魔王様は地獄から抜け出せない。
「お姉ちゃん? どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。ちょっとのぼせただけだ」
「……アシュリーさっき入ってきたばっかりなのに」
アシュリーは必死に俺の存在を隠そうと必死になってくれている。本当にありがたいのだが、隠そうとするあまり俺を岩に押し付けてくるのはちょっと……。
いや、別に岩はどうでもよくて、アシュリーが俺を岩に押し付けてくる訳であっていろいろな物が押し付けられてくるという訳であってそのなんというか困った。
「ナーリア様ぁ~? どうしたんですかぁ~?」
まずいまずい。ステラはまずいって。
「おいアシュリー、なんとか出口の方へ連れて行ってくれ……!」
「喋るなばか、くすぐったい……! くっそ……絶対後で責任取らすからな……!」
ヤバい。死の恐怖から何か違う恐怖に変わりそうな気がしてきた。
「……何かがおかしい」
ショコラが第三者の気配に気付いてしまったのかアシュリーの様子をじっと観察しはじめ、アシュリーも身動きが取れなくなってしまう。
「しょ、ショコラ……? そこどいてくれる?」
「……なるほど。そういう事か全部わかった」
「わ、わわわ分かったって何が!?」
アシュリーの声が分かりやすく裏返る。普段からは想像できない妙な声。
そしてショコラは完全に俺に気付いてるぞこれは……。
さすが俺の妹と言うべきなのかもしれないが、察しが良すぎてこの場合にはとても迷惑である。
「……そこに居るでしょ。二人でこんな場所に、しかも姿を消して気付かれないように露出プレイ? 随分いい趣味してるね」
「ばっ、バカ言わないでよぉっ!! そんなんじゃないんだからっ!!」
「お姉ちゃん!? なんかすごい声が聞こえましたけどどうしましたか!?」
「お前はこっちくんなーっ!!」
もう大惨事である。
どうしよう、ここから生きて帰れる気がしない。
しかし、捨てる神あれば拾うなんとやらである。
「……私に貸しを作る気があるなら助けてあげる」
ショコラがニヤリと悪人の笑顔をアシュリーに向けた。
「な……っ、アンタに貸しなんて作ったら何をさせられるか……」
「そう? じゃあナーリアとステラをここに呼んで全部バラそうか。……ね、おにぃちゃん? 私はそれでも構わない」
こいつ狂ってやがる!!
「お前に貸しを作るくらいなら私はここでセスティを見捨てるぞ」
やめて下さいお願いします助けて下さいアシュリー様!!
「そう? それならそれでも別にいい。アシュリーとおにぃちゃんがお風呂で露出プレイしてたってみんなに教えてあげるだけ」
「私を巻き込むなっ!」
「この状況じゃそう思われても仕方ないし、今そこにおにぃちゃんが居るなら結局のところお風呂で裸でこそこそえろい事してるのには変わりない」
「ちが……」
「違わない。裸でおにぃちゃんを抱きしめてる時点で説得力皆無」
なんだこいつのこの謎の説得力は……!
「アシュリー、もういい。責任は俺が取るから今はここを脱出したい」
出来る限り小声でアシュリーに伝えると、彼女は何故かひどく狼狽した様子で「責任取る……!? そ、そうか……なら、まぁ……いいか」と呟いた。
「話しはまとまった? じゃあこっちに来て」
俺はアシュリーに庇ってもらいながら、なんとか出入り口近辺まで退避できた。
「……でも隠れてこんな事してたおにぃちゃんには少し嫌がらせしておきたい」
「お前は何を言ってるんだ! 今はそれどころじゃないんだよ。とりあえず早く外に出よう」
俺の必死の訴えは却下され、ショコラはヘラっとほくそ笑む。
「ナーリア! ステラ! ちょっとこっち来て!!」
「おいテメェ! 話が違うじゃないか!!」
アシュリーが慌てて俺の前に回り込み俺を隠す。
光の屈折率を操作しているからと言って完全に見えない訳ではないし、お湯から出てしまっているのでそれは余計だろう。
もう俺は石像になるしか無かった。
その場に正座して透明な石像と化す。
うっすら目を開けると俺の前に仁王立ちして庇ってくれているアシュリーがいらっしゃってなんだか本当にごめんなさい。
「何があったんですか!?」
「ナーリア様待って下さいよう」
ワンテンポ遅れてナーリアとステラがお湯から飛び出してとてとて走ってくる。
ステラはともかくナーリアはいろいろ揺れててヤバい。俺は何も見ておりませんのでご容赦を……!
「アンタ一体何を考えてやがる……」
「別に? ただの嫌がらせだけど。でもおにぃちゃんだって男だしこの状況嬉しくないわけないじゃん?」
「こいつ……クレイジーすぎる……セスティもとんでもねぇ妹を持ったもんだぜ……」
「それに今アシュリーの前でおにぃちゃん正座してるけどいいの? 大事なとこ丸見えだけど」
「へっ?」
アシュリーが今どういう状況なのかを理解してしまった。
ショコラはずっとニヤニヤしっぱなし。
「あー、やっぱり何でもなかった。ごめんごめん二人はゆっくりしてて。しっしっ」
ショコラがナーリアとステラをお湯の中へ追い返す。
ナーリアは気になっているようだったが、ステラに引っ張られて戻っていった。
「……その、アシュリーさん?」
「……っ」
アシュリーが顔を両手で覆い、その場にペタンと崩れ落ちて泣き出してしまい、俺はひたすら困り、ショコラはただただそれを眺めてニヤニヤしていた。
「サイコすぎるだろ……」
「この状況でサイコーとかさすがド変態なおにぃちゃんだね。……良かったねアシュリー、間近で見れて最高だってさ」
「ふぇぇぇ……」
頼むからこの地獄から助けて下さい。
この地獄の番人を誰かどうにかしてくれ。
「あ~たまんねーなおい」
ショコラの悦に入ったその発言は、奇しくも俺が温泉に浸かって放った第一声と同じだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます