ぼっち姫、地獄を見る。


「やっぱり!! ナーリア! あぁナーリア……!! どうしてこんな所に? もうこの街には帰ってこない方が良かったんじゃ……ううん、そんな事より無事で良かった!」


 おいおい、こんな事ってあるか?

 運命って奴は突然こういうイベントを押し付けてきやがる。


「リーシャなんですか……? その、大きくなりましたね」


 おい、なんでお前ちょっと残念そうなんだよ。


 リーシャと言うのはナーリアがこの街で奴隷のように働かされていた叔母の家の娘、だったか。

 可愛らしい女の子と言っていたから、ナーリアの記憶の中ではきっとめりにゃんくらいの身長だったのかもしれない。

 今ここに来たリーシャという女性は、ナーリア程ではないにしろ身長も今の俺よりよほど高い。

 リーシャが百六十、ナーリアが百七十といった所だろうか?


「ふふっ。変なの♪ 大きくなったのは私じゃなくてナーリアの方だよ」


「ははは……確かにそうかもしれませんね。リーシャも、無事で何よりです。叔母様はどうされていますか?」


「……亡くなったわ。一昨年の事よ。ナーリアにとっては朗報かもしれないけれど、あんな人でも私にとってはたった一人のお母様……」


「す、すいません。そんなつもりでは……」


「もう。こんな暗い話やめよう? ジャックスさんは留守なのね? だったらナーリア、これから少しお茶でもしに行かない?」


「ですが、その……」


 ナーリアが困ったように俺の方をチラっと振り向いた。


「いいぞ。ナーリアも久しぶりに会ったんだろう? 滅多にない機会なんだし少し話でもしてこいよ」


 ナーリアはこの街に嫌な思い出がたくさんあるだろう。

 それでも、幼い頃唯一の希望だったリーシャ本人となら、この街の記憶や思い出を良い物として塗り替える事ができるかもしれない。


 ずっと浮かない顔をしていたし、これで少しでも気が楽になるなら自由にさせるべきだ。


「ですが、姫……」


「セスティ様もああ言って下さってますし……ね、行こう?」


 未だに俺とリーシャの顔を交互に見ているナーリアに、早くいけと手を振ってやる。


「ありがとうございます。早めに戻ります」


「今日中に帰ってくればいいよ。じゃあリーシャちゃん、ナーリアをよろしくな」


「お任せ下さい♪ それでは……ほら、いこ♪」


 リーシャが嬉しそうにナーリアの手を取って駆けだした。


「ちょ、ちょっと待って下さいちゃんとドア閉めないとってあぁぁぁぁ~っ、姫、すいませぇ~ん」


 だんだん遠くなっていく声を微笑ましく見送ってから、開けっ放しのドアを閉める。


 なんだか少し違和感を感じたのだが、その違和感の正体がなんだったのか、俺の考えは一瞬で霧散する。何故なら……。



「お前ら、何やってんの……?」


 部屋に戻った俺の目の前に広がっていたのは、パンツ一枚だけで床に転がってるデュクシと、頭がぬいぐるみで首から下がムキムキな本来の姿のライゴス。


 そしてそれを見てきゃっきゃと笑うめりにゃん。


 ここが地獄か。初めて見たよ。


「せ、セスティ殿! これはその、違うのである! 信じてほしいのである!!」


 いや、信じるとか信じないとかじゃなくてさ。


「だからお前ら何やってんの……?」


「はぁーっはっは! せっかくだからこのヒルデガルダ・メリニャンが説明してやるのじゃっ☆」


「あー。はいはい、よろしく。まったくめりにゃんは可愛いなぁ」


「か、かわっ……お主……馬鹿にしておるじゃろ?」


 そんな事はないんだけどな。

 めりにゃんが可愛いのは事実だ。


「とにかくじゃ。屋根から黒い妙な虫が落ちてきてデュクシの服の中に入ってしもうてのう」


 ……それでどうしてこうなる。


「デュクシはその黒い虫がどうやら苦手らしくて大騒ぎして服を脱ぎだしてな、無事に虫とご対面した途端に気を失ってしもうた」


 デュクシは分かった。

 だから、どうしてこうなった?


「ご、誤解なのである! 何が起きたか分からないのである! 本当である!!」


 頭がぬいぐるみのまま首からしたがムキムキ。

 小さい子が見たらトラウマ物だろうな。


「なんでか知らんのじゃがその虫がライオン丸に飛び掛かってのう。こやつまで大騒ぎして、気が付いたらこんな姿になっておったのじゃ。儂はもうおかしくておかしくて……ひひひっ」


「ヒルダ様ぁ……笑わないでほしいのである。あれは虫などではなくきっと黒い悪魔なのである! ま、まさか我はずっとこのままなのであるか……?」


 うーん。

 大体事情は分かったぞ。


「メディファス。頼んどいたアレをやってくれたんだな」


『肯定。既に個体名ライゴスの形状変化の解除に関しての作業は終了しております』


「で、その自力で解除する方法ってのを教えたのか? なんかえらい中途半端で怖い生き物になってるんだが」


『否定。まだ方法については未説明です。が、無意識に自分で解除してしまったのでしょう。一定時間が経過する事でぬいぐるみ状態に戻るので心配無用です』


 俺は、自分の顔や頭を触りながらわたわたしているライゴスに「だってさ」と告げると、「それは理解したのであるが、それで、完全に解除するにはどうすればいいのであるか!?」と混乱は続いていた。


『自力で解除するならばその姿が限界です』


「正気であるかっ!?」


「ひっ、ひーっ、ひーっ!! だめじゃっ、笑い死ぬっ!!」


「ヒルダ様ぁっ!!」


 ……もう一度確認しよう。

 ここが地獄か。初めて見たよ。


「まぁ冗談はおいといて、自力だとここまでってのはどうにもならねぇのか?」


『肯定。個体名ライゴスは常人より体躯が大きいので変化を解くのに必要な力を自力で確保するのは難しいかと思われます。それに、万が一街中で解除するのであれば魔物に見える本来の姿より今の方が愛くるしいのでは?』


「あいっ! あい、くるしい……っ!! ひーっ!! く、苦しいのじゃぁぁぁっ!! ひひひっ!!」


 なんかめりにゃんのツボに入ってしまったらしく呼吸困難で死にかけている。



「ライゴス、まぁ……なんていうか」


「な、なんであるか?」



「あきらめろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る