神官竜の更新Ⅳ


「本当にすぐそこが森なんだな」

 ジャリルが城壁の外、街の西端からすぐ近くの森の入り口を眺める。入り口付近は現地の人がよく出入りするようで、道が整備されている。

「元々が森を拓いて作られた街だからな。昔はもっと森の中の街って感じだったらしいし」

「はあ、なるほど」

「俺も小さいころは何度か遊びに入ったもんだ。怒られたけど」

 ジャリルの横に立つカラムは、森には見向きもせず手荷物を改めている。

 集合したメンバーの前に、フィルが立つ。

「今回はラッドレス卿の占いに従って水場――川沿いを上流に向かって探索する。地形は緩やかだが奥には何がいるか分からないから用心するように」

「占いってどんなこと言ってたのか、聞いてもいい?」

 会議に参加していなかったジャリルが小さく手を上げるのを見て、フィルが頷く。

「血の臭いと水音、それから光が遮られて下に影が落ちている、恐らく上に何かあると思しき様子が視えたといっていた。死者は視えなかったそうだが油断は禁物だ」

「ほぁー、話だけ聞いてもよく分かんないな。魔術師の占いってみんなこんな感じなんすか?」

ぼやくジャリルを横目に、本をパラパラとめくっていたシェオマが口を挟んだ。

「あえてよく分からなくしているんだ。占術で視えたものをあまり詳しく読み解くとよくない影響があるから」

「よくない影響ねえ……曖昧だなあ」

「お前には一生分からないだろうから気にしなくていいぞ」

シェオマの辛辣な発言を意に介した様子もなく、ジャリルはヘラヘラと笑っている。

「まあそうっすね。気にしてもしょうがない」

「あと他に質問のあるものは? いないな。では行くぞ」

フィルの呼びかけに、各々適当に返事をしたりしなかったりして、先頭を歩くフィルの後へと続く。



背の高い木々と、背の低い下生えの草の間を、一行はぞろぞろと歩いていた。少し離れた場所には、川が流れている。

「そういやカラム、お前昨日どうなったんだよ?」

思い出したようにフィルがカラムを振り返る。兄に追いかけ回されていた件の話だ。

「どーなったもこーなったもないよ、突然現れたセスが『カラム様、お逃げください』とか言い出すし、外泊を覚悟して外に出ようとしたら玄関にアレン兄さんが立ってるし、窓から出ようとしたらヴィッツ兄さんの手の者に見つかって大騒ぎだよ……そして散々抵抗した挙句普通に捕まったわ」

「昨晩騒がしかったのはそのせいか」

ジャリルが会話に口を挟む。どうやら騒ぎになっていたらしい。

「へぇ、俺はヘグと一緒に酒場に行ってたから全然知らなかったが、なんか大変だったんだな」

「なんかってレベルじゃない。真剣に説教を垂れてくるヴィッツ兄さんと面白半分で覗きに来たアレン兄さんに取り囲まれて地獄だった」

カラムのげんなりとした表情から、当時の惨状が思い浮かべられ、フィルは小さく笑った。

「それは災難だったな」

「笑い事じゃないぜ、まったく。で、そっちはどうだったんだ? 酒場で情報収集してきたんだろ?」

「情報収集はヘグの演奏のついでだったけどな。一応過去に森の中に村があったような話は聞けたが、もう百年以上昔の話らしくて真偽は定かじゃないって感じだな」

「そんなんで本当に竜族が住んでるのか? つまりもう何もないってことだろ?」

 首を傾げるカラムに、フィルが溜息交じりに返す。

「わからん。廃村になった村の跡とかはあるかもしれないが……。ヘグは? どう思う?」

「わかんないなあ、可能性は変わらずあると思うよ」

 ヘグは困ったように首を傾げ、一同は沈黙に包まれる。

「…………」

「し、しりとりでもする?」

 ヘグの提案も、重苦しい沈黙に押しつぶされて消える。

 暫し、森を歩く足音だけが響く。

「おい」

 沈黙を破ったのは、シェオマの声だった。

「なんだよ」

 フィルがシェオマを振り返る。

「まだなのか、目的地は」

 尋ねるシェオマの表情には既に疲労の色が浮かんでいる。

「なんだ、もう疲れたのかよ。悪いがおんぶは無しだぜ、今日は剣背負ってるからな」

「まだなにも言ってないだろう! 疲れてなどいない!」

「おい、お二人さん、喧嘩はやめてくれよ」

 呆れたようなカラムの言葉に、シェオマが食いつく。

「今のはどう考えてもこいつが悪いだろう! 人を小馬鹿にしたような態度を取って」

「いや、だからそうやって売り言葉に買い言葉で」

「あれ?」

 カラムの声に被さるように、ジャリルが声を上げる。

「何だ」

 フィルの言葉と共に、全員が立ち止ってジャリルのほうを見る。

「いや、今なんか動いたような……」

 フィルが辺りを見渡すが、特に変わった様子はない。変わらぬ森の景色だ。

「何だよ、何もいないぞ」

「待って」

 進もうとしたフィルをヘグが手で制す。

「何か聞こえる、かも」

「かも?」

「もしかしたらただ木の梢の揺れる音かもしれない」

 黙って耳を済ませるヘグを全員が緊迫した面持ちで見つめる。

「あっ!」

 再びジャリルが声を上げた。

「だから何なんだよお前は」

「上! 上っすよ、何かいる!」

 ジャリルが指さした先、木の上の方には、確かに何かがいるのが見て取れた。

 それは、鳥のように木の枝の太い部分に止まっているが、鳥より明らかに大きく、異質な存在だった。

「何だあれ」

 フィルがそれをよく見ようと数歩踏み出すと、それは唐突に動き出した。フィルをめがけて一直線に下りてくる。

「うわっ」

 フィルはそれを慌てて回避した。

「危な……石像?」

 地面に下りてきたそれは、悪魔をかたどった石像であった。目の部分に嵌っている硝子玉のようなパーツがきらりと光る。

「石像の魔物ガーゴイルだ! 攻撃してくるかもしれない」

 ヘグがそれの正体を見極める。石像の魔物と呼ばれたそれは、着地した地点でゆっくりと首をもたげた。

「わかった、ヘグは下がってろ」

 フィルが背負った大剣を抜き、石像の魔物と対峙する。それと同時に、全員が身構える。

「……」

 石像の魔物は不気味な動きで身を起こすと、不意に宙へと浮かんだ。

「へ? 飛ぶのこいつ?」

 驚くフィルに、石像の魔物が飛びかかる。

「うおっ」

 フィルは咄嗟に剣で身を守ったが、石像の重量に押されてよろめく。

 石像は鋭い爪を持っており、当たればただでは済まなそうだった。

 再び飛びかかってきた石像の魔物をいなし、フィルが剣を叩き込む。響く金属音。

「っつ、物理攻撃はあんまり通りそうにないな。シェオマ!」

「分かってる」

 シェオマは魔法用の本のページを捲ると、そのページに意識を集中する。

「俺達で時間を稼ぐぞ」

「時間稼ぎなら得意だ」

 カラムが扱いなれた細身の剣を抜いた。ジャリルは後ろに下がったヘグより少し手前の位置で、弓に矢を番えて待機している。

 石像の魔物が上空へと舞い上がった。それを、風を切る音と共にジャリルの矢が追撃する。

 金属製の鏃が、石像の魔物に突き刺さった。

「よっし」

 ジャリルが嬉しそうに声を上げるが、ダメージ自体はあまり通っていないようで、石像の魔物は変わらず動き回っている。

 どん、という音がして空間が炸裂する。シェオマの攻撃魔法が発動したようだが、石像の魔物はそれをスルリと回避してしまう。

 再び地表近くに下りてきた石像の魔物へと、カラムが突きを繰り出すが、細身の剣ではほとんど有効打は与えられず、高い金属音だけが幾度も響く。

「あーもう、対人しか想定してないからこういうのとは相性悪いんだよな」

 即座に叩き込むフィルの斬撃も、効果は薄い。

 どん、どん、と立て続けに響く爆発音。しかしこれも、カラムの服の裾を掠っただけで、石像には当たらない。

「うおっ、あっぶね!」

 魔法に巻き込まれかけたカラムが慌てて飛び退く。

 どん、どん、どんっ。

 次々と魔法が発動し、爆発するが、飛行する石像には一度も当たらない。

「ちゃんと当てろヘタクソ!」

 苛立ったフィルが、石像を捌きながらシェオマを振り返る。

「うるさい! 今やってる」

「あの、お二人さん、この状況で喧嘩は」

 カラムの言葉は当たり前のように無視される。

「もういい、俺が拘束系の呪文で動きを止めるからお前が仕留めろ。そこまでお膳立てしてやればさすがに当てられるだろ」

「要らん! できる!」

 フィルはシェオマを無視して剣を右手に持ち、腰に下げたブックケースから術本を取り出して左手で開いた。

「カラム、援護しろ」

「りょーかい」

「いいか、一発で当てるからよく見てろ……!」

 今一度シェオマを振り返ったフィルが、驚いて目を見開く。

「あっ」

 同時に「それ」に気が付いたヘグも声を上げる。

「何だ――」

「危ねえっ」

 フィルが、シェオマに飛びつくようにして勢いよく突き飛ばした。直後に、鈍い音。

 シェオマは盛大に転がり、尻餅をついた。

「痛って……!」

 座り込んだシェオマの視界に映ったのは、頭から血を流して倒れたフィルと、傍らの石像の魔物。

「な……もう一体?」

 ジャリルが驚いて声を上げる。カラムと戦う石像の魔物と、倒れたフィルの横に立つ石像の魔物。二体いる。

「チッ、撤退するぞ!」

 カラムは対峙する石像の魔物を蹴飛ばすと、素早くフィルの取り落した武器を拾い上げた。

「ジャリル、このバカを担いでくれ! シェオマ、立て!」

 てきぱきと指示を出し、座り込んでいたシェオマを無理矢理立たせる。

「走れ!」

 襲い来る石像の魔物を見事捌き切り、カラムも走り出す。

「た、多分深追いはしてこないと思う! 石像の魔物って大概行動範囲が決まってるから」

 ヘグの言葉通り、石像の魔物が後を追ってくる様子はない。

「ったく、なんなんだよもう……」

 カラムは、走りながら嘆息した。



 ぱちぱちという音で、フィルの意識が浮上する。焚火の音だ。

 慌てて身を起こすと、額に鋭い痛みが走る。

「おい、まだ寝てろ」

 カラムが木の枝で焚火を突きながら、起き上がったフィルの方を見ている。

 辺りは暗い、夜のようだ。

「ここは……まだ森か」

「お休み中のフィルを担いで長い距離移動するわけにもいかなかったんでな、適当な場所で休憩だ」

 他の仲間は既に眠っているようだった。

「悪かったよ、足引っ張って」

 フィルが気まずそうにカラムから目を逸らす。

「分かってるならそういう行動は慎んでほしいですね」

 カラムは溜息交じりに言うと、木の枝を焚火の中に放り込んだ。

「悪かったって」

「だいたいお前はな、そうやって後先考えずに無闇に飛び出して」

「申し訳ございませんでした」

「訳もなくシェオマを挑発するな」

「申し開きもございません」

「挙句の果てに怪我をして足を引っ張る」

「返す言葉もございません」

「何のためについて来たんだお前は」

「ごめんなさい」

 無表情のカラムが、大きく溜息を吐いた。

「分かっているならもう少し考えて行動しても罰は当たらないんじゃないですかね」

フィルはいたたまれなくなって、その場で縮こまった。

「シェオマだってあそこで庇わなくたって一声かければ避けられただろうよ」

「いや……あいつどんくさいから」

 恐る恐るといった様子で反論するフィルを、カラムが冷ややかに一瞥する。

「そこまでお前が面倒みる必要あんの? 今回だって勝手についてきただけだろ」

「そりゃ、一応弟だし……。お前だって弟いるなら分かるだろ」

「分かる、弟はかわいい」

 カラムは頷くが、その表情は硬い。

「だからこそ、なんで連れてきたんだ。占術の結果で危険だってことは理解していたはずだろ」

「それは……」

「何かあったら自分が体を張ればいいやって思ってるだろ。そういうところが甘いって言ってるんだよ。今回の敵さんは深追いしてくるタイプじゃなかったから助かったがな、もしあのまま戦闘を続行しなきゃならなくなっってた場合、ぶっ倒れたお前を庇いながら戦う俺らの負担を考えたか? お前は仲間全員を危険に晒したんだぞ」

「だから悪かったって」

「お前昔っからそうだよな。改善される気配がないっつーか。何なの? 自己犠牲が尊いとか思ってるクチ?」

「ッ、あのなあ!」

 フィルが何か言い返そうとした瞬間、少し離れた場所で寝ていたはずのジャリルが不意に身を起こした。

「カラムの旦那、言いすぎ」

「起きてたのかよ」

 ジャリルは起き上がってフィルとカラムの座る場所に寄り、座り直した。

「フィルの旦那だって悪気があったわけでもないし、そこまで詰ることないんじゃないっすか」

「俺がこいつを責めないと誰もこいつを叱らないだろ。ったく、他の奴らが寝てる隙に詰り倒そうと思ってたのに」

「説教も度を超すとただの意地悪っすよ」

ジャリルは落ち着いた様子で息を吐いた。

「もちろん、カラムの旦那が悪いとは思わないっす。俺もフィルの旦那の行動には肝が冷えたし」

「迷惑かけて悪かったよ」

 フィルが今一度謝る。

「カラムの旦那だって言い方が悪いだけで、フィルの旦那のことを心配してるんすよ。今回だって、頭なんて当たり所が悪けりゃ死んでたかもしれないっす」

「いやいやいやいや、フィルの心配はしてない、全然してない、訂正」

 カラムが高速で首を横に振るが、ジャリルは特に気にした様子もなく話を続ける。

「シェオマ坊ちゃんだってずっと心配してましたよ。怪我は大丈夫なのかってずっと言ってました。弟を大事に思うなら、兄としてあんな表情させるべきじゃないっす」

「…………」

「ここにいる仲間だけじゃないっすよ。王都に帰ったらご家族だっているだろうし、心配してくれるご友人もいますよね? 確かに今回は増援を警戒していなかった俺らにも責任はあります。でもやっぱり、そうやって自分を大切にしないところは改めてほしいって思います」

 素直に頷くフィル。しかし、カラムが横から口を挟む。

「ジャリル、そんな言い方したって無駄だぞ。こいつは昔っからいろんな人にいろんな言い方で同じこと言われ続けてきて未だに直ってねえんだ。厳しく詰ろうが優しく諭そうが、こいつにとっちゃみんな同じだ」

「だったらなおのこと、詰る意味はないっすよ」

「なるほどね、それは確かにそうだ」

 カラムが、納得したのか諦めたのか分からないような表情でヒラヒラと手を振った、もう特に言うことはないということらしい。

「さて、お説教は終わりっす。見張りは俺が代わるんで、お二方は寝てください」

 穏やかに微笑むジャリルが休息を促すので、フィルは大人しく横になった。

「お、悪いねえ。じゃあ俺も、休むとしますか」

 カラムの声を最後に、フィルの意識は静かに沈んだ。



 翌朝。

 寝起きの悪いシェオマを叩き起こし、フィルは全員の前に立った。

「えー、昨日は手間を掛けさせてすみませんでした。お陰様で調子は良好でございます。というわけで今日の予定なんですが」

「待て待て待て、一旦街に戻るだろ?」

 カラムがフィルの発言に割り込む。

「いや、俺は進もうと思ってる。幸い、怪我もそんなに重傷じゃないし、まだ大丈夫そうだ」

 フィルはけろっとした様子で、進行方向を指差した。

「いや、頭だぞ? なんかあってからじゃ遅いだろ。医者にみせたほうがいいって」

「一晩大丈夫だったんだから大丈夫だよ。ヘグもそう思うだろ?」

 フィルは昨日傷の様子を診たというヘグに会話を振る。ヘグは困ったように首を傾げた。

「僕は専門家じゃないからなあ、止血して包帯巻いただけだし。できればお医者さんに診てもらったほうがいいと思うけど……」

 ヘグが一旦言葉を切り、少考する。

「でもまあ、僕はフィルの意見を尊重したいと思うよ。フィルが大丈夫っていうなら、大丈夫なんじゃないかな」

 ヘグは柔らかな表情で微笑んだ。彼は元来、人の意見をあまり否定しない性格なのだ。

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 シェオマが腕を組んで、今一度問う。

「大丈夫だって。なんだ、心配か?」

 フィルがにやりと笑って茶化す。

「なっ……心配、とかそういうのじゃねえけど、俺のせいで倒れられたら寝覚めが悪いだろ」

 そう言うと、シェオマはフィルから目を逸らした。

「進むってことはもう一度あの石像の魔物と戦うことになると思うんすけど、フィルの旦那は戦えるんすか?」

 ご丁寧に挙手をしてから発言するジャリル。フィルがそちらを見遣る。

「問題ない。俺は援護に回る」

 フィルの視線はジャリルを通過し、カラムへと向かう。

「時間稼ぎの前衛はお前に任せる。増援が来る前に俺とシェオマが魔法で一気に倒す」

「はー言うと思った。絶対言うと思った。まあやるけど、俺しかいないし」

 カラムは呆れた様子で、フィルに差し出された大剣を受け取る。カラムが普段扱う細身の剣よりは、石像の魔物と戦いやすいであろうと推察された。

「普段の刺突剣以外の剣なんて何年ぶりだろ、師匠のとこで修行していた頃以来か……」

 カラムが大剣を構えてみせる。

「意外と様になってるね」

 ヘグが笑顔で言う。意外とは余計だとカラムがぼやいた。

「俺は! 俺は?」

 ジャリルが期待に目を輝かせる。

「えっ……、ヘグの護衛?」

 フィルが目を泳がせる。ジャリルのことは失念していたらしい様子だ。

「旦那ぁ」

 ジャリルが恨めしそうにフィルを見る。ヘグは自分で自分の身くらい守れるということはお互いに分かっている。

「いや、攻撃の命中率は評価に値するんだが、矢が刺さっても有効打にならなかっただろ? 付与系の魔法があれば矢に魔法を付与してっていう方法も考えられたんだが、俺の術本にもシェオマの術本にもそういう術式は書いてないんだよ。悪いな」

 フィルが首を横に振った。

「とりあえず俺がまず敵を魔法で拘束するから、そこをシェオマが仕留める。カラムは詠唱時間を稼ぐ、ジャリルは臨機応変に頼んだ。ヘグは下がって身を守ること」

 フィルの発言に、カラムが首を傾げる。

「なあ、ヘグって竜族なんだろ? 竜族って超強いって聞くけど、ヘグはどうなんだ?」

「多分強いぞ、戦ってるの見たことないから知らんけど」

 話題に上がったヘグが、申し訳なさそうに口を開く。

「ごめんね。僕、自分の主義とか信念の関係で戦いには参加できないんだ。その分、他のことならするから何でも言って」

「ほう」

 カラムが、奇妙なものを見るような目つきでまじまじとヘグを見る。小さくなるヘグ。

「あんまりヘグのこといじめんなよ」

 間にむっとした表情のフィルが割って入る。

「いや、こういうタイプの知り合いが過去にいたことがないから驚いてる」

 不思議そうな表情のカラムの踵を、シェオマが蹴飛ばした。

「いつまで見つめ合ってるんだ、結局行くんだろ。だったらさっさと行くぞ」

「イテ。シェオマ、俺に当たり厳しくない?」

「気のせいだろ」

 一行は緩やかに森の奥へと進み始める。

「そういや昨日どのくらい走ったっけ?」

 カラムが後ろを歩くシェオマを振り返ると、シェオマはその更に後ろのジャリルを振り返る。

「え、俺? 俺はフィルの旦那を担いでたからなあ。ヘグ、覚えてる?」

 ヘグが顎に手を当てる。

「えー三百二十歩くらい?」

「わっかんねー」

 カラムが大袈裟に頭を抱える。歩数と実際の距離が結びつかないようだ。

「多分、石像の魔物の性質上、昨日と同じ場所に戻ってると思うんだけど」

「じゃあ上を警戒しながら歩けばいいってことだな」

 カラムが樹上を見上げる。

「転ぶなよ」

 その様子を、フィルが冷ややかな表情で見ている。

「お前じゃないんだから大丈夫だっつーの」

 言葉通り、カラムは上を見つつも木の根などを器用に避けて歩く。

 すこし進んだあと、しんがりを歩いていたヘグがフィルに追いついて歩調を合わせた。

「ん、どうした?」

 フィルが声をかけると、いつもの穏やかな笑みが返ってくる。

「ごめんね、役に立てなくて」

「なんだよ、まだカラムの反応気にしてんのか? あいつ基本クズ野郎だから気にすんなって」

「聞こえてますよー。丸聞こえの筒抜けですけどぉ」

 先頭を歩くカラムから漏れる不満そうな声は、適宜無視される。

「いや、それもそうなんだけど、昨日フィルがシェオマを庇った時も僕が魔法を使えば間に合ったと思って」

 竜族は人間と違って魔法の使用に、術本や詠唱時間をほぼ必要としない。確かにそのときヘグが行動を起こしていれば間に合っただろうと思えた。

「そりゃ、そうだけどよ。戦わないっていうことはヘグが自分で決めて、何百年も守ってきたルールだろ? 軽々しく覆すべきじゃないと思うぜ」

「そうなんだけど……」

 少ししょんぼりとした様子のヘグが、言葉を続ける。

「フィルがカラムとジャリルに叱られて、王都に帰ったらナターシャやカイル先生やエマにも叱られるのかと思うと僕も黙っていられなくて……」

「……」

 惨状を思い浮かべたらしいフィルの顔からすうっと血の気が引く。来る前に散々注意されたばかりである。

「……ん? ちょっと待て、ヘグ、昨晩起きて」

「あ! そういえばあと言おうと思ってたんだけど」

 ヘグが強引にフィルの言葉を遮る。

「石像の魔物の話なんだけど」

 ヘグの発言内容を聞いて、フィルは一旦昨晩の話の追及を諦める。

「なんだ」

「あっ、あのね、石像の魔物って基本的には何かを『護る』ために存在しているから、たぶんこの先に何かある……と思うんだ」

 ヘグが早口で述べる。

「へえ、やっぱり当たりか?」

 ヘグの発言に、カラムが振り返った。

「やっぱりってお前な、昨日は本当に竜族が住んでるのかとかなんとか言ってたくせに」

「まあまあ、細かいことは気にすんなって」

 笑顔のカラムに、ヘグが言葉を続ける。

「まだ当たりとは限らないけど、何かがあるっていう可能性は限りなく高いと思うって話だよ」

「何かってなんすかね? やっぱりお宝とかあるんじゃないっすか!」

 目を輝かせながら会話に割り込むジャリルに、苦笑するヘグ。

「ど、どうかな……。森の中だからなあ」

 ふと、フィルが後ろを振り向く。少し離れた場所を、いつの間にか最後尾になってあくせくと歩くシェオマと目が合った。

「お前も来たら?」

 フィルは何の気なしに声をかけると、シェオマは少しむっとしたような表情になり、言った。

「うるさいな、お前らとは歩幅が……じゃない! 興味ないから、いい」

 シェオマは他のメンバーに比べて背が低く、一歩の幅が狭いため歩くスピードも遅いのだろう。フィルはやっとそこに思い至る。

「もっとゆっくり歩こうか?」

「いい、放っておいてくれ」

 シェオマはそう言って黙り込むと、そのまま黙々と歩き続ける。

「素直じゃねえな」

 フィルが前に向き直ると、カラムが急に立ち止まった。ぶつかりかけるも、何とか踏みとどまる。

「っぶね! 止まる前になんか言えよ」

 フィルが文句を言うと、カラムがゆっくりと振り返った。

「お出ましだぞ」

 カラムが指さす先には、昨日と同じく石像の魔物が鎮座していた。昨日の状態のまま矢が突き刺さっており、木の上で身動き一つしないでいる。

「おっと、出たか。シェオマ」

 フィルが今一度シェオマを振り返る。シェオマは黙って頷き、術本を取り出して開く。

「止まってんなら大丈夫だろ」

「うるさいな」

 シェオマが本のページに意識を集中し始める。その途端、石像の魔物が身じろぎした。

「ん?」

 フィルが怪訝そうな声を上げたその瞬間、石像の魔物が木から一直線にシェオマに向かって飛んできた。

「おわあ!」

 カラムが咄嗟にシェオマの前に飛び出し、大剣で石像の体当たりを受け止める。しかし、勢いを殺しきれずにシェオマをまきこんで後方に吹き飛んだ。

「痛ってえ……」

 ひっくり返ったカラムが呻き声を上げた。

「重い、どけ!」

 その下敷きになったシェオマが、じたばたと足掻く。

「魔法を使おうとしたのに反応したのかも」

 ヘグの言葉に、フィルが慌てて術本を開く。

「俺が引きつけるから、お前らその間に立て直せ」

 フィルがパラパラと本のページを捲り、目標のページを開く。詠唱を開始する。

 石像の魔物は、目標をシェオマからフィルへと変更する。

「ああもうまた無茶を」

 呆れを含んだ声でジャリルが呟く。その手には既に矢を番えた弓が握られている。

 ジャリルが弓を引いて矢を放つ。一撃、もう一撃。矢は石像に突き刺さるが、やはり有効打にはならない。

 フィルは石像の魔物の攻撃を回避しつつ、詠唱を続ける。しかし、詠唱に集中できないためか、なかなか魔法の発動にこぎつけられない。

「待たせたな!」

 体勢を立て直したカラムが、石像の魔物に大剣を叩き込む。攻撃の重みに、ぐらりとよろける石像。

「よし、今のうちに速攻で倒すぞ!」

 フィルの詠唱が完成し、石像の魔物と接触するように手のひらほどの大きさの黒い球体が現れた。

 石像はじたばたともがくように暴れるが、黒い球体は空間に固定されているようで、その場から逃れることはできないでいる。

「シェオマ!」

「分かってる」

 暫し間を置いて、シェオマの魔法が発動する。響く爆発音。砕ける石像。

「よっし!」

 カラムが嬉しそうに声を上げる。

「喜ぶのは後だ、ここでもたもたしてるとまた増援が来るぞ。さっさと進む」

 フィルがせっついて、一同はその場から慌てて走る。

「あ、駄目っす、来てる!」

 後ろを振り向いたジャリルが叫ぶ。

「ええい、シェオマ!」

「分かってる」

 フィルが立ち止まり、本を開いて振り向く。続いて、シェオマも振り向く。

 先程のように、フィルが石像の魔物の動きを止める。素早く動く石像にも、一度で確実に球体を接触させた。

「くそ、そういうところ器用で腹立つ」

 シェオマが悪態を吐きながら魔法を詠唱し、動きの止まった石像を砕く。

「お見事!」

 少し先まで進んでいたカラムが、ぱちぱちと拍手をしながら戻ってくる。

「お前らなんだかんだでいいコンビネーションじゃん。喧嘩しないで仲良くやれよ」

 へらへらと笑うカラムを、シェオマが睨みつける。

「こいつと? 無理」

 にべもなく言い切るシェオマ。フィルは乾いた笑いをこぼした。

「あー! 情けないっす」

 突然ジャリルが頭を抱える。何事かと全員が振り返る。

「俺、年長者なのに何の役にも立ってないじゃないっすか! なんでついてきたんすか俺!」

「え、金目の物を探すためだろ?」

 フィルが不思議そうに首を傾げた。

「そうっすよ、そうなんすけど!」

「まあまあ、僕も大して役に立ってないから落ち着いて」

 ヘグがジャリルの肩を叩く。ジャリルはどんよりとした表情でヘグを見つめた。

「ヘグは石像の魔物の情報を提供してるじゃないっすか。俺は? 石像の尻に矢を何本か突き刺しただけっすよ。フィルの旦那に偉そうに説教しておいてこのざまでは」

「いや、まだ分かんねーぞ。これからお前が役に立つ場面があるかもしれないだろ。急いで金を勘定しなきゃならなくなるとか」

「確かに金勘定なら任せろとは言いましたけど、どういう状況っすかそれ!」

「分からん」

 真顔のフィルが、ジャリルのツッコミをばっさりと切り捨てる。

 とにかく進むぞというカラムの言葉と共に、一行は再び緩やかに進み始める。



「だいぶ歩いたぞ」

 シェオマが疲労の滲んだ声でぼやく。

「そうだなあ、だいぶ川沿いに上ってきたが……結局何もないのか?」

 フィルが歩きながら顎に手を当てる。

「ラッドレス卿の占いにあった『上に何かある』『血の臭い』は多分石像の魔物と俺の怪我のことだと思うんだよな。あとは『意思のようなものは感じるが、悪意ではない』だったか」

 フィルがぶつぶつと喋りながら状況を整理していく。

「意思のようなものを感じるっていうならやっぱり何かいるんじゃないか?」

 カラムがフィルの発言に割り込む。

「うーん、占いだと誰の意思かが明言されてないからなあ。それが分からないっていうか」

 フィルが言葉を続ける。

「ラッドレス卿にはどこまで視えてたんだろうなぁ」

「おわ」

 先頭を歩いていたカラムが、奇妙な声を上げて立ち止まる。

「どうした? まさかまた石像じゃないだろうな」

 訝しげな表情でフィルがカラムの視線の先を見遣る。

「誰かいるぞ」

 川べりに、確かに何者かが立っている。その人物はゆるりと振り向き、こちらを見た。

「竜族だ」

 ヘグが小声で言う。確かに、遠目に見ても妖精のような尖った耳や澄んだ水面のような透明感のある淡い青色の髪は、人間にしては異質に思えた。

「あのー、すみません」

 フィルが近づいていき、声をかける。

「……」

 青い髪の竜族は、フィルが近づいてくる様子を黙ってじっと見つめている。

「あのぉ」

「貴様らか」

 見開かれた銀色の瞳が、じわりと敵意を宿す。

「石像の魔物を破壊したのは、貴様らか」

「危ない!」

 ヘグの叫び声とほぼ同時に、衝撃がフィルを襲う。魔法の類であろう。

「いっ?」

 衝撃に弾き飛ばされ、フィルが後方へと吹き飛んだ。

「去ね、人の仔よ」

 青い髪の竜族は、手に持った木製の杖を振り上げる。

「待って!」

 ヘグが、倒れたフィルの前に飛び出した。

「おいヘグ……!」

「僕は天竜祖の子ヘグ。君と争うつもりはないんだ」

 ヘグの発言のあと、暫しの間。

「……我は水竜祖の子、スーシャ。貴様らは石像の魔物を破壊し、我が領域を侵した。疾く立ち去れ」

 スーシャと名乗った竜族は、杖をヘグに突き付ける。

「貴様もだ。その人の仔らに加担するというのならば容赦はしない」

「……っ」

 険しい表情のヘグが、ゆっくりと言葉を続ける。

「君に話があって来た。一旦武器を納めてはくれないか」

「そうか」

 聞く耳を持たないというような風で、スーシャが攻撃を再開しようとしたその刹那。

 風を切る音、スーシャの杖に突き刺さる矢。

「悪いけど、ヘグに手を出させるわけにはいかないんすよね。ヘグの護衛係として」

 ジャリルが次の矢を弓に番える。

「ほう、ではまず貴様からだ」

 スーシャは杖を下ろした。

 突如、シェオマがジャリルの前に飛び出す。響く爆発音。

「下がれッ」

 ジャリルの前に立ったシェオマが、本を開く。続けてもう一度爆発音。

「人の仔にしてはなかなかやるな」

「な、何が起きてるんすか?」

 ジャリルが知覚できるのは、近くで発生する小規模な爆発だけだ。

「魔法を相殺してる。けど竜族相手じゃ長くは持たない」

 苦しそうな表情のシェオマ。横に立っていたカラムが扱い慣れた細身の剣を抜いた。

「じゃあもうちょい、ねばってくれ」

 カラムが素早く前に立ち、スーシャと対峙する。繰り出す突きを、スーシャがひらりと躱した。

「悪いけど、ここ俺の実家の領地だからさ。勝手にそちらさんの領域にされたら困るんだよね」

「人の仔の決めた線引きなど……ッ」

 カラムの足元の地面が突然隆起する。当たり前のように、躓く。

「どわぁ」

 情けない声と共に地面に伏すカラム。

「小細工を……」

 スーシャは座り込んだまま術本を開いているフィルを見下ろした。

「げっ、ばれたか」

 まずい、といった表情のフィル。座ったままの状態では回避動作が間に合わない。

 スーシャが杖を振りかぶり、勢いよく振り下ろす。

「フィル!」

 ヘグの叫びが、森に響いた。

 杖で頭を殴られ、フィルが倒れる。頭に巻かれた包帯に血が滲む。

「仲間が戦っているというのに、貴様は何もしないのだな」

 スーシャがヘグを冷ややかに見つめる。

「僕は……」

 ヘグが動揺したように言葉を詰まらせる。

「もうよい、仲間を連れて立ち去れ。貴様らに用はないのだ」

「こっちはまだ用があるんだよなぁ」

 カラムが服についた土を払いながら立ち上がる。

「話を聞いてやる義理はない」

 その様子を、スーシャが睨みつける。剣呑な空気。

「ま、待ってよ! 君、さっきから手加減してくれているだろう? まだ話し合いの余地が」

「こんなところに死体を五つも転がしても仕方ないだろう。貴様らの出方次第だ。死にたくなければさっさと去ね」

 歩み寄るヘグを、スーシャの言葉がばっさりと切り捨てる。しかしヘグは諦めない。

「どうしてそんなに拒むの? 君、昔はこの近くの村で人と住んでたんだろう」

 スーシャが驚いたように目を見開いた。

「貴様、どこまで知って……」

「森の中に竜族と関わりのある村があったのは知ってるよ。それだけ」

「ふん、その程度か。その程度で知ったような口を……」

「元々は人間と良好な関係を築いていたはずだ。それがどうしてこんな、ひとりで」

ヘグが辛そうな表情で俯く。

「人の仔はすぐに死ぬ、それだけだ」

スーシャは変わらず冷めた表情で、再び杖をヘグに突きつける。

「当たり前だよ! 僕ら竜族から見たら人間の寿命なんて」

「疫病だ」

スーシャの表情に影がさす。

「病気でみな死んだ。我を残して」

「え」

呆然とするヘグをよそに、スーシャは訥々と話を続ける。

「手は、尽くした。しかし、どうにもならないことというのもある。今は、村人達の墓と暮らしている」

場を、重苦しい沈黙が支配する。

「なるほど、話は分かった」

 沈黙を破ったのは、倒れていたはずのフィルの言葉だった。フィルはむっくりと起き上がる。頭の包帯には、相も変わらず血が滲んでいる。

「あれ? 意識あったのかお前」

 驚いた様子のカラム。フィルはそちらをちらりと見遣った。

「一瞬痛くて意識飛びかけたけど大丈夫だった」

 フィルが頭を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

「スーシャ、お前に提案がある」

「興味がない」

 スーシャは警戒したように、杖をフィルの方へと向ける。

「まあそういうなって、人里に下りてみる気はないか? 生活は保障しよう」

 フィルが手を差し出すが、スーシャはそれを杖の先で叩いた。

「我の話を聞いていなかったのか。もう人の仔と関わるつもりはない。ここから離れるつもりもない」

 すげなく提案を拒否されたフィルは、伸ばした手を引っ込めて、腕を組んだ。

「話は聞いてたさ。ようするにあんたは過去の人間、それも既に死んじまった人間に縛られすぎなんだよ」

「貴様に何が分かる」

 スーシャは怒気を含んだ声音で、フィルを威嚇する。

「分かるさ、痛い程にね」

 フィルが肩を竦めた。

「俺も家族と村の人、全員殺されてるんだ。似たような境遇だろ? まあ、皆さんのおかげでなんとかこうして立ち直ったがね」

「……そうだったか」

 スーシャが、力なく杖を下ろす。

「しかし、貴様と我は違う」

「違わないさ」

 フィルはぎこちなく微笑んで、再び手を伸ばす。

「あとはあんた次第だ。本当にここでの暮らしが気に入ってるっていうなら、俺たちは帰るよ。でも、少しでも人間と暮らしたい気持ちが残っているのなら、考えてみてほしい」

「……」

「…………少し、時間をくれ」

スーシャはそう言うと、ふらふらと歩いて森の奥へと消えた。

「お、おい、行っちまったぞ」

 焦ったような表情でカラムがスーシャの消えた方向とフィルを交互に見る。

「大丈夫だ、戻ってくる」

 フィルは、確信を持った表情で頷いた。



「……悪いが」

 スーシャは、暫しの後にふらりと戻ってくるなり、口を開いた。

「悪いが、貴君らの世話になるとしよう。手を煩わせてすまなかったな」

 フィルが差し出した手を、スーシャが取る。両者が握手を交わす。

「そうと決まればさっさと帰るぞ。もう木は見飽きた」

 シェオマが早速踵を返す。その後を、一行がぞろぞろとついて行く。

「先程も名乗ったが、我はスーシャ。水竜祖の子だ」

 スーシャが名乗ると、フィルが思い出したように手を打った。

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はフィル。王都にある邸で世話になってる」

 フィルが自己紹介を終えると、続けてカラムが振り返った。

「俺はカラム。カラム・フォレスターだ。ここの領主の息子だが今は王都で王室の護衛の仕事をやってる」

 さらに続けてヘグ。

「さっきも名乗ったけど、僕は天竜祖の子ヘグ。各地を渡り歩いて吟遊詩人をやってるよ」

 先頭を歩くシェオマがちらと少しだけ振り返った。

「シェオマ・ラッドレス、魔術師だ」

 残るジャリルが、にかっと笑って自身を指差す。

「俺はジャリル・ルシュディ―っす。かの偉大なるターグ・イェルマ帝国の出身で、今は旅商人をやってるっす」

 すると、スーシャがジャリルを見て不思議そうな表情をした。

「ターグ・イェルマ? 聞いたことのない地名だな。どこだ?」

「うわあショック! ここから南西にある大陸の国っすよう。名前だけでも覚えて帰ってください!」

 頭を抱えるジャリルをよそに、フィルが何かを思索するような表情で顎に手を当てる。

「スーシャにはヘルドニアの神官竜の役職を任せたいんだが」

 ぼそぼそと喋るフィルの言葉に、スーシャは不思議そうな表情のまま首を傾げた。

「ヘルドニア? どこだ? どこまで行く気だ?」

 スーシャの発言に、シェオマとカラムが驚いて振り向く。

「はい?」

「やっぱりな」

 フィルが溜息を吐いて眉間を揉んだ。

「あのなスーシャ、あんたがひとりで森に住んでるうちに新しく国が成立して国境が変わったんだ。今ここはヘルドニア王国領、エッシェ地方になっている」

「何だと?」

 ひどく驚いた様子のスーシャ。カラムの表情が引きつる。

「えっ、つまりなんですか。情報が戦前で止まってるってこと?」

「そういうことだな。これはなかなか、なんというか」

「まあ、寿命が長いとそういうこともあるよ」

 ヘグが苦笑いで入れるフォローがただ虚しい。スーシャが項垂れる。

「なんと、我の知らぬ間にそんなことがあったのだな」

「ま、まあその辺は王都についてからじっくり話そうぜ! ここで話すにはちょっと情報量が多いからさ!」

 フィルが努めて明るい声を出す。

「ああ、そうだな。久々の森の外だ、変わっていることも多かろう」

 スーシャは、目を細めた。

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