皇女様は後戻りできない。


 ああ、どうしてこうなってしまったんだろう。


 私はただ、姉上が成し得なかった事を遂げる為に……。


 いや、それはただのいい訳だろう。

 ただ自分の責任を転嫁しているだけだ。


 これは全て私が私の為に行った事。


 アルプトラウムと名乗る男が接触してきた時から、こうなる事はなんとなく予想していた。



 しかし、私はついにこの時が来たと、自らの内側に沸き起こる歓喜、そして狂気を止める事が出来なかった。


 喜び勇んで戦争をしかけた。


 アルプトラウムからあの日の事を聞いた。

 あの男は、全てを知った上でどうするか選べと私に選択を求めてきた。


 姉上は私を出し抜くために、ロンシャンの王になる為に神と契約を交わし、魔導砲や魔導兵装の知識を手に入れた。


 そしてあの手この手で私を殺そうとした。


 私が父上に無理を言ってディレクシアへ偵察へ来た時もそう。

 ユーフォリア大陸に密かに上陸した後複数の刺客に襲われた。


 全て返り討ちに、皆殺しにしてやった。

 うち一人から姉上の指図である事を知っても私の感情は揺れ動く事はなかった。


 私は姉を好きでも嫌いでも無かったが、特別ではあったのだ。


 私が心を閉ざし言葉を口にする事が無かった幼い頃、必死に心を開かせようとしてくれたのは姉上であった。


 姉上は私の事を知恵遅れか何かだと思っていたのかもしれない。

 少し言葉を喋ってやった時の喜ぶ顔を今でもまだ覚えている。


 私がぎこちなく喋ったのが余程嬉しかったようなので人前で喋る時は少しおぼつかない喋り方をするようにした。


 姉は私より優れていると示す事、周りから認められる事に餓えていたように思う。


 だったらそのくらいは姉に譲ろう。姉のおかげで私は話すようになったのだと、その小さな自尊心を守ってやろうと。


 しかし姉は、ロンシャンは滅びた。

 アルプトラウムは私に全てを語って聞かせてくれた。


 当時姉は神から手に入れた兵器を独自に改良し、威力を増していた。結果的にそれは改悪であり、威力は上がったものの再装填が非常に遅れるというデメリットを抱えてしまった。


 その上、荒神に目をつけ独自に研究を進め、その力を得たうえで、神との約束を反故にするつもりだったのだ。


 神はその時ディレクシアには手を出すなという条件を出したらしい。

 何を思っての事なのかは分からないが、神はその方が楽しいからだよと言った。


 おそらくディレクシアが何かしらの対応策を用意する時間を与え、戦争が一方的にならないようにしたかったのだと思う。


 でも姉はユーフォリア全土を制圧したかった。

 その為には真っ先にディレクシアを潰すのが正解だと思ったのだろう。

 神との約束を破るつもりだった。それどころか、姉上は荒神の力も使い、神をも滅ぼすつもりでいたようだった。


 あきれ果てた神は当時魔王だったメアリー・ルーナ……私が知っているプリンに危険な事を考えている国があると伝え、エンジャードラゴンを向かわせた。


 私は姉の人間性はともかくとして、あれだけの野心と力は王として相応しいと認めた。


 だからこそ、姉に従い、前線に出て殺戮の限りを尽くそうと誓った。


 なのにあっと言う間にロンシャンは滅び、姉も死んだ。


 姉は兵器の資料等を私に残してくれた。最後の瞬間だけは昔と同じ姉の顔をしていた。


 私はその意思を継ぎ、ディレクシアは必ず滅ぼすと決めた。何年かかろうとも。


 あの時出会ったプリンが鬼神セスティで、しかし本当はあの時の魔王で、ロンシャンを滅ぼした張本人だったと知った時は驚いたが、弱肉強食。弱ければ死ぬ。強い物が弱い物を殺す。

 それでいいと思った。


 姉が死んだのもロンシャンが滅びたのも力が足りなかったからだ。

 だったら私はどんな手を使ってでも、当の神に縋ってでも力を手に入れディレクシアを滅ぼそう。


 それさえ叶えば後の事はどうでもよかった。


 私の操る巨大魔導兵装はもう駄目だ。


 メアの説得も、嬉しい言葉ではあったが私を止めるだけの力は無い。


 まだ終わる事は出来ない。


 今日、私の命が尽きようとも……ディレクシアだけは潰す。


 街並みはほぼ破壊した。王都としての機能は奪ったと断定していいだろう。


 ならば後すべき事は何か。


 残すは一つだけ。


 ディレクシア王を抹殺する。

 この国を守る絶対防御とかいうアーティファクトはもう存在しない。


 私は念には念を入れる主義だ。

 相手がたとえ現魔王の鬼神であろうと、元魔王で友人だろうと。


 ここで足を止める訳にはいかない。


 私は魔導兵装を自爆させ、自ら自害した。


 そのように見せた。

 あの二人に。


 鬼神セスティとメアがほんの少しの間でも私が死んだと思ってくれればそれでいい。


 その間に私は奥の手を使用した。


 私の魔力では決して出来ない転移魔法。

 それを、私の命を削って魔力に変換する事により可能にする。


 どれだけ寿命が縮もうが構わない。

 私は今日、ディレクシア王を殺す。


 それさえ叶えば刺し違えて死んでも構わない。



 だから、リン・リンロンは今日死ぬ。

 最後に、こんな私でも受け入れ、許すと言ってくれた友人にリンシャオとして声を届けよう。


「……お前ハ、馬鹿ヨ」


「知ってるわ。さぁ、一緒に行きましょう?」



 そう出来たらどれだけいい事か。

 楽しく馬鹿をやりながら何も考えずに暮らせたらどれだけ幸せだろう。


 しかし、私はこの胸の内に押さえつけてきた狂気に嘘をつく事が出来ない。


 どこで間違えたのだろう。

 いつから間違えたのだろう。

 分からない。だけど、もう後戻りは出来ない。


「……もう、遅いネ」






―――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます。


ぼっち姫外伝:その壱、その弐も合わせてどうぞ。

その壱はメア誕生秘話からローゼリア滅亡まで。

その弐はロンシャン最後の日にスポットを当てたお話です。今回の章のバックグラウンドや、あの男と一緒にいる彼女についての経緯がわかるようになっています。

まだ男だった状態のセスティも少しだけ登場。


もうすぐ戦火編も終了です。

今後ともぼっち姫をよろしくお願いします。

m(_ _)m

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