隠者は言葉が足りない。
「……ん?」
あいつに無理矢理ベッドの方へ引きずり込まれ、俺はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
隣ににゃんこは居ない。
「あいつどこに行きやがった……」
気だるい身体をベッドから起こすと、どうという事はない。彼女は部屋の中に居た。
胸元のアーマーを外し、服を脱いで身体を拭いているだけだった。
「お前さ、いくら出歩けないからって飲み水をそんな事に使うんじゃねぇよ」
「ひっ!」
それにしてもこんなにゆっくりと寝たのは久しぶりだ。
眠る必要すらなくなったこの身体では、休憩という意味しかなく、眠気というのを特に感じるような事は無かった。
だから少し不思議なくらいぐっすりと眠ってしまった事に驚いた。
だから素直な言葉が出てしまったのかもしれない。
「ありがとう」
「ひぃぃぃっ!!」
……にゃんこは今にも泣き出しそうな顔で、俺から背を向け部屋の隅に逃げていった。
いったいなんだって言うんだ。
『……さすがに私でもこれは酷いと思う』
意味が分からん。説明してくれよ。
『はぁ……君が私だという事実を否定したくなったよ。……まぁいい、今彼女はどういう
状況だね?』
そりゃ貴重な飲み水を無駄に……。
『そうじゃないだろう。水など出がけにここの女将に貰えばいいだけじゃないか。それよりその水で彼女は何をしていた?』
……風呂に行けないから身体拭いてただけだろ。
『どんな姿で?』
そりゃ身体拭いてるんだから裸……あっ。
『君が彼女に興味ないのはよく分かったがね、流石に年頃の女性相手にその反応は無いのでは?』
ああ、なるほど。そういう事か……。やっちまったな。
「すまん、魅力的だと思うし俺だって興味がないって訳じゃないさ」
「ひぃぃっ!!」
にゃんこはガタガタ震えつつ、胸元と下半身をそれぞれの手で隠しながら怯えている。
おい、なんか状況が悪化してないか?
『君のワードセンスが酷すぎる。今の君はただ裸の女性を見て、俺は貴方の裸を見て魅力的だと思うしとても興味があります! と言ってるだけだぞ』
……変態じゃねぇか。
『それが今の君だ』
俺と目が合うとにゃんこが更に怯え、ついに目をぎゅっと瞑って「ま、まだ心の準備が……」とか言い出した。
『しかもね、君は最初彼女が裸で身体を拭いているのを見て何と言った?』
……? いや、覚えてねぇよそんなの。
『いいかい、よく聞き給え。ありがとう、と言ったんだ』
だからそれはゆっくり寝れた事に対してお礼を……。
『彼女がそう思うかどうかは別問題だがね』
礼以外の何に聞こえるんだよ。
『朝から裸を見せてくれてありがとう』
ばっ、馬鹿な……! どうしてそうなる!?
『少なくとも彼女はそう感じただろうね。気が付いたら自分の裸を見られ、いきなりありがとうと言われ……しかも魅力的で興味があると言われたんだからね。ほら彼女を見給え……完全に自分の貞操を諦めてしまっているじゃないか』
「おねがいっ……私、初めてだから……」
昨日の今日で同じような事繰り返してんじゃねぇよ自意識過剰過ぎるだろ!
『君が悪い』
俺はもう一人の自分の声を信じられなかった。俺は悪くないだろどう考えても。
目の前で勝手に犯されると思い込んでるこいつの脳内がお花畑すぎるんだ。
いや、そんな可愛いもんじゃねぇ。もっと爛れた気色悪い花が咲き乱れてやがる。
俺は無言でスタスタとにゃんこの目の前まで歩み寄ると、覚悟を決めたかのように上目遣いで俺を見上げてくるにゃんこに俺は手を伸ばし……。
「んっ……や、やさしく……して」
上から下にその頭目掛け拳を振り下ろした。
ごぎゅいん。
「ギャーース!!」
頭を押さえてにゃんこが部屋を転げ回った。
「いっ、いたぁっ!! えっ、なに!? どういうこと?? なんでこの流れで私ぶっ叩かれたの!? いててて……あっ、マジいたいうおぉぉ……!!」
ちょっと力加減間違えたけど生きてるみたいで良かったよ。
『……私は今、あまりの光景に笑う事さえ忘れてしまっているよ』
おお、そりゃ新しい体験だったなおめでとう。
『う、うむ……とても楽しかったのは間違いないのだが……なんとも複雑な心境だね』
「うおぉぉーいてぇぇぇぇっ!!」
ひたすら部屋を転がり続けるにゃんこを踏みつけて止める。
「あんまり騒ぐとまた女将が来るだろうが。静かにしろ」
「ご、ごめん……あれ? どうして私が謝るの? 何かがおかしい」
「それと見苦しいからさっさと服着ろよ」
「わ、私まっぱで部屋を転がっていたのか!! しかもそんな私を踏みつけるとかとんだ特殊性癖野郎だなおま……ご、ごめん殴らないで!!」
にゃんこの言葉が終わる前に俺が再び拳を振り上げたため、慌てて服を着始める。
「は、裸見られて殴られて踏みつけられるとか……私っていったい……」
『おい、彼女相当凹んでいるよ。ちゃんとフォローはしておきたまえ』
面倒だなぁ……改めてもう一度ゆっくり寝かせてもらえた事に対して礼を言っておくか。
「気持ちよかったよありがとうな」
『私はもう知らん』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます