みこさん

「紫織。佳奈子が居ますが……あなたの特性を話しても大丈夫ですか?」

「……はい」

 シェル先生は、非常識に見えて気遣いのできる常識人です。

 翰川先生やリーネアさんにもこれを主張したのですが、なぜか否定されてしまいました。

 でも、私は間違っていないと思います。

「スペルは、血筋や生まれた郷土によって、性質の個人差が大きいアーカイブです。フィクションの作品でもあるようなそうでないような」

「先生、フィクションに詳しくないなら無理しなくていいのよ。なんとなくわかるから」

「そうですね」

 とっても素直な先生です。

「紫織の場合、祖先は本州側から北海道に渡ってきた巫女の家系です。先祖返り……要は隔世遺伝のような形で、現代では珍しく性質が強い状態でスペルが発露しています」

「? 先祖返りと隔世遺伝って違うのね」

「隔世遺伝って何ですか?」

「あんたは知っときなさいよ……」

 うう……生物は苦手です。

「親子よりも離れた先祖の形質が、蘇ったようにして末の代に現れる現象です。科学……というか生物・医学的にいうなれば隔世遺伝なのでしょうけれど」

 ほら、生物と医学です。

 ……と思っていると、先生が私の方を見て一瞬微笑みました。

 綺麗なのに、夢に見そうなくらい怖いです。

「アーカイブが関わってくると遺伝子やら何やらの問題ではないこともあって、先祖返りと言われることが多いです。ともあれ、線引きが難しい概念の一つですね」

 なるほど。世代を隔たって遺伝しているように見えるから、隔世遺伝なのですね。

 私の祖先は巫女さんだったのですか。

 心入れ替えて真剣に聞きます。

「他人事にしている紫織ですが、あなたの実家はそれで魔術の界隈に幅を利かせていたのですよ」

「ふえ?」

 そうなのですか。

「お父さんとお姉ちゃんがお札を書いているのを見て、大変そうだなあって思ってました。そうだったんですね」

 今日も新しいことを知れて嬉しいです。

 人間、日々勉強ですよね!

「……先生。紫織ぽやぽやモードだけど」

「後で授業をするので……」

 授業。先生のお話は面白いので嬉しいです。

 なぜかため息をつきながら、シェル先生は佳奈子ちゃんに向き直りました。

 あれれ? 私は?

「北海道は本州からやってきた人が開拓していった土地です。人が渡ってきたことによって、様々なものが持ち込まれますよね。物品だけではなく、文化や概念も。神道に代表される日本らしい神たちもそうです」

「……確かに、神社に居る神様ってアイヌ神話とは毛色が違うわよね」

「そもそもが別物ですからね」

 ご近所の神社は天照の女神様の分社です。

「そういった神社は、本州からやってきた人々が神様を持ち込んで根付かせて祀ったものです」

「人と一緒に、文化もお引越ししてきたのか。そう思うと面白いわねー」

 現代人の私たちも、初詣に行ったり神社のお祭りを楽しんだりします。神様とは昔ほど綿密なお付き合いではありませんが、文化は根づいています。

 最近、秋のお祭りに行ってみたいと思っています。

「神の概念等はスペル寄りです。違う土地に根付かせるのですから、その神様と土地との相性も重要ですね」

 スペルに性質があるのなら、スペルに基づく神様にも性質があって、そこには当然、性質の相性も存在する。

 納得できる理屈です。

「具体的な場所などは伏せますが……素人が手出ししようとして、その地の状態を荒らしたことがあったらしく」

「災害でも起こったの?」

「そんなところです。家一つ建てるだけで二桁の死人が出るものですから、本州に居た名高い巫女の家系を好待遇で迎え入れて、荒ぶる神を鎮めてもらった。それが七海家の元ですね」

 初耳です。

「細々と暮らすのが常な魔術側の住人にしては優雅な暮らしだったのは、好待遇のお陰で……そういうことです」

「……七海家に関しては、あたしはコメントできない……」

 佳奈子ちゃん、優しいです。

 居ないようなものとして扱われていただけなので、特筆することもないのに。

「紫織自身、あまり認識していないのが幸いですね。話を戻しましょう」

「……神様って洒落にならない荒ぶり方するのね」

「日本では、神からの恵みも災害も表裏一体です。格の高い神を連れてきて扱いが悪かったり、移住の手際がヘタだったりすると……俺でも口に出すのが憚られるくらいの惨状になるわけです」

「何で素人なのにやろうとしたのよ、最初の人」

「度胸だけは褒めたいですね」

 私は知っています。

 こういうときの先生は全く褒めていないということを。

「そんなわけで、神を鎮めるのが得意な巫女から連綿と続く家系の七海家は、そういったことで生計を立てています。現代では神を相手取ることは少ないですが、神秘が巷に溢れてきているいまは、除霊だとかを依頼されることが多いようです」

「そういったことってなんですか?」

 佳奈子ちゃんが私をびっくりした目で見返しています。

 私、自分のおうち、あんまり知らないです。……興味ないですし。

「……紫織。明後日の昼までに自分のスペルの性質と七海家についての考察をレポートにしてきてください。最低でも600文字以上」

「ふえっ⁉」

 私の驚きをスルーして、先生は話を続けます。

 そうこうしているうちに、もふもふの世界から帰還してきたルピネさんがお番茶を淹れてくれていました。

 ……温かいです。

「実を言うと、大抵の幽霊は『会話が実現した』というだけで感動して、『他の人が困っている』と伝えると目立たない他の場所へ退去してくれることもあるんです」

「でも、会話が実現しないから怖くて依頼してくる……と。紫織の前で言うのもなんだけど、ぼったくり商売じゃないの?」

 私もそう思います。話し合って分かるのなら、そうすればいいのに。

 ルピネさんが私の頭上の猫耳をつついてから佳奈子ちゃんに補足します。……ほんとにもふもふ好きなんですね、ルピネさん。

「その『会話を実現する』というのが難しい。スペル持ちでも極わずかなんだ」

 耳が指でなぞられると、私にくっついた猫ちゃんが喜んでいる気配を感じます。

「紫織を除けば、血が薄まった七海家のスペルは弱い方だが。会話くらいなら出来るし、会話が通じない相手でも余程でない限り除霊も可能。……となれば、元々数の少ない性質のスペル持ちに依頼が殺到してもおかしくないだろう?」

 そんなにレアだったのですか、私のおうち。

 なんだか不思議な気持ちです。

「……今までオカルティックだった話題が、一気に現実のビジネス話に」

「神秘の台頭は、オカルトと現実の境目を曖昧にしてしまうからな」

「ちなみに、値段に関しては需要と供給です。幽霊の存在が公的に認められれば、『幻覚だったのかも』と思っていた人でも気軽に相談できるのですから。今ではそんなに高額でもありません」

 需要と供給。

 社会科目は苦手です。

「紫織、ついでに自分の実家の商売に関してもレポートの内容に盛り込んでください。後でレポートの体裁と条件を書いて渡しますので」

「ふひゃあ‼」

 せ、先生は何で私の方を見てもいないのに、的確にそういうことを⁉

 涙目の私を放っぽいて、佳奈子ちゃんはルピネさんの話をじっと聞いています。

「大抵の幽霊は、ただその場所に立っているだけで人には無害なのだが……中にはとんでもない地縛霊や怨霊も居るので、そこは話し合える七海家のような人々の出番だ」

「……そうよね。……そもそも、居るのがおかしいことだもんね」

「未練が残って幽霊になってしまった人は悪くない。生きとし生けるものには、必ず『生きたい』と願う本能がある」

「…………」

 元々が幽霊だったらしい佳奈子ちゃん。

 腕を組んで考え込んで、私の頬をつつきました。

「ど、どうしたの?」

「なんか、よくわかんないけど嬉しくなったの。友達でいてくれて、ありがとうね。紫織」

 佳奈子ちゃんが笑っています。

 頭上のお耳も相まって、とっても可愛いです。

「そ……そう? えへへ……」

 よくわかりませんが、大好きな佳奈子ちゃんが喜んでくれるなら私も幸せです。


「……紫織って可愛いわよね」

「そうですね」

「同感だ」

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