ぼっち姫、勝敗と崩壊。


「……まだ、終わって……ねぇっす、よ……」


 背後から聞こえた声にメアがゆっくりと振り返る。


 ショコラの処遇をどうするかについては保留にしたらしい。


 それについては助かったし良かったのだが、これで完全に打つ手が無くなってしまった。


 ……いや、一つ有るっちゃあるんだけれど……。


「……貴方みたいな死にぞこないがまだ何かしようっていうの?」


「はは……姫ちゃんの仇くらいは、とらねぇと死んでも、死にきれねぇっす……よ」


 見ればすでにあちこち怪我だらけで服もほぼ血で染まっていた。


 ボロボロの身体を引きずってメアの前にやってきたのは……。


 デュクシ……アレをやる気なのか?


『我はその記憶を封じた筈ですが』


 この絶望的な状況はあの時と似てるだろう? 記憶が刺激されたとしてもおかしくないし、それとはまったく無関係で今その手段をもう一度思いついた可能性だってあるだろう。


『……確かに、それはあります。しかし、これは好都合なのではありませんか? 我にもこの状況を打開する方法はもうこれしか思い浮かびません』


 分ってるよ。もうこれしかないって事くらい俺だってわかってる。


 だけど……。

 正直に言えば、こんな状況ですらデュクシには不用意にアレを使ってほしくなかった。


 確率操作による運を天に任せる。

 しかし、その二つのスキルを同時に使うという事には相当のリスクが付きまとう。


 勿論確率操作だけでは起きるはずの無い超常現象だって起こせるだろう。

 しかし、要は願いの質なのだ。


 あの時のようにデュクシが俺を呼び出す事にのみ望みを託すのならば、俺がメアの中から出られるかもしれない。


 しかし、それでは勝利に繋がるかどうかという面でかなり期待できない。


 もし俺がここから呼び出された場合はすぐにでも全員を保護してアシュリーに転移魔法を使ってもらい、全力でここから逃げ出す。


 情けない話だがもうそれしか方法が残っていない。



 そして、怒りに任せてデュクシが別の方法を取った場合。


 俺にはそれが一番怖い。


 メアを倒すためにデュクシが何を願うのか。

 それ次第では世界すら滅亡しかねないと俺は思っている。


 このやっかいな女を倒すためにある程度の犠牲は必要になってしまう事もあるのかもしれない。

 だとしても、それをデュクシにやらせるわけにはいかないだろうが。


 あいつはただのパーティの一員なんだ。

 勇者でもなんでもない。


 そんな責任を負わせるわけにはいかない。



『しかし我らが身動きとれない以上もう彼の願いの内容に賭けるしかないのでは……』


 だから分かってんだよそんな事は。


 俺はデュクシを信じる事しかできない。


 全ては俺の甘さが招いた事だ。

 デュクシに覚悟を問うて来なかった。


 万が一の時に全てを背負う覚悟を。


「貴方のいう姫も既に居ない。貴方みたいな弱者が今更私に何か面白い物でも見せてくれるっていうの?」


「……そう、っすね。もう……いいかなって、思っちまったっす」


「あら、負けを認めるって事かしら? 随分つまらない人間ね。もういいわ、貴方死になさい」


 これは、これは良くない。

 辞めろデュクシ、まだ希望はどこかにある筈だ。


「死ぬ……それもいいかもしれないっす。でも、俺が死ぬならあんたも道連れっすよ」


 メアが魔法を唱えようとデュクシに手を向けたが、その言葉が気に入らなかったのか、反論の為一度その手を下げる。


「それ本気で言ってるのかしら? 貴方が、私を? 道連れに? どうやって? それが出来るっていうならやってみなさい」


『そういう所が君の良くない所だね』


 どこからともなくメアの脳内にあの野郎の声が響く。

 メアに取り込まれようとしている俺にもその声は聞こえていた。


『人間っていうのはね、時に恐ろしい力を発揮する物なんだよ。全てを挑発してそれを受け切ろうとするのは君の悪い癖だよ』


「煩いわね。あの人間に何が出来るっていうのよ……。それに、私は相手の全力をぶっつぶして絶望する顔が見たいの。その為なら多少の危険くらい望むところよ」



 この女は本気で人を絶望させる事しか考えていない。

 他者は自分よりも下である。

 自分は他者よりも上である。


 それを証明する為だけに生きているような奴だ。


 ……それは、酷く悲しい生き方だと思う。

 だけど、はたして俺がこの女と同じ境遇で生まれたとしたら、その状況を受け入れて大人しく朽ちていく事ができるだろうか?


 あんな両親と一緒の生活程度に我慢できなくて家を飛び出した俺が、あんな永遠の孤独みたいな、世界から爪弾きにされたような人生を享受できるだろうか?


 分からない。

 いや、きっと……ここまでではないにせよ世界を恨むだろう。

 他者を憎むだろう。


 だから、俺はこいつを嫌いになる事ができないのだ。


 救いたいとは思うが、救えるとは思えない。

 生憎とこちらの状況にそこまでの余裕が無い。



『やれやれ君にも困ったものだ。忠告はしたからね。私はどうなっても知らないよ』


「なんだっていうのよ。あの貧相なガキにいったい何が出来るっていうの?」


 ……既にアルプトラウムは答えない。


 メアを見放した?

 見捨てたのか?


 この神が何をしたいのかがいまいち分からない。ただ静観すると決めただけかもしれないが。



「貴方の助けは必要ない。既に私は一人で歩み始めた。この道を、誰にも邪魔はさせない」



 この女の意志は固く、きっと変わる事は無いだろう。

 だから本気でぶつかってどちらかが消えるしか無い。


 そして俺は負けたのだ。


 そして、俺の仲間達も負けた。


 誰もこの女に対抗できる手段を持たない。


 一人、この男を除いては。



「なにぶつぶつ独り言言ってんすか……? 覚悟ができたなら……一緒に死んでくれっす」


「ふん、貴方なんかと心中はごめんだわ」


 メアの言葉を聞いて、デュクシが虚ろな目で軽く笑い、ついに【運を天に任せる】を発動させた。



 デュクシの絶望を反映させたように

 デュクシの望みを叶えるかのように


 誰も、何も考える間もなく。


 あらゆる命、あらゆる全てがその瞬間に



 消滅した。

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