絶望戦士は無かった事にしたい。


「……っ」


「あらあら……困った勇者様ですねぇ」


 ヒールニントが俺のすぐ隣、肌が触れ合う程の位置まで距離を詰め、俺の背中を撫でた。


「ゆう……しゃ?」


「はい♪ ハーミット様は……私の勇者様です☆」


「だったらお前は……もしかしたら俺の聖女様なのかもな」


「えっ、今なんとおっしゃいましたか!?」


「なんでもねぇよ」


 俺はすっと立ちあがり、村の中心部を見やると、少しずつ人が外に出てきているのが見えた。


「ねぇ、ハーミット! 今なんと……っ」


「ほら、朝食もらいに行くぞ」


「あぁ~ん、ちょっと待って下さいよぉ~!」


 彼女を置いて歩き出した俺を、慌ててパタパタと追いかけてきて……。


「へっぶし!」


 なんか変な声が聞こえたから振り返ってみると、どうやら石に躓いて盛大にコケたらしい。


 顔面から。


「……おい、生きてるか?」


 動きがない。

 まさかとは思うが打ちどころが悪くて死んだりしてないだろうな……?


 急に俺の心臓がバクバクと動きを速めた。

 こんな感覚久しぶりで、喜ぶべきなのかどうか一瞬悩んだが、それどころではなかった。


「おい! 大丈夫か?」


 慌てて駆け寄り、助け起こそうとしたら、そのまま思い切り体重を預けられてバランスを崩し、俺まで後ろに倒れこんでしまった。


 が、一緒に倒れてきたはずのヒールニントは俺の上に降ってこなかった。


「……おい、なんのつもりだ」


「ハーミット様がいじわるするからです」


 コケたのは本当らしいが、意識があるのにわざと俺の事を無視して、近寄って来たところを押し倒されてしまった形になる。


「……おい。どいてくれ」


「さっきなんて言ったのか教えてくれたらどきます」


「お前なぁ……自分で言ったんだろ? 聖女の祈りは叶うんだってよ」


「それじゃありません。私を、なんの聖女だって言ったんですか? もう一度聞かせて下さい」


 顔にかかる髪の毛がくすぐったいんだよこいつは……。


 適当にごまかして振り払おうとしたが、ヒールニントの表情がいつになく真面目な、思いつめた物のように見えて……俺は素直にもう一度言ってやる事にした。


「そ……それは、だな」


「はい」


「だから……」


「……」


「お、俺の……」


「おぉー!! こんな所に居たんですか! 目が覚めたらどこにも居ないから置いていかれたかと焦っちまいましたよ!!」


 突然アホみたいな大声が響く。


「ハーミットさん! って、う、……お? ……え?? も、もしかして……お、邪魔?」


「当たり前ですロンザのばかぁー!!」


「ひぃーっ! ごめん! まさかこんな事になってるとはっ!!」


「すっごくいいところだったのに!! 死ねーっ!!」


 ……ふぅ。危なかった。

 ロンザが俺達を探しに来て、俺が押し倒されている所を目撃してしまいヒールニントが顔を真っ赤にして今奴を追いかけている。


 ロンザが現れなかったら、俺は言ってしまっていたのだろうか?


「俺の聖女様……か。アホらし」


 私の勇者様、なんて言われて何も考えずに口から出た言葉だったのだが、今考えると恐ろしく恥ずかしい。


 だけど、こういうにぎやかなのを心地よいと思ったのは本当に久しぶりだ。


「あれ、ハーミットさんじゃないですか。ロンザが探しに来ませんでしたか?」


 ふとこちらに気付いて声をかけてきたのはコーべニア。


「おはようコーべニア。ロンザは……今頃ヒールニントに八つ裂きにされてる頃じゃないかな」


「えっ、あの……失礼ですけど、ハーミットさん何かありましたか? なんだか雰囲気がかなり違うというか……いえ、それよりもロンザが八つ裂きってあいつ一体何をしたんです?」


「ははは……。まぁ。乙女を怒らせると怖い、って事だな」


「……はぁ。そういうもんですかね?」


「そういうもんさ」


 そうだ。ちょうどいい機会だからこいつに聞いておきたい事がある。


「なぁ、ちょっと聞いていいか?」


「あ、はい。ボクに分かる事でしたら」


「お前らのさ、紅の聖騎士、大賢者の孫、聖女の力を受け継ぐ大神官ってのはどこまで本当の話なんだ?」


「ぐっ……え。ボクらその話しましたっけ??」


「いや、悪いけどそんな話をされたかどうかは覚えてないな。だけど思い出しちまったんだよ……さっきヒールニントが自分の事聖女って言ってな、昔立ち寄った町でそんな三人が居たな……ってよ」


「そ、そうだったんですか……ではハーミットさんはボクらの事ずっと前からご存知だったんですね」


 そう、確かあれはリャナの町でライゴスが一芝居打ってた時の事だった。こいつらが出てきてライゴスにあっさりやられたんだったな。


 まさか自分があのへっぽこパーティと一緒に旅をする事になるとは……人生わからんもんである。


「実は……紅の聖騎士っていうのも大賢者の孫っていうのも嘘なんです」


「……まぁ、そうだろうな。でもなんでそんな……いや、ちょっと待てよ? じゃあ……」


「はい。ヒールニントが聖女だっていうのは……本当です。ボクらは彼女とパーティを組むのに相応しくなりたいという一心で、見栄を張っていたんです」


 おいおいマジかよ……。

 それが一番眉唾だと思ってたのによ。


 だとしたら……。


 本当に聖女の祈りってやつが届いてくれる事を祈ろうかね。


 そしたらもう一度、ちゃんと伝えてやってもいいかもしれない。


 お前は俺の聖女様だ。


 ……ってな。


「た、助けてくれぇーっ!!」


「死ねっ! 死にさらせぇーっ!!」




 ……やっぱやめとこうかな。

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