変態弓士は状況が飲み込めない。

 あの時一体何がおきたんだろう。

 気が付いたら私は知らないベッドに寝かされていた。


 ここは何処?

 姫は? お姉ちゃんは? みんなはどうなったの?


 なんだか長い風邪を引いた後みたいに身体が重い。

 別に具合が悪いという感じでは無いし、あちこちにあったはずの身体の傷も治ってるみたいだけど……結局あの戦いは勝てたのだろうか?


 もし勝てていたのだとして、姫はどうなったのだろう?


 途中であの魔王に吹き飛ばされて……意識を失ってしまったので何も分からない。


 我ながら不甲斐ない。

 姫を守る為ならこの命などどうだっていいとすら思える。


 だけど、姫は魔王に取り込まれてしまい、誰もあの魔王を止められなかった。


 あの後、私が意識を失ったあと誰かが魔王を倒し、姫を救出して私をここまで運んだ……?


 分ってる。そんなのは都合のいい妄想だ。


 とにかく今どういう状況なのかを詳しく把握しないと。

 私以外にも誰かここに来ているのだろうか?

 ここは何処だろう?


 ベッドから身体を起こし、部屋をよく観察してみる。

 部屋の内装はかなり豪華で、お金持ちの家である事は間違いない。

 ……いや、その範疇をこえてしまっているような……。


 私は立ち上がり、緩やかに風になびくカーテンへと歩み寄る。

 カーテンを少し開け、その窓から見える外の景色を眺めると……。


「……こ、ここは……」


 そこは私のよく知っている場所だった。


 その時、ガチャリとドアが開く音がして、見知った顔が現れた。


「おや、起きていらしたのですか。ノックもせずに申し訳ない。まだ眠っているかと思ったものですから」


 私の仲間、ではなく、ドアを開けて入ってきたのは王国騎士団のテロアさんだった。


「……テロアさん? あの、どうして私は……」


 王都にいるのですか?


 その質問を投げかける前に、テロアの口から不思議な疑問が飛んできた。


「貴方が目覚めるのを待っていたんです。半年もの間いったいどうされていたんですか? 他の方々は?」


 ……半年。


 テロアの話を詳しく聞いてみると、私はどうやらニーラクの村付近で倒れているのをニーラク復興の為に派遣された騎士達に発見されたらしい。


 その騎士団員の中に、ナランでキャメリーンと戦った時に居合わせた人がいて、私の事に気付いたらしい。

 それでテロアさんに報告が行き、王都へ運ばれて今はこの豪華な客室で寝かされていた、と……。


 どうやらそういう経緯らしい。


「……半年。私はつい先日までエルフの森で魔王軍と戦っていた筈ですが……」


「エルフの森というと、半年前にあった魔王軍との大決戦の事でしょう? あの戦いから既に半年経過しています。それまで貴女はどこでどうされていたのです? ……とにかく無事でよかったですが」


 テロアはベッドの近くにあるテーブルに、持ってきていた水と果物を置き、自らも備え付けの椅子に腰かけた。


「……あれから半年が経っているというのが本当ならば、何かがおかしいです。私は本当につい先日までエルフの森で戦っていました。途中意識を失ってしまいましたが……気が付いたらここでしたので」


 テロアは「どういう事だ……?」と眉間を抑えながら考え込んでしまう。


「私が意識を失ってから半年後にニーラクの村近辺で発見される……どう考えても何かがあったんでしょうね。……その、倒れていたのは私だけだったんですか? 他にだれか……」


 彼は眉間を抑えたまま首を左右に振る。


「いえ、ナーリアさんだけです。それどころか、半年前にエルフの森で魔王軍との大決戦があった事と、その場にセスティさん達が居合わせ戦った。という事しかこちらは知らないのです」


 どうやら、里を守った英雄として姫が勇敢に戦って散ったと、エルフの里の人々が各国へ書簡を出したらしい。

 勇敢な鬼神セスティと、その仲間達の活躍で魔王の脅威は消えた、と。


「あの一件以来エルフ達の人間に対する対応がかなり変わったんです。……まぁ、それは余談ですがね。 それはともかく、セスティさんが戦死したというのは本当なのですか? 私には……その、とてもあの人が負けるとは……」


 私だって信じられない。

 だけど、間違いなく姫は魔王に取り込まれてしまった。

 それは間違いない事実なのだ。


「姫は、私が分かっている限りでは、魔王の体内に取り込まれてしまいました。ほかの人たちも次々に魔王にやられて……。その後私のお姉ちゃ……大賢者アシュリーやデュクシの目撃報告は何もないんですか?」


「はい。エルフ達からその書簡が届き、私達も探したんです。エルフに許可を貰い森中を虱潰しに捜索し、その周囲にまで捜索範囲を広げましたが……結局誰一人見つける事ができませんでした。だから貴女が生きていると分かって嬉しかったですよ」


 ……だけど、私はみんながどうなったのか知らない。


 本当はこちらが教えてほしいくらいだったのに。


 姫は魔王に取り込まれてしまった。

 誰かが魔王を倒していない限り、もう魔王の一部になってしまったんだろう。


 その事実を自分の中で再確認したら、途端に涙があふれて止まらなくなってしまった。


 テロアが慌ててハンカチを差し出してくれた。


 私はそのハンカチを震える手で受け取り、泣いた。


 いつか、いつか姫との旅も終わりがくるって分ってた。


 だけど、あんな所で、姫も守れず……しかも私の意識が無い間に仲間もお姉ちゃんまでも失ってしまったんだろうか?


 どうして私は生きてるの?


 そうだ、それだけは説明がつかない。

 誰かが運ばない限りあり得ない。

 そして、もし誰かが運んだんだとしてもその理由が分からない。


 絶対に何かがある。

 あれから半年経過してやっと私が見つかったというのなら、他の仲間達だって同じ状況になっている可能性がある。


 だとしたら諦めるのはまだ早い。


 泣いている場合じゃない。


 私にはまだやらなきゃならない事がある。


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