魔王様と悲しい別れ。
「なっ、なんであるか!?」
「おいおい今の声からするとかなりでけぇのが外に居やがるぞ」
「何を呑気に話しておるのじゃすぐに外にでるのじゃ!」
私達は横になったパパさんを残し、慌てて外にでる。
そこには……。
「グルルルル……ウォォォォォォン!!」
バカでかい狼が居た。
この家の屋根以上のサイズだ。
「ちょっとまってこんなおっきな奴どこに居たっていうの!?」
森の中にでもいようものならすぐにわかりそうなものだけど……
「考えるのは後じゃ! とにかくこいつを始末するのじゃ!」
「グルルル……グガァァァッ……」
私には、どうにもその巨大な狼が苦しんでいるように見えて仕方がない。
狂暴そうな瞳。獰猛な牙、爪。
どう見ても危険な魔物、或いは魔族……?
どちらにせよ放置するわけにはいかない。
それは分かるんだけど……。
そして、この場に私と同じような事を考える者が一人居た。
「そ、そんな馬鹿な……」
ライゴスさんだ。
彼はヒルダさんの頭の上に二本足で立ち、狼を見上げて困惑していた。
やっぱり、そういう事?
だとしたら……私達の、いや……私のせいだ。
最初にここに来た時にすぐ全員を調べればよかった。
そうしていればこんな事には……。
「シロ……シロなのであるか?」
「ワゥン……グガァッ!!」
巨大な狼、いやシロは、苦しみながら、呻き、そして……。
その赤く輝く瞳で私達を睨んだ。
「アレがあの犬っころだっていうのか!?」
「なんだかよく分からんがやるしかないのじゃ!」
アシュリーもシロを見ているから戸惑っている。
この場で一番やるべき事をすんなり受け入れているのは間違いなくヒルダさんだろう。
シロを知らないから。
リナリーの相棒、友達、そして家族。
そんなシロの事を見てしまっているから私達の思考と動きが鈍る。
だけど……。
「ヒルダさん、寄生されて……ここまで魔物化が進んだ相手を助ける方法は?」
「……残念じゃが無理じゃ。こやつが何者であるか儂は知らぬが、諦めるしかないのじゃ! くるぞ!!」
どんなに巨体だろうと、ここには魔王軍の元幹部、そして元魔王、現魔王、さらに大賢者までが揃っている。
この程度の魔物なんて正直どうという事はない。
倒すだけならばすぐだろう。
だけど、私達はどうしていいか迷って動けずにいる。
驚くべきことにあのアシュリーまでもがどうすべきか迷っていた。
彼女はこういう状況でも非常に徹して即相手を殺せるタイプの人だと思っていた。
私はどうすべきなんだろう?
このままではこの家も、パパさんもリナリーも……シロに食われるなんて最悪な展開にだってなりかねない。
シロにとってそれは一番したくない事の筈だ。
もし、私がシロの立場だったら……。
「ライゴスさん……」
「分かって、いるのである……」
そう、私達はやるしかないのだ。
私達がシロを殺す。
それしか、出来ない。
そうしてやる事しか出来ない。
「……皆は手を出さないでほしいのである。リナリーと、その家を守っていてほしいのである」
ライゴスさんの気持ちは分かる。
だってシロはライゴスさんにとっても友達だったのだから……。
どうせやらねばならぬのなら、自分の手で。
「任せていいのね?」
「無論である。我以外の誰にも手を出させはせぬ……!」
「ウォォォォン!!」
「来い、シロ! お主が愛したリナリーを、その手で害してしまう前に……我が葬ってやるのである!」
シロが一際大きな声で吠えて、その太い腕、鋭い爪をライゴスさんに振り下ろす。
ガギィィィン!!
激しい金属音が響き、その爪を受け止めるのは逞しい肉体にやたらとファンシーな頭の戦士が携えた巨大な斧。
「シロ……お主とは短い付き合いであったが、我が友として……お主に誰も殺させはしない!!」
ぶおん! と風を切る音がして、シロの前足が中央付近から切り落とされる。
「グガァァァアァッ!!」
涎をボタボタと垂らして興奮するシロが、残った腕を地面についてバランスを取りつつその鋭い牙でライゴスさんを噛み千切ろうと襲い掛かる。
彼は斧を一度地面に刺し、それを正面から迎え撃つ。
牙がライゴスさんを捉える直前、炎に包まれた斧を頭上でぐるぐると回し、彼は叫んだ。
「風神炎斧!!」
「ウグォォォォォン……」
一瞬でシロの全身は炎のに包まれ、突風に乗って渦となった炎がシロから酸素を奪い、そして焼き尽くす。
ズゥゥゥン……。
焼け焦げ、もはや獣の形すら失ったたシロの巨体が地面に伏した。
「……シロ。すまない……我には、こうする事しか……」
ライゴスさんがシロだった物に近寄り、頭部であろう場所へと手を当てる。
「クゥゥン」
べろり。と、シロがライゴスさんの身体を舐めた。
アシュリーが慌てて杖を振りかざしたが、私とヒルダさんが止めた。
あれは……もう大丈夫だろう。
「シロ……お前という奴は……」
僅かに残る自我を振り絞り、悲しむ友を慰めたのだろう。
そして、シロの目が一度大きく見開かれ、家のドアの方を見つめる。
そこには……。
「らいごす……君? え、シロ……? どう……して?」
シロはゆっくりと目を細め、最後に「わん」と鳴いて、動かなくなった。
「らいごす君! シロ、シロが! この子、シロでしょ!? どうして? らいごす君が……? なんでぇ……?」
泣きじゃくる女の子を前に、私達は何の言葉もかけてあげる事が出来ない。
無力だ。
こんな姿になってしまっていても、リナリーには一瞬でシロだと分かった。
私は今、とてつもなく深い愛を目にしているんだろう。
「リナリー……すまない」
「らいごす君のばかぁ……うわぁぁん……」
「……すまない……本当にすまなかったのである。シロを、守る事が出来なかった」
私は、今自分に何が出来るのかを必死に考え、口を開いた。
「まだ、終わってないわよ」
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