つうしん
「そんなわけで、紫織は異なる存在とのコミュニケーションを確立させるという意味で、契約に向いたスペルを所持しています」
「元は人間でしょ? 契約なんて大仰なこと必要なの?」
幽霊にも、話が通じる人はいますよね。
……そう思うと佳奈子ちゃんってどうだったのでしょう?
「生きているものと死んでいるものでは、存在する位相が違います。なので、神秘持ちでもない限り見ることは出来ませんし、触れることも不可能。声を聴くことも難しい」
「神秘持ち以外にも見える人いるじゃない。テレビで特集してるの見た」
「それは元々、体感覚にアーカイブを持つ人。異能と呼びます」
「異能。なんだか格好いいです」
「紫織のお気楽さが愛おしくなってきました」
先生に褒められました!
嬉しいです。
「えへへ……」
「……できればずっとこのまま純粋でいてほしいですね」
よしよしと撫でてくれます。
「異能……うちの学校の先生、そうなのかしら?」
佳奈子ちゃんがぽつりと呟きました。
「どういった異能かわかるか?」
「進路担当の先生なんだけど……透視とか、予知? それに近いことしてて。前にあたしが休日に進路相談室行こうとしたら、玄関の靴箱のとこで待ち構えてたわ。相談に乗ってくれた」
凄い進路担当さんがいるのですね……そういう話題が出ると、佳奈子ちゃんや京ちゃんたちは、学校に通っているのだなあと思います。
いまは夏休みなので気になる機会は少ないのですが、たまに胸に穴が空いたような気持ちになるのです。とても悲しいのです。
(ルピナスさんが言ってたの、こういうことなのかなあ……)
『年月を失ったことは紫織を苦しめるかもしれない』と、お姉さんでお兄さんの素敵な妖精さんが言っていました。
「進路担当にピッタリだな。適材適所だ」
「神秘持ちじゃないって言ってたんだけど。不思議」
「耳目などのパーツに神秘が宿ることもあります。その教師は目に宿っているのでしょう」
「検査で分からないものなの?」
「異能は体内でアーカイブを消費している状態。10歳検査では外界に放出される神秘を見ておりますので、神秘が体内で消費されて出てこない異能持ちが検査に引っ掛かることは稀です」
10歳検査。
もし、小学校の私に友達が居たら、検査の結果であんなに思い詰めることもなかったかもしれません。……光太くんに呪いをかけずに済んだのに。
「いろいろあるのね」
悶々としていると、ひそかに佳奈子ちゃんの頭上の耳を触っていたルピネさんが、私を見て手招きしました。
「?」
佳奈子ちゃんの犬耳から手を離して私の頭上に手をやろうとして、やめました。
ルピネさんの葛藤が伝わってきます。
「あれこれと話していたが、そろそろ夕方だ。魔術の頃合いだぞ」
「……!」
夕方は、逢魔が時と呼ばれる時間。
人と魔との境目が薄くなる時間。
――人と魔の橋渡しをする私には、とっても相性のいい時間。
「はいっ!」
悶々とした気持ちを振り払って、その場に正座。
清廉で在れるように精神を集中させます。
「紫織?」
「話しかけないように。あなたも体質的に引きずられかねません」
「っ……わかった」
先ほど、相性がいいと表現しましたが、『夕方以外まともに魔術を使えたことがない』というのが真相です。お恥ずかしい。
でも夕方になればバッチリです。
小学校の図書館が閉館する時間が寂しくて『永遠に夕方が続けばいい』と願ったことさえある私です。哀愁と感傷で思い入れのある時間だからか、普段はふわふわして感覚が掴めないスペルも、きちんと感じることができます。
薄い糸が私から周りに繋がって、周りを取り巻く、たくさんのワンちゃん猫ちゃんの影に繋がっています。
その糸の一本は、佳奈子ちゃんにくっついた柴犬さんに繋がっています。
ルピネさん曰く、糸は単なるイメージで記号です。
たかが記号と侮るなかれ。イメージが力になるスペル持ちにとっては、強固でシンプルなイメージを築いた方が良いのだそうです。
私にとってはそれが糸。縁を司る神様である玄武様からの教えもあって、使いやすい記号でもあります。
(……私にくっついたら安心できたから、くっついたんですね)
言葉と気持ちを意識して、個体でありながら群体として一つの意思を保つ動物さんたちに伝えます。
子犬と子猫のシルエットが多い中、一回り大きなワンちゃんが一鳴きしました。
きっと、みんなのリーダーさんなのですね。
でも――私と彼らは違うものです。
私にくっついていても、私はこの子たちのお世話ができるわけでもなく、蘇らせてあげられるわけでもありません。
安寧のために行くべき場所へ行ってもらいたいです。
私が引きずり回すなどあってはならないのですから、頑張って説得します。
まずは小さな子たちを。
……小さな子たちは私と佳奈子ちゃんにくっついて、ルピネさんに撫でまわされているうちに安心したみたいなので……すぐに満足して糸から離れて消えました。
ほんの少しの寂しさを飲み込んで、大きな子たちの説得も試みます。
ですが……なかなか離れてくれません。
「???」
なんだか、私を引っ張ろうとしているような?
『お前も幽霊にしてやるぜー』という感じではなく。どこか目的地があって、私についてきてほしがっているような?
ど、どどどどうしましょう……?
私はまだ不器用で……糸が意識できる今の状態から現実世界に戻ってしまっては、集中するのに時間がかかってしまいます。
でも、先生とルピネさんに相談するには現実に戻るしか……!
焦れたのか、リーダーのワンちゃんが私の手をくわえて、首の動きでクイクイ引いています。
器用で賢いワンちゃん。
私がケガをしないように加減もしていて……きっと、生きていたら名犬だったと思います。
(わー、引っ張らないでくださいリーダーさん! 私落ちちゃいますから‼)
西側の窓の方へ引っ張られそうになります。
無理やり引っ張っていかないのは安心ですが、幽霊のみなさんと違って、私は窓から外に出たら落ちます!
さすがに同情だけでみなさんの仲間入りはできません!
殺すつもりじゃなくて、みなさんはここがマンションだということを今一つわかっていないからだとはわかっています。でも怖いものは怖いです。
ふと、声が聞こえました。
「ルピネ」
「はい、父上」
「二人と犬猫を頼む」
「お任せを」
シェル先生が西側の窓から飛び降りました。
「――先生⁉」
思わず集中が途切れて世界に色が戻ってきます。
少し薄まりましたが、犬猫のシルエットはまだ部屋の中に残っています。
ここはマンションの4階です。
飛び降りて無事で居られるとは思えません……!
リーダーさんが私の手を離して一鳴き。
「私たちも降りるぞ」
「えっ、窓から?」
「佳奈子ちゃん、ツッコミ力高いよね」
返しの言葉のセンスが光ります。
「ド天然に言われてもなんか嬉しくない……」
ルピネさんの傍に、リーダーさんとその他のワンちゃん猫ちゃんたちが寄ってきました。
「……もふ……」
再び葛藤するルピネさん。
もふもふしたいという思いを抑え込んでか、咳払いして私たちに告げます。
「玄関から出て、普通に階段を使って降りるぞ。私はともかく、お前たちが飛び降りては死んでしまう」
「ルピネさんも飛び降りて平気なんだ……」
「私たちは物理法則を無視して動ける部類の種族なのでな」
「鬼畜?」
佳奈子ちゃんにはまだ伝えていないのですね、先生とルピネさん。
お二人は鬼と竜の混血で、種族判定は鬼です。
でも、先生たちはきちんと伝えるつもりで……
……『鬼畜です』という一言だけで、『自分たちは鬼に分類される種族である』と伝えたつもりになっているのでは?
そんな疑念が鎌首をもたげ始めました。
「どしたの、紫織。考え込んで」
「……なんでもないよ」
佳奈子ちゃんには後で私から伝えることにしました。
「ああ、私たちは鬼畜だ」
皮肉と冗談が通じにくいローザライマ家のみなさん。
大好きです。
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