャらずに済んだのにニャ」



 ……ん? この馬鹿、今なんて言った?

 どうやらこの猫、一度手痛い目に遭わないとわからないみたいだ。

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