聖女様の本領発揮。


 私達はキャンディさんの家に一泊させてもらい、名残惜しいけれど翌朝出発した。


 キャンディさんは馬車を用意しようかと言ってくれたんだけど、メアさんがそんなの無くても大丈夫だと言って断ってしまう。


 私的には馬車で移動する方がよっぽど気が楽だったのだけれど……。


 だって、


「ちょっ、ちょっとメアさん! こわいこわいこわいこわいですーっ!!」


「何よこれくらいの高さでつべこべ言うんじゃないわよ」


「いや、高さもそうですけどどっちかっていうとスピードがぁぁぁぁっ!!」


 今私はメアさんに腰のあたりを掴まれた状態で、空を飛んでいた。


 どういう原理なの? これも魔法?

 いろいろ気になる事はあるけどそんな事考えてる場合じゃなかった。


「し、死ぬっ! 死んじゃうぅぅぅぅっ!!」



「うるさいわねぇ……じゃあ高度落とすわよ。それでいいでしょ?」


 メアさんがそう言って、スピードを一切変える事なく地面から一メートルも無い程まで降下した。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


 地面に近い状態で猛スピードなんて高いところより怖い! 


「あっ、め、メアさん! あそこに岩があるんですけどっ! ちゃんと見えてますよね!? 避けてくれますよねっ!? あっ、ちょっ、ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


 命がいくつあっても足らない……。

 メアさんが馬車要らないって言った理由は分かったけれど、こんな非常識な移動の仕方をするとは思わなかった。


「ほんとうるさい子ねぇ……ちゃんと避けてあげたでしょう?」


「髪の毛がかすってましたよぅ……」


 気が付けば、目の前にはハーミット領らしき町が広がっていて……。


「うげぇぇぇぇ……」


「きったなっ! なんで急に口から液体を……っ」


「酔った……酔ったんですぅ……ひどい、あれは……あまりに、も……う、うぇぇぇ……」



「まったく情けないわねぇ……って、アレは何かしら……?」


 うぅ……気持ち悪い……。

 痛む頭を押さえつつ、メアさんが指さす方を見ると、街道を物凄い勢いで一台の馬車が走ってくる。


 そして、その馬車を追いかけるように……えっと、なんだあれ?


 妙なトゲトゲした兜を被った馬、真っ黒な荷台に赤い髑髏の旗がなびいている。


「うえっ」


「なに? まだ気持ち悪いのかしら」


「いえ、どちらかというとあのセンスの悪い馬車にドン引きしているだけなのですが……」


「確かに趣味悪いわね……あっ」


 ドガァァァン!!


 後ろから来ていた髑髏旗の馬車が、前方の馬車に向けて砲弾のような物を打ち込んだ。


 砲弾は馬車の荷台に当たると爆発を起こし、パニックを起こした馬が暴れ、荷台へとつなぐ縄が千切れて方々に散っていく。


「あー、あれはヤバいわね」


 すっごく他人事のようにメアさんは馬車を眺めていて、馬を失った荷台はガラゴロとバランスを崩しながら地面を転がり、そのまま街道の向こう側へ吸い込まれていった。


 あっちは……崖!?


「いけない、メアさん! あの馬車の所まで連れて行ってください!!」


「どうして?」


「どうしても! 中に人がいるかもしれないでしょう!?」


「居たとしても私達には関係ないんじゃないの? ……って、訳にもいかないか。じゃあ掴まって」


 趣味の悪い馬車から何人か黒ずくめの奴等が降りてきて崖下を覗き、再び馬車に乗り込み慌てて去って行った。


 あいつらがすぐに帰ったって事はよほどまずい状態なんだ。一目見て手遅れだと分かるくらいに……。


 急いでメアさんの腕を掴む。そして再び身体が浮き上がり、今度はふわりと、崖の下へ落下。


 案の定崖の下で馬車の荷台が砕け散っており、肌の白い女性が……真っ赤な血を流して倒れていた。


 砕けた荷台の破片があちこちに突き刺さっていて、見るも無残、とはこの事だ。


「……これじゃあ助からないわ。私の回復魔法でももう手遅れね。胴体が千切れて大分血が流れてしまってるもの。傷を治しても……」


 メアさんがダメだって言うなら……っ!


 私はまだちょっと高かったけどメアさんの手を離し、飛び降りる。


「ちょっと、無駄だってば」


「黙ってて下さい!!」


「……」


 私は千切れてしまっている部分を見て、内部に異物が混入していない事を確認し、患部を合わせる。

 そして、私が幼い頃から使えるこの力を、そこを中心に全身へ……。


「……嘘でしょ? 傷くらいなら私だって治せるけれど失った血をどうやって……?」


 細かい事なんて分からないけれど、どうやったら助けられるかは分かる。


 私は願いを込めるだけでいい。

 そして、願う内容は【元に戻れ】これだけだ。



「……う、うぅ……」


「凄い。ヒールニントって本当に凄いわね。私が人を褒める事なんて滅多に無い事よ?」


「えへへ、そうですか? 私にはこれしかできないから……嬉しいです」


 人の為に、他者を助ける為に、それが私の生きる意味だったんだから。


 これくらい出来なきゃ、私の存在する意味が無くなってしまう。


 困ってる人すら助けられない私なんて死ぬしかないんだから。



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