ぼっち姫、おめでとう。


 背後からの気配に気づいてメアが振り返る。


 メアの瞳を通して俺の目に飛び込んできたのは、掌に収まる程度の大きさの石だった。


 なんで石!?


 と、考える間もなくメアが即座に反応してその石を手で払う。


「……っ。何よこれ。どうなってるの?」


 飛んで来た石をぺしっと軽く払っただけのメアの手から赤い雫が噴き出す。


 メアがちらりと先ほど払いのけた石に目をやると、そこには小振りのナイフが落ちていた。


 ……事前に説明を受けていた俺には、これがショコラの仕業だと分かるが……初見でいきなりこれをやられたらそりゃこんな反応になるよなぁ。


 メアはショコラの局所認識阻害を受けて、飛んでくるナイフをただの石ころだと勘違いさせられたのだ。


 俺もメアの目を通して見ていたが、これは初見じゃ絶対に見破れないだろう。


「いったい何が起きたの……? それ……に、身体が……っ」


 しかもショコラの奴ナイフに毒塗ってやがったな。

 俺に使ったのと同じ毒だろう。


 しかし、さすが魔王といった所だろうか。

 俺が完全に身動き取れなくなってしまったあの毒を受けてなお意識を途切れさせる事なく、フラフラしながらも何かをぶつぶつ呟いている。


 そして、メアは完全に体の自由を取り戻す。


 ショコラの毒すら解毒できる魔法を使ったのだろうか? 

 気が付けば既に手の怪我も完治している。


 メアが自分の身体の具合を確かめるように額に手を当て、二~三度頭を振った。


 この間わずか数秒の出来事だった。

 その数秒でショコラの毒にも対応し回復するこの女に改めて恐ろしさを感じたが、ショコラにとってはその数秒で十分だった。


「……捕まえた」


「なっ、なんなの!? ちょっ、辞めなさい!!」


 メアが激しく抵抗するが、関節を変な方向に曲げられ、足を絡められ地に倒れる。


「敵の親玉。特別フルコースをお見舞いするから」


「くっ、何を言って……えっ!? ちょっと何してるのよ!! やめっ、ふぁっ……なんなのよぉ……」


 メアが身悶えしながら地面を転がり、後ろからしがみ付いているショコラを振り落とそうとするが


「おとなしくしろ」


 ショコラの腕の動きが最早残像さえ見える程の速さでメアの身体を這い回る。


 メアは熱い吐息の混じったうめき声をあげながら奥歯を噛みしめる。


 おいおいこれ本当にいけるんじゃねぇか!?


『愛は世界を救うのですね』


 こんな卑猥な愛の押し売り最低すぎるけどな。



 しかしこのままいけば本当にショコラがメアを骨抜きにできるかもしれない。


 やっちまえ!! お前の本気を見せてやれ!


「やっ、だめ……そ、そこは……っ」


「……っ!!!!」


 ショコラの手がメアの一部に手を伸ばしたその時、ショコラの動きが固まる。


 な、なんだ? どうしたショコラ!? おいメディファス説明しろ!!


『疑問。我にも解りかねます』


 この使えない奴め!


『頼りになる相棒から使えない奴に落ちるまでが早すぎませんか?』


 うるせぇ!!


「はぁ……はぁ……い、いったい……なんだったのよこの子は……。ある意味アルよりも怖いわ」


 メアが身体を震わせながらゆっくりと起き上がり、服に付いた埃を払う。


 ショコラは……。


 白目を剥いて口から泡を吹いて固まっていた。


「……ふぅ、世の中には恐ろしい輩がいるものなのね……。いい勉強になったわ。危うく新しい扉が開いてしまいそうだったじゃない……。それにしてもどうして突然動かなくなったのかしら?」


 メアが訝しみながら、地面に膝立ち状態のまま固まっているショコラに近付く。


 おい、今だ! もう一回やっちまえ!!


 しかしショコラは相変わらず泡を吹いている。


 メアの様子を見る限り、こいつが何かしたわけじゃないようだ。


 もうこの際誰でもいい。こいつをなんとかしてくれ。アシュリーはどこ行きやがった!?


 視界に居ないところを見ると、ショコラが降臨したのを見て逃げ出したのだろう。


 建物の近くでうずくまっていためりにゃんも居なくなっているので回収してこの場から離れたようだ。


 めりにゃんを逃がしてくれたのはありがたいがこれどうするんだよ!


 せめてショコラの意識だけでも回復させてやってくれよ。


 それにしてもショコラはいったいどうしちまったんだ!?


 メアが、ゆっくりショコラの顔に手を伸ばす。


 おいおい、ショコラがやられちまうぞ!!


「……この子、持って帰ろうかしら……」


 ちょっと魔王様!? メアリー・ルーナさんよ!!

 やめろ新しい扉開くなってお前そんなキャラじゃないだろうが!!


 メアがショコラに近付いた事で、俺にもショコラの様子がしっかり分かるようになる。


 そして、ショコラは何かをしきりにぶつぶつ呟いていた。


 その内容を聞いて俺は、ショコラが敗れた理由を理解すると共に


 不謹慎ながら少しだけ嬉しかった。



「……いてる。なんかなんかへんなのがついてるへんなのがついてるへんなのがついてる……」


『主。この場合……おめでとうと言うべきなのでしょうか?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る